28 「チェスとグスタフ」
オルフェ達による『世界観説明会』は、ひとまず幕を閉じた。
ミラが時間や二人の状態を見て気を使ってくれたこともあり、二人は用意された部屋まで案内されて、すぐに着替えていた。
パジャマではなく、Tシャツやスウェットなど。主にジャージ類だ。
とにかく今日は『疲れた』の一言だった。
朝から学校で授業を普通に受けて(アギトは居眠りしていたが)、一旦リュートの家に帰ってからそのままカバンを持ちかえて廃工場へと急ぎ向かって、警察の目をかいくぐり廃工場の最上階から決死のダイビング、レムグランドに到着してオルフェ達と再会、そしてあの長い説明会。
別に戦闘をしたわけでもない、それに厳しい修行をしたわけでも。
それでも、世界観を把握する為とはいえ長々とオルフェの講義を聞くのは、かなりしんどいものだった。
特にリュートなんかは、ファンタジーの世界にあまり詳しくないこともあって、アギトに比べたら疲労は相当なものだ。
眠たそうに着替えるリュートに、アギトは声をかけた。
「なぁ、さっきのオルフェ達の説明。ちゃんとわかったか?」
アギトの言葉に、ズボンを穿いてとろんとした目のまま、リュートがぼそりと答える。
「うん……、多分わかったつもりだけど……。明日になって精霊の名前を言ってみろとか言われたら、メモ帳見ないと答えられないかも……」
「ま、安心しろっていうのも変だけど。そういう内容だったらオレがフォローするし大丈夫だって。その辺はゲームと同じような内容だったしよ」
着替え終わって、二人はばたんとベッドに横たわった。
「あ〜〜っ、疲れた……」
思わずリュートが漏らした言葉に、アギトも異論はなくそのままベッドに沈んだまま深い眠りに落ちそうだった。
ふんわりとした枕に顔をうずめながら、アギトがぼそりと呟いた。
「明日は何すんだろ? ザナハのやつ、もう水の精霊と契約し終わったって言ってたし。まさか明日いきなりイフリートん所に行くつもりじゃねぇよな。それはさすがに無謀だ。ゲームのままいくなら、イフリートは好戦的な性格だから話し合いの交渉で契約に応じるとは思えねぇ。ぜってー戦闘が待ってる。オレ達レベル1だぜ? 勝てるわけねぇって。しかも契約すんのはオレだから、戦闘には強制参加ユニット決定なワケだし。シャレんなんねぇ」
ひとしきり思ったことを口にするアギト。
返事がないことに気付いて、思わず不安になる。
「なぁ、リュート。聞いてっか!?」
アギトの呟きに全く相槌とか、返事が返ってこなかったので上体を起こしてリュートの方を向いた。
するとリュートはよっぽど疲れたのか、ぐっすりと寝息をたてて熟睡していた。
「まぁ仕方ねぇか。こいつにとったら攻略本に書かれてる内容を一気に読まされた位の勢いで、色んな単語がたくさん飛び交ってたもんな。そりゃ疲れるわ」
そう納得して、アギトはまたばたんっとベッドに倒れて。
そのまますぐに意識がなくなった。
***
翌日、アギト達は突然目に入った陽の光によって、なかば強制的に起こされた。
何事だと二人は眠たい目をこすって回りを見ると、そこにはメイド服を着た知らない女性二人が部屋のカーテンを全開にしており、アギト達が目を覚ましたことに気が付いて「おはようございます」と笑顔で声をかけてきた。
一瞬ワケがわからない状態だったが、すぐにここが異世界レムグランドだと思いだした。
「んだよ、ここって起きる時にメイドが勝手に部屋ん中入って来て、うろうろすんのかよ。落ち付かねぇ〜」
まぁ確かに、とリュートは思った。
リュートの家では自分が寝てる時でも、朝が早い母親とか。
たまに早起きした弟か妹が回りをうろうろすることがあったが、母親の場合は起こさないように気を使ってくれたりしていたが、知らない人に部屋の中を勝手に色々されるのは、気持ち的にあまりいい気分にはなれなかった。
おもむろに部屋の中にかけてあった時計を眺めたら六時だった。
