第71話 シズクとスイ
デライダ大陸
ここは水龍・シズクの領域である。
彼女はここの大陸では、かなり信仰を集めていて、彼女を崇める神社はあちこちにあり、数も多い。
なのでこの大陸にいると彼女の神聖はかなり高くなる。
シズクは人が誰も入れない結界の、山奥の滝のそばに自分だけの憩いの場を作ってあり、そこへ龍一が名付けた我が娘、スイと龍一を連れてきた。
龍一は最初、勝手にここに連れてきたことをひどく怒り、すぐにレイラの元へ戻せと喚いて騒がしかった。
龍一の喚くままにしといたらスイがひどく怯えて泣いた。
その瞬間、シズクは龍一の襟首を掴み、近くの川へ放り込んだ。
「主様はこの世界でもうすでに色々なお方と縁を結びました。レイラ様だけのお方ではないのです。そのことを良く、お考え下さい」
シズクはそれだけ言うと龍一を放ってスイをあやした。
龍一も三日もすると諦めたのか、おとなしくなった。
ずっと、ふて寝してたが腹が空いたのだろう、ここに来てから御粥しかだしてないのでもっとなにか食べさせろ、と言ってきた。
龍一はここには御粥くらいしかないと言われ、何か食べたければ自分で釣りでもしたら良かろうと釣り竿を手渡さられた。
◇◇◇
「こんなもんで魚なんか釣れるのかよ……」
俺はシズクに手渡された釣り竿を持って、連れて来られた小屋のそばにある、川に糸を垂らしてみる。
「釣れない……」
水の流れる音を聞きつつ、小一時間ほど、そうしていたろうか、まったく釣れない。
魚なんかいないんじゃないのか?
ちょっと場所を変えてみるか。
百メートルほど移動して、今度は川の中ほどを狙い、釣り糸を垂らす。
釣り竿を持つ手に集中しながら、釣り糸が垂れてる川面を見つめる。
釣れない。
しかし、なんだかこういうのは、いいかもな。
時々風が吹いて木や草がザワっと音がして、気持ちいい。
ぼんやりと頭を空っぽにする事ができる。
シズクは子供に付きっきりで、俺には必要最小限しか話しかけてこない。
他の誰もいない。
たまに聞こえる小鳥の群れが癒される。
木々や、川の流れる音が、やさしい。
と、初めて釣り竿に手応えがあった。
ピクピクと竿に反応がある。
俺は慌てて竿を上げてみた。
が、釣り針に付けていたエサが、なくなっていただけだった。
ふむ、魚はいるらしい。
俺が付けた、そこらの虫も食べるらしい。
ならば、
もう少し頑張ってみるか……。
「どうでした?」
シズクに聞かれ、俺は肩をすくめる。
結局竿へのアタリはあのエサを取られた一回だけで、その後は場所を変えても釣り糸は、何も反応しなかった。
俺はそれから天気の良い日は毎回釣りに没頭した。
一週間ほど、一匹も釣れなかったが一週間後、遂に一匹の魚を釣り上げた。
「!! やった! 釣れた!!」
俺は興奮した。
これまでアタリがあってもエサを取られるだけでだったり、釣りあげても手元に来る前に途中で針からはずれて川に落ちたりと釣果は一度もなかったのだ。
それが今、一匹の小さな魚を岸まで上げて、河原の上でピチピチと跳ねている。
「やった、釣れた!」
俺はおっかなびっくり、魚を針から外し、魚を入れるビクに入れた。
おお~、釣れた。
釣れるんだ!
よし、もっと大きいのを釣ってやる!
