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崩壊世界とダンジョンと   作者: めーた
ハルカたち
93/95

第93話 撤退

 無数のケーブルが這い回る、無機質な金属の床の上を黄金の光を全身に浴びたヴァイスは、舞台役者のように悠然と佇み、その背後には漆黒の装束を纏ったメムが静かに控えている。ヴァイスはゆっくりと片手を掲げ、その指先に一点の眩い光を集束させていく。それは徐々に凝縮され、高熱を帯びたエネルギーの塊へと変わる。

 そして、何の予兆もなく、収束された光は奔流となって解き放たれた。それはまるで、一直線に伸びる光の槍のようだ。エルとユラが屈強な肉体と装備で築き上げた前線など、その強烈なエネルギーの前には意味をなさない。光の奔流は、熱いナイフがバターを切り裂くかのように、やすやすと二人を貫き、その勢いを衰えさせることなく後方へと迫りアモットを貫いた。


ハルカの切羽詰まった声が響いた。


「アモットちゃん!」


 それは、友を案じる、痛みに歪んだ叫びだった。ヴァイスの放つ光線が、エルやユラだけでなく、後方に控えるアモットにも届きかねない状況を憂慮してのことだろう。

そのハルカの声に応えるように、アモットの声がやや機械的な響きを帯びて返ってきた。


「大丈夫、コレクライ!!」


 普段の明るい調子とは異なり、どこか歯を食いしばるような、耐えているような響きを含んでいた。それはハルカを安心させようとする精一杯の強がりだったのかもしれない。周囲の騒音にかき消されそうになりながらも、その短い言葉は、確かにダンジョンの一角に響き渡った。


 その信じがたい光景を目の当たりにし、空中に浮かぶ小さな影――メルは、見る見るうちに顔から血の気を失っていく。


「なんて射程でござるか……!」


 その細い声は、驚愕と畏怖の色を濃く滲ませていた。まさか、これほどの距離から、しかも防御を容易く貫通する攻撃が飛んでくるとは、想像もしていなかったのだろう。背後の重力制御球の操作が怪しくなり、メルの体を細かく上下させる。


「落ち着け!まずはメムからだ!前衛を崩して、その後にヴァイスを叩く!」


  エルは低い唸りのような声で言い放ち、両手で構えた装甲銃から、続けざまに銃弾を撃ち出した。炸裂音と共に放たれた無数の鉛玉は、一直線にメムへと向かう。

 しかし、黒髪を風になびかせながら、メムは微動だにしない。常人の目では捉えられないはずの弾丸が迫る中、その漆黒の瞳は冷静に軌道を捉えている。そしてスローモーションのように、研ぎ澄まされた刀が閃く。

 一閃、また一閃。

 金属がぶつかり合う乾いた音が連続して響き渡り、メムの周囲で火花が散る。高速で飛来する銃弾は、その全てがメムの刀によって正確に弾き返され、地面や壁に無力に落ちていく。見えない壁が存在するかのように、メムの前には銃弾が一発も届かない。その太刀筋の速さと正確さは、常識を超越していた。

 

 エルは、装甲銃を構えたまま、苛立ちを隠せない様子で思わず小さな舌打ちをした。

 必死にトリガーを引き、銃弾を叩き込んでいるはずなのに、その全てがメムの刀によっていとも容易く斬り捨てられていく。まるで、見えない壁に阻まれているようだ。

そんな状況にも関わらず、エルは口元に歪んだ笑みを浮かべ、前方の黒髪の剣士――メムに向かって声をかけた。


「ここまで強くなるとは思ってなかったぜ。5階層の死神って、お前さんのことだろ、メム。」


 エルなりの精一杯の虚勢だった。強敵を前にして、仲間たちの戦意が萎えないように、あえて軽口を叩いてみせた。しかし、実のところは自分に対する強がりかも知れなかった。そして、その表情には隠しきれない焦りと、かつての相棒の変貌に対する複雑な感情が滲んでいた。

 そのエルの軽口に乗って、ユラが大きく体を沈み込ませた。


「サムライと戦う機会がこんなところで回ってくるとはなぁ!アタシも、やる気が漲ってくるってもんだぜ!」


 巨人化したユラの巨大な拳が、地を這うような低い軌道を描き、メムへと迫る。しかし、黒髪の女剣士はその動きを容易く見切り、蝶が舞うかのように軽やかに身を翻して回避する。その刹那、研ぎ澄まされた刃がユラの懐へと突き刺さり、鮮血が飛び散る。

 癒しのチャクラを全身に巡らせ、傷口を塞ぎながら、ユラはニヤリと口角を上げた。


「本当、強いねぇ。どっから切り崩していいか分からないぜ」


 普段は豪放磊落なユラの口から、珍しく弱音のような言葉が漏れ出た。その表情には、苛立ちと、僅かながら焦りの色が滲んでいる。メムの隙のなさに、巨人の拳も空を切るばかりで、手応えらしい手応えをまるで感じられないのだ。



