17 「正義か、悪か」
森から戻って来たリュート達は、マナを暴走させた部屋とは別の部屋へと案内された。
当然というのも妙な話だが、なぜかオルフェ大佐が先頭に立ってリュート達を先導している。
そして相変わらずリュート達の背後からミラ中尉が目を光らせていたのは、言うまでもない。
「だから協力するっつってんだろ!? なんでいまだに厳重警戒中なんだよっ!?」
アギトの疑問はもっともだった。
口約束とはいえ、リュート達はザナハ姫の『協力してほしい』という頼みをすでに承諾している。
……にも関わらず、この扱いはあんまりだった。
「気分の悪い思いをさせてしまって、本当に申し訳ないと思っていますよ? しかしそちらの少年が闇のマナを発動させたことにより、兵士達も少し動揺しているのですよ。なので、まぁ、形式上と言いましょうか。信用に足る正式な契約を交わすまでは、我慢してください」
にっこりと、相変わらずの作り笑いでオルフェ大佐が(全く申し訳ないと思っていない表情で)平謝りした。
だが、そんな大佐の表情よりも自分の持つ力がどれだけこの国の人達に警戒されているのかが、ほんの少しでも理解出来てしまったことに、リュートは不安を抱いていた。
アギトは大丈夫だと言う。
しかしこの国の法律や常識をわかっていないアギトから言われても、本心で安心出来るような気持ちには到底なれなかったのが事実だった。
自分は一体どうなるんだろう?
そんな不安だけが、リュートの心を支配していた。
アギトはまだいい、この国に受け入れられる『光』という属性を持って迎えられたのだから。
しかし自分は、言ってみればこの国と敵対関係にある『敵』と同じ属性を持ってこの世界に降り立ったのだ。
もし自分がこの国の人間だったら、恐れたり、不安になったり、警戒するのは当然の反応だろう。
うつむいて、黙って歩くリュートを見てザナハが声をかける。
その声は張りのある声だが、いつもの怒声とは全く異なる励ますような優しい口調だった。
「安心して……って言っても無理かもしれないけど。あんたの安全はあたしが保障したげるから、そんなに心配しなくても大丈夫よ。オルフェやミラは軍人だから、敵に対して非情になるのは当然のことだけど相手の話も聞かないで、無理矢理処刑するようなことはしない。善良な人達よ」
「建物に近付いた時は、問答無用で地下牢ん中に放り込まれたけどな!!」
せっかく励ますザナハに対して、また余計な口を挟むアギト。
だが、その文句にはミラが代わりに答えた。
「あの時はああする他なかったんですよ。あの晩はザナハ姫がこの国を救済する為の旅立ちをする、大切な儀式を執り行っていた日でしたので」
「救済? 旅立ち?」
その単語を聞いて、アギトは冒険の幕開けの妄想を始めていた。
だがその妄想も、目的の部屋に辿り着いたことによって強制的に中断させられる。
「着きましたよ」
そう言って大きな観音扉の木製の扉を兵士が開けて、全員その部屋へと入って行った。
そこは貴族が客を招くような、広い応接室のようだった。
相変わらずきらびやかな装飾品に囲まれており、そのどれもが高価な材質で出来ている。
シャンデリア、デザインの凝ったテーブル、暖炉まである。
思わず溜め息がもれるような、そんな豪華な応接室だった。
ミラ中尉が全員の座る席に誘導して、上座の位置にザナハ姫が座った。
大佐の席と思ったのだが、考えてみればザナハの方が身分が上なので当然といえば当然だが。
席に着いたと同時にまるでタイミングを計ったように、茶髪の純朴そうなメイドが一人、あったかいお茶を持ってきた。
全員に「どうぞ」と丁寧に、いれたての香りからしてアールグレイのようなお茶の入ったティーカップを置いて行く。
そしてテーブルの真ん中には、ケーキやプディング、クッキーやチョコレートといったアギト達の世界にもありそうなお菓子が並べられていて、それはさすがにセルフサービスっぽかった。
軽く会釈すると、メイドが退室する。
それを大佐が横目で確認してから、両手を口元に組みながらテーブルに肘をついて話し始めた。
「さて、君達には大事な話をしなければならない。君達がこの世界に降り立って、色んな体験をして多少はわかってもらったと思いますが、この国は先程相まみえた人物、ルイドと呼ばれる敵国の指導者に平和を脅かされています」
少しだけ笑みの消えた表情で話す大佐の真剣な話の腰を、一足先に折ったのは当然アギトだった。
話の途中で右手を大きく上に上げて、「先生、質問!」という感じで手を振っていた。
「何ですか?」
