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崩壊世界とダンジョンと   作者: めーた
ハルカたち
89/96

第89話 5層での装備選び

 エルの止まっているホテルは豪華絢爛な空間だった。足を踏み入れた瞬間、磨き上げられた光沢のある床が目に飛び込み、天井を見上げれば、複雑な幾何学模様が精緻に刻まれた巨大なシャンデリアが、眩い光を放っていた。

 広さは、大人数の一行と、ひときわ大きな体躯のアモットが共にいても、なお広々と感じられるほどだった。壁面は滑らかな質感の金属で覆われ、所々に施された繊細な彫刻が、空間に重厚感と歴史を感じさせる。窓は大きく、外界はあの騒音の工場地帯のはずだが、騒音をシャットアウトした上で存在しないはずの爽やかな緑あふれる森が見え、外の光をたっぷりと取り込み、室内の隅々まで明るく照らしていた。

 しかし、この部屋の真に異質な点は、その装飾の随所に垣間見える、現代の技術では到底再現不可能であろう古代のテクノロジーだった。壁に埋め込まれた発光するパネルは、まるで生きているかのように柔らかな光を放ち、その光源はどこにも見当たらない。室温は常に快適に保たれ、空調の音一つ聞こえないにも関わらず、淀んだ空気は一切感じられなかった。

 家具調度品もまた、ただ豪華なだけでなく、奇妙な先進性を感じさせた。流線形の美しいデザインの椅子やテーブルは、一見すると現代的ながら、その素材や構造には見慣れない技術が用いられているようだった。壁際には、まるでオブジェのように配置された金属製の装置があり、時折、意味ありげな微かな音を立てている。

 古代都市の遺構をそのまま利用し、現代の快適性を加えたのだろうか。この部屋には、過ぎ去った文明の高度な技術と、それを現代に蘇らせようとした人々の意図が、奇妙に共存していた。それは、単なる豪華さという言葉では言い表せない、神秘的でさえある異質な空間だった。


 重厚なパワードスーツの金属質な質感が、室内の柔らかな光を鈍く反射していた。エルは、その屈強な両腕を胸の前でしっかりと組み合わせた。装甲が擦れ合う微かな音は、彼の静かな思考を邪魔しない程度に響く。顎はほんの少しだけ引かれ、その視線は、組まれた腕の先、あるいはもっと遠くの何かを見据えているようだった。


「俺の目的は単純明快、元人間のメムってエネミーを…殺すことだ。この5層を彷徨ってるところまでは絞り込めた。だが、おそらくはヴァイスの手駒になってるんだろうさ。だから、俺たちは手を組める。アザニンも同じだ。彼女の姉貴分だったからな。俺の失った記憶を教えてくれたのも、アザニンだ。そこに至るまで時間がかかっちまったがな。」


 彼の視線は、隣に立つアザニンを一瞥した。その次に、虚空に目を移す。そこには誰もいないはずだった。


「Mr.トリックには特にないだろう。」


 その言葉に、突如ひょうひょうとした声が割って入った。


「失礼だな、エル。我が相棒よ!私の崇高な目的はもちろんあるとも、だが君の前では言えないな。」


 Mr.トリックの声が響いた瞬間も、彼の姿はまるで背景に溶け込むように、曖昧で捉えどころがなかった。そこにいるはずなのに、意識を集中しなければ見過ごしてしまいそうな、そんな希薄な存在感。まるで陽炎のように揺らめくアウトラインは、実体を持っているのかさえ疑わしい。気配を探ろうとしても、どこからともなく微かに漂ってくるだけで、その正確な位置を特定することは困難だった。ミストマンという存在が、いかに特異な性質を持つのかを、その姿は雄弁に物語っている。

 そして、突如として、その揺らめく蜃気楼のような存在から、胡散臭さがふわりと立ち上る。実体を持たないはずの彼が、まるでどこかの裏路地からふらりと現れたような、油断ならない雰囲気を醸し出す。その姿は、20代前半の青年。しかし、その軽薄そうな笑顔の奥には、底知れない何かが潜んでいるような、警戒心を抱かせる魅力があった。

 エルの小さくため息をつく様子は、Mr.トリックの言葉が常套句であることを示唆していた。その声音には、呆れと、しかしどこか慣れたような諦めが混じっている。長年の付き合いの中で、彼の奇妙な言動は日常茶飯事なのだろう。

 ハルカは、そんな二人の軽妙なやり取りを、まるで遠い世界の出来事のように静かに聞き入っていた。その表情は、先ほどの不安げな様子から一変し、強い決意の色を帯びている。瞳には、揺るぎない光が宿り、まっすぐ前を見据えるその視線は、自身の言葉に込めた強い意志を表していた。


「私たちの目的は色々ですが、私の目的は1層のヴァイスの被害者の人々を助けてあげることです。」


 ハルカの言葉は、静かでありながらも、その声には切実な願いと、強い使命感が込められていた。それは、個人的な感情を超えた、他者を救済しようとする純粋な想いの表れだった。

