第83話 新月の間
ようやくユルギタと戦った。そろそろ、吸血鬼編のエピソードも終幕です。
薄暗い蝋燭の明かりのみが照明となった部屋、夜会が行われていた大広間から離れたこの地下室には、空調のダクト以外は窓などもなく完全な密室となっている。夜会の喧騒もこちらには届かず、分厚いドアの入り口の外には5人ほどの吸血鬼の護衛が固めて、誰も入れないようにしている。
地下室の中には拘束具や拷問器具のようなものも見えるが、それらはユルギタが若い頃に集めたものであり、吸血の際に「味」を変えるアクセントとして使っていたが、最近はもっぱら自らの手で追い詰めて吸血することを好んでいた。
暗い室内の中、一見すると鼻筋の通った美形のユルギタはいわゆる女言葉で部屋の片隅、蝋燭の燭台がある方へとラモンを追い詰めていった。
余裕を持って、ユルギタは歩調を緩めてラモンへと語りかけた。
「あなたの血を飲めるのも、今日が最後となると寂しいわねぇ。ねぇ、ラモン?」
ユルギタは、少しかすれた渋みのある声でラモンの血を惜しむ言葉をかける。
それに対して、表情を硬らせながらもラモンは憎まれ口を叩いた。
「俺は、そうは思わないぜ。そもそも、そう思うなら今日じゃなくてもいいじゃないか。俺が回復するのを待って、もっと楽しもうとは思わないのか。最も、そんな生き方はまっぴらだがな。」
「そうね、そんな風にも考えた時もあったわ。でもね、ダメなのよ。そういう飲み方をすると、悲しい事に味が落ちてしまうのね。私が求めているのは、野性味溢れた強さと、悲しみを耐えて生きようとする強さの味。だから、私の手の中で安寧を手に入れた豚には用は無くなってしまうのよ、ラモン。最も、あなたはそんな生き方はまっぴら、なのよね。」
じわり、じわりと一歩を踏み出していく。その度にラモンは片隅へと下がり、下がる場所が無くなったと思うと、無駄だと分かりながらも、調度品でバリケードを作っていく。それを目前にしてユルギタはこれからのことを思うと、流行る気持ちを抑えながら、ゆっくりとこのひと時も楽しむように歩いていく。
追い込まれたラモンの頭上から唐突にダクトの蓋が外れた。瞬間、暗い穴の中から冷気をたたえた輝きがユルギタとラモンを分つように放たれた。唐突なことにその場を飛びずさり、謎の冷気と距離をとるユルギタ。その冷気には殺気があからさまに込められていた。油断すれば、凍結していただろうと想像する。
続け様に、冷気は出入り口を凍結させていく。外では何かが起こっていることを察した護衛の吸血鬼たちが騒ぎ立てる様子が伺えたが、外部からはこの極低温の分厚い氷を打ち破ることは困難なようだった。
次いでダクトの中から現れたのは、人の腕や足だった。それらがバラバラに落ちてきて、それらがゆっくりと人の形に近づいていく。その様を守るかのように蛇腹状の機械が素早く守るかのように円形になったと思えば、複雑に組み合わさり人型になると、そこにはハルカとアモットの姿があった。
すぐさまダクトから飛び降りてくるユラが一声叫ぶ。
「狭所恐怖症になる所だったぜ!」
「狭いところを通るのはモウこりごりダネ!」
普段の姿に戻ったアモットが応える。
「無茶な作戦だったけれど、なんとかなりました!」
ハルカが口元から鮮血を滴らせながら、笑顔で言葉を放った。
ハルカ達は、この密室に入るためにいくつか考えを出していた。
真正面からの突入、護衛を装っての侵入など。しかし、どれも決定的な案とは思えず、ボツとなっていた。
ネックとして、館の中に多勢の吸血鬼たちがいることだった。一人一人とは戦える、しかし多数となると話が違う。消耗もあれば、ユルギタ本人を逃す可能性もあった。人間の大多数を助けるためには、ユルギタの暗殺は必須事項。それができないようなことでは、本末転倒になってしまう。
ユラとメルで暗殺することも考えたが、すぐに逃げられてしまうだろう。吸血鬼は一撃で倒せるほど脆い存在ではない。
そこに、ハルカが不意に思いついたことを言ってみたのだった。
この頭上にあるダクトは部屋中に張り巡らされていることは、内部を伝って情報を集めてくれているユラとメルが実証している。ここから、密室へと繋がっていることも確認済みだ。