リュートの家に厄介になってたこともあって、六時に起きるのはさすがに慣れてきていたアギトだったが、昨日の今日だ。
まだ眠いものは眠い。
メイドがテーブルにぬるま湯を入れた丸い洗面器みたいな容器と、顔を拭うための白い柔らかそうなタオルを置いた。
扉の前に立って軽く会釈すると、メイドは営業スマイルでアギト達にこの後どうしたらいいのか話してくれた。
「アギト様、リュート様。お着替えが済みましたら、食堂の方へお越しくださいませ。そちらで朝食を取られましたら、訓練所の方へ来るようにと大佐からの伝言でございます」
そう言って再びお辞儀をすると、メイド二人は部屋から退室した。
部屋の中に二人だけ残されて、寝ぼけた二人はまだしばらくぼ〜っとしていた。
しかしいつまでも部屋でぼ〜っとしているワケにはいかないと、あたたかいベッドからイヤイヤ這い出して重たい足取りでテーブルの方に向かい、顔を洗った。
顔を洗って多少はスッキリしたのか、二人は早速家から持ってきた動きやすい服に着替えて食堂へ向かうことにした。
「……って、あれ? そういえば食堂ってまだ行ったことなかったよね、どこにあるんだろ?」
「まぁその辺うろうろしてるメイドだか兵士だかに聞けば、案内してくれるんじゃねぇの?」
「それもそうか、とりあえず部屋を出て早く何か食べよう。お腹ペコペコだよ……」
思い返してみれば、昨日はすぐさま『世界観会議』に突入したものだから、茶菓子以外に何も食べていなかった。
お腹がすいて当然かと思いながら、二人は部屋から出ようとした。
「おっと、カップラーメンかパンか。他に何か持って行くか?」
と、アギトが自分のリュックを指さしたが、リュートは首を振った。
「とりあえずどんな食事が出るのか見てからにしない? せっかく食事を用意してくれているのに、いきなり自分達の世界から持ってきた食べ物を食べるのは……。さすがに失礼なんじゃないかな」
そう言って二人は仕方ないかとでもいうように、そのまま部屋から出て行って食堂を目指した。
***
部屋から出ると、別に廊下を巡回する兵士とかはいなかった。
たまに遠くの方でメイドが掃除していたり、何かを運んでいたり。
声をかけようとしたらすぐに姿が見えなくなった。
ふと廊下にある窓から外を眺めたら、外はいつものように一定の間隔で兵士が見張りに立っていた。
それ以外は特に珍しいものはなかったので、二人はまず食堂がどこにあるのか探すことにした。
「そういえば大佐が何時までに訓練所に来い、とか言ってなかったかな? あまり長い時間待たせるわけにもいかないよね。やることがたくさんあるみたいだったし」
「食堂の場所を教えなかったメイドが悪い!! 遅れても食堂を探してたとか何とか言って言い訳すりゃいいって」
両手を頭の後ろに組みながら、アギトは悪びれた様子もなく平然と言った。
見かける扉ひとつひとつ開けては閉めてを繰り返して(開かない扉もたくさんあったが)、二人は食堂を探した。
「こういう洋館だと、食堂ってどこにあるものなんだろう?」
リュートの質問に、アギトは色んな記憶をたどってリサーチした。
「う〜〜ん、大体一階とかか?」
窓から外を眺めた感じだと、ここはおそらくニ階だと思い二人は下へ下りる階段を探すことにした。
「あ〜〜、探すモンばっかじゃねぇか!! でも探検してるみたいだからそんなに悪くはねぇが、とにかく腹が減って考えがまとまらねぇ!!」
空腹になると途端にイライラしてくるアギトは、もはや限界に近かった。
「あ……」と、リュートは外に目をやって、そこにミラを見つけた。
何をしているのかはわからなかったが、アギトの様子を見た限り背に腹は代えられないと、恥ずかしい思いを必死でこらえて、窓を開けて外にいるミラに向かって大声を張り上げた。
「す、すみませーん! ミラさーん!!! あ……、おはようございまーーす!!」
リュートの声に気が付いて、ミラは笑顔になり軽く右手で挨拶をした。
