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崩壊世界とダンジョンと   作者: めーた
ハルカたち
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第94話 魔眼

冷たい金属の床に横たわるハルカ。その静かな姿は、先ほどの激しい戦いの痕跡をまるで感じさせない。先ほどの激戦を繰り広げた場所から10分ほど走った場所でひっそりとした一角を見つけることができ、アモットはハルカの亡骸をそこに横たえた。

 アモットは、その小さな手をそっと伸ばし、ハルカの頭を優しく撫でた。


「……ハルカチャン」


 普段の明るく元気な声とはかけ離れた、痛みに沈んだような呟きが、静かな空間に響く。アモットの丸い瞳は暗い青色に輝き、その表情は深い悲しみを伝えていた。指先は、ハルカの柔らかな髪を梳くように、ゆっくりと、丁寧に動いている。それは、返事のない友への精一杯の愛情表現だった。周囲の空気も、アモットの悲しみに共鳴するように、重く、静まり返っていた。


 静寂を切り裂き、ぬるりと姿を現したのは、異様な影だった。三つの頭がそれぞれ異なる方向を向き、六本の腕が不気味に蠢く。ブギーマン。その形容しがたい異形が、冷たく横たわるハルカの体に触れた瞬間、淡い光が彼女の輪郭をぼんやりと包み込んだ。


*****


《ああ、わたしはまたしんだんですね。アモットちゃんそんなにかなしまないで。すぐにいきかえるよ。》

《ブギーマンさん、またおせわになりますね。こんどはわたしはなにを失うのでしょう。できれば、なにもなくしたくないのですけれど。そうはいかないのでしょうね。》

《え?なにを手に入れたいか、ですか。》

《何物も貫く、強い力。あらゆる防御を無意味にする力なんてあればほしいですねぇ。》

《こんなこと**さんは5回も繰り返したんですね、それでダンジョンに潜れるなんて。すごいなぁ。私、もう嫌になっちゃうかも知れないですよ。》


*****


 そして、ハルカの意識が再び現実へと引き戻される。朦朧とした視界の中で、ハルカは確かに新たな力が宿ったのを感じた。右目の見え方が違う。どこに脆い点があるのかが感覚的に理解できる。それは『貫く魔眼』。いかなる装甲、防御をも、まるで紙のように貫く力。


 しかし、同時に、脳の奥底から何かが抜け落ちていくような、奇妙な感覚がハルカを襲った。大切な何かが失われたような、漠然とした不安感。そして、目の前に立つ見慣れない男たちを見た瞬間、その感覚は確信へと変わる。


「あなたは……?」


ハルカの問いかけに、エルは落ち着いた様子でハルカを注視した。エルはハルカの身に起きたことを悟り、頷いた。警戒の色を浮かべるハルカの瞳を見つめながら、彼はゆっくりと口を開いた。


「俺はエル。デッドラインのエルと呼ばれてる5階層のダイバーだ」


 そう言って、屈強な体躯に無骨な装甲を纏った男は、軽く顎で隣に立つ半透明の男を示した。


「隣のミストマンはMr.トリック。まあ、俺の相棒みたいなもんだ」


 尊大な態度を崩さず、どこか飄々とした雰囲気のMr.トリックは、軽く会釈をした。さらに、少し離れて立つ、落ち着いた雰囲気のエルフの女性へと視線を移す。


「そこにいるエルフの魔術師がアザニン。俺たちは、悪趣味な金ピカ野郎――ヴァイスを倒すために手を組んで、ここにいる」


 エルは、低い声で目的を語った。


「俺たちの本当の目的は、ヴァイスの操り人形になっちまったメムってサムライを倒して、解放することだ。お前さんと一緒に、先ほどまでヴァイスと戦っていたんだが……お前さんが死んだんで、一旦撤退したところだ」


一瞬、痛ましそうな表情を浮かべたエルは、再びハルカを見据えた。


 エルの言葉を受け、ハルカは彼の瞳をじっと見つめた。そこには、嘘偽りのない真剣さが宿っている。失われた記憶の空白を埋めるように、エルが語る言葉に耳を傾けるうちに、ハルカは徐々に状況を理解していった。幸いなことに、記憶から抜け落ちたのは、エルたちとの個人的な繋がりだけで、ヴァイスとの激しい戦いの記憶は鮮明に残っていた。あの黄金に輝く強敵に対する怒りと、再び立ち向かわねばならないという決意が、ハルカの胸に湧き上がってくる。


