23 「ガキ大将の代償」
少し文章を変えたりしてますが、基本的に無印版と大幅な変更はありません。
よろしくお願いします。
木曜日、遂にレムグランドへ行く前日を迎えることとなった。
その日は、余裕に登校した。
昨日までは家を留守にするための言い訳をずっと考えるのに必死だったが、もうそれをする必要がなくなった。
普段起きてた時間に起きて、普段通りの時間に登校する。
こんなゆっくりとした時間を過ごすのは、何日ぶりだろうと思える位だった。
そう思う程、この3日間はめまぐるしい程に忙しかったのだ。
しかし、もう作戦は決まっていた。
手順は簡単。
ガキ大将を拉致して、脅して、あとは仲良く打ち合わせをするだけだ。
かなり自信はあった。
ガキ大将が『青髪』を毛嫌いし、化け物扱いしている以上、失敗なんて有り得ないという自信があった。
廃工場での一件以来、ガキ大将が完全にリュート達を『化け物』と認定したので、かえってやりやすくなったからだ。
それを逆手にとってちょっと脅せば、言うことを聞かせるのは簡単だろう。
それにあのガキ大将を手の上で転がすのが楽しみでもあった。
そう思ってるのはアギトだけかもしれないが。
とにかくこれで今回だけは、何とか言い繕うことが出来そうだと思った。
無事に成功して、レムグランドへ着いたらオルフェ大佐やミラ中尉の知恵も借りて、今後の言い訳を考えるのに協力してもらうつもりだった。
もしかしたら本当に自分達の身代り人形とかを作る技術とか、便利なアイテムがあるかもしれないから。
なんたって向こうは異世界で、魔法を使う人間が普通に暮らしている世界だ。
この世界の常識で通じないことが、普通にある可能性は十分にあった。
それに期待するしかない。
多分、そう何度も毎週毎週ガキ大将を使うわけにはいかなくなるだろう。
それだけは十分に承知していた。
てゆうか、ガキ大将に頼りきるのも何だかイヤだったし、プライドに障るからだ。
それも頭に入れて、二人は学校へ向かった。
一番いい時間は、昼休みだろう。
それまでは大人しく普通の小学生をしていよう。
教室に到着して自分の席に着くと、もう一度二人は打ち合わせをした。
細かく打ち合わせをして、抜かりのないようにしなければ、もう今日しかないのだ。失敗は許されない。
二人が念入りに相談してた時、チャイムが鳴った。
二人はホームルームが始まると思って、教壇の方を向いて、ふと気付く。
あれ? ガキ大将のヤツいつ登校したんだろう?
と、彼の席に目をやったが、席は空っぽだった。
二人の頭の中が真っ白になる。
やがて担任が入って来て、こう告げた。
ガキ大将は今日も休みだと。
今日も!?
そういえば昨日二人は学校に行ってはいない、二人で相談する為にズル休みしていた。
前の席に座っていた生徒にアギトが耳打ちして、どういうことか聞く。
「あぁ、あいつ何か精神的に不安定だとか言って昨日から休んでるらしいよ。」
「はぁぁっっ!?」
リュートとリアギトの声がハモる。
「そんなの聞いてないよ! まさかガキ大将が学校休むなんて、予定してない!!」
小声でアギトに言う。
勿論アギトだって同じ気持ちだ、お互い目を見合せて蒼白になっていく。
「ど、どうする!? 今日なんとかしなきゃ時間がねぇぞっ!? 明日来るとも限らねぇ!!」
焦って考えがまとまらない、どんどんパニックになる一方だった。
そしてリュートが考え付く。あまり気が進まないことを。
「方法は2つ。1つは今日何とか理由をつけて早退して、ガキ大将の家にすぐにでも行くか。もう1つ目は、今日の帰りに見舞いに行くって言って、ガキ大将の家には夕方に行くか。今日中にカタをつけるには、どっちかしかないんじゃない!?」
どちらにしろ精神的な病として休んでいる以上、自宅療養しているか病院に入院しているかだ。
早退するには二人そろって……というのは、あまりに怪しすぎる。
かといって夕方に見舞いに行くとしても、もし病院だったら門限までに間に合うか微妙だった。
「でも見舞いって理由なら門限を多少破っても許されるんじゃねぇか!?」
「そうだとしても、今すでにアクシデントが起きてるのに、スムーズにいくと考えるのはやめた方がいいよ。もし何か問題が出てきて、ものすごく時間をかけ過ぎたら?」
「じゃあどうすんだよ!? 早退するにしても、二人一緒はさすがにマズイって!! 昨日だって二人一緒に休んでんだ。いくら事情聴取を理由にしたからって、二日連続は怪しまれる。夕方に賭けるしかねぇじゃん!!」