ならば、どうにかしてアモットとハルカもダクトを通って行けば良いと。
アモットは変形が可能なので、通ることは問題ないと思われた。変形を行うと、どのような形にもなれる代わりに回路に負担がかかり決戦前に多少ダメージを負うことになるが、必要なダメージと考える。蛇腹状のヘビのような形になることで、細いダクトを潜っていこうということになった。
問題はハルカだったが、ハルカ自身からぶっとんだ答えが出てきた。
それは、自分をバラバラに解体し、ダクトの中を運んでもらうという案だった。ゾンビの自分はバラバラになっても到着地点で胃袋にあらかじめ仕込んでいる人間用の輸血パックを使うことで復元は可能だと断言した。
そしてダクト経由で侵入した後、入り口を凍結して吸血鬼達の増援を封じ、ユルギタとの直接対決を試みるという奇抜を通り越して、クレイジーなアイデアだった。
バラバラになったハルカが元に戻るのか?というところだけが皆の疑問点であり、心配どころだったが無事、やり遂げて見せたのだった。
ユルギタは一連の出来事を唖然として見てしまっていた。まさか、こんな子供が通るのがやっとのダクトを通って侵入者が入ってくるとは。
ハッとして気がついた時には、全てが終わった後となっていた。すべては、ハルカたちが仕組んだ通りの運びとなっていた。ユルギタとラモンの間には氷の壁が横たわり、二人を隔絶していのだった。
ラモンに近づくには、壁を迂回する必要があったがそれにはハルカたちが邪魔となる。
この段階に至って、ラモンを取り返しにきた人間の手勢だと理解したユルギタは叫んだ。
「あなた達、この所業は万死に値するわよっ!!」
「その言葉、そっくりお返しいたします。吸血鬼、ユルギタ。あなたを滅させていただきます。」
氷の壁を隔てて、ラモンは隔離したがユルギタを滅ぼさなければハルカたちの勝利にはならない。決戦の幕が切って落とされたのだった。
戦う姿勢をとったユルギタは長く伸びた爪で両方の腕を掻き切り、鮮血を噴出させた。噴出した血液は彼の周りで翼の如く形どり、彼を守る盾のようになった。
ユルギタは怒りをあらわにしながらも、優美に血の翼を広げ、その羽を飛ばした。その羽は広範囲にわたり急加速をしてハルカ達を襲った。
「流石にどうしようもないな!」
狭い屋内なので、巨大化ができずに小さいまま戦うユラ 。普段なら、巨大なその身を盾にして敵の攻撃を一身に受け止めるのだが、この攻撃は巨大化していても範囲が広すぎただろう。いくつかが命中し、小さく破裂して肉を抉っていく。
避けきれない物量の攻撃が、普段は攻撃を受けない場所にいるハルカ、メルにも襲いかかる。メルは自力で回避を試みるが、ハルカはそれほどに敏捷的な動きは得意ではない。
ハルカは遅いくる羽を氷で撃ち落とすが、いくつもの羽が突き刺さる。突き刺さった血の羽は体の中で小さく爆裂した。思わず、体内の血液が食道から逆流して口からこぼれていく。
アモットにも付着した羽が爆発し、小さくない被弾を受ける。ピンクのボディに爆発痕が残る。流石に、内部機構までに通ったダメージはないようだったが、これが続くと無視できるダメージではすまない。
「この攻撃の嵐、どうにかして止めないといけませんね。」
各自で必死にダメージを与えても、自己再生能力があるユルギタは無尽蔵に思える生命力を誇っていた。
ユラが接近し、相手の体を内部から破壊する浸透撃を使い攻撃した。口から大量の血液を吐き流すユルギタだが、笑みは浮かべたまま。
その流れでた血液を利用し、怒涛の流れとなってぶつかりユラは壁へと叩きつけられる。
アモットは狭い室内だが火球の魔術を叩き込む。延焼する炎がユルギタを包む。さらに続け様に、戦車砲をユルギタへと放った。大穴を腹部にあけて常人なら即死のようなダメージを与えるが、ユルギタは何事もなかったかのように再生する。
「コイツ、倒すのにはドウすればイイノ!?」
アモットが泣き言を叫ぶ。再生能力が強すぎて、ダメージがすべて回復されているのであった。
メルが遠距離からバーニングチャクラムを放って、さらにユルギタの体を燃やす炎に勢いをつける。
