29 「師事システム」
リュートとアギトは重たい足取りで、昨日訪れたことのある訓練所へと向かっていた。
廊下を歩いていると、知らない兵士に軽く敬礼されたり、メイド達から好奇な目で見られたりしていた。
まぁ無理もないかと、二人はとっくに諦めていた。
自分達の世界でも奇異な目で見られるのはいい加減慣れっこだったので、今更気にしたりはしなかったが、
やはりこちらの世界でも異世界から来た人間は珍しいのだろう。
もしかしたらこの国に協力する『戦士』という特別な存在が、この扱いになっている……といった方が正しいかもしれない。
二人はとりあえず会釈されたら、自分達も軽く会釈するように心がけるが、ちょっと面倒臭かったので訓練所へ急ぐハメになった。
少し迷いかけたが、あれだけ広い訓練所だ。
そうたいして時間もかからず辿り着くことが出来た。
アギトが扉に手をかけて、ぎぎぃっと開ける。
すると中は昨晩程の人数はいなかった。恐らく日中はそれぞれ仕事でもあるのだろう。
少しがらんとした広い部屋の中、長身痩躯の金髪メガネはすぐに見つかった。
その横にはドルチェも一緒だったが、ザナハ姫とミラ中尉の姿だけはない。
オルフェは二人が来たことを確認すると、いつもの嘘笑いが本心を隠した。
「時間を言わなかったとはいえ、随分と遅かったですね?」
早速イヤミを言われる。
「食堂の場所もわかんなかったし、ここへ来るのも道順とかよくわかんなかったし?」
口を尖らせてアギトが反論。
メガネの位置を直した際、光がメガネに当たって瞳を覆い隠す。
その顔が少し怖かった。
「まぁいいでしょう、これからはこの洋館の地図と時計を渡しておきます。時間も一分一秒きっちり連絡しておけば、もう遅刻したりなんかしませんよね?」
『すみません』
二人の深々と頭を下げた謝罪の言葉が綺麗にハモった。
「素直が一番」
二人の無様な姿を見てドルチェが一言冷たく言い放ち、アギトはドルチェを睨んだ。
場の空気が少し悪くなったのも介せず、オルフェは淡々と本題に入った。
「さて、今日はノームデイ。今日と明日しか二人がこの世界に滞在することが出来ないので、サクサクいかせてもらいますよ?」
オルフェの合図にアギト、リュート、ドルチェは注目した。
「昨日はとりあえずこの世界の仕組みと、アビスとの戦争をしている理由、そして我々の旅の目的を説明しました。ちゃんと覚えていますよね?」
そう言われて、リュートはどきりとする。
時間をもらってゆっくりじっくり思い出せば、質問されても答えられるとは思うが正直自信はなかった。
オルフェから何か質問されるのではないかと、緊張が走り冷や汗が出てくる。
しかしオルフェの口から出た言葉は意外だった。
「ま、それはそれとして。あとでまた適当に復習してもらえれば、それで構いません。理屈や言葉だけ並べ立てても、あまり役には立ちませんからね」
それを聞いて、がくっとズッコケたくなる気持ちを必死でこらえた。
「それに異世界から来た戦士に一応この世界の仕組みなどを話すのは、以前からのルールみたいなものでしてね。常識のない戦士を味方につけても迷惑なだけですから。しかし今我々が必要としているのは、なんといっても戦うための実力です。君達の話や行動から見て、魔法に慣れ親しんでいる世界に住んでる……とは言い難い様子ですが、正直どうなんです?」
腕を組んで、オルフェが二人に質問をする。
その返答次第で訓練の内容が変わるのだろうか? と、二人は考えた。
しかし嘘を言ってもすぐに見破られそうな感じはしたので、二人は正直に答えることにした。
「えっと、正直僕達の世界に魔法を自在に操るような人間は、いないも同然です。まぁ霊能者とか、スピリチュアルな人が数人いたりもしますが、僕達は魔法に関しては全くの素人で……」
リュートは正直に素人宣言をした。
「オレは知識だけは自信がある!! 確かに今は魔法なんて使えねぇけど、飲み込みは早いと思うぜ!! てゆうか、ぜってー自在に操れるようになりたい!!」
アギトは返答というよりも、希望を言っていた。
二人の回答を聞いてオルフェはにっこりと微笑んだ、その笑顔が一体どういう意味で作られたものかはわからない。
「わかりました。とりあえず君達二人が魔法に関しては全くのズブのド素人だと、判断させていただきます」
