第71話 ソーンシティの防衛
防衛戦のような大規模な戦闘はこの世界では滅多なことでは起こりません。
ソーンシティの特別イベントです。エネミーが組織立って動くこと自体がほぼあり得ないことだったりしますので。
森の途切れ目から倒しても倒しても現れ続けるエネミーの群れ。もうすでに防衛が開始されてから18時間を越えようとしていた。ダイバーをはじめとした防衛側の人員に疲労の影が濃く現れていた。
損耗自体はシティの防壁に多少あるものの、機能的には問題なく耐えている。人的損耗は門前で生身の戦闘で侵攻を食いとめていた前線部隊に多少の負傷者が出ていたようだが、今回は最前線にヒーラーが配置されたらしく、いつもなら一人くらいは死人が出てデッドギフトを受ける者が出るのだが、一人も出ていないらしい。
それよりも、精神的な疲労が強かった。半日以上戦いっぱなしで、普段のダンジョン探索で行われる小規模な戦闘とは内容の違う組織的な戦闘を続けてダイバーたちにストレスが溜まっていくのは仕方ないことだった。普段はしないチーム外との連携行動というものの負担が溜まってきていた。
シティの住民たちも良く助けていたが、それももうギリギリになってきていた。慣れているのと、負担にならないのは別である。そう考えると、住人の精神力は大したものだといえよう。泣き言も言わず、自分たちの居場所を守るために必死に出来ることを全てやる勢いで走り回っている。
「本当に終わるんでしょうか?この戦い、私には終わりが見えないんですけれど。」
機銃を撃ちながら、ハルカは独り言を呟いてしまう。もしかしたら、この階層の支配をしている植物系エネミーへ一矢報いるために他の系統のエネミーが手を組んでソーンシティを奪いにきているんだろうか?とつまらない妄想が頭をよぎったが、目の前の敵を倒し、次のエネミーを撃ち抜く頃には忘れ去っていた。
「ハルカ殿、休憩に入れとの指示でござる。」
「わかりました。もう、何時間戦ってるのかわからなくなってきましたよ。」
「20時間と34分でござるな。アモット殿、休憩時間でござる。ユラ殿を迎えにいくでござるよ!」
「了解〜!この戦車潰したら、交代すルネ!」
ハルカたちが壁上から門の前へ移動しユラを迎えにいくと、最前線で戦う巨人の周りで連携をとって戦うダイバー集団があった。交代するダイバーたちと一緒にユラに声をかけると、周囲のダイバーたちから悲嘆の声が大きく上がった。
「あいつら、アタシがチャクラを使うのを知ってから連携とって戦うようになってさ。まぁ、ちょっと休憩したらすぐ戻るからそれまでどうにか耐えててくれ。」
「行っちまうのか、ユラの姐さん。仕方ねぇ、お前らここはユラの姐さんが戻るまで死守するぞ!」
「おぅ!ここは任せて休憩に入ってくれ!!」
ダイバーたちの中からユラを慕う声が聞こえる。それに対し、やや呆れ顔でユラが喋る。
「いや、ここは元から死守する場所だろうが。もう良いや、さっさと休憩入るぜ。」
ユラは別の意味で疲れた顔をしてハルカたちと合流して休憩へ向かった。最前線といっても敵の数が薄かった南の門だからだろうか、悲壮感や疲労感が漂うような戦場ではなく、何処かやる気に満ち溢れた場所となっていた。最初は違ったような気がするが、深いことは考えないことにしてハルカはこの場を仲間たちと共に去ったのだった。
防衛開始から20時間を過ぎて、ハルカたちは2回目の休憩に入った。とはいえ、ユラ以外は食事らしい食事もしない。自分たちのウェポンの整備をしたりするが、他のチームは休憩に入っておらず何か話を聞くこともできずに仲間内での何処が厳しかった、あのエネミーは要注意だという雑談をして30分ほど休憩を取った後は戦場には出ない程度の後方支援を行っていた。そうでもしないと、落ち着かないというのが正直なところだった。
24時間以内に終わる防衛戦の終わり方が気になっていたが、結局誰に聞く暇もなく休憩を終えて再び戦場に戻っていった。
元の持ち場に戻り、機銃で敵を狙い撃っていく。時折、空を泳ぐ巨大サメが脅威となったが攻撃対象を集中させることを徹底してたおかげで、侵入そのものは防いでいた。周りでは、疲れを軽減するドラッグなどを服用し、残りの時間を耐える構えを見せている。倒された仲間の屍を乗り越えつつ、列をなしてエネミーが侵攻して来る。恐怖感はあるが、光景そのものは慣れ始めているハルカだった。
