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25 「笑顔の理由」

 目の前が真っ白だった。

 まるで大きなミルクの海の中へと放り込まれたように、目の前にいるはずのお互いの姿すら見えない。

 それだけ凄まじい光の中だということなのだろうか?

 これだけ何も見えなかったら、目を閉じているのと何も変わらないが、二人とも目は開けたままにした。

 いつ、目の前の光景が変わるか知れないからだ。

 以前移動した時には、あまりに突然の出来事だった為、気を失っていた。

 それに自分達の世界へ帰る時も、スカイダイビングの続きを気にかけ過ぎていた為、覚えていない。

 今度はしっかりと意識を保ったまま、異世界に到着する瞬間を味わってみたかったのだ。

 感覚としては、空中に浮かんでいる感じだ。

 浮かぶことのない水中で、ゆらゆらと……上も下もわからない、そんな妙な感覚。

 何秒、何分か過ぎた頃にようやくうっすらと回りの景色、そして目の前にいるお互いの姿が見えてきた。

 ゆっくりとぼやけた視界が、だんだんと輪郭や色彩がハッキリしてくる。

 まるで寝ぼけたまま、両目をゆっくりと開いてまばたきするように。


 何回かまばたきして、お互いの姿を確認するようにじっと見つめる。

 そして『そこ』が廃工場から飛び降りた場所ではないと、ようやく気付く。薄暗い広々とした部屋の中……。

 リュート達はそんな部屋の真ん中に、ぽつんと横たわっていた。

 急に自分達の重力を感じる。

 ブランコを思い切り漕いで、そこから思いきりジャンプして地面に着地した時の瞬間のように、突然ずしっと重みを感じた。

 もし立っている姿勢だったら、突然感じた重力によって膝に圧力がかかっていたかもしれない。

 無意識なのか、始めから横たわるようになっているのか、とにかく寝てる状態で本当に良かった。

 冷たい石の床に素肌が当たって鳥肌が立つ。ひんやりとした感触に驚いて、がばっと体を起こすアギト。

 そしてきょろきょろと辺りを見回す。自分達が座っている床を見ると、不思議な模様が描かれた魔法陣があった。

 二人はそのちょうど真ん中に寝ていたことになる。

 オルフェの言うとおり、成功した。ちゃんと指定の魔法陣に移動出来たらしい。この薄暗い陰気な部屋には見覚えがある。

 部屋の壁全部に、一定の間隔で設置されたオートセンサーの魔法のランプがリュート達の気配を察知して、ひとりでにランプの中の炎がちらちらと小さく踊っていた。

 それが全部点火されて、小さな炎でも広い部屋をうっすらと明るく照らしている。

 遂にレムグランドに辿り着いた。

 そして、まだぼ〜っとしてるリュートを叩き起こす。


「……ちゃんと着いた?」

「自分で回りを見てみろよ、この魔法陣に見覚えあるだろ」


 そう言われてリュートは辺りを適当に見回して、そしてゆっくりと頷いた。


「僕達しかいないんだね……」


 そう、この部屋にはリュートとアギトの二人だけしかいなかった。それを改めて思い知ったせいか、アギトが突然キレだす。


「あんだけオレ達に協力を求めてきといて、出迎えもなしかいっっ!! 普通救世主の登場には、召使いとか身分の高いヤツとかが直々に登場を待ってるモンだろうが!!」


 握り拳を振るわせるアギト、わなわなと怒りがおさまらない様子だった。


「日にちとか、時間とか合わせた意味皆無だ! くそっ!」


 そう言って、リュートのツッコミをさりげなく待つ。だがリュートは一人、出口である扉の方へとすでに向かっていた。アギトは空気のもれた風船のように急にしぼんでしまって、横にあった自分のリュックを手に、黙りこくってリュートの後へと続いた。

 ドアノブに手をかけると、ギィッときしむ音と共にドアがゆっくりと開いた。


「カギもかけてねぇなんて、なんて物騒な!! もし他の世界から全然知らないヤツとかが迷い込んできて、侵入でもしてきたらどうするつもりなんだよ!!」


 アギトのキレ口調に、冷静に対処するリュート。

 慣れって怖いと、自分でも思った。


「でもカギがかかってたらかかってたで、僕達この部屋に閉じ込められてることになるよね。カギを開けておいたってことは、僕達が来る前に開けておいたってことじゃないかな?」


