27 「精霊との契約」
全てに目を通しているつもりですが。
数字の表記に関して。
レベル、マナ指数などの数字は、わかりやすく「123……」と表記します。
人数、日時などは「一二三……」で統一させたいと思います。
よろしくお願いします。
リュート達はメイドが用意してくれた茶菓子を食べ、温かいお茶を飲みながらオルフェの話を大人しく聞いていた。
ようやくこの世界の仕組みや、三つの国の関係など。
そういった情勢がハッキリしてきたからだ。
これをちゃんとわかっていなければ、今後自分達がどんな判断をして、どんな行動を取ればいいのか。
そのヒントになるのは、まず間違いなかった。
そして話の本題は、遂に『神子』の存在に触れてきた。
「神子の役割はズバリ、減少したマナ濃度の還元能力を急激に活性化させることにあります。マナ濃度の消費ならば、人為的に急激消耗することは簡単です。魔法の無駄遣い、資源の無駄遣い。そういったことを繰り返せば急激にマナは減少していきます。しかしマナの再生だけは、人間の力ではどうにもなりません。いくらマナを節約しようとも、再生にかかる時間を早めることができないんです。それが出来るのは、人間の力を超えた『力』のみ。つまり、上位精霊の力を借りるのです」
オルフェがここまで説明した時、アギトの独り言がこの緊迫感を一気に台無しにした。
「つまり運動せず甘いモノを食べまくって急激に太ることは簡単だが、元の体型に戻るためにダイエットを始めても、急激に脂肪を減らすことは難しい……ってことか」
しん……と、一瞬にして静寂に包まれる。
オルフェは完全に無視してお茶をすすり、ミラは次に説明する為の資料を漁り、ザナハは冷たい視線でアギトを横目で見て、ドルチェは我関せずという顔でくまのぬいぐるみと戯れていた。
リュートだけが「あはは……」と浅く笑いながら、この空気に耐えられないという苦笑いをずっと浮かべていた。
ようやく変な空気になっているのに気が付いたアギトだったが、ストッパーが自分だったことには気づいていない様子で『なんで続きを誰も話さないんだ?』という怪訝な表情を浮かべていた。
こいつは鈍感だ……というのを把握して、オルフェがコホンと咳払いをしてから気を取り直して説明の続きに入った。
「通常上位精霊との契約には、基本属性の精霊との契約がなければ不可能です。基本属性とは、レムならば『火』『水』『雷』の三つ。アビスならば『氷』『風』『土』の三つになります。『火』『水』『雷』の精霊と契約を交わすことが条件となって、ようやく上位精霊である『光』の精霊と契約を交わす権利が得られるのです。勿論この手順は、アビスでも全く同じです」
一気にたくさんの種類の精霊が出てきて、リュートは少し混乱してきた。
アギトが余裕の表情で聞いているのを見て、少しだけ憎らしく……そして羨ましく思った。
おそらくこれも、ゲームか何かで得た知識に近いもので、覚えるのにさほど苦労していないのだろう。
リュートが必死になってメモしているのを他所に、アギトはここに来てようやく質問し始めた。
「その精霊との契約は誰でもいいのか?」
「いえ、主に精霊との契約を交わすことが出来る人間は、マナ指数が800台の者に限られているのです。つまりあなた達、戦士と神子にしか契約を交わすことが出来ません」
ミラからの説明で、また新たに初めて聞く単語が出てきた。
「えっと……、マナ指数って?」
アギトが質問する。
「この世に生きる全ての人間には、持って生まれた資質というものが存在するの。それを数値として表したものが『マナ指数』と呼ばれてるのよ。主に魔術に関する資質だと思っていいわ。魔術の得意な人間ならこの数値が高くて、才能のない者は数値が低い。そして800台のマナ指数は更に特別な資質を持っていて、これは戦士と神子になる可能性を秘めている者にしかこの数値が現れることがないの」
ザナハが得意満面の表情で説明した。
アギトはそれを聞いて、ふ〜んと軽く受け流すのかと思ったら意外にも食いついてきた。
「それって、オレ達もその特別な資質があるってことなんだよな!?」
アギトの興味津々の顔色に、オルフェは笑顔で受け流した。
「それはおいおい説明しますよ、ずるずると話の論点がズレていきそうなのでね」
オルフェのキツイ一言に、アギトがぶす〜っとした表情になったが目の前にあったチョコクッキーですぐに機嫌を直した。