「22時間が過ぎたんだよ!もう少しで終わるんだ、ここが踏ん張りどころだよ!!」
ジーユが端末を通して檄を飛ばす。話では24時間以内に終わるということだったが、正直言えば目の前の光景はほとんど変わっていない。
機銃から吐き出される弾丸はまたマローダータンクを1台稼働不可に追い込んだが、次のマローダータンクが防壁へと弾丸を打ち込んできた。
「もう、いつ終わっても良いですよ!終わってください!!」
ハルカがヤケクソ気味に言葉を放った。その時、戦線に変化が現れた。侵攻していたエネミーがその勢いを止めたのだった。何が起こったのかと周囲を見渡すと外壁を這う茨が薄い緑色から、ほのかに赤い輝きを灯し始めた。
その光に追い立てられるように、エネミーたちは我先にと森の中へと逃げ込んでいく。これが、防衛戦の終了の証であった。
「よぉぉぉぉぉしっ!!みんなッ!!防衛は俺たちの勝利で終わったぞぉぉぉぉおっ!」
スジルオの雄叫びが端末を通して、シティの放送を通して、全ての場所に戦いの終了を告げた。
ハルカは思わず、機銃から手を離して近くにいた補給役の住人とハイタッチをする。ようやく、長かった防衛戦が終わった。
周りを見れば、他のダイバーや兵士たちも腕を振り上げて喝采をあげていた。いつもはクールなメルでさえ、その輪の中に入っていた。
アモットは祝砲と言わんばかりにシティの外へと戦車砲を発射し、喜びを表している。
ソーンシティの住人もダイバーたちに混じって戦いの終わりを祝していた。
「いよぉ〜し。防衛ご苦労だった。この後、余力のあるやつはソーンシティの周囲の解体を手伝ってくれ。手伝ったチームには報酬の上乗せがある。解体報酬は総額が決まり次第分配されるからな。分配が終わるまでソーンシティを離れるなよ。報酬が受け取れなくても、その場合の苦情は受付ないから気を付けてくれ。では、1時間後に集合だ。解散!」
ハルカがスジルオからの通達を聞いてチームメンバーの皆に問いかける。
「どうします?私たちも解体に行きますか?」
「えーと、行っても良いかも。報酬は高いに越したことはないし。」
アモットは賛成に1票を入れた。メルも同意見のようだが、ユラを気遣い声を掛ける。
「ユラ殿、最前線で疲れたでござろう?休んでて構わないでござるよ。」
「いや、アタシだけ休んでるってのは性に合わない。大丈夫だ。アタシももちろん、参加するぜ。」
メルの気遣いに感謝しつつも、ユラは参加を表明した。空元気というわけでもなく、余裕を見せてニカっと笑顔を見せた。
1時間後、ハルカたちは解体班の集合に参加していた。思っていたよりも解体班への集合は少なく、シティの外に広がる残骸の数を考えるとこちらの方が疲れるかもしれないと思えた。
解体班の説明を聞くと、この回収で行われた分は個人として得ることはできず、合計した分を各自に分配する形となる。解体班は分配が高めに割り振られるということで、あまりやる気になれない内容だったが、3層で難儀した経験から持てるCPは多いに越したことはないと前向きに考えた。
この回収で一月の機械系、異能系の資源を賄うそうだ。これだけ倒したのだから、それだけの数を解体するとなる。やはり、心が折れそうになるが今日だけでどうにかするわけではなく、数日に渡って行われるとのことだった。鮮度は関係ないが、取る前にエネミーが現れてダメにすることもあるということで、早く解体するに越したことはないとのことだ。
「森の中に戻ったエネミーはUターンしてこないんでしょうか?」
「ああ、あんたらは半年ぶりの女神様のチームか。大丈夫だ、ソーンシティのエネミー排除はあの森の縁まで届くからな。」
「……女神様?何のことですか?」
近くにいた男のダイバーが解体しながらハルカの独り言に返事を返した。内容に不明点があったため、ハルカが質問を返す。
「前線で癒しの光を振りまきながら、自身も体張って戦って、エネミーの攻撃も庇ってと八面六臂の活躍したってのが3層から降りてきたばかりの新入りだってんだからな。ビックリしたさ。そりゃ、異名の一つや二つも付くってもんだ。ましてや、こっちにきて初日にスタンピードに出会したんだろう?ご苦労様だったな、本当に。」
「確かに、苦労はしましたけれどね。えっと、そういうことなら納得はします。ユラさん、活躍してたわけですね。」