 それでも納得できないアギトは、更にリュートに八つ当たりする。


「カギ開けてほったらかしかよっ!! オレ達が来ても『そんじゃ勝手に部屋まで来い』ってことか!? それはそれで余計に腹立つってんだ、大体っ!!」


 ーーと、言いかけた途端だった。

 上の方で金属音が聞こえる。

 キン……、キン……と、金属同士がぶつかる時に鳴る甲高い音が。


「しっ……、なんだか上の方が騒がしくない?」


 言われて、アギトも耳を澄ませる。


「本当だ。これって映画とかでよく聞く、剣と剣がぶつかり合う音に似てねぇか? ホラ、初めて異世界に来て、ルイドって敵の大将がここに攻めてきた時に聞こえた、騒ぎの音……」


 数秒押し黙って、二人は最悪の展開を想像した。


「まさか……っ」

「ここ、襲撃されてんのかっ!?」


 上階では戦闘が始まっているのかと二人が思った時ーー。突然、恐怖感と危機感を身近に感じた。

 現代の日本で、自分の命が危険にさらされる瞬間なんて、そう滅多にあることではない。

 あるといっても、テレビのニュースや報道番組で流れる事件を目にして、他人事のように『怖いね』って言う程度だ。

 今階段をのぼっていっても、戦闘に巻き込まれるだけ……。

 上に行くのは危険だと判断した二人だが、ここには上の階へ続く階段と、長い1本道の石の廊下、そして魔法陣のある部屋。

 今二人がいる場所は、これだけの空間でしかない。

 逃げ道なんて他になかった。

 あるといっても、また自分達の世界へ帰ること位しか出来ないだろう。


「ど、どうするアギト!? とりあえず戦闘が終わる頃合いまで、自分達の世界に帰っとく?」


 弱々しい声で、いきなり逃げの一手を選択するリュート。


「ばっかやろう!! なにいきなり逃げてんだよ、それでもオレ達は選ばれた勇者かっての!!」


 強気な発言だが、その言葉の中には現状を打開するような勝機はどこにもない。


「勇者でもなんでも、そんなの今はどうでもいいよ!! 武器も持ってない勇者が、敵と戦闘してたことなんてあるのっ!? 僕達、未だに武器とか一切持ってないんだよ!?」


 それはそうだ、もっともである。

 素手で剣を持つ敵と戦うなんて、無謀にも程があった。


「でも、それでもオレ達はこの世界を一緒に守るって約束しちまったんだ。出来ることをやらなきゃ、オレ達は勇者じゃねぇ……。ただのクズになる!! ……だろ?」


 それだけはごめんだ。

 アギトは何を思ったのか、上に向かう階段がある方へ歩いて行った。


「アギト!! 今行ったら本当に殺されるかもしれないんだよっ!? 剣を持った相手に、怪我だけじゃ済まない! これは冗談でもなんでもないんだから!!」


 魔法陣のある部屋から一歩も動こうとしないリュートに、アギトは振り向きざま、一言言った。


「……お前はここで待ってろ」

「……え?」


 アギトのいつもの強気な笑顔に、リュートは立ちすくんだ。

 どうして、なんでアギトはこんな状況でも、いつだってこうやって笑っていられるんだ?


「オレが上の様子を見てくるからよ。もしかしたら戦闘って言っても、優勢かもしんねぇじゃん。レムグランドの兵士を見つけてかくまってもらったり、色々あるだろ、出来ることがさ」


 強気な笑顔。自分を勇気づけようと、安心させようと笑顔を見せたアギトの声は……、震えていた。


 怖いのは自分だけじゃない、アギトだって怖いんだ。


「アギト、どうして? どうしてそうやって、いつも笑ってられるの? 怖く……ないの?」


 アギトの恐怖する気持ちはわかってるはずなのに、バカなことを聞くと自分でも思っている。

 怖くない人間なんているはずないのに、戦いを知らない自分と同じ普通の子供が、怖くないわけ……。

 アギトは前を向いていた。そしてリュートに背中を向けたまま、うつむきながら答える。


「……怖いさ。だって、ここは映画でも……ゲームでもない……。現実の戦争をしてる世界なんだ。怪我だってするし、死ぬことだってある。光の戦士とか言われたって、魔法を使えるわけでもねぇし、特別身体能力が上昇した感覚だってねぇ。普通のガキのままだ……」


 リュートは黙って聞いた、続きの言葉を聞くまで。

 アギトの言葉は、今のこの世界だけのことではない。そう思ったからだ。

 今までのことも含まれてる。自分達の世界でだって、いくら実際に身近で戦争が起きていないといっても、事件に巻き込まれる可能性だってあるし、ガキ大将達とのケンカでだって。いつだって怪我をする恐れは何度となくあった。

