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30 「ジャックを求めて六時間」

 早速リュート達は、リュートの師となり得る『ジャック』という名の元・少佐に会いに行くこととなった。

 オルフェの話だとジャックは現在、妻と三歳になる娘との三人家族で山奥でひっそりと幸せに暮らしているそうだ。

 そしてリュート達はそんな幸福な家庭のジャックに、再び戦場へ戻ってほしいという残酷宣言をしに行かなければならない。

 リュートの師匠になるということは、つまりはそういうことなのだと。

 オルフェが全然困っていないクセに、困ったような口調でそう教えた。

 リュートの闇のマナをコントロールするには、同じアビス属性を持つジャックにしか教えられないという。

 他にリュートのレベルアップをする為の方法がないので、ジャックに頼る他ないのだ。

 ジャックが住んでいるという山は、この洋館がある山からすぐ隣にあるらしい。

 歩いても約六時間程で到着出来る距離だというので、オルフェの発案通り今から出発だ。


 勧誘メンバーは、アギト、リュート、オルフェ、ドルチェの四人だけ。

 ザナハ姫は水の精霊ウンディーネとの契約を交わしたばかりで、しばらくの間は身体を清める為のみそぎを続けなければいけないらしい。

 ザナハ姫のガードの為、ミラが洋館に残ることになる。

 すでに前もって計画していたのか。

オルフェが用意させた弁当など、必要な材料はすでにメイドがオルフェの命令通りに準備していたようで、すぐにでも出発出来ることになっていた。

 数人の兵士と、ザナハ姫、そしてミラが見送る。


「大佐。道中、レベルはそんなに高くないと思いますが多少でも魔物が出ます。十分注意していってらっしゃいませ」


 ミラが敬礼しながら、オルフェに注意を促した。


「わかりました。レベルが低いのなら、二人の練習相手にはちょうど良いでしょう」


 オルフェは練習相手と称して、自分だけラクをするつもりなのだろうか? と、二人は疑った。

 それからミラが、アギトとリュートに武器を手渡す。


「これは大佐から頼まれて用意したものです。こっちはアギト君専用のブレードです。片刃の剣で、大きさや重さから見ても今のアギト君にはバランスが良く、扱いやすくなっています」


 そう言われてさやごと受け取って、アギトはものすごく緊張した。


「これが、本物の剣……!!」


 受け取った時、そんなに重くないと言われたが。思っていたよりずっしりときた。

 片手で鞘の部分を持ち、右手で柄を握り締めてゆっくりと、鞘から抜いてみる。

 しゃーっと、切れ味の鋭いものがこすれるような音を立てながら、光輝く刃の部分が見えてきて、うっすらと自分の顔が映し出された。

 刃の部分を見つめて、アギトは息を飲んだ。

 これが本物の武器、本物の剣……。これで敵を倒す。

 敵を斬り付けて、命を奪う……。

 そう考えたら少し恐ろしくなってきて、すぐにしゃっと素早く鞘の中に剣を収めた。

 はぁ〜っと、溜め息を漏らしながらアギトは鞘に付いている革の紐を、腰ベルトのように巻き付けた。


「それからリュート君、これが君専用の武器です。接近戦用のナイフと、チャクラムです。勿論敵によって使い分けてもらいますが、チャクラムは人差し指を輪の中に入れてくるくる回して、敵に向かって投げつけてください。かなりコツが必要になるので、慣れるまでは練習をしておいた方がいいかもしれませんね。弱い敵を相手にしているのならば、最初はナイフで実戦経験を積むといいでしょう」


