第72話 俺とスイ
俺と一歳ちょいのスイとの生活は……まぁ大変だったが、なんとかなった。
まず、炊事と洗濯はいつの間にか、されていた。
薪は昨日使った分が今日また、いつの間にか補充されていて、それを俺が割る。
一事が万事、そんな感じだ。
まぁ神様の棲家だからな。
こういうもんなのだろうと割り切る。
後は俺が欲しければ、魚を釣ったり木の実を探したりする。
キノコは怖いので取らなかったら、時々御粥の中に入ってたりしてた。
その他の事と言えば、一日スイから目を離さない、という生活だ。
とにかく、目を離すとどこかにチョロチョロ歩いていってしまう。
ハラハラのしっぱなしだ。
一度、この家から離れ、どこか目指した、というわけでもないがとにかく何か、人里でも近くにないか、この小屋を離れたことがある。
ここからは三方向に山道が伸びてるが、どのルートを通っても、小屋に帰って来てしまうのでここから離れることはあきらめた。
多分、ここはなんらかの結界の中なのだろう、と俺は推測した。
考えてみたら獣なんかもいるはずだがここでは一度も見たことがない。
鳥の声も聞こえるが、姿を見たこともない。
俺は髪伸び、ひげも伸びた。スイと二人なので整えるのも面倒だからだ。
スイは神様の子供だからだろうか、どんどん成長していった。
「とうしゃま、釣れた」
スイはいつの間にか俺よりも釣りが上手くなっていた。
ここの川もいつも穏やかな流れで、魚も減ることもない。
いつの間にか用意されている食事もスイの成長と共に離乳食っぽいものから人の食事的なものになり、段々肉だの野菜だのが追加されていった。
服に関してもスイの成長に合わせてだろうか、ちょっとづつサイズの大きいもの、可愛い柄のもの、といつの間にか増えていった。
それに対し、俺の着物はいつも同じものだった。
◇◇◇
ほー、ほー
「今晩はフクロウが良く鳴くね、父様、ごはん炊けたよ!」
食事は10歳くらいの少女になったスイが俺と作るようになった。
自動的に用意されてる食事は途中からなくなり、俺たちは自炊するようになっていたからだ。
食材は大きなカメに入っており、それを使えば次の料理の時にはまた補充されていた。
最初は俺がなんとか頑張って作った。
何度もごはんを焦がしたり、失敗続きだったが最近はまぁ、多少食えるもんになってきた。
食事に文句ばかり言ってたスイも、自分で手を動かす気になってからは二人で工夫して作ってる。
「ねぇ、ここの外には何があるの? 私もいつかここから出れるのかな?」
最近良く聞かれる質問だ。
「ここの外にはな、ここはどこかの森の中だから、外には山があったり、川があったり、海があったりするんじゃないのかな?」
「山ってなに? 海ってなに?」
この質問もよくする。
俺はいつもと同じように答える。
「山ってのはな、高~い土の塊だ。海ってのは大きな、水たまりだ。魚がいっぱいいる」
「ふぅ~ん、山ってどのくらい高いの? 父様より高い? 私、飛んでいける?」
「どうだろうな? スイは怖がって一メートルも飛べないだろ?」
「だって、怖いんだもん。でも泳ぐのは好き。その大きな水たまりでも泳いでみたいな」
スイはさすが水龍の娘で、背中に羽根はあるが飛ぶよりも泳ぐのが好きで、川でしょっちゅう泳いでる。
特に滝つぼの深いとこが好きで、なにが楽しいのか、よく潜っては顔をだし、また潜る、を繰り返してる。
今はもう龍紋が三つ開いてる。
右手の龍紋で水を出し、左手の龍紋で遠くの水を操る、という、なかなかのもんだ。
が、出る水はコップ一杯程度だし、遠くの操る水は水たまりから水鉄砲がピュッと噴き出す程度だ。
どちらも成功した時は二人で喜んだ。
「見てみて、父様、私ね、ホラ、ん! んんん!!!!」
と言いながら顔を真っ赤にして左手の龍紋を光らせながらカメの中の水がチャッピッと跳ねた時はそれは感動したもんだよ。
俺なんか水龍からもらった右手の龍紋どころか、どの龍紋も使えないのに……。
最近はシズクが気を利かせてくれるのか、たまにいいことがあると酒の徳利が一つだけ現れることがある。
俺はスイの龍紋のお祝いにその酒をありがたく飲ませてもらった。
その晩は気持ちいい眠りにつくことができた。
◇◇◇
「ほらね、どう?」