「食堂ってどこにあるんですかぁー!?」
リュートの質問に、ミラも大声を出して教えてくれた。
「そのまままっすぐ進むと左手に、下へ下りる階段があります!! 階段を下りて右側を見たら大きな扉があります、そこが食堂になっていますよ!!」
「ありがとうございまぁーーす!!」
お礼を言ってミラがまた右手を振ると、そのまま仕事中なのか。
すぐさまどこかへと行ってしまった。
***
二人は早速教えられた通りに真っ直ぐ行くと、言われた通りに階段があった。
駆け足で下りて行き、すぐ右手にある扉を開けたらすごく美味しそうな匂いがすぐに鼻に入って来た。
「美味そ〜〜な匂い!!これは案外期待できるかもな!!」
そう言うと、アギトはとりあえず食堂の中にいたメイドに声をかけた。
メイドはすでに話を聞いていたのか。「お好きな席へ座ってお待ちください」と言って、厨房らしい所へと入って行った。
食堂の中には、夜勤明けの兵士かどうかはわからないが、何人かが席に着いて食事していた。
暑苦しい鉄製の兜や鎧は外して、軽装になっていた。
この時ばかりは自由時間なのか、全員気の緩んだ顔になって世間話でもしながらゆっくりと満喫している。
二人はとりあえず適当な場所に座って食事を待った。
異世界といっても、食堂は食堂だった。
別に不思議なものとか、珍しいものとかは特にない。
回りにいる人間が兵士である、ということ以外は。
二人はようやく食事にありつけるということで、わくわくしながら待ってる間、訓練所で何があるのか話し合った。
「訓練所で何やんのかなぁ〜? 昨晩見たオルフェの火、見たか!? 手の平の上で火が点いてたんだぞ!? すごくねぇか!? ロウソクとかライターに点いた火みたいにだぜ!? オレ達もあんな風に自由に魔法使えたりすんのかなぁ〜〜??」
瞳をキラキラさせながらアギトが興奮しだした。
「でもアギトは剣士希望なんでしょ?」
「騎士っていうのもカッコイイけど、魔法剣士も捨てがたいんだよなぁ〜」
まるでゲームの主人公のジョブチェンジみたいに、軽い発想で話は続く。
それを隣で聞いたのか、兵士が興味深げに話に入って来た。
「よぉお前らか、異世界からやって来た戦士っつーのは!! オレは大佐直属の部下でウィンチェスターってモンだ、よろしくな」
茶髪の若い兵士、顔は一見いかついが人懐っこい感じのオーラが出ているのがよくわかる。
気さくな兄貴っぽい男だった。
そのウィンチェスターの明るい態度に警戒心が薄れたのか、二人も思わず素直に挨拶していた。
「オレはアギト、んでこっちがリュートだ。大佐ってオルフェのことだよな? ぶっちゃけどんな訓練とかすんのか知ってる?」
アギトの質問に、ウィンチェスターの顔が一気に曇った。
ウィンチェスターの向かいに座って食事していたもう一人の兵士、その男も突然食事の手が止まり顔が青くなっている。
「え、何? そんなキツいの?」
急に心配になってくるリュート。
「いや……キツイってもんじゃねぇってボウズ達。なんだ、食事が終わった後に大佐から直々に特訓させられんのか? 可哀相に……」
「えっ、なんだよ……! テンション下がんじゃん!!」
瞳のキラキラは消え去り、不安が募る。
向かいに座っていた男、後頭部は刈り上げているが頭の上の方の髪は長く後ろに結ってあり、体型は体育会系みたいにがっちりとしていた。
その男が口に含んでいたスパゲティを一気に飲み込んでから、話に加わる。
「ありゃこの世の地獄だな。オレ達は数十年前の大戦を経験してないけど。もしかしたら匹敵すんじゃねぇのか?」
「あ、こいつはグスタフ」
ウィンチェスターが親指で指して紹介した。
「二人とも、大佐の部下の方なんですか?」
「おうよ」
二人の兵士はまるで人見知りしないのか、普通の知り合いみたいに受け答えしてくれていた。
「オレはウィンチェスター・ヒューゴス少尉、みんなからはチェスって呼ばれてる」
にかっと、キザっぽく白い歯を見せて笑顔になる。