「知識はあるっつってんだろうがっ!!」
アギトが身を乗り出して、オルフェに言葉の訂正を求める。
しかし自分より遥かに身長の低いアギトに対して、全く迫力を感じないのか。
全く相手にしていないのか。
オルフェはこほん、と軽く咳払いをして言い返した。
「さっきも言ったはずですよ? 理屈や言葉だけ並べ立てても何の役にも立たないと。我々が求めているのは戦う力、実力。戦闘能力を高めてもらわなければ、ただの足手まといだと言っているんです」
オルフェのもっともな言葉に、アギトはぐぅの音も出なかった。
勢いがしぼんでしまって、ぶつぶつ文句を言いながら後ろに下がってリュートとドルチェの間に戻って行く。
アギトの様子にはお構いなしで、オルフェはまたも淡々と話しを続ける。
「そこで君達にはイフリートとの契約の前に、多少でも戦う力を身に付けてもらわなければいけません。ザナハ姫やミラ中尉の回復魔法も無尽蔵に行なえるわけではありませんからね、MPの浪費は何としても避けたい。また後ほどイフリートとの契約に向かう日程などは相談させてもらうことになりますが、それまでの間の時間は全て。君達二人のレベルアップに使うことにします」
ファンタジーらしくなってきた、とでも思ったのだろう。
アギトの態度がさっきまでのふてくされた顔から一変、急にキラキラと夢に満ちた少年の顔つきへと変わった。
「で? 一体どんなことをするんだ!?」
わくわくしたような態度でオルフェに詰め寄る。
反対にリュートは少し一線引いていた。
さっき食堂で会った二人の兵士、チェス少尉とグスタフ曹長の話を思い出したからだ。
大佐の訓練は死ぬほどキツイ。
知力、体力共に平均的なリュートにとって、知的な魔術の訓練であっても、体力的な戦闘訓練であっても、どっちも耐えられる自信がなかった。
オルフェはとりあえずアギトの質問に答える形で、今後の訓練方法を説明しだした。
「まず二人には師事する人物の元に弟子入りする、という形で訓練してもらいます」
「それって僕達二人共、大佐の元に弟子入りする……ということになるんですか?」
リュートの質問にオルフェは少し違う、とでも言うように、軽く首を振った。
「師事する人物との相性もあるんですよ。必ずしも私の元に弟子入りしてもらうということではありません。というかそもそも私は、弟子はあまり取らない主義でしてね。人に教えるのは面倒臭いですし。子供は嫌いですし」
「なんだよ、やる気ねぇなぁ」
オルフェの気だるい言葉にイラッときて、アギトがいつものように両手を頭の上に組んでケチをつけた。
「そうです、やる気ないです。でも状況的にそうも言ってられなくなってしまいましたからね、少しはやる気を出すつもりです。そこで少々勝手で申し訳ありませんが、すでに君達が誰に弟子入りするのか。私の方で決定させていだきました」
えっ? となって、二人は真剣な顔になる。
師事するということは、その人のことを一生師匠として付き合っていくことになる。
これはかなり重要なんじゃないかと、二人は生唾を飲んだ。
というより、二人は『このメガネじゃありませんようにっ!!』と切に願っているようでもあった。
オルフェはドルチェから資料らしきものを受け取って、それをヒラヒラと振って説明する。
「これは君達の検査結果報告書です。資料には君達の属性、身体能力、その他もろもろ。ほぼ全てのデータが網羅されています。この資料によれば、まずはアギト」
「おう!!」
名前を呼ばれて思わず返事をしてしまう。
「君の属性は火と光、マナ指数880、HPと攻撃力。それに防御力は人並み以上に上昇しやすい反面、MPと魔法に対する防御力が致命的と言っていい程に低い。物事に対する器用さから武器の扱いも普通に扱えるようですが、何か希望の武器とかはありますか?」
そう聞かれて反射的に答えた。
「剣!! これっきゃない!!」
「剣術の経験は?」
「……ない」
「剣を選んだ根拠は?」
「……カッコイイから」
「ハイ、よくわかりました。君、バカですね?」
「ぐっ!!」
しかし、反論出来なかった。
「続いて、リュート」
「は、はい」