 その言葉を聞いたエルは、片方の眉を僅かに上げた。それは、意外な言葉に対する興味か、あるいはハルカの真剣な眼差しに何かを感じ取った故の思案の表情か。彼の鋭い眼光は、ハルカの言葉の真意を測ろうとしているようにも見える。

 その隣で、金属の巨体を身じろぎもせずにアモットは、無言のまま、しかし力強く頷いた。その動きは、彼女の確固たる同意を示していた。ハルカの決意に対する揺るぎない支持を明確に示していた。


「ワタシはハルカちゃんの目的が達せられるなら、何でもいいよ」


 その無機質で感情の欠片も感じさせない外見の印象とは裏腹に、耳に届いたのはまるで陽だまりのような、明るく弾んだ女の子の声だった。それは、鈴が転がるように軽やかで、どこか無邪気さを感じさせるトーンであり、その声の主の冷たい外見からは想像もできないほどだった。精巧な現代兵器から、可愛らしい少女の声が語りかけているかのような、奇妙なギャップがあった。その明るい声は、場の緊張感を一瞬にして和らげ、周囲に一抹の安堵感と、同時に底知れない違和感を覚えさせた。


 その隣に立つユラは、まだ子供と言えるほどの小さな背丈ながら、その全身からは鍛え抜かれたアスリートのような、しなやかな強さが溢れ出ていた。小さな体躯に反して、筋肉の隆起は無駄がなく、研ぎ澄まされた刃物のような印象を与える。その細い腕を自信たっぷりに組み、顔には何の陰りもない、晴れやかな笑みを浮かべている。


「アタシはここで強いヤツと戦って勝つ!ハルカのことは、まあ、ついでに助けてやるよ!」


 その言葉には、自身の強さへの絶対的な自信と、仲間への不器用ながらも温かい気持ちが込められていた。空中にふわりと浮かぶティンクのメルは、ちょこんと手を挙げた。その小さな仕草とは裏腹に、口を開けばどこか達観したような落ち着いた口調。可愛らしい外見からは想像もできない、静かで深い響きが周囲に広がった。


「拙者も、ここにいる逃亡犯を追いかけねばならんでござるが…、今はハルカ殿の手助けをしようと思う。幸い、まだ拙者には猶予があるでござるからな。」


 その小さな体躯からは、意外なほどの落ち着きが滲み出ていた。可愛らしい外見とは裏腹に、その瞳には揺るぎない静けさが宿っている。そして、ちょこんと挙げられた小さな手には、言葉にはしないまでも、共に困難に立ち向かう仲間たちを思う、静かで確かな決意が感じられた。


 それぞれの内に秘めた個性と、決して譲れない目的が複雑に絡み合いながらも、ハルカを救うという一点の強い目的が、この一風変わった一行を固く繋ぎ止めていた。エル、アザニン、Mr.トリックという、予測不能な新たな仲間たちを迎え、彼らは五層のより深部へと足を踏み入れる前に、この階層で手に入る装備を求めて動き出した。

 

 五層特有の、禍々しい光を放つ鉱石や、異質な生物の素材から作られた武具や防具、古代の技術で作られた再現不能な重機などが、簡素ながらも機能的な店先に並んでいる。一見すると適当に店先に放り出してあるようだが、しっかりと強固な鎧と電磁スタンロッドを装備したバウンサーが目を光らせて防犯をしていた。

 エルは黒光りするプレートを吟味していた。彼の装備というよりは仲間となったお嬢さん達に装備させる気なのか、サイズ違いのものを確かめている。その無骨な手つきからは、少しでも生存率を高めようとする、実直な思いが伝わってくる。

 アザニンは、青白い光を宿す結晶や、奇妙な模様が刻まれた杖に目を輝かせている。彼女の繊細な指先が、それらのアイテムにそっと触れる様子は、まるで古文書を読み解く学者のようだ。その神秘的な力に磨きをかけ、彼女の姉の魂を解き放つための新たな術を得ようとしているのだろう。

 実体の掴めないMr.トリックは、相変わらず飄々とした態度で、店主と何か軽妙なやり取りを交わしている。彼が指差しているのは、種々様々な電子チップだった。彼はこの場所ではないどこかに実態を持ち、そのデータを吸い上げて力にする。その胡散臭い笑顔の裏には、一行を危機から救うための、秘策が隠されているのかもしれない。

 ユラは、毎度のことながら師となる者を探してふらりと彷徨い出た。アモットは、4階層で開放したウェポンスロットを埋めるべく、重厚な武器やら追加装甲に魔術と念入りに選んでいた。彼女の武器選びはハルカを守り抜くという、揺るぎない決意の表れだ。しかし、破産待ったなしの勢いで買い込んでいる。不足分をハルカやメルが出している始末だった。そんな中でメルは、小さな体で様々な電子チップを見てはMr.トリックと話し込んでいた。


 それぞれの個性を反映した装備を手に、彼らは更なる強化を図る。それは、ハルカを救うという共通の目標を達成するための、不可欠な準備だった。新たな力を得て、彼らは五層の深淵へと挑むための覚悟を固めていくのだった。

メムをメルと間違えていたので修正しました

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