「一人だけなら、怪しまれないんじゃない?」
「は!?」
リュートの大胆発言に、絶句する。
「どっちか一人がガキ大将の理由みたいに、精神的なことを理由に帰るって言えば。僕達は誘拐事件から帰還した少年ってことになってる。それが原因でまだ心の整理が出来てないとか言って、早退を申し出るんだよ!!」
しばし考え込んで、否定する。
「いや、一人でガキ大将に話しをつけるなんて、リスクが高すぎる。それにその理由だったら、自宅まで誰か先生が付き添うって言いだしたら!? 拒否るのは余計に怪しい、そしたら強制的に家に連れていかれてアウトだ。チャンスを失う」
「じゃどうすればっ!?」
どんなアイディアを出しても、穴がある。
計画を完璧にこなすために、失敗は許されないとはいえ、これではキリがなかった。
「……夕方に二人で行く。失敗しない為に先生とか、ガキ大将の親とかにアイツの居場所を確認しとくんだ。アイツが今どこにいて、どんな状態なのか。それを全部下調べしておいて、夕方に実行する為にかかる時間を前もって想定しておく!! 学校で出来ることは全部やっておくんだよ、そして夕方に短時間で計画が実行できるように、予定を立て直す!! これしかないんじゃないか!?」
アギトの即興で考えた計画を聞いて、穴がないか考える。
しかし、それしかない。
最初に言っていた方法よりは、まだいい。
そう結論して、リュートは小さく頷いた。
「……わかった、それでいこう!! でも、僕達がガキ大将の見舞いに行くって、かなり怪しまれない? 僕達、学校じゃかなり有名だよ? 因縁の間柄だって」
「だからこそ、ってことにしないか? ライバルの間に芽生える友情っての、マンガじゃ結構あるだろ? それまで殺し合いする程のライバルだったのに、強い敵が現れる度に力を合わせるようになって、やがて憎まれ口を叩きながらも、協力し合う位の友情が芽生えてくるって!!」
ガキ大将との間に芽生える友情を想像して、二人ともさっきより顔色が悪くなる。
「そんな日は絶対来ないと思うけど、そういうことにするしかない、……よね?」
「それにぶっちゃけ友情深めに行くんじゃなくて、脅しに行くんだけどな」
と、半笑いになりながら二人はもうそれしかないと思って、学校にいる間に出来ることを考えた。
まず、ガキ大将の状態を聞く。
そして現在の居場所。
「……これ位だよね?」
「まぁ、見舞いに行くだけだしな。難しく考えても仕方ねぇって感じ?」
二人は、休み時間の合間に生徒の何人か、特に腰巾着二人を捕まえて状況を聞きだした。
リュートとアギトは回りの視線もあるため極力、人目を避けるように腰巾着二人を屋上手前の踊り場まで、ほとんど無理矢理連れ去った。
明らかに力的に弱い腰巾着二人なら、ケンカに持ち込んでも何とか勝てそうだと踏んで、案の定……あっさりと情報を聞き出せた。
考えてみれば、ガキ大将がいなかったから今日一日妙に大人しかったわけだ……と、リュート達は納得した。
ガキ大将がいなければ何も出来ない、そのままの腰巾着だった。
昨日腰巾着二人はガキ大将の見舞いに行ってたらしく、病院の名前も場所も病室も聞き出せた。
結局先生を通すことなく、必要な情報は得られた。
そしてアギトは良いことを思いついたという顔になって、にんまりと笑みを浮かべた
だがリュートにとってそれは、今までの経験からいってあまり良いことがあった試しがなかったので
あからさまにイヤな顔をした。
「とりあえず、今日の帰りにお前達にガキ大将の病室までオレ達を案内してもらうからそのつもりでいろよ、いいな!?」
お願いしている……というより、命令だった。
しかしこれは予定にはなかったことなので、リュートは驚いて口を挟む。
「ちょっとアギト!! 二人まで連れて行ったらまた、ややこしいことにならない?」
だがアギトには考えあってのことらしく、二人も連れて行く理由を本人を目の前に説明した。
「万が一だ、もしガキ大将が『青い髪』のやつが来たら面会謝絶ってことで、病院に来たら追い返してほしいって、親か看護婦に頼んでいたとしたらどうする!? オレ達のことを死ぬ程イヤがってるようなヤツだぜ、寝てる時にうわ言で『青い髪〜青い髪〜』って言ってる可能性大アリだろっ!? そしたらオレ達二人だけで見舞いを理由に会いに行ったって、そのまま門前払いされること請け合いだ!! それこそシャレになんねぇと思わねぇか!?」
アギトの力説に、それは十分にあり得るとリュートは納得した。