 そんな状況にあっても、アギトはいつだって強気だった。

 いや、もしかしたら強気であろうとしていたかもしれない。

 こんな情けない、腰巾着みたいに弱腰な自分がそばにいたんじゃ、アギトがしっかりしなくちゃと気負いするのは当然だ。

 そう言われるのが怖くて、ほんの少しだけ……。続きの言葉を聞くのが怖かった、けど。

 アギトの本心が知りたかった。

 アギトの、いつだって強気でいられる理由が。


「普通の、ただのガキでもさ……。何もしないのは、イヤなんだ。何も出来ないのは、何かほんの少しでも可能性があるなら、それに賭けてみてぇじゃん。怖いけど……、ずっとここにいるだけじゃ何の解決にもなんねぇ。それこそあいつらの期待を裏切るような

マネ、したくねぇんだ!! あいつらが、ただ検査結果だけで判断したわけじゃねぇんだって思いたいんだ!」


 アギトは両手を強く握りしめて、体の震えを抑えるのに必死だった。

 これ以上リュートに惨めな姿なんてさらしたくない。


 何もしないことで、結局失ってしまうのはイヤだ。

 何も出来ないことで、結局突き放されることになるなんて、もうイヤだ。


 もう誰かの期待を裏切るなんて、死ぬよりずっとイヤだ。

 リュート一人守れない自分は、もっとイヤだ!!


 だから、もう何もしないことはヤメだ。

 何も出来ないなんて、思ったりなんかしない!!


 ほんの少しでも、何か出来ることを見つけて……。

 それを見つけたら、絶対しがみついてでも離さない!!

 絶対に諦めない!!


「オレは諦めるのなんて、死んでもゴメンなんだよっっ!!」


 ドオオン!!


 上階でものすごい轟音がした。

 そのあまりに激しい轟音と衝撃で、地震が起きたかのように建物全体が左右に揺れたのを感じて、二人は身を屈める。

 アギトは急いでリュートの方へと駆け寄り、二人で寄り添って石壁に密着した。

 両手で頭をかばうようにして、じっとしながらーー揺れがおさまるのを待った。

 天井からぱらぱらと石壁が少し崩れて、破片が二人の上から落ちてくる。

 このまま地下にいると危ない。そう瞬時に察知した二人は、十分に気をつけながら上階へと向かった。


 長い石の通路を小走りで走りながら、リュートがアギトに声をかけた。


「アギト、さっきは弱気なこと言ってごめん。動揺してたといっても、あれはないよね……」


 自嘲気味に、リュートが謝る。


「なんでお前が謝るんだよ。誰だって死ぬのは怖いんだ。逃げることを考えるのは生きる為には当然の本能なんだぜ!!」

「アギトは、守るために戦う決意を……もうしてたんだね」


 率直にそう言われて、照れているのか。アギトからの返事は返ってこなかった。

 そのまま二人は、未だにさっきの揺れで崩れかけた地下の、石で出来た通路を、階段目指して走って行く。


 上がやけに静かになっている。もしかしてさっきの轟音で、決着でも着いたのだろうか?

 そんなことを考えながら、二人は階段を昇り終えて木で出来た扉をゆっくりと開けた。

 小さくきしむ音が聞こえて、どきりとしながらも二人は扉の隙間から外の様子を静かにうかがう、と。

 目の前に飛び込んできた茶色い物体に、黒くつぶらな瞳と目が合って悲鳴と共に飛び退った!!


「うああっ!!」


 あまりの衝撃に無意識で後ろに飛び退ったせいか、階段から転げ落ちそうになったのを何とか必死でこらえる。

 そこにいたのは茶色い物体、もといーーくまのぬいぐるみを抱き抱えた小さな少女だった。

 長く綺麗なストレートロングの金髪、頭には真っ赤で大きなリボンの付いたカチューシャ。ブルーのチュニックを着た、……まるで外国の人形のように完璧な容姿を持った少女。

 だが残念なことに、その少女の顔から微笑みが現れたところは一度も見たことがない。

 その美少女を前にして、二人は大声で怒鳴った。


「ドルチェっっ!! いきなりこんなところで何してんだよお前わっ!! マジビビっただろうがっ!!」


 ツバをまき散らしながら怒鳴るアギトの後ろから、小さく影の薄い声が聞こえた。


「……って、あれ? ドルチェ、今ここ襲撃されてたんじゃ?」


 アギトのツバに嫌悪感を現しながら、(無表情だったが嫌悪感を抱いているだろうと、リュート達にはそう見えただけだが)ドルチェは、リュートの言葉の意味がよくわからないのか、小首を傾げながら小さく答えた。