 ミラからナイフと、チャクラムを受け取った。

 ナイフは果物ナイフの刃をもう少し大きくした感じのもので、ちゃんと専用の鞘に収められていた。

 ズボンのベルトに、ぐっと押しこんで落っことさないように取り付けた。

 チャクラムは微妙な大きさで取り出しやすい場所に備え付けることが出来なかったので、荷物を取り出して軽くしておいたリュックの中に押し込んだ。

 おそらくこっちの方は、ミラが言うように練習を積んでから使用することになるだろうから、今は使用しないという前提でリュックの中に入れるのを選んだ。


「ありがとうございます」


 二人は、ふとザナハの方に目をやった。

 そしてアギトは右手を差し出して、まるで「何かくれ」とでもいうような仕草でじっと見つめる。


「なっ、なによ!! あたしは別にあんた達に渡すようなモンはないわよ!!」と、ちょっと恥ずかしそうに言った。

「なんだ、ないのか。それが今から旅に出かけようとする戦士達に向かって言う言葉か?」


 へっ、とでも言うように、アギトは肩を竦めて右手を引っ込めた。


「じゃあ、とりあえずいってきます」


 リュートは苦笑いをしながら、アギトの裾を引っ張って連れて行こうとした。


「中尉、ザナハ姫のことよろしくお願いしますよ」

「わかりました」


 オルフェがミラに一言そう言って、四人は歩き出した。

 少し彼らの距離が遠くなってから、ザナハは両手を合わせて四人の無事を祈った。

 無事に怪我をすることなく、帰ってきますように。

 ミラはそんなザナハを見て、ふっと小さく笑った。


「姫、意地を張らずに最初から素直にそうやってみんなの無事を祈ったらどうです?」


 そう言われて、ザナハは顔を真っ赤にして「うるさーい!!」と照れ隠しをしながら、四人の姿が完全に見えなくなったのを見送って、急いで洋館の中へと戻って行った。


「本当、素直じゃないんですから」


 ふうっと溜め息をつきながら、ミラもザナハの後を追った。


 ***


 六時間も歩き続ける、そう思うだけで憂鬱だった。

 別に疲れるからとか、しんどいからとかではない。

 ただ単に『つまらない』というだけだった。

 このメンツで六時間延々と歩き続けるのはただの地獄だと、アギトはグチを言いたいのを必死で我慢していた。

 五分も経たず、アギトは沈黙に耐えきれずにしゃべりだす。


「なぁ、ザナハとかミラとか、誰か回復魔法を使える人間を連れなくて良かったのか? もし怪我でもしたらどうすんだよ!?」


 アギトは、オルフェかドルチェか。

 誰に話しかけたというわけでもなく話した。


「怪我をするのが怖いですか?」


 小馬鹿にされたような気分になって、アギトは口答えをした。


「ばーろー!! そんなんじゃねぇよ!! オレはただ、このメンツの心配をしてやってんじゃねぇか!!」

「そうでしたか、それは失礼しました」


 まだ馬鹿にされたような感じがしたので、アギトは口一杯に空気を詰め込んで膨れた。


「心配いりませんよ、回復魔法ならドルチェが使えます」

「え?」


 二人は一斉にドルチェの方を見た。

 そう言われてよく見れば、いつもドルチェが抱き抱えているぬいぐるみがくまではなく、ねこのようなものに変わっていた。


「これはケット・シー。回復魔法や補助魔法が使えるようになる」


 説明しながら、二人によく見えるようにねこのぬいぐるみ『ケット・シー』を高く掲げた。


「どんな魔法が使えるようになるんだ?」


 アギトが少し興味深げに聞いた。


「回復魔法の『ヒール』、補助魔法の『バリア』。あとはレベルを上げれば、他にもいくつか覚える」


 装備するぬいぐるみによって、多種多様な能力が備わるドルチェの能力に、リュートは素直に感心した。


「へぇ〜、すごいよね。ドルチェは持っているぬいぐるみによって、色んな戦い方が出来るんだ」

「それが傀儡師の特徴」


 相変わらずの無表情で、喜んでいるのか、不機嫌なのか、よくわからなかった。


「それにしてもヒマだなぁ〜。なんかレベルが低くていいから、魔物かなんか出ねぇかなぁ〜」


 アギトがあまりの退屈さに、とんでもないことを口走ってリュートが諌める。


「アギト、縁起悪いこと言わないでよ!! 魔物なんて、出ないに越したことはないんだからさ!! それに魔物と戦う度に、時間を取って到着する時間がどんどん遅くなっていくんだから!!」


 そう言ったが、意外にもオルフェはアギトに賛成していた。


「私としては、一回位は敵とご対面してもらいたいですね。前回は君達の戦いぶりを拝見していないので、君達の本当の実力をこの目で確かめてみたいですし。まぁ確かにリュートの言うように、魔物なんて出ないに越したことはないんですが」

「大佐まで……」


 大佐は常識人だと思っていたのに、とリュートは少しがっかりした。


「だってさリュート!! このまま数時間何もないまま無言で山ん中歩いて行くなんて、ただのハイキングじゃん! オレ達はレベルアップする為に修行してるんだぜ!? このまま武器を使うこともなく終わるなんて、そんなの有り得ねぇだろ!!」

「だったら時間を無駄にしない為に、今のうちに今後の予定でも立てればいいじゃないか。魔物が出たら、そりゃその時は戦えばいいわけなんだし。わざわざこっちから出て来〜い!! なんて言わなくてもいいでしょ!?」