そしてアギトは念を押すように、腰巾着二人の間に立って両腕を二人の肩に乗せて、ぐっと寄せる。
「……というわけだ。妙なこと考えるんじゃねぇぞ!? もし他のヤツにチクッたりなんかしたら……。オレ達青髪の化け物は、身を潜めてずっとお前達を監視してるからな? どうなるか……、オレ達でもわかんねぇぜ?」
と、二人にも一応脅しをかけておいた。
すると二人とも顔面蒼白になって、ガタガタ震えるとそのまま「ひぃぃっ!!」と悲鳴を上げて逃げて行ってしまった。
「いいの?」
「大丈夫だろ。あそこまで言って誰かにチクるような度胸、あいつらにありはしないって」
両手を頭の後ろに組んで、いたずらっぽく笑うとアギトは言葉を付け足した。
「まぁでも、二人の監視だけは一応やってた方がいいな。今日一日二人に目を離さないようにしとかねぇと、……いいな? リュート」
「うん、わかった」
そう言って二人はチャイムが鳴ったので、急いで教室へと帰って行った。
教室には腰巾着の二人が、疲労困憊な状態で机に突っ伏していた。
よっぽど疲労したのか、恐怖したのか。リュート達の方へは視線をやらず、抜け殻のように一日を過ごしていた。
アギトの言った通り、他の誰かにチクるような度胸が二人にはなかったことが、これで証明された。
放課後、終業のチャイムが鳴った途端に机の横にかけてあったカバンを大急ぎで手に取って、わき目も振らずに教室から出ていこうとする二つの人影があった。
リュート達はすかさずその人影の行く手を遮って、またもやニタ〜っと悪魔の微笑を浮かべながらアギトがささやく。
「おんやぁ〜? 一体お二人だけで、どこへ行くつもりなのかなぁ〜?」
二人は、とうとう諦めて肉眼でハッキリとわかる位大きくがっくりと肩を落とした。
リュートはそれを見て哀れに思ったが、同情する気持ちには到底なれなかった。
ガキ大将が入院しているという病院へ行くのに、4人は仲良く道を歩いていた。
先頭にはアギトと、腰巾着Aが。
そしてその後ろにはリュートと、腰巾着Bが歩いていた。
これは、道案内といって二人一緒に先頭を歩かせたら危険だと判断した結果の、配列だった。
一人が一人を監視する、まさにマンツーマン体制である。
もし万が一どちらか一人を取り逃がしても、もう一人は絶対に逃がすわけにはいかない、という二重の防衛策だ。
「……ここだよ」
学校からそれ程遠くない、大きな病院だった。
かなりの大きさの病院の全体像を見上げて、リュート達は「はぁ……」と、溜め息をついた。
そしておもむろにリュートがつぶやいた。
「そういえばガキ大将って、それなりに金持ちのお坊ちゃんだったよね」
その言葉に、別に自分のことでもないのに「そうだよ、マコっちゃんはスゴイんだぞ!」とでも言いたそうな
腰巾着の偉そうな態度がムカついて、アギトに回し蹴りを食らわされていた。
病院の中に入って行って、アギトはまず腰巾着Aに受付まで言ってアポを取ってこいと命令した。
泣く泣く従って歩いて行く。
これも二人一緒に行かせるのは危険だと判断してのことだった。
とにかく二人が手の内にある以上、どちらかが裏切ってももう一人は人質として手元に置いておくという考えからだ。
しばらくしてすぐに戻ってきた。
「こっちだよ」
ぶすっとした表情で、リュート達をガキ大将の病室まで案内する。
その間も、道を歩いていた時と同じ配列で。やはり気を抜かず見張りながら歩いて行く。
ようやっとガキ大将の病室へとたどり着いた。生意気にも個室だった。
アギトがコンコンとドアをノックする。
すると中から「入れ」という偉そうな返事が返ってきた。
今の声を聞いた限りでは、とても精神を病んだ患者の声とは思えなかった。
苦虫をかみつぶしたようなアギトの表情は無視して、リュートはまず腰巾着の二人が先に入るように指示した。
リュート達が先に入って、普段の声でもバカデカイのに、けたたましい悲鳴をあげられたらかなわない。
がちゃっと、二人は気が進まない様子でドアを開ける。
ゆっくり入って行くと、中からガキ大将の「なんだお前らか」という声が聞こえた。
「なんだよ、やけに元気ねぇじゃんか。どうしたんだよ」
それはお前だと言いたいアギトの衝動を、必死の思いで制止するリュート。
「……お見舞いに、来たよ」
覇気のない声に対して、怪訝に思ったのか。ガキ大将はしばし沈黙した。
そして、リュート達は周囲の様子をうかがって今がチャンスだといわんばかりに勢いよく病室に入った!!