「襲撃? 大佐達が訓練場で兵士の特訓中なのは知ってるけど、襲撃は初耳」

「はぁっっ!?」


 ドルチェから思いもよらないオチを聞かされて、二人は腰が抜ける程一気に緊張感が抜けた。

 へなへなと腰が砕けて、がっくりしたような良かったような複雑な心境になる。


「なんだよそれぇ……!? じゃあさっきの轟音はアレか? またあのゴリラ女が暴れだして、兵士全員で捕りもの劇でもしてたってか?」


 アギトが軽口を叩く。


「どぅあ〜れが、ゴリラ女ですってぇ〜!?」


 後ろで明らかな殺気を感じた!!

 びくんっと、二人は硬直する。あの石壁と同じ運命を辿る予感がして動けなかった。

 ダメだ……、死んだ。


「こっちがどれだけ大変だったか、知りもしないで。あんたらは相変わらずのようで何よりだわね!!」


 とりあえず、鉄拳ではなくイヤミだけで良かったと神に感謝する。

 後ろを振り向いた先には、ピンクのセミロングの髪に金で出来た髪飾りを付けている。今日はイブニングドレスではなく、首には赤い宝石をあしらった金で出来たチョーカーを、そして白地にうっすらとピンクがかったミニドレスのワンピースを着ていた。

 肩の部分はドレスでお馴染み、ふっくらとしている長そでの裾は大きなフリルになっていた。

 スカート部分も大きなフリルになっていて、その丈の長さはミニスカートで……短かった。

 しかし、その足はやはり武闘をしているせいか。女性にしては少しだけ、ほんの少しだけたくましい太ももが目に映る。

 イブニングドレスの時よりもずっと動きやすそうな衣装に身を包んだ、この世界の姫ことザナハ姫が仁王立ちでこちらを目で射抜くように睨んでいた。


 そんな姿を目にしても、なんだか誰かさんに睨まれているような慣れた感覚でリュートは受け止めていた。

 ほっと胸をなでおろすのもつかの間、そのイヤミを聞き流せない人間がいたことを一瞬忘れてしまっていたリュート。


「ぬぁ〜にが相変わらずだっ!? こっちだってなぁ、向こうでどんだけこっちに来るための言い訳探しとか、警察沙汰とか、色々あったか知りもしねぇで偉そうなこと抜かしてんじゃねぇっつーのっ!!」

「こっちとかそっちとかあっちとかワケわかんない言葉使わないでくれる!? 意味わかんない!!」


 二人の口喧嘩は、この世界での恒例行事になってしまうのか。

 そんなことを、ふと思わずにはいられないリュート。


「大体だなぁ!! オレ達がこっちに来る日とか時間とか知ってるクセして、何をノンキに訓練とか特訓とか普通にしてんだよ!!? 光の勇者御一行様が来るってんだから、出迎えとか送迎とかあっても良さそうなモンなんじゃねぇの!? ああん? それとも何か、この世界では光の勇者様ってのはその程度の扱いで許されるってか? お安いモンだな光の勇者って!!」

「光の勇者じゃなくて、光の戦士だっつってんでしょ!!」

「どっちでもいいんだよ、ンなことはっ!!」

「良くない!! それに出迎えなんてそんなヒマあると思ってんの!? こっちは忙しいって言ってんでしょ!!」

「だーかーらぁー、オレ達はそのお忙しい事情とか何も聞かされてねぇっつってんのっ! いい加減説明してくんねぇかな? 何を倒せばいいわけ? ドラゴン? 魔王? それともあのメガネ野郎?」


 喧々囂々(けんけんごうごう)と、二人の不毛とも言える掛け合いは続く。そんな二人は放っておいて、リュートはドルチェと話を進めた。


「それで、僕達そろそろ事情とか目的とか、話を聞かせてもらえるのかな?」


 ドルチェはこくんと頷いて、言葉には出さないが手招きだけして『ついて来て』と歩き出す。


「ほら二人とも、いい加減にしないと置いてくよ?」


 リュートのマイペースともいえる口調に、二人はハッとしてケンカを中断。ドルチェの後について行った。

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