「ふふふ、よくできました。操水はもう少し後になるかと思ってたのに……スイはお父様に似て頑張り屋さんね 」
月明かりの下、母娘は楽しく語らう。
「母様、毎日会えないの?」
娘が不満げに言う。
「そうだね、どうしようか?」
母は楽しそうにはぐらかす。
「父様も、もう大丈夫なんじゃない?」
「ふふふ、そうね、あんなにヒゲ面になっちゃって、どう? この生活は? 楽しい?」
「私、外の世界を見てみたい! 川を下っても、どの道を行ってもここに戻ってきちゃうんだもん、つまんない」
「そうか、スイにはもうここは狭くなっちゃたのね。子供が育つのは早いこと。ふふふ」
「母様、なにが面白いの?」
「全部よ、全部、面白いわ。あなたのことも父様のことも。こんな気持ちは初めてよ。あ~楽しい……」
「……変なの、私はちっとも面白くない。早くここから出してよ!」
のらりくらりとした、母の態度に娘はだんだんムカついてくる。
たまに気まぐれでしか会えない母は、いつもどこか、つかみどころがない。
生まれてこのかた、物心ついてから、父しか人間は知らない。
父はなんでも答えてくれる。
知ってることも知らないことも、正直に。
たまにくる母は、いろんなことを教えてくれる。
しかし、こっちが知りたい肝心なことはなにも教えてくれない。
しかも自分と会ってることは、父には内緒だと言う。
教えてしまったらもう二度と現れることができない、と言われ、会えなくなる恐怖に怯え、今まで父にはだまっていた。
子供心に母はなにか、父や自分とは違う存在のように感じていたが、それも怖くて聞けない。
たまに父に、母はどのような人物か聞くが、知ってか知らずか、母に関しては父もあまりはっきりした返事はしない。
子供の好奇心はその体の成長を超え、増大していく。
しかし、いつも何もわからない。
「そうか、お前はそうやって成長していくのね……今日はもう戻って眠りなさい。またお会いましょう」
そう言うと母の周りに白い霧が発生した。
母が消えてしまう合図だ。
「まって母様! まだ行かないで!」
娘の懇願に応えることなく、母は霧と共に消えた。
スイはとぼとぼと、母と会話していた、いつもの河原から父と暮らす小屋へと戻る。
父はのんきにイビキをかいて寝ていた。
「人の気も知らないで……」
このクソひげ親父!
心の中で悪態をつくが……やっぱり憎み切れない。
おしめを替えてくれた。
ごはんを食べさせてくれた。
釣りを教えてくれた。
文字の読み書きを教えてくれた。
たくさん遊んでくれた。
危ないことをすると叱ってくれた。
とても自分のことを大事にしてくれてる。
一度ふざけて、隠れたことがある。
父は必死になって探していた。
それを隠れて見て、笑っていた。
なかなか見つけてくれず、いつの間にか寝てしまった。
夕方くらいだろうか? やっと父が見つけてくれて、その声で起きた。
父は無事で良かったと涙を流してた。
悪い事をしたと思った。
その時、もう心配させるような、いたずらはやめようと思った。
父は大好きだ。
自分にとってかけがえのない人だ。
「でも、こんなとこから出て、父様の国に行って、もっと色んな人に会ってみたいよ……」
スイは布団の中で小さく呟き、ちょっと泣いた。
◇◇◇
「スイ! 起きろ!」
スイは父の声で目が覚めた。
ちょっと目じりに涙が残ってる。
父に見られると恥ずかしいので、寝ぼけたふりでごしごし目をこする。
上半身を起こすと、
知らない場所、建物の中だった。
「どこ? ここ……」
明らかに自分達の住んでた小屋より立派な場所だと分かる。
壁も床も板敷だが、ピッカピカだ。
周りを良く見ると、見たこともない装飾で飾られてる。
もしかしてここが父が住んでたと言う、お城ではないだろうか? とスイは思う。
「父様、ここって……」
「そうだ、ここは……」
父はこの場所に心当たりがあるらしく、真剣な顔をして、建物の出口であろう、扉を開ける。
一緒に付いていき、外にでると母が箒で外を掃いていた。
「母様!!」
スイは嬉しくて母に飛びついた。
「ふふふ、おはよう、スイ」
「ここが父様のお城なの? 母様」
「いいえ、ここは私の神社ですよ」
後ろから付いてきた父が言う。
「スイ、俺がいたお城はあれだよ」
父が指さした先には、スイが見たこともない、大きな建物がそびえ立っていた。