その後は同じ場所を狙い、三匹釣った。
森の中が薄暗くなり、上を見上げると空の雲がオレンジ色になっている。
「今日は、ここまでだな」
俺は釣りを切り上げ、シズクとスイのいる小屋へと向かう。
「ふふふ、ビックリするだろうな、今まで一匹も釣れなかったのに、四匹も釣れたんだ。ビックリするだろうな、ひひひ」
小屋に入るとスイがちゃぶ台につかまり立ちをしてて、シズクの方に向かい、あ~、だのう~、だの何か語り掛けてる。
シズクは御粥の準備をしていた。
「シズク! 見てくれ、釣れたんだ、ホラ、小さいけど四匹も釣れた、ホラホラ、スイもな、見てみろ、お魚だぞ」
「あらあら、これはイワナですね、早速、焼いてみましょうか?」
「ああ、そうしてくれ、ほら、スイ、おいで、父さんは初めて魚を、イワナを釣ってきたぞ」
俺はイワナを手づかみしそうなスイをビクから離し、自分のヒザの上にのせる。
スイはよほど魚を触りたいのだろう、小さな手を伸ばし、あ~あ~、暴れる。
「はは、触りたいか、今、母さんが焼いてくれるからな。父さん、釣りなんか初めてだから、もう釣れないと思っていたけどな、釣れたな! ふふふ、あんな小さな魚でも、釣りあげてみると嬉しいもんだ」
シズクに目をやると、手慣れたようにイワナを捌き、クシを差し、小屋の中心にある囲炉裏に突き立てていく。
その晩、俺たちは仲良く、そのイワナを食べた。
スイにあげようとしたら、まだその子には早い、と怒られた。
食事時、俺は釣りの話をした。
全然釣れなかったこと。
場所を変えて行ったり来たりしたこと。
しょっちゅう川に落ちてずぶ濡れになったこと。
エサの昆虫も色々試してみたこと。
魚のいそうなポイントをとにかく色々探ってみたこと、などなど。
シズクは時々、相槌を打ちながら黙って、俺の話を楽しそうに聞いてくれていた。
スイは御粥をボロボロこぼしながら食べていた。
俺は久しぶりになにも考えず、あったこと、そのままを話し、笑った気がする。
「ありがとう、シズク。ここへ連れて来てくれて」
「ふふふ、どうしました? 最初ここに来たときは、ずいぶんとご立腹でしたが?」
「そうだな、ちょっと一人になれて、お前も俺に構わないでいてくれて、助かった、よ」
「で、あれば、ここに連れてきた甲斐もありますね」
「そう言えば、怪しい遊女言葉はやめたのか?」
「言われてみれば、ま、どうでもいいでありんす?」
「ふふふ」
俺たちはお互いの顔を見て笑った。
今まで別々に寝ていたが、その夜はスイを真ん中に三人で川の字で寝た。
◇◇◇
次の日
俺はペチペチと顔を叩かれて目が覚めた。
叩いていたのはスイの小さな手だった。
「あ~」
俺の顔を見て笑っている。
ふふ、可愛いな。
「スイ、母さんはどうしたんだ?」
スイの向こうに寝てるはずのシズクの姿がなかった。
上半身を起こし、小屋を見渡す。
もうすでに囲炉裏には火が起こしてあり、吊るしてあるヤカンからは湯気がでている。
ちゃぶ台には土鍋が置いてあり、朝食の用意がしてあるようだった。
「あ~~!!!」
不意にスイが泣き出した。
臭い
こりゃあ、やっちまったな。
「お~い! シズク! スイが漏らしたぞ! 替えのオムツはどこだ?」
この世界には紙オムツなんてものはない。
シズクは毎日、スイのオムツを洗っていた。
俺は部屋の端に積んである布切れをゴソゴソ探して見てみる。
綺麗にたたまれていた、それらの中にそれらしい長い布があった。
「これ、かな?」
スイの寝巻を脱がし、オムツを取ると、可愛いコロンとしたブツがでてきた。
俺はお尻を丁寧に拭いてやり、オムツを替えてやる。
こう見えても他の子たちも含め、何度かこういう事はしている。
奥さん達に強制されてな!
特にレイリは厳しかった。
父親なんだからそのくらい出来るようになりなさい、てな……。
スイの身支度を整え、外に出て、見渡してもシズクの姿は見つからない。
朝は良く、川で洗濯してたりするのだが……。
「母さん、どこに行ったんだろうな?」
小屋に戻り、ちゃぶ台に座ると手紙らしきものがあった。
『しばらく留守にします。スイのことを頼みます。
シズク』
と書いてあった。
……まじか。
水の龍神様も流れるように自由でした。




