第59話 三人の夜
「お兄ちゃん、お早う」
クロはもう子供に戻っていた。
「もう朝だよ、サキが朝食、食べに行こうって。先にいってるよ」
そう言い、部屋から出て行ったクロを見送り、俺はのそのそと着替え、食堂に降りていった。
食堂では宿の女将が一人変わったことに怪訝な顔をしてたが、人数さえあってればいいのだろう、文句は言われなかった。
テーブルでは二人がもう食事をしていた。
クロはいつも通り、アチコチぼろぼろこぼして、サキが面倒を見ている。
俺も席について食べ始めるが、そこに「やぁ、待たせたね」とナタリーがいつもみたいにヒョコリ現れるじゃないかと、そんな気がする。
……もちろんそんなことはないのだが。
「さて、今日はどうするんだ?」
俺はいつも通りの態度で二人に話かける。
それにクロがさらっと答える。
「私が送ってあげる。二人をイーデまで」
「龍になって?」
「もちろん、あっという間だよ、お兄ちゃん」
「お前、普通に会話できるじゃん」
「今はね。昨日お兄ちゃんが、いっぱいやさしくしてくれたから」
「そんなもんか」
「そんなもんよ。だから、いい物、三つあげる」
「そりゃ、ありがとう。なんだ?」
「それは……後でのお楽しみ!」
「そうか、楽しみにしているよ」
この時はただのなにげない食事時の会話だと思っていたのだが……まさか、あんなことになるとは……。
食事が終わり、会計をすまそうとしたら金が足りない。
宿代はナタリーがチェックインの時、払ってくれたらしいが(その辺は律儀だな)飲み食い代は別料金と言われた。
もう使わないだろう、ということで馬車をカタに払う、と言ったら釣り合わない、貰いすぎになっちまうと。
色々口論した結果、馬、荷車とそれぞれ換金してそこから払った。
それだけで昼過ぎになってしまった。
俺たちはとりあえず、最低限の物だけ持って、街を出る。
クロが街中で龍になったら騒ぎになっちまうからな。
三人で街を出て、人目の付かないとこまで移動した。
「この辺でいいかな?頼めるか?」
「うん、ちょっと待ってね」
とクロが言った瞬間、モワっとクロが黒い霧に包まれた。
すぐに霧は消え、クロがいた場所にはそれはそれは、見事、としか言いようがない漆黒の龍がいた。
「なんて、綺麗な龍……」
サキが思わず感嘆の声を漏らした。
俺はその、艶やかな龍体を撫でてみる。
「さすが神様、見とれちまうよ、クロ」
俺たちはその漆黒の龍の背に乗せてもらい、イーデという最南端の街まで連れていってもらった。
夕刻には着いたのだが、イーデには飛竜場があり、そこに着地した時はちょっとした騒ぎになった。
まず、不審な龍が現れた、ということで街の近空で飛竜に警告を受け、なんとか話しを聞いてもらい、飛竜場まで誘導してもらった。
そこでクロは龍から人に戻り、やれやれ、といったところで龍帝国の飛竜騎兵が大騒ぎで俺たちのとこにきて、その街一番の大きな宿に担ぎこまれた。
そこには俺付きの近衛たちとオカッパ小隊がいて、大説教をかまされた。
近衛よりもオカッパが怖かった。
「なぜ! 私達を連れて行かなかったんだ! 私達はお側衆じゃなかったのか!!」
ボロボロ大きな涙を流しながら怒られた。
三人ともゲッソリしてる。
オカッパの勢いに飲まれ、サムライもクロダも、苦笑いしてるが、本当に心配してくれてたんだな。
と、申し訳ない思いでいっぱいだ。
けど最後は無事で良かった、なによりだ、で終わった。
「二の丸様も、お疲れでしょう。今日のところはお休みください」
と、俺の近衛隊長の空ノ下条大尉に促される。
すると相変わらずの人嫌いで、今までサキの後ろに引っ付いてたクロが俺に耳打ちする。
「今日はサキとお兄ちゃんと三人で寝たい」
サキの顔を見ると、コクリとうなずいた。
◇◇◇
その晩は頼み込んで三人一緒の部屋にしてもらい、そこに食事も運んでもらった。
三人とも今までの旅を振り返りながら話をした。
馬車がぬかるみにハマり、苦労したこと。
干し肉が無くなり、ひもじい思いをしたこと。
川で水浴びをしたこと。
クロがすぐに保存した食料を盗み食いすること。
大森林で見つけた緑の果物が美味かったこと。
色々あった、しかし、いつも話のオチはクロが役に立たない話、で笑った。
サキの横でゴロゴロしてるクロはとても楽しそうだ。
このまま夜が明けずにずっとお話ができればいいのに、と本当に、楽しそうだ。
俺はクロに話したいことがあった。
「クロ」
「なぁに、お兄ちゃん」
「俺、帰ったら、黒龍を祀る神社を作るよ。まぁ、反対はされないと思うが反対されたら、俺が手作りでも、作ってみせる。そこでいつもお前のことを、祈るよ」
「ふふ、どうしたの、お兄ちゃん? 私の信者になっちゃった? 私、祀られちゃうの? ふふふ、素敵ね、本当にそんなことになったら」
「ああ、本気だ。だから、お前の髪の毛を少し、くれないか? それをご神体にしようと思う」
ニコニコ俺の話を聞いてたクロが急に、俺の顔をマジマジと真剣な表情で見つめる。
そして決心した様に言う。
「いいよ、お兄ちゃん、私の髪の毛、あげる」
クロは立ち上がるとテーブルに置いてあった、旅で使っていた護身用のナイフを取り出し、腰まであった長髪をバッサリ切ってショートカットになった。
「おまっ!」
その束をクロは俺に手渡す。
「はい、お兄ちゃん、あげる」
「クロ、俺はこんなには……なぜ? 勿体ない、綺麗な長髪だったのに……」
「いいの、いいんだよ、お兄ちゃんに貰って欲しいの。貰って欲しいんだよ」
「そうか、大事にさせてもらう」
「うん!」
「私も、クロの為に祈るよ」
「ありがとうサキ。信者2号だね! 信者、また増えた! 嬉しい!!」
「そう、私、クロの信者、ふふふ」
俺たちはそのまま、寝落ちするまで、話し込んだ。
◇◇◇
次の日の朝。
サキが青い顔をしながら赤ん坊をあやしてた。
「主……」
クロの姿はどこにもなかった。
代わりにその、小さな角をはやした赤ん坊と、カラスのように真っ黒な小さい竜がいた。
『お兄ちゃんとクロの赤ちゃんです! 名前を付けて可愛がってね! チビ竜もおまけに付けとくのでコッチもちゃんと面倒みるんだよ! またね! クロ』
というメモが残っていた。
ク~~~~~~ロ~~~~~~~!!!!




