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5 「ジャザナハウル・ヴァルキリアス」

 リュートとアギトは、とにかくその『精密検査』とやらを受ける他なかった。

 検査がイヤだとゴネた所で、あの牢屋から一歩たりとも出られないのは明白だったからだ。


 金髪美女が腰に付けてあった鍵束を手に取ると、器用にすぐさま牢屋の鍵を探し当てて牢屋を開ける準備をする。

 しかし凛とした美しい紫色の瞳が、無表情な眼差しから一変!

 獲物を睨み殺すような鋭い眼光へと変わり、牢屋の中にいる二人に向かって声を張り上げた。


「五歩後ろへ下がって両手は頭の後ろへ組みなさい!! 妙な動作や敵対行動を示した場合、即刻射殺することを忘れないように!!」


 さっきまでの、のほほんとした穏やかな雰囲気から鬼軍曹へと変貌した金髪美女に本気でビビッた二人は、彼女の言う通り後ろに下がって両手を頭の後ろに組んだ。

 二人は小声で「怖ぇ〜」と、金髪美女に聞こえない程度に呟く。

 しかも『射殺』って、せめて『威嚇射撃』程度にとどめてほしかったと二人は思った。


 ギィッと甲高い音を上げながら、錆びついた牢屋の扉がゆっくりと開く。

 二人が一列に並んで出る間も、金髪美女は二人に向かって拳銃らしき武器をこちらに向けていた。

 それを他の二人、陰険メガネと姫様は、何事もないかのように黙って見送る。


 こいつら頭おかしいんじゃねぇのか? と、アギトはふとそう思った。


 すると金髪美女が「止まりなさい」と命令し、リュートとアギトは鬼軍曹から放たれる一言一言にビビりながら黙って言う通りにする。


「大佐、どうぞ先頭に立って我々を誘導してもらえますか? 私は後方から二人が妙な行動を取らないように、見張っておきますので」


 表情も感情も表に出さず、淡々と金髪陰険ロンゲマント男『大佐』に向かってそう告げた。

 だが、大佐は少し乗り気じゃないのか、遠慮気味に反論する。


「え? 私が先頭切って誘導したら、二人が妙な行動を起こした時、私は彼らに背中を向けて無防備な状態をさらすことにならないか? 中尉」

「安心して下さい、大佐。彼らが妙な行動を起こして、例えそれで大佐が瀕死の重傷を負ったとしても、その後に発砲しますから大丈夫ですよ!!」


 天使の微笑みで中尉は、残酷にそう言った。


「相変わらず手厳しいですね」


 いやだから、せめて瀕死の重傷を負う前に援護してやれよとツッコミを入れたくなるがその場合発砲されるのは自分達なので、とりあえず黙っておくことにした。


 結局大佐が先頭切って誘導して、上へ上がって行く途中、二人はピンク色の髪をした年の頃が同じ位の『姫様』と呼ばれる少女と、結局一言も交わすことなくすれ違おうとしていた。

 アギトはちらりと姫を見たが、姫の方は明らかにアギトに対しての嫌悪感が抜けていない。

 それを察したアギトは「かわいくねぇ」と思ったのか、ムスッとした表情になると、こともあろうか

 姫に向かってガンをたれ始めた!


「なっ!」


 自分に向かって無礼な態度を取られた姫は、当然イラッとした。

 ーーと。


 ごりっ。


 硬いモノを頭にぐりぐりと押し付ける鈍い音が、アギトの後頭部で感じた。

 中尉がアギトの後頭部にごりごりと、銃口を押しつけていたのである。


「妙なマネはするなと、忠告したはずですよ!?」


 その声には明白なまでに殺気がたっぷりと込められていた。


「ずびばぜん」


 ハラハラドキドキと命の危険をハッキリと感じながら、アギトは素直に半べそをかきながら謝った。

 その後ろからリュートは、アギトの態度で姫が気分を悪くしてないか様子を窺う。

 姫と目が合うと、そのあまりの可愛さに少し照れながらリュートは目線だけ姫に向けてペコリと、さっきのアギトの態度を謝った。

 それを見たアギトは、完全にイラッとして叫び出す。


「何自分だけいい子ぶりっこしてんだよ!! オレ何も悪いコトしてねぇじゃねぇか!! あんなふてくされたブサイク女に謝ることなんざねぇだろっ」


 と、言いかけた途端。アギトは中尉をチラリと見て、またぐすぐすと半べそをかきながら前を向いて大人しく歩き出した。


「アギト、学習能力なさすぎにも程があるよ」と、小声でリュートがアギトにささやく。

「だって、あんなブスに愛想振りまくお前が悪いんじゃねぇか!」


 ふてくされたアギトがねちねちと反論する。

 その反論にリュートはきょとんとして、もしかしてとでも言うように続けた。


「まさかアギト、嫉妬してたってことはないよね? ごめんアギト、僕そういう趣味ないから。どっちかといえば女の子の方が恋愛対象だから。その気持ち全然嬉しくないから、応えられないから、ものっそ迷惑だから! だから悪く思わないでね?」