「まずいですね。あちらの攻撃はこちらに届き、こちらの攻撃は届いていない。せめて、私の攻撃が当たれば……」


 ハルカのサイコガンが炸裂すれば、フラウロスの凍結効果でメムの動きは鈍り、攻撃の機会も増えるはずだった。しかし、今はその鉄壁の防御を崩せずにいる。


「ソロソロ、癒卵ヲ出スヨ。前ノ二人ノ消耗ガ厳シソウ。」


 アモットは、当たらない戦車砲を撃つよりも、前線の二人の回復を優先した。宙に現れた卵形の異形が淡く光り、緑色の輝きを放つ。その光を浴び、エルとユラの負った傷がみるみるうちに癒えていく。


「デモ、マズイネ。コノママジャ、ジリ貧ダヨ。」

「そうなんです、でも打開策が見つからない……。」


  アモットが戦況をみて、ハルカに言葉を告げる。ハルカが焦燥の色を滲ませるが、現状を打破する手立ては見当たらない。 僅かながら攻撃を与えられているのは、メムの攻撃をカウンターで捌くエルのデッドギフトのおかげだった。 『撃墜する左足』。それは、エルが攻撃を回避すると同時に、自動的に反撃を行う呪われた力。メムの攻撃を二度に一度は避け、その度に左足から伸びる異形の突起物が、メムへと回避不能の攻撃を突き刺す。刀による防御も、体術による回避も許さず、追尾し、必ず標的を貫く、人知を超えた呪詛のようなものだった。


 一進一退の攻防。その膠着状態を打ち破ったのは、ヴァイスだった。尊大な口調で、黄金に光り輝く男は前のメムに命じた。


「メム、後ろのゾンビ女をやれ。」


「了解した。」


  命じられたメムは、前線の二人を無視して後衛へと鋭利な剣気を飛ばしたのだ。それはハルカを捉え、小さく悲鳴を上げさせる。二刀による傷口は痛々しい傷口を両肩に残す。さらに、ヴァイスは長射程のビームをハルカへと容赦なく放った。黄金の輝きはハルカの胸を貫いた。 立て続けに強烈な攻撃を受け、ハルカは口から鮮血を溢れさせる。 しかし、その苦痛の中で、何かを悟ったようにハルカはアモットへ叫んだ。


「アモットちゃん!私には使わないで!エルさんへ取っておいて!!」


その一言で、ハルカの意図を理解したアモットは、唇を噛み締め、堪えるように一度だけ大きく頷いた。


(悔しい、でも私たちではこのままだとヴァイスの思う通りになってしまう。それを避けるには……。)


 ハルカの体は限界を迎えつつあった。その体は痛みとは無縁だが、自分の体が終わりを迎えているのがわかる。それでも、仲間を案じる強い意志が彼女を支えていたが、ついにその糸がプツリと切れた。


「……撤退、で、す……。」


 掠れた、今にも消え入りそうな声。それは、ハルカが最後に絞り出した言葉だった。直後、彼女の体から力が抜け落ち、静かに動かなくなる。

 ハルカの最期の言葉を受け止め、エルとユラは即座に殿しんがりの体勢を取った。巨体を誇るユラが前に立ち塞がり、エルは銃を構え、背後への警戒を怠らない。

 アモットは、悲痛な表情でハルカの変わり果てた体をそっと抱き上げた。その小さな体には、もう温もりは残っていない。

 重苦しい空気が漂う中、皆はハルカを失った悲しみを押し殺し、エルが牽制弾を放ちながらヴァイスのいる部屋から一歩、また一歩と後退していく。


 背後ではアモットがハルカの亡骸を抱きしめ、ユラが警戒しながら後退している。エルは、その光景を振り返ることなく、前方に立つメムへと強い眼差しを向けた。

 そして、決意を込めた声で、ダンジョンに響き渡るほど大きく叫んだ。


「メム、また戻ってくるからな!それまで待っていろよ!!」


 それは、かつての相棒への誓いであり、同時に、この場からの撤退を余儀なくされた悔しさを滲ませる言葉だった。叫び終えると同時に、エルは振り返り、ユラと共にハルカとアモットの後を追って、ダンジョンの部屋の出口へと駆け出した。その背中には、再戦を誓う強い意志が宿っていた。


 

 しかし、信じられないことに、黄金に輝く異形の存在――ヴァイスは、追撃の意思を見せなかった。爛々と輝く双眸は、彼らの一部始終を静かに見下ろしているだけだった。その意図を図りかねる沈黙は、果たしてどのような理由なのか立ち去ったエルたちには知りうることもなかった。

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