「ザナハ姫の説明にもあったように、精霊との契約には800台のマナ指数を持つ人間。つまり戦士と神子にしか契約の権利が与えられていません。ですから、精霊との契約はあなた達にしてもらいます。契約にも色々と制約というものがありまして、一人の人間が契約を交わせる数は全部で三体までと限定されています。しかも一体の精霊につき、契約を交わせる人間は一人だけなので二重契約を交わすことも出来なくなっています」
「え? 意味わかんねぇ……」
アギトが初めて理解に苦しんだ。
それでもリュートは、ちまちまとメモに一生懸命書きまくっていた。
その様子を隣で見ていたドルチェが無表情のままだが、面白がっているような様子でリュートのメモをじっと見つめている。
「例えば、アギト君が火の精霊イフリートと契約を交わしたとします」
ミラがわかりやすく説明する為に、例え話を持ちだして二人はうんうんと相槌を打って真剣に聞いた。
「するとイフリートの契約主は、アギト君一人に限定されます。ちなみに精霊と契約を交わした者は契約主と言って、マスターと呼ばれるようになります。アギト君がイフリートのマスターとなった時点で、例え火の属性をもつ者であっても、マナ指数が800台であっても、精霊との契約数に空きがあっても、他の人間がアギト君と同時に、イフリートと契約を交わすことは不可能になるんです。これを、二重契約の制約といいます。この制約は、現在のマスターが契約破棄した場合、もしくはマスターが死亡した場合に限り解除されます。解除された時点で、契約条件を満たしている他者はイフリートとの契約が可能となるんです。……わかりましたか?」
ミラの説明にようやく理解出来て、二人ともは〜〜いと返事をした。
二人が納得して、オルフェが淡々と続きの説明を始めた。
この流れからいくとまるで、オルフェが説明の概要を担当して、ミラが細かく詳しい説明を担当しているようだった。
オルフェが細かく詳しい説明を(ワザと)省いているところからして、手抜きしているなとリュートは思った。
「通常、人間にも基本属性というものを持って生まれてきます。普通の人間ならば必ず一種類の属性を持っているんですよ、ただしレム出身のレムグラディオン族はレム属性のみを。アビス出身のアビスグラディオン族なら、アビス属性のみを保有することになるんです。龍神族だけはそれに限ったことではないんですが、これも今度また機会があれば説明しましょう。戦士と神子だけは、属性をニ種類保有して生まれてきます。これも資質というやつです。アギトは、検査結果でいえば『火』と『光』の属性を保有していますね。ザナハ姫は『水』と『光』の属性を保有しています。これは精霊との契約に非常に重要になります。火の精霊イフリート、そして水の精霊ウンディーネは、契約者が同じ属性を持っていなければ契約条件を満たせていないことになります。例えマナ指数が800台であっても、です。しかし雷の精霊ヴォルトだけは、『光』の属性を持っていれば契約可能です。例え『雷』属性を持っていなくても。そして上位精霊である光の精霊ルナは、光の神子としか契約を交わすことが出来ない制約になっています。アギトが『光』属性を持っていても、光の戦士であっても、ルナとの契約条件を満たすことが出来ないんです」
ここまで話を聞いてアギトは、少し間を置いてから口を挟んだ。
「ということは、ウンディーネはザナハだけ。そんでイフリートはオレだけ契約条件を満たしてんだな?」
「まぁ、現時点ではそういうことになりますね」
メガネの位置を中指で直しながらオルフェが答えた。
「とりあえず、あとはイフリートとヴォルト。まずはこのニ体との契約を交わさないことには、ルナと面会することは出来ないから。時間を無駄にしてる余裕なんてないってことなのよ。もたもたしてる間にも、向こうが先に上位精霊との契約を交わして道を作って、戦争が始まる恐れだってあるし」
ザナハが焦りの混じった声でそう言ったのを聞いて、リュートとアギトは「ん?」と、変な違和感を覚える。
「ウンディーネのこと忘れてっぞ!?」
アギトが指摘した、だがザナハは思いきり眉をひそめて「はぁ!?」という顔をした。
ザナハの顔がこんな顔になった時には十中八九、アギトとのケンカ開始の合図だとリュートは覚悟した。
