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崩壊世界とダンジョンと   作者: めーた
ハルカたち
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第90話 コアの捜索

 1層での犠牲者となった人々を救うため、エルの個人的な目的のためにもヴァイスを倒すべく、ダンジョン5層の深く暗い回廊をハルカたちは足早に進んでいた。じめじめとした空気と、時折聞こえる不気味な機械音が、彼女たちの焦りを煽るようだった。周辺の安全確認と情報収集のため、斥候役のメルは既に別の通路へと姿を消している。一方、Mr.トリックは、隠されたヴァイスのコアの場所を突き止めるべく、指を空中で忙しなく動かしながらダンジョンの複雑な構造解明の為のハッキングを試みていた。


 先ほど通信が入ったユラとアザニンは、別の区画で、手ごわいエネミーと交戦中だという。不意に現れたエネミーを仕留める際にトラップが発動し、チームが分断された。未知のエネルギーがユラとアザニンに収束し、どこかへと転移させてしまったのだった。分断されたこの状況を早く片付け、彼女たちの援護に向かわなければならない。


 通路の先には、不気味な光を放つ結晶が点在し、その奥には更なる闇が広がっている。ハルカは、手に握ったサイコガンに意識を集中させ、微かなエネルギーの動きも見逃さないように神経を研ぎ澄ましていた。エルは、パワードスーツのセンサーを最大限に活用し、周囲の状況をスキャンしている。アモットは、巨大な戦車砲を背負いながらも、足取り軽く、いつでも射撃体勢に入れるように砲口をわずかに揺らしていた。

 エルの低い声が、静寂を破った。


「何か、感じるか?」


「ええ…嫌な予感がします。まるで、獲物を待ち構えているような…」


 ハルカは頷いた。その言葉が終わるか終わらないかのうちに、闇の中から、おぞましい気配が迫ってきた。現れたのは、異形の二体のエネミーだった。


 一体は、燃え上がるような紅蓮の炎を両肩に宿した悪魔、イフリータン。その巨体は黒曜石のように硬質な鱗に覆われ、熱気を帯びたオーラを周囲に漂わせている。特筆すべきはその巨大な舌だ。太く、うねる舌の表面には、苦悶の表情を浮かべた無数の小さな生き物が、まるで装飾品のように串刺しにされている。彼らの断末魔の叫びは、炎の燃える音と混ざり合い、耳障りな不協和音となってダンジョン内に響き渡る。イフリータンの足元には、焼け焦げた地面と、かつてそこに生息していたであろう生物の炭化した残骸が散らばっている。


 そしてもう一体は、青白い光を放つ異形の存在、デスブルージャム。その体は青い外套をまとい死神を彷彿とさせる姿をしている。デスブルージャムの眼窩からは、絶えずドロリとした青紫色の液体が滴り落ちている。それが床に落ちるたびに、ジュウジュウという音と共に、有毒な煙が立ち上る。この液体こそが猛毒のジャムであり、触れたものを瞬く間に腐食させ、命を奪う危険な代物だ。デスブルージャムの移動した跡には、腐食によって抉られた地面と、有毒な煙が立ち込めている。


 二体のエネミーは、それぞれの異質な威圧感を放ちながら、ハルカたちの行く手を阻むように立ちはだかっていた。イフリータンの燃え盛る炎と、デスブルージャムの放つ猛毒のジャム。どちらも一筋縄ではいかない強敵であることは明らかだった。


 燃え盛る炎を纏ったイフリータンが咆哮と共に腕を振り上げた。巨大な拳がエル目掛けて叩きつけられる。同時に、デスブルージャムが青白い体から猛毒のジャムを奔流のように放ってきた。


「やらせるかよ!」


 エルは、強化装甲銃を両手にしっかりと構え、迫り来る拳に銃身の盾部を合わせた。強烈な衝撃がパワードスーツを揺るがす。ついで、デスブルージャムの猛毒液をパワードスーツのバリアで耐えた。直後、エルは体勢を崩すことなく、装甲銃に受け止めたエネルギーを逆流させるように、銃口から高密度のエネルギー弾をデスブルージャムに向けて連射した。炸裂するエネルギー弾は、デスブルージャムの外套内の不定形な体を抉り、青紫色の体液を飛び散らせる。


 その隙を逃さず、ハルカはサイコガンのトリガーを絞った。彼女の精神エネルギーが凝縮された蒼い光線が、イフリータンの巨体を貫く。悪魔の唸り声がダンジョン内に響き渡った。


「ワタシの番ダネッ!」


 アモットは、照準を定めたイフリータンに向けて、戦車砲を発射した。轟音と共に放たれた巨大な砲弾は、悪魔の燃え盛る肩に直撃。爆発と衝撃で、イフリータンの炎が大きく揺らめかせ、大きく右肩をえぐり取った。


 エルは、デスブルージャムが再び猛毒のジャムを投射してくるのに備え、強化装甲銃のシールド面を向けて構える。その後、ハルカとアモットの連携攻撃によって、イフリータンは僅かに動きを鈍らせたものの、その威圧感は依然として強烈だ。三人はそれぞれの武器を手に、強敵二体との激しい攻防を繰り広げていた。

 アモットが放った渾身の一撃は、イフリータンの胴体に深々と突き刺さった。巨大な砲弾が炸裂し、悪魔の全身を爆炎が包み込む。けたたましい叫びと共に、イフリータンの巨体が大きく崩れ落ち、やがてその燃え盛る炎は静かに消え去った。