リュートとアギトの姿をその目でとらえたガキ大将が、あまりの驚きにベッドから落ちそうな位の勢いで飛び退いた。
「お……っ、お……っ、お前ら……っ! 何でっ!?」
驚愕しすぎて、それ以上言葉が思い浮かばないのか。口をパクパクさせながらリュート達、そしてバツの悪そうな顔の腰巾着二人の顔を、交互に見やる。
「そんな驚くことないだろー? せっかく見舞いに来てやったってのによ!!」
余裕タップリの表情でアギトが、「よっ!」と手を振った。
「何が見舞いだ!! 誰のせいでこうなったと思ってやがる!! お前達のせいでオレは金曜の晩から夜も眠れなくて、不眠症が続いて精神を病んでるんだ!! どれもこれもみーんな、お前らのせいなんだからなっ!!」
全ての憎しみをこちらにぶつけて、入院しているのも全部二人のせいだと押し付けるガキ大将に対して、アギトは病室内と、そしてツヤツヤで顔色が良いガキ大将の様子を見て、ついにブチンっとキレた。
「な〜にが精神的ショックだ!! なんだよ、この病室中散らかってるお菓子の山わっ!? 血色のいいツラしやがって、なんでもかんでもオレ達のせいにしてんじゃねぇよ!!」
そのままズカズカとガキ大将のベッド側まで歩み寄るアギトを、リュートは止めようとした。
「アギト!! そんな大声出したら看護師さんに気付かれちゃうって!! もし看護師さんとか、他の患者さんが部屋の騒ぎに気付いたら計画が全部パァだよ!!」
リュートの言葉に、はっとしたのか。ガキ大将は急に枕元を両手で探り出した。
瞬時にアギトが身を乗り出して、ガキ大将が探し求めていたものを横取りする。
「そうはさせるかよ!! このナースコールはオレが預かる!!」
奥歯を噛みしめて、悔しそうな表情になるガキ大将。
「お前ら一体何しにこんなところまで来たって言うんだよ!! 出て行けよ!!」
負け犬の遠吠えのように叫ぶ。
アギトではまたケンカになりかねないと、リュートが一歩前に出てガキ大将に話しだした。
「実は今日はガキ大将に大事な用事があって来たんだよ」
それがなければ、なんでわざわざお前のいる場所になんか来るかと、本音では言いたかった。
しかしそんなことを言い出していたら、全ての計画が水の泡になるのは十分承知していたので、ぐっとこらえた。
リュートの言葉に、ほんの少しだけ興味がわいたのかどうかは知らないが、むすっとした表情のまま何も言わない。
「これはガキ大将達にとっても、損な話にはならないと思う。どう? 聞く気になった?」
と、一応促してみる。
ガキ大将は普段考えるスピードがものすごく遅いが、今日はいつになくロード時間が短く済んで、リュートはほっとした。
「本当にオレ達にも有利な話なんだろうな!?」
半信半疑のまま、ガキ大将は一応聞く姿勢になった。
続けてリュートが説明しだす。
「こないだの金曜の晩のことは、勿論覚えているよね? 警察に言っても誰も信用してくれなかった。それが一体なんでだか、わかるかい?」
リュートはわざと、おどろおどろしく。まるで怪談話でも聞かせるかのような口調で語り出した。
「それは……っ」
現実的に考えても有り得ないから、という明確な答えがあるにも関わらず、ガキ大将は言葉を詰まらせる。
「それはね、この僕達……青髪の仲間が刑事さん達の記憶を操作したからなんだよ」
そう一言言うと、ガキ大将は急に血色の良かった顔から、本当の病人のような青白い表情へと変わっていく。
小刻みにブルブルと震えているのも、リュート達には目に見えてわかって、今のところは順調にいってると認識した。
「君達はもうすでにご存知かもしれないけどね。僕達には青髪の仲間が他にもまだ数人いるんだよ。実はあの金曜の晩は、僕達が危ないところを仲間に助けてもらったところでね。本当は普通の人間に見られたらいけないことなんだけど、状況が状況だったし、仕方無かったんだよ。そして君達人間の間では、僕達は行方不明ってことで警察が動きだしていたらしいけど。本当は僕達、化け物が住んでいる世界に行ってただけなんだ。帰ってきたら事件になってて驚いたよ。そこでこれ以上僕達の正体が探られないように、警察の人間全員の記憶を操作したんだ。でも実際にその目で見た君達には、それが出来なかった。そこで僕達の仲間から、君達のことをどうにかしなきゃいけないって、会議になっちゃってね」
そこまで一気に告げるリュートから目を離すことなく聞き入っていたガキ大将は、生唾をごくりと飲んで恐ろしいものを目の当たりにしているような表情で固まる。
もちろん腰巾着二人も全く同じ反応だった。
自分達はどうなるのか……?
