第84話 ユルギタの街からの救出
吸血鬼編が終わります。
「新月の間」出入り口のドアの外で、大勢の吸血鬼が胸を掻き毟りながら灰となって崩れて行く。
ユルギタが親であった吸血鬼たちは、親が死ぬのと同時に滅んでしまう。
これは、ダンジョンの中で生きており、陽光を浴びずに生きられ物理的に強固な生存力を誇る吸血鬼たちの明確な弱点でもあり、人類側がつける脆弱性でもあった。
あれだけの賑やかさを見せていたユルギタの館は、残された人間達のどよめき以外は不気味な静けさになっていた。
「うまく行くか、半信半疑だったが。なるほど、吸血鬼ってのは種族としては脆いんだな。」
ユラが強敵を倒した高揚感が消えて行く感覚を覚えながら、ポツリと漏らした。
「そうですね。いくら個々が強くても、トップを倒せば、その配下も雪崩式に倒れてしまうというのは明確な欠点ですね。だから、上位の存在になればなるほど強力になるのでしょうけれど。」
鮮血の翼を作り出し、絶え間ない広範囲攻撃をして、再生能力まである不死身の化け物であったユルギタは、決して弱くはなかった。自分たちが彼が好む「人間」ではなかったことだけが勝機となったようなものだ。
もし、人間だったのなら彼の継戦能力は跳ね上がり、倒すのに苦労したどころか、倒せたのかさえ怪しい。
密室に閉じ込め、補給を絶たせることができたのはハルカの作戦勝ちだった。
それと同時に、吸血鬼以外を甘く見過ぎていたユルギタ達吸血鬼の油断だったとも言える。
「この後はどうするのでござる?」
「本当なら、奴隷になっていた人たちを解放してソーンシティへ連れて行きたいのですけれど。運ぶ手段が無いのですよね。」
前の吸血鬼の村はどうにかなったが、ユルギタの街は規模が違いすぎて、輸送トレーラーの一つや二つでは運べるほど少なくはなかった。
「これは、もうどうしようもないです。緊急性の高いオーダーとしてソーンシティに知らせてもらって来てください。メルさん、お願いします。」
「そういうことであれば、任された。なるべく早く戻ってくるように努力するでござるよ。」
そういうと、メルは旅支度を手早く済ませてソーンシティへと飛び立っていった。
*****
メルを見送った後、ハルカ達は吸血鬼達の支配から解き放たれた人間をどうやって守るかを悩んでいた。なぜなら、この街を襲うエネミーが現れたからだ。幸いにも、それほど強いエネミーではなくハルカ達が十分対処できた。
だが、これには住んでいた住人には強い衝撃だった。
この街はソーンシティとは違い、エネミーから守る機構や仕組みがない。【青薔薇同盟】はウェポンを揃えていたようだが、対個人用のものであり、防衛施設のようなものではない。幾らか役には立つだろうが、本格的な戦力とは呼べるものではない。
それは、一般人とダイバーの違いによるところが大きい。
ダイバーなら、階層を潜るごとに肉体が自動的に強化されて行く。1層のダイバーと2層のダイバーでは明らかにタフさが違うのだ。これも、ダンジョンの作用の一つだと考えられている。ダイバーオフィスでウェポンスロットを通して登録を行った時から、ダイバーは一般人とは違う存在になると言っても間違いではない。
この街に住む一般市民にウェポンを渡せば、ウェポンコネクトがその使い方を勝手に理解させて自在に使うことはできるが、エネミーの爪がかすっただけでも死ぬような戦いになることは必然であった。そのため、防衛施設のような籠もって戦うことが出来るものがあれば、と思ったがこの街はどうやら、エネミーが避けて行くような何かがあったようだった。
街の住人は、人間が逃げられないように塀や壁はあったが、エネミーがそれにぶつかったり、攻撃をしたことはなかったという話がほとんどだった。
「もしかすると、ユルギタが何か秘密を持っていて、その死と引き換えに効果が失われてしまったのかもしれませんね。そうなると、早いところ救出部隊に来てもらいたいところです。」
「ソレも危険だケレド、ハルカチャンのバラバラ作戦も危険だっタヨ!モウ2度とやらないでヨ?運んでる間、本当に元にも戻るノカ心配だったんダカラ!」
ガッシリとハルカを捕まえ、逃さないようにして諭すように語るアモット。その掴み込んだ腕はいつもよりも力が加わっていて、逃げようにも逃げられない。
「アタシも、あの作戦はクレイジーだったと思うぜ。よく成功したよ。」
「でも、それのおかげで吸血鬼達との正面戦闘が避けられたのですから」
ハルカが自己弁護する。こういうときにフォローしてくれたかもしれないメルはいない。2対1では部が悪い。だが、あの作戦を行わなければ吸血鬼のひしめく館の中を戦い通すことになり、絶対にユルギタには勝てなかったであろうことは想像に難くない。
補給の人間達を食い散らかされ、吸血鬼側の継戦能力は凄まじいものになっていたはずで、勝機はなかったと言っても過言ではないはずだ。
話が止まり、目線を横に投げかけると、唐突に自由になった奴隷階級の人間は戸惑っていたようだが、レジスタンス【青薔薇同盟】がまとめてくれているので大きな混乱は起きていない。レジスタンスが保有していたウェポンは数だけはかなりの数があったようで、とりあえず安心感を与える程度の数はあったようだ。
エネミーも人間を狙って来るものは限られた数しかおらず、ここの階層はどちらかといえば自衛を行うようなものが多かった。
