ついてきた女
「あの……すみません」
雪の降る日の夕方。時間としてはまだ17時くらいだったと思うが、空は厚い雲で覆われて暗く、降りしきる雪はすでに地面を白く覆っていた。仕事を終え、歩いて帰る俺に声をかけてきたのは、冬で、雪も積もっているのに、なぜか裸足の女性だった。服もボロボロで、コートすら着ておらず、まるでどこかから逃げ出してきたようで。
「な、なんですか?」
妙なことに巻き込まれたくない。私は警戒しつつも、女性に応答する。
「この先に○○さんの家はありますか」
「○○?」
ここは住宅街。自分の隣の家とかならまだしも、特定の家なんてあるかどうかしるはずもない。
「いや、わかんないですね、すみません」
冷たいようだけど、関わりたくないので、そそくさと立ち去る。女性は何も答えず、じっと立ち尽くすだけだった。警察に連絡した方がいいんだろうか? いや、やめよう。今は家に帰って……
「あ」
帰り道。いつもなら風景としてしか見ていない、町の見取り図の看板が目に入る。昔ながらの住宅街の為、どこに誰の家があるか、名前が書いてある。そこに、吸い寄せられるように目に入ったのは○○という苗字。もしかして、あの人が探していたのはここだろうか。言ったほうがいいかと迷い、女性の方を振り返ると。
「………」
「うわ!?」
目の前に、先ほどの女性がいた。女性は無表情で私が見ていた見取り図を見ている。
「ありがとうございます」
「い、いえ……」
未だに動揺してバクバクと脈打つ心臓を抑えつつ、その場を離れる。改めて関わらないほうがいいと感じ、私は足早に家へ向かう。家が見え始めた時。先ほどの○○さんの家がもう少し先に行ったところにあるのを思い出す。あの女性はそこを目指しているはずだ。なら、後ろに……
「………」
足を止める。そして、歩き出し、また足を止める。そこで気づいた。足音が、私以外にも聞こえる。革靴が雪を踏み、コンクリートに触れる音よりワンテンポ遅れてペタペタという音。まるで、素足で地面を歩いているような。
「……!」
後ろを振り返る。1メートルほど後ろに、あの女性がいた。私同様に足を止め、じっと地面を見ている。
「あ、あの」
「………」
ついてくるな。そう言えたらいいのだが、そんな勇気はなく。
「………」
何も言わず、また歩き始める。直後、ペタペタと女性も歩き出す。目的は知らないが、方向が同じとはいえ、歩調を合わせる理由はないだろう。家を知られるのはやばい気がしたので、私は自分の家を通り過ぎ……
「あれ、通り過ぎましたよ」
「え?」
思わず振り返る。女性は相変わらず地面を見ている。けど、今……どうして、あの女性は私の家を知っているんだ。段々と怖くなってきて、私は走り出す。誰でもいい。誰かいないのか。確か、もう少し行けば大通りに出る。そこへ行けば……
「ありがとうございます。ここです」
女性の声。再び振り返ると、女性はいなかった。代わりに、地面の雪に足跡が点々と続いていた。ある家に向かって、点々と。その家の表札は……○○。女性が探していた家だ。
「……なんだったんだ」
もういいだろう。私は大通りに行くのをやめ、家に帰り始める。
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翌朝。雪は1晩中降り積もり、ひざ下まで積もっている。そんな日でも仕事にはいかなくてはいけないので、遅刻しないように早朝、家を出る。すると。
「ん?」
ぽつぽつと、雪に穴が等間隔で開いていた。いや、あれは……
「!」
気づいた瞬間、背筋が凍り付く。あれは、足跡だ。足跡は点々と道の向こうに続いている。その先は……昨日女性が探していた○○さんの家。もしかして、あそこから続いているのだろうか。確認する気も起きず、私は家を出て……
「あの」
背後から、声。
「××さんの家、知りませんか」
××とは……私の苗字だった。
完