それだけが気になって、でも聞くのが恐ろしいというような顔になっていた。
続けて、今度は落ち着きを取り戻したアギトが後を引き継いだ。
「会議の中では、オレ達の世界まで誘拐してそこで裁判をしようとか、色々話し合いになったんだ。しかもお前、今まで散々リュートにちょっかいかけてくれてただろ? それも会議のお偉いさんの耳に入っちゃってさ。極刑っていう案まで出てたんだぜ?」
両腕を組んで、ガキ大将を出来るだけビビらせようと脅すようにアギトが言った。
その思惑通り、ガキ大将は『極刑=死刑』と認識する頭はちゃんとあったのか、冷や汗をたっぷりかいて、さっきよりも大きく震えだした。
両手を口に当てて、他に声が漏れないようにしているのか。体は縮こまって、これまで学校で風を切って大股で歩いていた大将の姿は微塵もなかった。
「でも今ここでオレ達のことが明るみに出るのはマズイってんで、ある解決策が出されたんだ。ある条件を引き受ければ、お前達はオレ達の仲間に誘拐されることも、裁判にかけられることもなくなる。これ以上の慈悲はねぇぜ!?」
それを聞いて、思いきり信じ切ってしまっているガキ大将は身を乗り出してアギトに迫った。
「何をすればいい!? それさえすればオレは死刑にならなくていいんだよなっ!?」
そう言うガキ大将だが、先程の言葉にあったにも関わらず、リュートへの謝罪の言葉は一言たりともなかった。
リュートは静かな口調でアギトの言葉の続きを話した。
「実はこれから殆ど毎週のように、今回のように僕達は『僕達の世界』へ戻らないといけなくなったんだよ。そしたら一応こっちの親である人間が不審に思うだろうし、また行方不明っていう事件にでもなったらもう記憶操作は出来なくなってしまう。そこでガキ大将には僕達が向こうの世界へ行ってる間、まるでガキ大将と一緒に僕達が安全にそこにいるっていう、アリバイの証人になってもらいたいんだよ。勿論、もし僕の両親から電話とかがあったら『ちゃんといる』って証明してくれるだけでいい。実際には僕達はその場にいないんだから、僕達の姿を見なくて済むし、声を聞かずに済む。どこにも僕達の存在がなくなるんだから、ガキ大将にとってはこれ以上良いことなんてないでしょ? そのアリバイ作りの協力さえしてくれれば、青髪の仲間は君達には一切手を出さないって約束してくれたんだ。言っておくけど、これはかなり甘い解決策なんだってこと……忘れないでよね? さっきアギトが言ったように、本当なら君達は全員青髪の化け物に誘拐されて今頃死刑になってるはずなんだから」
そう言うと、ガキ大将は全身の力が抜けたように、そのままベッドにへたってしまった。
腰巾着達も、自分達の安全な方法が取られたという安心感から、その辺にあった丸椅子に腰かけた。
「これを実行するのは早速明日の夕方からなんだけど、勿論協力してくれるんだよね?」
リュートが念入りに聞く。
しばらく黙って、呼吸を整えて。リュートやアギトが言った言葉を思い出すように考える。
そして、大きく溜め息をついてからガキ大将は答えた。
「一緒にいるって、アリバイを作れば。それだけでいいんだな?」
覚悟を決めたその言葉に、アギトは納得の満面の笑みを浮かべて続きを言った。
「その代わり、もし万が一にでも裏切ったりなんかしちゃったら、すぐさま死刑決定になることを忘れないでよね? マコっちゃん?」
悪魔のいたずらっぽい微笑みで、甘えるようにそう宣告するアギト。
それを聞いて、ガキ大将は顔がひきつった。丸椅子に座っていた腰巾着なんか、イスからずり落ちている。