「ウンディーネとの契約には、こないだして来たとこなのよ!! あんた達が向こうの世界でのんびりしている間にね。あとはあんたがイフリートと契約を交わす番になってんだから、しっかりしてよね!!」
腕を組んで、上から口調で豪語した。
一国の姫という身分なのだから、仕方ないのだが。
しかし、アギトはザナハの態度に構っているどころではなかったらしい。
いつもならここで噛みつくアギトだったが、それ以上に聞き捨てならない内容があった。
「はあぁあ〜〜っ!? なんっっだよそれ!! 聞いてねぇ、全っ然聞いてねぇし!! しかもオレ達がいない間に、何勝手に精霊との契約を終わらしてんだよっ!? 普通そこはオレ達も参加ユニットだろ!? てゆうか、何!? なんでもう次にオレがイフリートと契約しに行く話になってんの!? それこそ初耳だしっ!? オレ達自慢じゃねぇがレベル1のままなんですけど!? レベル1で精霊と契約バトルなんて前代未聞なんですけど!? つーか精霊との契約の仕方、ウンディーネの時に参加して見学したかったのにぃーーっっ!!」
イスから突然立ち上がって、頭を両手で押さえながら暴れだすアギト。
悲鳴に近い絶叫で残念な気持ちを吐露する。
アギトの今の言葉から察するに、一番問題にしているのはウンディーネとの契約風景を見学したかったのが本音のようだ。
しかし、アギトの言葉もあながち外れてはいないとリュートも思った。
自分はアビス属性の人間だから、レムグランドで精霊と契約を交わすことはないが、契約する為に力を試す戦闘には強制参加させられる予感はしていたからだ。
ちなみに、オルフェ達は『精霊との契約』という言葉を使用したが、契約内容まではまだ説明していない。
アギトの言う『精霊との契約バトル』とは、ゲームでよくあることなのだが、精霊との契約を交わす為には大体いつも契約を交わす精霊に、自分が相応しい人間であるという証明として『力』を見せる……というのがお約束だった。
その内容も精霊によって様々であり、質問に答えて精霊の納得のいく答えを出せば認められる……とか。
言葉の通『力』を見せるということで精霊と戦闘して勝利するという、代表的な契約内容がこのニ種類だ。
アギトはそのまま、ゲームの内容で話を進めていた。
というより、これまでのオルフェの説明もアギトがプレイしたゲームの内容に沿って、当てはめていただけだった。
アギトが絶望したような動揺っぷりに、急に何が起こったのか理解できずオルフェ以外の人間は呆然としていた。
アギトが暴れて奇声を発するのがおさまった頃合いに、オルフェは再び軽くスルーしながら切り出した。
「とにかく、話題をかなり戻しますね。我々の戦争の発端は、マナ濃度が第一となっています。ここ近年の間、マナ天秤はアビス側に増幅という形で偏っていっています。このまま偏り過ぎてしまうと、レムグランドは自然が崩壊するまでに衰弱してしまうのです。それを阻止する為に、ザナハ姫に光の神子としてルナと契約を交わし、マナ天秤を安定する位にまで還元能力を強化してもらわなくてはいけません。アビスグランドは元々自然や資源に乏しい国、豊かな環境を得る為にマナ天秤をアビス側に傾けたままにしようと、我々のマナ促進計画を阻んでいるんです。これが我々が戦争をしている理由であり、我々にとっての正義だと信じて行動している理由です。かなり長くなってしまいましたが、ご理解いただけたでしょうか?」
にっこりと、いつもの笑顔で長い説明を締めくくった。
話は大体わかった、と思う。
二人は難しい顔になりながら、すぐに「はい!」という快い返事が出来ずにいた。
多分、疲れがたまってきているせいもあるだろう。
リュートなんか特に、聞き慣れない単語をたくさん聞かされるわ、メモ帳に走り書きするわ、話を聞きながら色々と忙しかったからだ。
アギトはアギトで、世界観や仕組み、戦争の理由も今さっき理屈では理解出来ている。
しかしやはり納得出来ない点がひとつだけ引っ掛かっていて、ずっと眉間にシワを寄せていた。
「契約って、今すぐすんの?」
リュートとアギトの戦闘レベルはたったの1、戦闘経験は前回一度だけ、こんな状態で自然界の神と呼ばれる存在である精霊と、契約を交わさなければならない。
二人は今、不安という重苦しい気持ちで押しつぶされそうになっていた。




