26−2 「表裏一体」
全員揃って移動している時に、ふとリュートは気付く。
この訓練所に来てから、オルフェの右腕的存在であるミラ中尉の姿が見えない。
常に、というわけではないのかもしれないが。
少なくともリュートが知る限り、オルフェの側にはいつもミラが控えていることが多かったはず。
こういう時、まるで示し合わせたかのようにアギトもそれに気付いて先に質問してくれるものなんだけど……と、リュートはアギトを見た。
訓練所の壁に飾られている西洋の鎧、剣や斧といった武器の数々。
普通の一般人では、そして自分達の日常生活の中では、決して目にすることのない光景。
アギトはそれらに夢中になっていた。
「うおお、すっげぇ! これが大剣バスターソードってやつか!? 重そう! あっ、こっちは戦斧!? めっちゃかっけえええ!」
興奮気味のアギトに、ザナハが小さな声で「うっさいわね」とぼやいたのが聞こえてしまう。
オルフェはガン無視だった。
このままでは誰もミラに関して話してくれそうにないと察したリュートは、勇気を出して訊ねてみた。
「あ、あの……オルフェ大佐……。ちょっと聞きたいことが……」
「おや、君もここに飾られている武具に興味がおありでしたか?」
これは意外、という表情でメガネが光る。
たじろぎながらリュートは否定しつつ、ミラはどうしたのか問う。
聞いてみれば、なんてことはなかった。
ミラはリュート達がそろそろ来る頃だと、部屋の支度や準備など。
そういった色々な雑務をこなしてくれているらしい。
訓練所を出ていく際、オルフェが入口近くまでついて来ていた兵士に『定時まで訓練した後、平常通りに行動せよ』と、威厳のある顔で告げた。
こんな時は改めて軍の大佐クラスだと思い知らされる。
それを承った兵士は、軍によくある敬礼の姿勢をして「はっ!」と返事をすると、所定の持ち場へと戻って行った。
「それでは行きましょう」
いつものノンキな態度へと瞬時に戻るオルフェ。
調子が崩れるが、とりあえずこれも早く慣れるように努めた。
本題の話をする談話室へ行く間、アギトはさっき地下で体験した轟音の話をした。
「オレ達がちょうどここに来た時、上ですげぇ衝撃音とか振動とかあったんだけど。あれ結局何だったんだよ!?」
アギトの問いに、オルフェがすかさず答えた。
「あぁ、多分魔術の訓練で中級魔法を放った時の衝撃でしょう」
それを聞いてアギトは「え……っ?」となった。
「訓練で……って、確かあんたらさっきの部屋で訓練してたんだろ?」
リュートとアギトがドン引きしているのを、不思議に思いながらオルフェは即座に答える。
「そうですが、それがなにか?」
少し間があいてから、リュートが聞いた。
「あの、中級レベルの魔法って……。建物の中で使っていいものなんですか? この建物が吹っ飛んじゃったらどうするんです?」
その疑問に、オルフェはやっと納得がいったのか。
いつもの笑顔で答えた。
「そういうことですか。確かに普通の建物なら吹っ飛んでますね。あの訓練所は特別頑丈に出来ているんですよ。訓練用にと部屋全体に、耐魔強度を高める為の防御壁を張り巡らせているんです」
途端にリュートの表情に焦りが見え始める。
アギトに至ってはその意味を理解してか、興味津々に頷いていた。
「ですから容赦なしの上級魔法でも放たない限り、あの部屋が魔法で吹き飛ぶ……なんてことにならないようにしてあるんですよ、納得いきましたか?」
「でも地下にいた時は、今にも石壁が崩れてくるんじゃないかって勢いで、振動とかものすごかったぜ!!?」
あごに手を当てて、ふむ……と少し考え込むオルフェ。
「もしかしたら耐魔強度が落ちてきているのかもしれませんね。わかりました、明日にでも防御壁を張り直させておきましょう。ご報告感謝いたします」
にっこりしながら感謝の言葉を述べるが、その笑顔の裏で一体何を考えているのか想像できず、二人は素直に喜べなかった。
「あぁ、ここです」
ミラが支度をしている会議室には、話をしている間にすぐに到着した。
来賓室にあるような綺麗な装飾の付いた扉で、がちゃりと開けるとそこにはゆっくりとくつろげそうなソファーがあったので、アギトはすぐに飛びつきたくなったらしい。
駆け出そうとした瞬間に、リュートがさりげなく服の裾を握って制止していた。
メイドが温かいお茶や茶菓子をテーブルに用意していて、オルフェ達が入って行くと会釈して自分の仕事を続けた。
そして奥の方から金髪の髪をきっちりと頭の上で結った知的な美女、ミラが出てきた。
手には書類の束やら大きな紙を丸めたものやら、資料らしきものをたくさん抱えていた。
「リュート君、アギト君、いらっしゃい。無事にここまで来れたようですね、どうでしたか? 異世界間の移動というものは?」
厳しい表情から柔らかい笑顔へと変わって、二人は安心した。
ミラはオルフェといる時……つまり仕事中はいつも厳しい表情をしているので、なんだか近づきにくかったからだ。
「こっちに来る時は最悪だな!! どうにか場所を変えたいんだけど、やっぱ無理?」
「そうですか、それもまた後で話しましょうね」
場所って簡単に変えられるのかな?
そんな期待を持たされて、ちょっと焦らされた感じになった。