 さらりと全否定したリュートに、アギトは激怒する。


「ものすご気分悪いわ!! つか全然違ぇしっ!? 嫉妬って何!? こっちは無実の罪なのにお前が下手に出るからそれにイラついただけだしっ!?」


 ーーと、ものすごい小声でリュートに反撃するアギトであった。


 先頭から、大佐・アギト・リュート・中尉・姫……の順に、大行列で歩いていく一行。

 小声でも、会話はしっかり全員に聞こえていた。

 中尉も言葉の端々を聞いて、それがこちらに対する敵対行動でないと判断している限り、銃口を必要以上にアギト達に向けることはなかった。

 大佐はというと、先頭を歩いているので顔の表情までは読み取れなかったが、きっとオートスマイルのままであろうことは、そこにいた誰もがわかっていたことである。

 そして始終アギト達の無礼極まりない会話を聞いていた姫は、中尉に愚痴をこぼし始めた。


「ねぇ、ミラ。 この子達、絶対違うって!! 光の戦士っていったらもっと凛々しくて強くて威厳があって慈愛に満ちた人格のはずなんだもん!! こんな性格破綻者が、光の戦士であるはずがないじゃない!!」


 言いたい放題だ。


「しかしザナハ姫。姫が光の波導を察知したから、彼らが姿を現したのではないですか?」


 ミラ中尉がザナハ姫に向かって切り返す。

 この台詞からだともはや精密検査がどうこう以前に、リュートとアギトのどちらかが『光の戦士』であることを物語っているように聞こえる。


「それは、そうだけど。また全然別の場所に落ちたんじゃないかしら!? そうよきっと!!」


 どうしてもアギト達を認めるつもりはないらしい。

 それを聞いたアギトは馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに、はっ! と暴言めいた発言をする。


「光の戦士が、凛々しくて強くて威厳があって慈愛に満ちてるはずだって!? お前少女マンガの読み過ぎなんじゃねぇの!? つーか、今まで光の戦士に会ったことでもあんのかよ!? ただの乙女ちっくな妄想で勝手にイメージしてんじゃねぇって!! どうせお前の言うその光の戦士だってなぁ、道歩いてて犬のウンコ踏んだり、エロ本見て鼻血出したり、熟睡中に寝屁かましたりしてるっつーの!!」


 ベーッと舌を出してザナハ姫を小馬鹿にするアギトに対して、リュートは「バカーー!」と口パクしながら、後頭部に手を組んでる利き腕でアギトをどつき飛ばすことのできない自分を歯がゆく思った。

 それにこの世界に少女マンガがあるとは思えないしっ!