ひきつったまま石と化すガキ大将に、リュートとアギトは念入りに回答を迫る。
「返事は!?」
「はいぃっっ!!」
びしぃっと、気をつけをするようにベッドの上で了解のサインをするガキ大将。
このビビりようだと成功といってもいいだろう、と二人は納得した。
でも頭の悪いガキ大将のことだから、もう一度念押しをしておく必要があるだろうと考えた。
幸いこの為に連れてきていた腰巾着二人にも覚えさせておく。
この二人がいれば、まず忘れる……なんてことはないだろう。
「もう一度言うから、しっっかり頭ん中に叩きこんでおけよ!?いいな!? 明日、金曜の夕方からオレ達は青髪の化け物の世界に帰るから、お前達はこの世界の人間が怪しまないようにアリバイを作る協力者となるんだ。その方法は簡単だ。不良から真面目人間へと成長を遂げたお前に、オレ達が学校の宿題とか勉強を教える為にお前ん所で泊まり込みで居座るってことにする。もし何かあったら、とりあえず『たまたま出かけてる』とか『今トイレ』とか、適当に言い繕え!! オレ達が帰ってくるのは、日曜の晩だ。それまでは絶対に誰にも気付かれるんじゃねぇぞ!? 別に家に引きこもれとまでは言わねぇ。外出してもいいが、万が一リュートの両親に見つかったら今別々で行動してるとか、息抜きで散歩してるとか言ってちゃんとごまかすんだぞ!? わかったか!?」
アギトの説明に、3人はうんうんと首を大きく上下させた。
ガキ大将より勉強が出来る腰巾着二人がいるから、ここまで言えばまず大丈夫だろう。
失敗したらしたで、手痛いお仕置きをしてやるだけだ。
今度レムグランドに行ったら、何か適当にオルフェから拷問用のアイテムを何個か借りておこう。あいつなら確実に持ってそうだと、アギトは企んだ。
アギトとリュートは何度も何度も、時間が許す限り復習させた。
もういい加減大丈夫だろうとウンザリするまで、何度も何度も。そしてようやく二人は、3人を病室に残して出て行った。いくらガキ大将を協力者として引き込んだからといって、仲直りとかしたわけじゃない。
あれはただの脅迫だと、アギトは自分のプライドが傷つかないように心の中で叫んだ。
「裏切ったら裏切ったで、今度はあいつへのお仕置きが楽しみだぁ〜」
そう呟くアギトに、リュートは笑いながら『冗談にならないからやめてよ』と少しだけ制止しただけだった。
これでようやく、今週の異世界旅行の無断外泊の心配はなくなった。肩の荷がやっとおりたような、のびのびとした感覚が戻ってくる。しかし、外はすっかり暗くなっていた。
「やっべ、早く帰んねぇとおばさんめちゃくちゃ怖ぇからな!! ソッコーで帰るぞ、リュート!!」
「そうだね、急がないと!!」
そう叫んで、二人は猛ダッシュでリュートの自宅へと寄り道もせず帰って行った。
明日学校が終われば、再び異世界・レムグランドへと旅立つことになる。
自分達の世界での心配がなくなった途端、異世界旅行のことを考えたら胸が踊るようだった。
またあの不思議な、自分達の常識とは異なる変わった世界へと旅立てる!!
魔物や、敵……戦争なんてしてる危なくておっかない世界だけど、あそこには不思議がたくさんだ。
それにまたザナハ姫に、オルフェに、ミラに、ドルチェに、みんなに会える!!
そう思ったら興奮して、その晩は思うように寝付くことが出来なかった。
布団の中で同じ気持ちだったアギトが寝返りを打った時、ぼそりと呟いたのがリュートの耳に入った。
「そういや明日、何か持ってくモンとかあんのかな?」