「一匹倒シタヨッ!」


 アモットは、満足そうに戦車砲の砲口を撫でた。イフリータンが倒れたことで、残る敵はデスブルージャムのみとなった。エルは、強化装甲銃の銃口を青白い外套のエネミーへと定める。デスブルージャムは仲間を失ったことで、僅かに動きを鈍らせた。


「エルさん、今です!」


ハルカの声が響いた。エルは、デスブルージャムが再び猛毒のジャムを放つよりも早く、強化装甲銃からエネルギー弾を連射した。高密度のエネルギー弾は、デスブルージャムの青白い体を次々と貫き、その動きを封じようとする。


 同時に、ハルカはサイコガンに籠められたフラウロスのエネルギーを活性化させて放つ。彼女の強い意志とフラウロスの冷気が込められた蒼い光線が、エルのエネルギー弾の軌跡を追うようにデスブルージャムへと放たれた。精神エネルギーの奔流は、エネミーの核となる部分を正確に捉え、内部から凍結させ破壊していく。


 青白い光が激しく明滅し、デスブルージャムの外套の中身は凍り付いていった。やがて、その動きは完全に停止し、床には青い死神の彫刻が倒れ、砕け散っていった。


「終わったか。」


 エルは呟き、強化装甲銃からゆっくりと手を離した。握っていた指にトリガーの痕がわずかに残る。深く息を吐き出し、全身の力が抜けていくのを感じながら、彼は銃を手に持ったまま、手早くエネミーに近づき素早く解体を始める。逸れた二人が心配なので、大雑把な解体となるがしかたない。


 ハルカは、サイコガンを静かに下ろし、倒れたイフリータンと砕け散ったデスブルージャムの解体されていく様を見つめながら逸れた二人の居場所を調べる。二体の凶悪なエネミーを打ち破り、彼女たちの顔には、僅かな安堵の色が浮かんでいた。これで、ユラとアザニンの元へ、合流することができる。3人は急いでその場を走り去って行った。



****

 ダンジョン5層での調達を終えたハルカたちは一旦ホテルへと戻り、今後の作戦について話し合うことになった。新たな装備に身を整えた彼女たちが集まった一室は、普段の喧騒とは打って変わり、張り詰めた静寂に包まれていた。


「念のため、この部屋は完全にプロテクトした。ヴァイスからの電子的なアクセスは一切不可能だ。」


 Mr.トリックは、神経質な面持ちでそう言い放ち、ホログラムをいくつも展開させて忙しなく操作している。敵であるヴァイスもまた、高度な知能を持つミストマンである以上、あらゆる手段でハルカたちの動向を探ろうとするだろう。そのための防諜対策は、何よりも重要だった。


「ヴァイスを倒す…それが私たちの目的になりましたけれど、一体どうすれば…?」


 ハルカは、静かに疑問を口にした。その問いかけに、同じミストマンであるMr.トリックが、重々しい表情で答える。


「コアの破壊が、最も確実な手段だろう。我々ミストマンは、コアと呼ばれる中枢を破壊されない限り、死というものに縁が無い。この幻影の体は破壊することは出来ん。」


しかし、とMr.トリックは言葉を続ける。


「問題は、ヴァイスがただのミストマンではないということだ。」


Mr.トリックの声は、いつもの飄々とした調子とは裏腹に、 深く沈んでいた。


「奴はマザーAIの管理下に置かれた『管理者』。このダンジョンの中では、文字通り神に近い権限を持っている。エネミーを操り、お前たちを襲わせることも、この部屋の様子を覗き見ることだって、容易にできるだろう。もっとも、今は吾輩が見張っている以上、覗き見などはさせんがな。」


 その言葉には、自身の技量への誇りと、相手への警戒の色が滲んでいた。

 

 彼の言葉が終わると同時に、部屋の中は重苦しい沈黙に包まれた。誰もが息を潜め、その場に立ち尽くしている。空気は鉛のように重く、目に見えない圧力が四方から押し寄せてくるようだ。ヴァイスの強大な力。それは、単なる強力なミストマンという範疇を超え、このダンジョンそのものの意思に近い、絶対的な存在であることを示唆していた。想像を遥かに超えるその力は、彼らの希望の光を揺るがせ、暗い絶望の色で塗り込めていくようだった。それぞれの胸に去来する不安と焦燥が、部屋の沈黙をより一層深いものにしていた


「コアの場所には…、『アイツ』もやはり、同じ場所にいると考えていいんだよな?」


 エルは、パワードスーツのヘルメットの隙間から覗く飄々とした表情を崩さず、低い声で確認するように問いかけた。その声には、僅かながらも焦燥と、不確実さへの苛立ちが滲んでいる。見定められない相手への焦燥感と、彼の目的がそうさせたのか。


「ああ、間違いない。彼女は、アイツにとって強力な手駒なのだろう。注意しろよ、我が友よ。おそらくは、その近くに必ずいる。」


 Mr.トリックは、相変わらず捉えどころのない気配を漂わせながら、しかし、その言葉には確固たる自信を込めて頷いた。その蜃気楼のような姿は、エルの方を向いているのかいないのか定かではないが、その肯定の言葉は、重く、そして明確に響いた。それは、同じミストマンとしての確信であった。


「シノビのメルと吾輩で、手分けしてコアの現在地を突き止めよう。メルは得意の周辺探索で、吾輩はネットワークの痕跡を辿る。必ず、奴の隠れ家を見つけ出す」


「きっと、拙者らが所在をつきとめるでござるよ。」


 Mr.トリックとメルの言葉に、皆は静かに頷いた。今は、情報収集に全力を尽くすしかない。コアの場所が特定され次第、躊躇なく破壊に向かう。ヴァイスの目論見が不透明なのが不安だったが、それ以外に手はないのだった。

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