それでもムッとした表情にはならず、むしろその笑顔が怖かったとリュートは思った。
「さっきのヤツは悪いヤツなんだよな?」
単刀直入な質問だった。しかしアギトなりに、いい質問だとリュートは心の中で感心した。
一番最初に出会った人間の住む国が、必ずしも善人とは限らない。自分達はこの世界の仕組みや情勢を何も知らないのだから。
何よりアギトもリュートも悪の肩棒を担ぐ気なんてさらさらなかった。アギトの質問に、大佐はにっこり微笑んで返事をする。
「何が善で、何が悪なのか、それは己で判断するものです。私達にとって良かれと判断するものでも、向こうにとっても良いとは限りません。むしろ戦争なんてものに善悪など、大した物差しにはならないものなんですよ?」
そんな言葉に、ミラ中尉が制止した。国に忠誠を誓う軍人が口にする言葉ではないとでも言うように。
「でもザナハから聞いたんだぜ!? あいつ、この国を必ず滅ぼすって言ってたって!! それってこの国の人間全部を殺すって言ってるようなもんだろっ!? それってやっぱ悪じゃん!!」
大佐の回りくどい言い方にイラッときたのか、アギトのテンションが少し上昇して強めの口調になって反論した。
それでも大佐はふぅっと深い溜め息をつきながら、やはり同じようなことを口にするだけだ。
「何も国を滅ぼすのに、その国民全てを殺す必要などないのですよ。わかりますか? 確かに『国』とはその土地に住む人々のことを指しますが、私はルイドの言う『国を滅ぼす』というのはその国の現在の頭、つまり国王を暗殺するというところにあるのではないか? と、考えているのですがね」
「つまりは現国王、ザナハ姫のお父上のことになります」
ミラ中尉が付け加える。ムスッとした表情で、まだ納得したわけではないアギトが更に聞く。
「あんた達の正義がこの国を守ることにあるとして、だったら向こうにとっての正義はどこにあると思ってんだよ? それが何なのかで、あいつが悪いヤツなのかどうかハッキリするんじゃねぇのかよ!?」
それが明確ならば、こちらの返事もしやすい。もし敵の目的が正義から行動を起こしているというのならば、考える必要が出てくる。出来れば戦争なんて、しないに越したことはないのだから。
そしてリュート自身、戦争なんてものに出来るなら参加などしたくない。大佐と中尉が互いに顔を見合わせると、少し間をおいてから大佐が切り出した。
「それ以上聞くとなると、君達には強制的にでも私達に協力してもらわなければならなくなりますよ? それでもいいのですか?」
大佐の言葉に肩透かしを食らったアギトが怒って、テーブルをガンッと激しく殴りつけ、カップが一瞬宙に浮いた。
「なんでそういうことになるんだよっ!? オレはただっ、どっちが正義でどっちが悪なのか。簡単なこと聞いてるだけじゃねぇかっ!!」
落ち着いてというように、リュートがアギトの腕に手を置いてなだめようとするが、アギトは興奮したまま座ろうとしなかった。
「これ以上の会話の内容は軍の最高機密に属するので、安易にお話することが出来ないんですよ。もし全て話して、協力を仰ぐことが出来なければ最悪あなた達を軟禁しなければならなくなります。特に、リュート君。君は敵と同じ属性を持つ人間なので、自由を拘束されることは間違いないでしょうね。それに、君達を元の世界に帰らせることも出来なくなります」
そうミラが言葉を添えるが、それでもアギトは納得出来ない。
どうして正義と悪の区別をハッキリさせることが出来ないのか、それが腹立たしかった。
二人の言葉に一向に納得することが出来ないアギトに、いや、その場にいた全員に向かって、今までずっと押し黙っていたザナハが口を開く。
「正義とか、悪とか。さっきのオルフェの言葉じゃないけど、あたしにはそんなもの考えてる余裕なんてない。あたしにとって一番大事なのは、守りたいものを守ること、それだけなの。例え相手にも大きな正義があったとして。それでこの国を滅ぼすって言っているのだとしても。あたしはそれを黙って見過ごすなんてこと、絶対にしたくない! 最終的にはお父様の命を狙うことになるんだとしても、戦争になったらそれ以前に、まず犠牲になるのは戦争に関係のない力のない国民が一番最初の犠牲になってしまうわ。それだけは絶対に避けないといけないの!! だから、あたしは正義とか悪とか、そんなことを考える前に、まず守るために行動することを決めたのよ」
ザナハの言葉に、全員が口をつぐんだ。
それを聞いたアギトも無意識に、いつの間にか、すとんっとイスに腰をおろしていた。