 しかも言ってる言葉がどれも下品過ぎるし、そりゃ誰だって怒るってば!! とリュートは発砲される覚悟を、今した。

 だが中尉の発砲音はーーしなかった。その代わり建物全体が大きく揺れるようなものすごい衝撃音に二人は完全に硬直して固まった。


 ザナハ姫は顔に一杯怒りを込めながら、その行き場のない怒りをすぐ横にあった石壁にぶつけていた。

 石壁は無残にも大きくひび割れてガラガラと破片を床に落とし、ザナハ姫が殴った石壁の中心にはくっきりと拳の跡が残されている。

 キッとアギトの方を睨みつけると、石壁を殴りつけた右手には石壁の破片が付いているものの、全くの無傷で、その握り拳を突き上げながら怒声を発した。


「あんたが光の戦士だなんてっ、あたしは絶対認めないからっっ!!」


 そう捨て台詞を吐くと、もはやそこには姫の威厳も礼節も遥か彼方へ消え失せており、ズカズカと大きな足音を立てていずこかへと歩いていってしまった。

 その後ろ姿を見送りながら両サイドから、深くて大きな溜め息が同時に聞こえてくる。


「はぁ〜、また修理の費用がかさんでしまった」と、これは中尉。

「はぁ〜、これは機嫌を直すのに一苦労しますねぇ」と、これは大佐。

「はぁ〜、どうしてアギトはトラブルばっかり」と、ちゃっかりリュートも溜め息をつく。

「をい!」


 そのツッコミどころだけは、アギトは見逃さなかった。


  建物の一室、きらびやかな装飾品が並びそのどれもが高級な素材でできていた。

 大きくふかふかのベッドに倒れこむと、ザナハは悔しそうにバタバタとベッドの上でもがいている。

 その横で、メイド服を着た付き人のようなーーザナハと年齢が変わらない茶髪のショートヘアをした少女が、おろおろとザナハの機嫌を直そうと必死になっていた。


「姫様ぁ、どうかされたんですかぁ〜? あ、お腹でも空きましたか? 今すぐお茶とケーキを用意しましょうかっ!?」


「そんなんじゃないわよっ!! 超絶にムカつくのっ!!」


 枕に顔をうずめながら、ザナハが怒鳴る。

 しょぼんとなったメイドは肩を落として、次なる機嫌取りの方法を模索した。

 すると。


「イチゴショートがいい」


 ぼそりと、さり気にリクエスト。


「あ、はいっ! 今すぐ用意しますねっ!!」


 そう言うとバタバタと慌ただしい仕草で、メイドは茶菓子を用意するためキッチンへと向かった。

 部屋で一人きりになったザナハは、口をへの字に曲げてまだアギトの無礼な態度を気にしている。


「何なのよアイツ!! ホント腹立つんだから!! 確かに光の戦士に会ったことなんてないけど、普通異世界からこの世界を救う為にやってくる勇者っていったら、正義感に溢れた紳士って相場が決まってるじゃない!! それをアイツっ!」


 また怒りが込み上げてきた。

 どこかにこの怒りをぶつけてくれようと、きょろきょろ室内を見渡すが……これといってストレスを

 発散できそうな手頃なものは、残念ながら置いてなかった。

 これ以上何かを壊せばまたミラに怒られると、ようやく自重する。

 しばらくして大人しくなったかと思うと、ザナハは昔を思い出していた。


 ザナハがまだ三歳位だったか、とにかく物心がつき始めてミラが教育係として王城に来た頃。

 当時闇の軍勢を引き連れた敵対国の指導者が、ある時ザナハを一時的に誘拐した。

 普通なら怖くて泣き叫ぶはずだったが、なぜか不思議と恐怖感がなかった。

 敵の指導者はザナハを手荒に扱うことがなかったし、むしろ優しく紳士的だったのだ。

 彼はまだ幼かったザナハに、優しくどこか悲しい瞳でこう言った。


「君が望むなら、俺が全てを変えてやろう。そして必ずこの国を滅ぼすと、約束する。必ずだ」


 当時の彼は、まだわずか十七歳位の青年だった。

 左頬に一太刀刻まれた傷跡、無造作に伸びきった髪はどこか野性的な雰囲気をかもしだす、そんな長くて、綺麗な『青い髪』。


 そうしてザナハは何をされるでもなく、彼から銀時計を手渡されて無事に国に帰された。

 銀色の懐中時計、突起部分を押せば蓋が開いて時計盤が現れるはずなのに、なぜか蓋の部分が完全に溶接されていて、しかもご丁寧に蓋が開かないように封印の魔法までかけられていたのだ。

 さすがのオルフェ大佐の魔術をもってしても結局、封印魔法が施された懐中時計を開くことはできなかった。


 もう九年程前の話、今でもその銀時計をザナハはなぜか肌身離さず持っていた。

 決して手放してはいけないような、そんな魔法がかけられているみたいに。


 そう、この国を滅ぼされるわけにはいかないっ!


 例えせっかく現われた光の戦士が、どんなにクズでバカで無礼で好感が持てないとしても。

 結局は彼の力に頼らざるを得ないのは明白だった!!

 ザナハは自分の私的な感情を何とかグッとこらえて、大きく深呼吸をする。

 気持ちに整理をつけるんだ!! と、自分に課せられた使命を思い出す。

 でも納得できないモンは納得できないモンとして、気に入らないことがあれば死なない程度にぶっ飛ばすと、心に決めた。


 彼女の本名は『ジャザナハウル・ヴァルキリアス』、十二歳、O型、身長百五十六センチ。

 ここ光の国・レムグランドの姫であり、この国を代表する光の神子。

 短所は、短気・頑固・大雑把。

 そしてほんの少しだけ暴力的なところが玉に瑕である。


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