 リュートの提案に、オルフェはあっさりと乗り換えた。


「そうですね、私も野郎とこのまま歩き続けるのは、ただの苦痛に思えてきました。今のうちにでも今後の予定や、打ち合わせを進めておきましょう」

「あんた……」


 アギトはオルフェのすぐ意見が変わる性格などから察して、もしかしてコイツAB型なんじゃ? と思った。


「僕、カレンダー持ってきたんです。これによると、来週から僕達ゴールデンウィークっていう長い連休に入るんですけど。この時期に精霊との契約には、まだ行かないですよね?」


 リュートが恐る恐るオルフェに聞いた。

 この時期に決定するには、あまりに修行をする訓練が短すぎるからそんなにレベルアップしていないはずだ。


「イフリートとの契約は、まだしばらく先延ばしにします。そうですね、その時期に長くここに滞在することが出来るのならば、その期間に集中的に修行するのがいいでしょう。その為には何としても今回滞在中に、ジャックを説得して連れ帰らなければいけません」


 長期滞在という言葉を聞いて、アギトが思いだしたように話しを切り出した。


「あ、そうそう!! オレ達あんたに頼みがあんだよ」

「なんです? あまり聞きたくない感じですが」

「あんたホント、ノリ悪ぃよなぁ。オレ達が言いたいのは、長期滞在する為に身内のモンとかに言い訳する説得材料が不足してるってことだよ!! 今回だってこっちに来るのに、ものすごい苦労したんだからな!!」


 オルフェの前に回って後ろ向きに歩きながら、自分達の苦労を理解させようと両手をばたばたしながら絶叫した。


「あぁ〜、そうでしたか。君達はまだ成人していないみたいですからね。随分と過保護な世界だ。たかが数日出掛けるだけで、そんなに言い訳に苦労するのですか?」

「当たり前だろ〜。大体異世界に行ってくるっていう内容だけで十分怪しいっつーのに、納得するわけねぇだろ!!」

「ホント冗談抜きでマズイんですよ、大騒ぎにでもなったら僕達もうこっちに来られなくなってしまいます」


 切実そうに訴えるリュートに、オルフェは少し目線を逸らして何かを考え込んだ。


「身代わり人形とか、オレ達の代役を出来そうなアイテムでも魔法でも何でもいいから、何かねぇのかよ!?」


 アギトがそう言うと、ドルチェがぬいぐるみを掲げようとして素早くつっこむ。


「いや、それはねぇだろ。ソッコーでバレるだろ」

「代役を作ることはできませんが。一時的に記憶を操作させることなら、出来るかもしれません」


 オルフェの独り言のような言葉に、二人は食い入るように注目した。


「なんだよそれ!? どんなアイテムなんだっ!?」

「記憶操作って、そんなことが可能なんですか!?」


 二人は期待に胸躍らせながら、オルフェの続きの言葉を今か今かと待った。


「私の調合した薬で」


 と、言いかけた途端。

 二人は続きの言葉をばっさりとカットするように口を挟んだ。


「ハイなし! 有り得ねぇ!! お前の作る薬、信用できねぇ!!」

「すみません、人体実験はちょっと……」

「失敬な、テスト済みです。人体に何の影響もありませんよ。本当に失礼ですねぇ」


 そう言いながら、全く傷ついていない笑顔でにっこりと微笑んでいた。


「本当なんだろうな!? あとでちゃんと信用できそうなミラに確認するからな!?」

「構いませんよ、ミラにも立ち会ってもらった実験結果ですからね」

「それで、どんな薬なんですか?」

「一時的に記憶を操作するというのは、まぁ言ってみれば暗示のようなものです。この薬を服用させることで、一時的に暗示にかかりやすい状態にすることが出来るようになるんですよ。君達が姿を消して、最も影響が出る人間に対してこの薬を服用させて、例えばですが『十日間アギトとリュートの存在を完全に抹消する』と、暗示をかけます。するとその言葉通り、十日間は二人のことを完全に忘れてしまうという、まぁそんな感じの薬です」


 軽く言い放つオルフェに、アギトはひくひくしながら一応つっこんだ。


「便利というか、それって普通に多用してたらヤバイ薬じゃねぇか?」

「はい、思いきり禁術扱いになっています」

「お〜い! それお前の一存で使っていい代物なのか〜!?」


 オルフェの平然過ぎる台詞に、思わず置いてけぼりになる。


「そうですね、勿論これを使用するとなれば正式な許可申請をしなければいけません。王都まで許可申請書を提出して、その回答が戻ってくるまで約一か月は待たないといけないですねぇ」