それだけに、ソーンシティのスタンピードには謎が多いのだが。ソレに答えるには手持ちのピースが足らなさすぎて、ハルカは考えるのをやめて街の防衛に関して考えを切り替えたのだった。
4日後の昼ごろに、待望の救出部隊が街へと到着した。
メルはソーンシティに到着次第、ダイバーオフィスにかけあい大規模な搭載能力に優れた戦車やトレーラーなどによる大型キャラバンを用意させた。
これには通常は1チームで組まれることが多い救出オーダーだが、人口の規模から複数チームによる大規模キャラバンまで組まれ、現地入りしたオフィスの人間が陣頭指揮を行い、混乱が起きないように動くという規模で組まれた。
3日目を超えてから、街の住人にも明らかな疲労が見られ始めていたのでキャラバンの先頭が見えたときには大歓声が街から起こった。
「これで、肩の荷がおりました。後はオフィスと後続のダイバーに頑張ってもらいましょう。」
ほぼ24時間態勢で街の防衛を行っていたハルカ達にも疲労はピークへと達していた。
普段、哨戒を担っていたメルが抜けた穴も大きく、不慣れなことをしてユラなどは明らかにへばっていた。ハルカやアモットは肉体的な疲労は蓄積しないが、精神的な疲れは溜まっていた。アモットの場合は、生成される銃弾と消費する銃弾の収支が釣り合わない時など、焦燥感にかられ、ジリジリとした焦りを感じていたところだったりもした。
「ヨカッタ、コレでチャンバーいっぱいマデ生成を待てるノネ。」
大袈裟なアクションで深呼吸するかのように動き、アモットはハルカ達に向かって戯けて見せた。それにはハルカとユラも笑顔を返して笑った。
少し離れたところで、キャラバンの先頭車両のオフィス員と思われる人間が、拡声器越しに大声で整理をしながら、街の人間をトレーラーに乗せて行く。
ハルカ達は何とか、人的被害は出さずに守りきったのだった。
やり遂げた感覚を各自が思っていると、オフィス員が後のことはダイバーに任せて、ハルカ達へと近づいて来た。
「ヤァ、本当にこの目で見ても信じられないくらいだ。よくも、こんな規模の吸血鬼の街を滅ぼせたもんだ。あなたがチームリーダーのハルカさんだね?私はソーンシティのオフィス員で名前はフジタだ。ソーンシティに戻ったら、特別報酬を出させてもらうよ。後、この街の主要な施設などもそっくりと運ぶつもりだ。さしあたって、食料カプセル生成機はどこにあるか知ってるかな?後、吸血鬼達の死体は?」
「食料カプセル生成機に関しては、【青薔薇同盟】という方々が詳しいかと。吸血鬼の死体は手付かずになります。」
「なるほど、なるほど。ならば、回収にもダイバーを一部当たらせよう。彼らの報酬は吸血鬼の死体になりそうだな。もっと言えば、吸血鬼の心臓か。どのくらいの吸血鬼がいたかは知らないが、サーヴァントよりも高位のヴァンパイアが占めていたようだから、だいぶ儲けられるはずだね。」
懐から一本タバコを取り出し、着火させて一服する。どうやら、小休憩を兼ねてるらしい。
「急激に増える人口をどうする?という話もあったんだが、食料カプセルを1機追加できるなら、悪くないね。ソーンシティは知っての通り、スタンピードの危機を常に抱えてる。守備に回せる人間が増えるのは喜ばしい。据付の機銃を撃てる人間がいないのでは、機銃を増やしても意味がないからね。とりあえず、今後は彼らは大部分が街の守備隊になる訓練を積んでもらって、その後は街の不足人員を補充となるかな。もちろん、各人の適性ってものがあるから、それを踏まえるけれどね。」
フジタはタバコを吸い込んで、紫煙を吐き出す。吐き切ると、また喋り始めた。
「何はともあれ、まさか救出オーダーで殲滅を行うとは、思いもしなかった。君たちに依頼を通したマチルダって子も、ここまで大事になるとは思わなかっただろうね。」
フジタは手近にいたダイバーに吸血鬼の死体を回収するように指示を出して、もう一口タバコを吸う。
「何にせよ、吸血鬼の大規模食料ファームがなくなったことで大打撃を受けると思われるね。こりゃ、吸血鬼に対する警戒を強める必要が出てくるだろうね。人間狩りもさらに行われるだろう。ソーンシティも入ってくる人間をよりしっかりと調べる必要が出てくるわけだ。いやいや、本当に大変になる。が、吸血鬼の領域を大きく減らしたのも間違いない。どっちかと言えば、良くやってくれた!って感じだね」
思っていたよりも大きい影響が出たことに驚いたハルカだったが、やってしまったことは仕方ない。今は、とりあえず安心できるところでゆっくりとしたい気持ちでいっぱいだった。
夕方ごろに人員の回収と、吸血鬼の死体の回収が完了した。吸血鬼の死んだ後に残る灰は特殊なポーション作成に、心臓にあたる結晶はウェポンの強化などに使われる貴重な素材らしいことをフジタから聞かされた。今回の量はとんでもない量になり、ざっと見積もっても数百人単位分の強化素材が手に入ったらしい。終始、笑顔のフジタがハイテンションに教えてくれていた。疲労がピークに達していたハルカ達はおざなりなリアクションを返して、用意されたトレーラーへと入り、休憩をさせてもらったのだった。
帰りはキャラバンの車の中となり、1日かけてソーンシティへと戻ったのだった。
吸血鬼編が終わりました。
思ったよりも長いこと書いてしまった。
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作者が感激して、執筆速度が向上します!