「どうせなら、もっと強そうな名前にしてくれよ。不本意だぜ。」
ハルカは納得したが、ユラは納得しないようで雑にマローダータンクの砲身を叩き折って資源として浮荷台に積み上げていく。
それに対し、ハハハと笑う男のダイバー。名前はラモンと名乗った。
4層は植物に周囲を囲まれていて、空にも聖樹と呼ばれる巨大な木が覆いかぶさり、木漏れ日から光が漏れるくらいで自前の照明が欲しくなってくる。
解体をしながら、ラモンが続けて喋る。
「それで、この階層で長い間ダイブしてる先輩からちょっとした忠告だ。ここの階層には吸血鬼の領地が遠方にあるんだが、時折ダイバーがマンハントにやられる。連中、人間牧場を作っててな。新しい血が欲しくなるとやってくるんだ。吸血鬼は強力なエネミーだからな。領地持ちともなると、ダンジョン管理者と同格だ。エネミーの支配権もあるし、自身もかなり強いと思っていいだろうな。間違っても喧嘩を売っても買っても不味い相手だからな、長生きしたけりゃ気をつけな。それ以外にも聖樹教団って連中も人攫いをするからな。シティの中にいつの間にか入り込んで何処からともなく出入りしている。教団関係者が内部にいるんだろうが、尻尾を見せないから中々無くならない。」
なかなかに面倒そうな話を聞けて、この階層に一つ詳しくなった。吸血鬼自体は別階層でも存在していたが、絶対数が少ないため滅多なことでは出会うことはない。さらにいえば、階層に相応しくない強さを持っていることが多いので、出会わないに越したことはない存在だった。伝説では太陽の光に弱いらしいが、ダンジョンの中に太陽の光が届くことはないため、天敵も弱点もなく、強力な存在と語られることが多い。
聖樹教団なる存在は初耳だった。こちらもシティ内に現れるとなると油断できる相手ではない。
「と、まぁこの階層で気をつけるとしたら、ワンダリングエネミー以外にもあるからな。用心してくれ。酒場であったら、今度は酒の一杯でもおごらせてくれ。それじゃな。」
そう言いつつ、ラモンは自分のチームが別方向へ解体しに行ってることに気づき、合流するためにこちらを離れていった。
「4層も一筋縄では行かない場所見たいですね。ソーンシティがしばらくは安全な場所になったことは良いことと捉えますか。」
ハルカは今手に入れた情報に気を付けるようにしようと心に刻んで、解体作業に勤しむことにした。
*****
今日できる範囲での解体作業を終えて、ダイバーズオフィスまで戻ってきた。疲れを感じることがないゾンビの体だが、疲れた気がして来るのはソーンシティについてからの激動の時間が起こす幻覚だろうか。
ハルカは浮荷台から資源を引き取ってもらっている間に、何気なく目についた張り紙に吹き出すところだった。
【ジョブチップ:5CP。副作用への保険は2CP/月。】
まさか、ジョブチップがオフィスで堂々と売られているとは思わなかった。間違いなくデジタルドラッグの類であり、表層都市では表立って取り扱われるものではなかった。
「あら、興味ある?定期的にオフィスのアンチドーテを使えば副作用は軽く済むわよ。足りない戦力を補強するのにもオススメよ。」
「いえ、遠慮しておきます!!」
オフィスの受付員が声をかけてきたが、全力で拒否する。こんなものを普通に売るなんて、と今でも信じられないハルカだった。落ち着いて情報を集めると、このソーンシティでは一般人でも戦力になるべく使用されているようだ。
確かにスタンピードを目の当たりにすると、誰でも戦えるようになるに越したことはないだろうし、強ければ強いほど良いだろうと思ってしまう。だが、それとこれとは話が別だった。
「定期的に来るキャラバンが卸しているようでござるな。ヴァイスと関わりがあるのでござろう。確かめるでござるか?」
「いえ、今はいいでしょう。まずは私たちの戦力強化をしに行きましょう。当座の資金も手に入れましたし。」
防衛戦の報酬は定額だけ先に得ることができるようになっていた。後は何体エネミーを倒したかを端末経由で精査されて追加報酬が支払われる形式だ。
武器の強化をするために、ウェポン取扱店に向かおうとした矢先に、オフィスの入り口が騒がしくなった。
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作者が感激して、執筆速度が向上します!