リュートはゲームとかに興味がなかったので、マニアックなことを言われてもピンとこないだけに、さっきのアギトのように質問されたら何て答えたらいいのか全くわからなかったので、余計に緊張した。
「君の属性は風と闇、マナ指数885、殆どの能力が平均的ですが。敏捷性と器用さはアギト以上ですね。しかしあまり平均的過ぎるのもかえって危険です。とりあえず君の方は、体力的に鍛える必要性が出てくるかもしれません。私の見立てではその敏捷性と器用さを活かす為に、投擲系の武器やナイフ系が良さそうですが。どうです?」
「トーテキ系って、何ですか?」
「ナイフ、拳銃、チャクラムなど。武器を使って敵に向かって投げつけたり、攻撃したり出来る武器のことですよ。簡単にいえば遠距離攻撃タイプ、ということになりますね。これなら多少HPや防御力が低くても、敵から距離を取って攻撃回避。更に敵に対して攻撃可能になります。その敏捷性をもっと活かすことが出来れば、敵の意表をついた攻撃をしたり、かく乱したりする遊撃タイプにもなれます」
「お前そっち系の方が向いてんじゃねぇか!? ガキ大将に向かって石を投げさせれば、右に出る者なしじゃねぇか!!」
「う、うん。まぁ敵から離れて戦えるんなら、確かに僕に向いてるのかも……」
リュートは意外にも、なんだか褒められたような感じがして悪い気持ちにはならなかった。
絶対足手まといだとか、役に立たないとか。
何のメリットもないとか言われたら、本気で泣くかもしれないと思っていた。
「二人の特徴としては、まぁこんなところです。そこで独断と偏見で考えたところ、アギト。君は体力的な面において極めてもらうことと、魔法に対する弱点を克服してもらわなければいけません。君は、自分で思っている以上に魔法に対する才能が皆無に等しい。別にゼロの人間に多くを求めようとは思いませんが、その魔法防御力の低さだけはなんとかしないと即死必至です。なので非常に痛いことですが、君は私の弟子入り決定です」
がぁ〜〜ん。
死刑宣告をされたような、顔面蒼白に加えてアゴまで外れたアギトはがっくりと肩を落とす。
しかしがっかりしているのはオルフェも同じだった。
大きな溜め息をついて明らかに面倒臭そうな、そして迷惑そうな表情で気持ちが完全に落ち込んでいるのがわかる。
こんな時だけはいつもの笑顔で感情を隠さないんだ、とリュートは心の中で思った。
それだけイヤなんだと。
「そしてリュート、君だけはレムグランドの人間が師事することが出来ないようになっています」
「えっ!?」
突然の完全否定に、リュートは声がひっくり返った。
「な、なんでですかっ!?」
「君の属性はアビスのものです。体力的に鍛えることは出来ても、マナのコントロールの仕方などの精神的な面において、レム属性とは全く種類が異なるんですよ。よって教え方も全く違ってくるので、ヘタに教えようとしてもそれは逆効果を生みだして最悪の場合、訓練中にマナが暴走してビッグバン現象に近い、不測の事態が発生する恐れだってあるんです」
「そんな……」
それではこのレムグランドにいる限り自分に戦い方を教えたり、今オルフェが言ったようなマナのコントロールの仕方を教わることができなかったら、自分はレベルアップすることが不可能になってしまう。
突然発覚した事態に、リュートは自分の属性を恨んだ。
どうして自分だけいつも違うんだろう。
自分だけがいつも、回りの人間の足を引っ張って、足かせになって、役立たずと言われたも同然だった。
こんな時はアギトがいつも自分の代わりに何か反論してくれたり、他のアイディアを考えたりしてくれそうなものだったが、まだショックの影響が残っていて魂が抜けた状態になっていた。
今のオルフェの話が全く聞こえていなかったのだろう。
まだ血の気の引いた顔のまま「はは……」と浅く苦笑いしていた。
そんなリュートの動揺を一気に拭い去るドルチェの一言で、光明が射した。
「レムグランドに一人だけ、アビス属性の人がいる」
ぼそりとしゃべったその台詞を、リュートは決して聞き逃さなかった。
「えっ? 僕に師事してもらえるような人が、この世界にいるのっ!? 一体誰なんですか!?」
オルフェはにっこりと微笑んで、その者の名を口にする。
「その人物の名はジャック。レムグランド国の元・少佐であり、私のかつての戦友でもあります」
ジャック?