「オレはモアグスタフィル・ロウレン曹長、さっきこいつが紹介したようにグスタフって呼ばれてる、よろしくな」
「オレ達二人とも大佐直属の部下で、毎日鬼忙しくコキ使われてんのさ」
「へぇ〜……」と、リュートとアギトは空気の漏れたような返事をする。
「あのさ、さっきの話なんだけど。オレ達ってぶっちゃけ死ぬのかな?」
単刀直入過ぎる質問に、二人は大声で笑い飛ばした。
「わっはっはっ、心配すんな!! 大佐のことだ、死なない程度にセーブしてくれるから大丈夫大丈夫!!」と、チェスが不安をかきたてる。
「そうそう、いざとなったらミラ中尉の蘇生魔法でも回復魔法でも使用して復活。地獄の訓練の再開がすぐにでも出来るから、まぁ死にはしないさ」
余計に恐怖感が増してくる。
言いたい放題好き勝手言って、チェスは腕時計を見て慌てた。
「おっと、もうこんな時間だ。休憩終わり!! 行くぞグスタフ」
「おう」
そう返事したグスタフは急いで残りのスパゲティを口の中一杯に詰め込んで、席から立ち上がり手を振って、リュート達に「それじゃあな」「冥福を祈る」と縁起の悪い挨拶をした。
メイドにも顔見知りなのか、「ごちそうさん!」と挨拶してようやく食堂から出て行ってしまった。
再び静かな空気が流れる。
「何だったんだ、あの二人は結局!」
不安をかきたてるだけかきたてておいて、そのまま笑顔で出ていくとは……という顔でアギトが入口の方を睨んだ。
「ちょっと食欲、減ったかも……」
すっかり二人の言葉を気にして、リュートはがっくりと肩を落としていた。
「な、な〜に大丈夫だって!! あの二人にとってツラかっただけのことよ!! オレ達は選ばれし戦士なんだぜ? きっと楽勝だって!! ……きっと」
後半、消え入りそうな声になってアギトも肩を落とした。
溜め息交じりになっている時に、メイドが元気よく朝食を持ってきた。
「大佐から特注で注文を承った特別メニューでございます!! どうぞ召し上がってくださいませ!!」
気のせいか笑いの混じった台詞に、不思議に思いながら視線を食事の方へと持って行く。
子供用に作られた可愛らしいイラストの入った一枚皿に、グループ別の枠がある。
そこには小さなハンバーグ、小さく盛られたポテトサラダ、レタス一枚、赤いタコさんウィンナーがニ個。
食後のプリン、そして丸く形作られたチャーハンの上には、爪楊枝で作られた旗が刺さっていた。
お子様ランチ?
「あのクソメガネーー!! オレ達のこと完全にバカにしてやがるーーっっ!!」
「バカにしてるというか、これ完全に子供扱いだよね。なんだろ、なんか……さすがにムカつくなぁ」
アギトはテーブルをバンッと叩きつける程、怒りまくったが空腹には勝てず。
これでは足りないと更に追加注文をして、大人しくお子様ランチを綺麗に残さずたいらげた。
***
食事も終わって、食休みをする。
食事内容はファミレスと大差なかった、食材も変わったものは特になく、どれも見たことのある食材で逆にがっかりした。
食堂にある時計を見る、七時半だ。
そろそろ訓練所の方へ行かないと怒られそうな頃合いだと思ったが、行きたくないという気持ちもあった。
「ホント、どんな訓練が待ってるんだろ?」
リュートはコップの水を飲みながら、溜め息交じりにそう言った。
「ここ、どこもかしこも軍人だらけだもんな。軍隊式訓練とか? ホラ、なんとかキャンプってダイエットDVDが流行ってたろ? あんな感じ?」
「ただの筋トレだったら向こうでも出来るのにねぇ」
テーブルに突っ伏しながらリュートが伸びをする。
そしてまたしばらく沈黙が続く。
「もう行こうか。あんまり遅くなって、訓練メニューを増やされたりしたらたまんないし」
二人は「やれやれ……」とでもいうように、ゆっくりと席から立ち上がり厨房の近くにいるメイドに向かって、さっきチェスがしたように「ごちそうさま」と声をかけて、食堂から出て行った。