「吸血鬼の体を構成するのは、奴が蓄えてきた血液そのもの。奴の体の中に流れる血液を燃やしつくすのでござるよ!」
「面白いことを言うわね、お人形さん。あたしが一体、今まで何匹の人間の血を吸ってきたのか知ってるのかしら?」
「知らぬ!しかし、貴様を倒すにはそれしかないのでござろう!?」
「その通りよ、お人形さん。」
ユルギタは血の翼をメルへと向けて羽ばたかせると、羽が旋風とともに襲いかかった。
メルは紙一重で交わしていくが、何発かは命中させてしまいその体に爆発の跡を残す。細い手足が折れていないのが不思議なくらいだった。
ハルカが氷の魔力を纏わせたサイコガンをユルギタの翼へと向け撃つ。翼を凍らせて、攻撃を封じる。
「それがどうしたのかしら?」
そういうと、ユルギタは別の翼を生やしてニヤリと笑った。
「ならば、こちらもどちらが勝つか勝負といきましょう!」
ハルカが凍らせ、ユルギタは生やし続ける。凍らせ、生やし、凍らせ、生やす。その数は12翼の翼が展開するところまで続いた。凍った翼は動きを失うが、順次解けて再び動き出すという再生能力を見せていた。それでも、できる限りの翼をハルカは凍らせ続けていた。
その間もアモットとメルは攻撃を行い、体を壊してはユルギタが再生をする。無限に続くとも思われる長い戦いとなったが、双方ともに消耗しているのは必至だった。
ハルカは破裂羽を受けて、サイコガンのある右腕以外がボロボロとなり、アモットの弾丸は残り1発。メルは必死にチャクラムを奮っているが、その体は手足がちぎれかけ、自身の背後にある重力球で直接チャクラムへ働きかけてコントロールして攻撃している有様だった。
ユルギタの方も流石に、再生と生成のペースが追いつかなくなってきていた。
(流石に、これ以上は厳しいわね。これは、新しい血液が必要だわ!)
このチームを見ると、見事なまでに人外というか無生物で構成されている。生き物と思えるユラ でさえ、妖精に分類される種族であり、人間が一人もいなかった。
(本当、なんてこと!普通なら、ここで血の一滴でも飲んで相手に絶望を与えるところだっていうのに!そもそも、なんでゾンビがいるのよ!ゾンビが!!)
こうして考えている間にも、翼が凍っては砕け、新しい翼を生やして攻撃し、体を穿たれて燃やされ、それを再生して継戦し続けている有様である。
(ここは、やるしかないわね!)
ユルギタは力任せに体内の血液の消費を上げて、全ての翼に力を回した。一気に凍てついた翼を破砕させ、新しい翼が生えてくる。その翼を用いて、ハルカたちに猛烈な翅による攻撃の嵐を浴びせたのだった。
その猛攻の瞬間に、ユルギタは走りかけた。目的はただ一つ、この新月の間で唯一、温かい血液が流れている人間のもとへ。
「ラモン、あなたの最後の一滴を飲ませてもらうわ!私の勝利のためにね!!」
「そうはさせるか、変態ィッ!」
それまで積極的な攻撃を仕掛けなかったユラが横っ飛びになりながら巨大化を行った!
瞬間、その体は物理的な肉壁となり、ラモンとユルギタの間を遮った。
「バカなっ!かくなる上は、貴様を貫いてでも!!」
「それはできませんよ!先ほどの行動であなたは血液を使い尽くしている。証拠に、もう2翼維持するのがやっと。」
冷静なハルカの指摘がユルギタに突き刺さる。その言葉は、まるで心臓に氷の針を刺されたかのように冷ややかだった。
「あなたを滅ぼし、ここでこの街は終わりです!」
サイコガンから放たれた冷凍光線はユルギタの全身を凍らせる。最後の一発としてとっておいた弾丸を装填したアモットが狙いを定め、発射した。
ユルギタの体は粉々に砕け散り、その残滓は灰となってあたりに散っていった。
ユラが元のサイズへと戻り、ラモンにチャクラによる回復を施して多少体調を回復させる。
多少よろけるが、それは体調の不良というよりは今し方おこなわれたことが、本当のことだと信じられないようだった。
「ほ、本当に倒したのか?俺は、いや俺たちは自由なのか?」
「ええ、この近辺の吸血鬼はこの親玉吸血鬼の配下だったはずです。さぁ、人間の世界へと戻りましょう。」
吸血鬼編が終わったらどうしよう。そろそろ5層に行けってことになりますね。