どこかで聞いたような気がした。
しかし、胸の奥に引っ掛かったみたいによく思い出せなくて、なんだか気持ち悪くなってきた。
「とにかくその人なら、僕みたいなアビス属性でも色々教えてもらえるんですね!?」
期待に胸を膨らませて、リュートはオルフェに詰め寄った。
もうその人だけが唯一の希望とでも言うように。
しかしオルフェの声は、少し困ったようなニュアンスへと変わった。
勿論表情からはとても困っているという風には全く見えなかったが。
「現時点では彼に頼る他ありません。このレムグランドで唯一のアビス属性の人間であり、元軍人、戦いの経験も私と同等の実力を備えた猛者です。ただ、彼は魔術の才能は皆無でして。マナのコントロールだけなら一般教養ですからジャックでも教えることは可能ですが、魔法を扱う技術だけは期待しない方がいいでしょう。どちらかといえば、筋肉バカです。体力的に自信のない君にはもってこいかもしれませんが、筋力が異常に発達すると敏捷性を損ないかねません」
「それでも構わないです!! その人しかいないなら僕、その人のところに弟子入りします!!」
リュートの意外なノリ気に、オルフェのメガネがキランと光った。
え? 何か企んでる?
オルフェの企みスイッチか何かを、どこかで押してしまったのだろうか?
リュートの背筋が凍って、寒気がする。
嫌な予感がしてきた。
「実は彼はさっき『元・少佐』と称したように、すでに退役していましてね。今は山奥で木こりをしながら、普通に結婚して普通にひっそりと幸せに暮らしているんですよ。そんな彼にもう一度軍に戻って、君に師事してもらうように依頼をしに行かなければいけません。ジャックからもらった手紙によると、もうすでに三歳になる娘もいるようですし。私としてはそんな彼にもう一度血生臭い戦場に戻って来いなんて、とても言いづらくてねぇ」
あぁ、わかった。
ようするにアレか?
リュートにその汚れ役を押しつけようとしているのか?
オルフェの考えはわかった。
よ〜くわかった、とリュートは目まいがしてきた。
全部この男の策略であることが!!
さっきオルフェはジャックが相当な猛者であることを、ものすごいアピールしていた。
つまり師事システムがなかったとしてもジャックには何らかの理由で、一番簡単な理由は戦力なのだろうが。
ジャックの力がどうしても必要な事態にまでなっているんだろう、恐らくは。
それで幸せな家庭を壊させる為にリュートを、アビス属性を都合よく持って現れた自分をダシに……。
リュートは隣でがっかりしているアギト同様、浅い苦笑いを浮かべた。
しかし、全部が全部騙しではないだろう。
はっきりと理解したわけではないが、リュートの師匠となり得る人間がジャックしかいないのは確かかもしれない。
それが真実であるならばリュートは、結局はオルフェの手の上でバカなピエロのようにくるくると舞い踊るしか道はない。
確信に近い推測を頭の中で巡らしていたら、オルフェがトドメに一言告げた。
「運が良いことに、ジャックが住んでる山は結構近いんですよね! 今からここを出発すれば、今日の夕方には到着出来そうな勢いなんですが。早速出発準備しましょうか!」
楽しそうに笑顔で言い放つこの陰険なメガネに、投擲でも投げつけてやりたい衝動に駆られたリュートだった。