「わかりました」


 そう言うと、ハルカは躊躇なく自分の頭にサイコガンを当てつけた。以前、ヴァイスのチップを埋め込まれた場所だ。次の瞬間、彼女は自らの頭を吹き飛ばした。鮮血が飛び散り、床に転がる破片からは、破壊されたチップが覗いている。


一行が瞬時に行われた事に対し、呆気に取られて何も行動できなくなる。


「……これでよし、です。元から裏切る気は満々でしたからね。もう、この後に万が一は起こりませんよ。」


 頭の後ろ半分を損傷させ、赤黒い血を滴らせながらハルカは涼しげな表情で言い放った。


「ヒィッ!ドユコト!!」


 その光景に、アモットは腰を抜かして後ずさる。


「無茶しやがって……。」


 ユラはそう呟きながらも、ハルカの頭を小さな手で抱え込むようにして癒しのチャクラを流し始めた。吹き飛んだ頭部が、徐々に再生していく。


「……なるほど。これで、ヴァイスに我々の様子が伝わることは無くなったのでござるな。今思えば、ハルカ殿の時々の不調もソレが原因だったかも知れぬな。」


 飛行するメルは、中空に浮かびながら小さく頷いた。


 一同のどよめきが収まった頃にハルカは静かに頷いた。


「協力しましょう、エルさん。」


 そして、すぐに思考を巡らせ、冷静な分析を始めた。


「ヴァイスが、あの部屋から出てこなかったのは、何か理由があるのかもしれません」


彼女の言葉には、先ほどの戦いの中で感じた、わずかな違和感が込められていた。強大な力を手に入れたはずのヴァイスが、追撃してこなかったのはなぜか。


「フロアボスの権限を得た代償として、あの部屋から出られなくなっているのではないでしょうか」


 ハルカは推測を述べた。その声は落ち着いており、まるで長年連れ添った仲間のように、自然と作戦会議が始まった。「その呪縛が解けるのも、時間の問題かもしれません。早めに戻るべきです」

彼女の言葉には、一刻も早く行動を起こすべきだという、緊急性が感じられた。失われた記憶の代わりに、新たな目的が、ハルカの中で明確になりつつあった。





「行けそうか?」


 エルは、どこか痛みを堪えるような表情で、ハルカを見つめた。デッドギフトを得る代償として、大切な記憶を失う感覚を、彼は身をもって知っている。だからこそ、今、記憶を失い、それでも前を向こうとするハルカの心境を慮っていた。


「大丈夫です」


 ハルカは、エルと視線を合わせ、静かに、しかし確かな口調で答えた。その瞳の奥には、失われた記憶の代わりに、得たばかりの新たな力への期待と、再び立ち上がろうとする強い意志が宿っている。過去を振り返るよりも、今、そしてこれから為すべきことを見据えているようだった。

そのやり取りを、少し離れた場所で腕組みをして見守っていたMr.トリックは、苦々しげに小さく呟いた。


「全く、厄介なことになったものだ……まさか、ヴァイスがフロアボスの権限を手に入れるとはな……」


 Mr.トリックの眉間には、深く皺が刻まれていた。予想外のハルカの記憶喪失。それが、これからヴァイスとの戦いにどのような波紋を広げるのか、彼はまだ完全に理解できていない。ただ、事態がより複雑になったことだけは確かだった。


 そんな中、ハルカは冷静に現状分析を続けた。


「フロアボスの権限を手に入れることで、このフロアのエネミーは全てヴァイスの下についたということです」


 彼女の声は落ち着いており、まるで状況を俯瞰で見ているかのようだ。


「トラップも自由自在に仕掛けられるでしょう。何よりも、ボスとしての性能そのものを手に入れ、自身を強化しているはずです。私たちは直ちに引き返して、奴が完全に力を得る前に叩くべきです」


その言葉に、アザニンは少し憂いを帯びた表情でエルを見つめた。


「大きな賭けになるわね」


 五つものデッドギフトをその身に宿すエル。もはや容易には死ねない体となった彼にとって、再び危険な戦いに身を投じることは、単なる挑戦以上の意味を持つ。

しかし、エルの瞳には迷いはなかった。


「この機会を逃したら、メムを倒す機会も失われそうだ。やろうじゃないか」


 彼は力強く頷き、わずかに微笑んだハルカに視線を向けた。


「大丈夫、嬢ちゃんに策があるんだろうよ」


 ハルカは、その言葉に小さく微笑み返した。


「策と言うほどのものじゃありませんけれど、頑張りますよ」


 その表情には、確かな決意が宿っていた。失われた記憶の代わりに、新たな覚悟が彼女の中で芽生えているようだった。

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