「うぉ〜い!!」


 リュートは、オルフェのワザとともいえるノリについていけなかった。

 なので普段はどちらかといえばツッコミ担当であるリュートだが、あえてつっこまなかった。

 代わりに、オルフェの弟子であるアギトがつっこんでいるからだ。

 この二人、あれだけお互いのことをイヤがっていた割に、案外気が合っているんじゃ? とか思ってしまう。


「しかしザナハ姫なら光の神子という立場と、王女という権限ですぐにでも使用できるようになると思いますよ?」

「それ先に言えーっ!!」


 右手で握り拳を突き上げ、アギトは疲労困憊しながら渾身のツッコミをした。

 二人のやり取りを見ているだけで疲れてきたリュートは、軽く受け流すようにして言葉を続ける。


「それじゃ長期間留守にしてもその薬が使えれば、僕達は言い訳を探さなくてもいいことになるんですね。よかった、それなら何の心配もなくここに来れそうだ」


 リュートの言葉にアギトは「ん?」と、何かに気付いた。


「待てよ? オレ達の存在を忘れるように操作できるんなら、別に休日に限らなくてもいつでもこっちに来れるんじゃねぇの?」

「ちょっとアギト、学校はちゃんと行かなきゃダメでしょ」


 急に突然何を言い出すのか、リュートは呆れながら否定した。


「万が一の場合だよ!! どうしても精霊との契約とか、戦争とか。そういった急な用事とか、大変な事態になった時にだけだよ!!」


 そう言い繕ってはいるが、アギトの顔は思いきりファンタジーの世界を中心に考えてる顔だった。

 今ここで適当に説得しようと思っても無駄かもしれないと、リュートは考えた。

 アギトは興奮して、回りが見えなくなっている状態だ。

 ここでヘタに否定するよりも、もっと落ち着いて頭を働かせる状況になってから、もう一度説得した方が得策だと。


「とにかくそれは、またおいおい話そうね」


 と、リュートは言葉を濁す形で締めくくる方法を取った。


「それではこちらへ来る為の問題は、これでひとつ解決したというわけですね?」


 何食わぬ顔で、オルフェが言う。


「まぁ、そうですね」


 確かにこのメンツは疲れる。

 そう心の底から痛感したリュートだった。


「それでは、ジャックを連れて洋館に戻った時にザナハ姫に許可を頂いた後、その薬を君達にお渡しします。ただし、この薬を使用するには色々と注意点があります。この薬、フォルキスという名称ですが絶対に使用する時は特定の人物に限るようにお願いしますよ? さっきも言ったようにフォルキスの処方箋は禁書扱いになっているんです。目的以外に使用した場合、例えそれが光の戦士であろうと死刑になりますので、あしからず」


「え?」と、二人は一瞬ぞっとした。

 そんな危険な薬を託されるなんて、少し恐ろしくなってきた。

 まるで自分達の世界で危険物扱いになっている麻薬とか、毒薬関係を渡されるような気分になってきた。


「これはれっきとした魔法薬なので、使用する相手の魔力が強力過ぎると効果が現れません。例えば、私やミラのように魔術に長けた人間ならば服用しても抵抗力があって思うように効き目がないので、黙って私の飲食物に混入しても何も起きませんから、無駄遣いはしないでくださいね?」

「そ……っ、そそ……そんなことするわけねぇだろ!? な? リュート!?」

「うろたえるのやめてくれないかな? 変に僕まで疑われるから、冗談でも巻き込まないでくれる?」


 リュートが本気で迷惑そうに、アギトに言った。

 隣でアギトがしくしく泣きマネしてるのが目に入ったが、とりあえず無視しておいた。


「でも、特定の人物って。まず家族は当然だよね? あとは学校の先生、とかかな?」

「警察のおっさん達は?」

「う〜〜ん、今は別に自宅訪問してきたりとかはないから、いいんじゃないかな? 出来るだけ人数は少ない方が良さそうだし」


 二人は悩んだ。

 もっと都合良くいくかと思ったが、そうもいかない。


「まぁ、帰るまでに考えておいてくださいね? 人数分調合しないといけませんから、明日の昼までにはお願いしますよ?」

「え〜〜っ!?」


 またひとつ、悩み事が増えてしまった。

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