第70話 レイラと龍一
「どう?兄さまは?」
心配そうに、レイリは姉の部屋の前で彼女に問う。
「ごめんなさい、誰にも会いたくないって……」
「姉さま、ミライと夜霧が会いたがってるわ」
「きっと、お会いにならないわ……ごめんね、ミライ、夜霧……」
「さ、行こう、レイリ母様とマリー姉さまと遊ぼう」
レイリと子供たちを見送りながらレイラは自室の部屋のドアを閉める。
一月ほど雷龍の所へ行って、神社の境内で発見されてからというのもの、龍一は情緒不安定だ。
「レイラ! どこだ! 誰が来たんだ、俺は、俺は誰にも会わないぞ!」
龍一がヒステリックに叫ぶ。
「はい、あなた、私はここにいます。そして誰もここには入ってきませんよ。安心してください」
毛布を頭から被り、顔だけ出して龍一が警戒心をあらわにレイラに近づく。
「お、俺は何処にも行かないぞ! もう、ここから絶対に出ないからな!」
レイラは落ち着きなく、キョロキョロする龍一に近づき、龍一をそっと抱きしめる。
「大丈夫ですよ、何処に行かなくても、大丈夫です。ずっとここにいていいんですよ」
レイラは抱きしめる。
ガタガタと震える我が夫を抱きしめることしかできない。
さて、どうしたものか……。
レイラは考える。
龍一が見つかった時は、すでにおかしかった。
雷龍の子供二人を抱え、誰が説得しても神社の境内から出ようとはしなかった。
レイラが駆け付けた時には、すでに大勢の側室や女中が境内の外で見守っていた。
境内に入り、龍一に近づき、彼がレイラを確認するとレイラに抱きつき、泣き出した。
よく、聞き取れなかったが、会いたかった、とか、なにか謝罪の言葉を述べていた。
レイラはただ聞くしかなかった。
少し落ち着いたところで、後宮の女中に子供たちを任せ、二の丸に龍一を連れてきたが、自分の部屋に行くのは拒否し、レイラの部屋へと来て、そのまま、この部屋に引きこもっている。
以前、魔大陸から帰ってきた時はいつも通り、飄々としてたが、少したくましくなったな、と惚れ直したりもしたが、今回は明らかに様子がおかしい。
……雷龍様、あなた様は、いったいこの人に何を……
今は、何か、心に傷をつけられたであろう、我が夫をただ、黙って抱きしめることしかできない、自分の無力さが歯がゆい。
……しかし、とも思う。
心に傷を負ったなら、このまま、百年でも二百年でも引きこもっててもいい、と思う。
すでに、その次の龍帝が生まれた。
レイリはじめ、他の側室にも子ができた。
雷龍も約束通り、子を置いていって、いなくなった。
彼に託した目的は、ほぼ果たした、と言ってよいだろう。
我が息子・龍邦が一人前になったら、一年くらい龍一を、人前に出さずとも良いから、名前だけ龍帝に添えて、体調不良だのの理由を付けて、すぐ退任させればよい。
その後、龍邦を龍帝に据え置けば、この国は万事安泰だ。
後はゆっくり、何処か地方にでも引きこもって二人で過ごせばよい。
彼は温泉が好きだから、そのような場所が良い。
思えば彼はここに来るまでは、ただの市井の人だったのだ。
元の世界では”サラリーマン”とかいう、他人に使われる立場の職業だったらしい。
亜人街に行き、その辺のパン屋で働く若者に、将来この国の王になれ、と言ってるようなもんだ。
初めから無理がある話なのだ。
この国に転移させて、貴族やら、龍帝やらの重荷を背負わせてしまった、という自覚がレイラにはある。
最初は確かに嫌がっていた。
だが、一度引き受けてからは、彼は彼なりに頑張っていた。
傍で見ていて、多少無理してる感はあったが、男子の頑張りを無下に否定する気もなかった。
むしろ、愛しい男が自分のために、この国のために頑張ってる姿を誇らしい、とすら思っていたのだ。
レイラもまだまだ、経験の浅い、一人の若者にしか過ぎない。
他のことはともかく、女のことに関しては彼は性行為は好きそうだが、格別に好色、というわけでもない。
彼ぐらいの人間なら、キャパ的に二、三人ぐらいの女を抱えるくらいがきっとちょうどいいのだろう、と思う。
そして何度も何度も命を狙われた。
その場にはいつも自分がいなかった。
そのこともレイラは負い目に感じていた。
「もう十分ですよ、あなた、良くがんばりましたね。ゆっくり、私とお休みしましょうね」
毛布に包まる彼をそのまま、毛布ごと抱いて優しく言葉をかける。
侍女も部屋から下げ、二人きりで、その時間を大切にするように、自分には、それしかできないことを自覚するように。
そんな午後の彼女の部屋に、真っ白い霧が突如、舞い上がる。
「やれやれ、主様がいつまで経っても来ぬから迎えにきたぞぇ」
霧が晴れ、現れたのは幼子を抱いた水龍・シズクだった。
とっさにレイラは龍一を庇うようにシズクの前にでる。
「水龍様、ご遠慮下さい。今、夫は心身共に傷ついております」
「ふむ、ご正室のお言葉、聞いてやっても良いが、主様をそのまま、腑抜けにしといて、良いのかの?」
「今、このお方に必要なことはお休みになることかと思われます。お願いですから私達のことはしばらく、もうしばらく放っておいて欲しく、お願いします」
「龍の子よ、この部屋で引きこもって、甘やかしておいても、何も解決することはあるまい」
「水龍様! お願いします! もう、この人は疲れきっています! 連れていかないで!!」
「ならぬ。このお方は我が娘の父でもあらせられる。なに、そんな顔をするな。悪いようにはせぬ」
そう言うと水龍の姿が白い霧と共にだんだん薄くなり、消えていく。
背中の位置にいた龍一を思わず一緒に消えぬよう抱きしめた。
だが、無情にもレイラの腕の中で龍一の姿も同じように消えていった。
「あなた……」
レイラは、ただただ、夫の無事を祈るだけだった。
それしかできなかった。
70話はもっとドロドロした鬱展開でしたがキーを打ってて途中でこの作品には合わないと感じ、ボツにして、いつものような軽い展開にもしてみたんですが今度は69話と会わなくてこちらもボツ。
最終的にこのような仕上がりになりました。
なかなか悩んだ話です。




