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崩壊世界とダンジョンと   作者: めーた
デッドラインのエル
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第7話 赤龍の解体

 気がつくと、エルは全身血塗れで床に寝ていた。金属質な床はバルバトスが抉ったことで大きな穴が空いていたが、徐々にナノマシンによる修復が始まっていてみるみると穴が埋まっていく。

 そんな光景をぼんやりと見ていたらレフト・インサニティが皮肉るような口調で声をかけてきた。

 

 「アタシがここに来ておいて正解だったわけだねぇ。アンタの暴走、アタシだったら回復するのに訳ないからねぇ」


 エルのデッドギフトの性質の問題なのだが、リミッターを解除して異形の鎧と化すると漏れなく意識が乗っ取られてしまう。目の前の戦闘を処理する機械のようになり、仲間でさえも倒す対象に見据えてしまう大きな欠陥があった。時間経過で自我を取り戻す以外の方法として、異能やテック技術の薬などによる回復があるがレフト・インサニティには「チャクラ」で異常を鎮静化できるので安心して暴走することができた。


「悪いね、頼りにさせてもらった。」


「その分、報酬に色がついてれば何も言わないねぇ。」


 レフト・インサニティはだいぶくたびれてしまったチャイナドレスの穴を気にしながら、エルに水と布を渡してきた。

 軽く礼を返して、エルは自分の血を拭き取っていく。正直、暴走中にぼんやりと死を覚悟していたが何とかなった。


 赤龍の遺骸を前にして、なんとなくエルはツバメに質問した。


「赤龍の素材で何作るんだ?ウェポンが必要なクチとは思えないんだが。」


「私の兄を蘇生するんです。表層都市でマフィアに殺されたので、何もしてあげられなかったんですけど。…私が集積図書庁に勤めてて、蘇生魔術と異なる【殺されたことを無かったことにする魔法】を見つけられたので、それを行う為に必要なんです。」


ほんの少し言い淀むそぶりを見せたたが、ツバメはエルに答えた。

 蘇生する魔術は異能使いなら使用者がいる。しかし、あまり使われることはない。

 ダンジョン内の死亡が前提で、死後1時間以内のタイムリミットがある事。蘇生後の後遺症がブギーマンの蘇生とは別にあるので、需要の少ない魔術だと言うことを以前組んだことのあるエレメント・ウィザードに聞いたことがある。

 何故か無意識にエルは端末の中にある画像データを引っ張り出していた。

 その画像データには、照れ臭そうにする若いエルとそんなエルに微笑みながら寄りかっていた少女がいた。この少女についてエル自身は名前は覚えていない。

 デッドギフトの後遺症のせいで、エルにはこんな風に記憶が結びつかない相手が何人かいた。特に、この画像データの少女は他にも何枚か持っていた。名前と簡単な素性の調べがついた【メム】と言う名前の少女。

 Mr.トリックに聞いた事もあるが、「思い出せないなら、そのままにしとくが良い。」と言われてそれっきりだ。

 気になって、エルはツバメに問いかけた。


「ツバメさん、その魔法ってデッドギフトの後遺症に効くやつはあるかい?記憶が結びつかない相手がいてね。うまく思い出せないんだ。どうかな?」


「私は専門家では無いので、確実な事は言えませんけど。おそらくですが、あります。今回の蘇生も、因果の変更という魔法を使うのです。それならば、あなたのデッドギフトを失う代償に、記憶を取り戻す事も可能かと。使用には集積図書庁に大きなコネが必要で、様々な代償を必要とすると思いますが。私で良ければツテくらいにはなれますが?」


「あ、いやいや。聞いてみただけだよ。」


 ダイバーが中堅くらいになって、3回目の蘇生を受けたあたりから気がつくことがある。記憶の欠落、誰かへの思いの喪失。自分の中の人間味がどんどんと無くなっていく。

 エルは5回の蘇生を受けて、ダンジョンに潜る理由を失っていた。

 表面上は生きる為のカネの稼ぎや、古巣のストリートチルドレンに多少の援助をしてやるためと答えているが、もっと根本的なところに潜るための理由があったはずなのだ。昔は「違う理由で潜っていた」という確信がエルにはあった。

 ブギーマンの蘇生デメリットでよく知られてるのは、6回目でダンジョンのエネミーになるというものくらいだが、身近なデメリットは【死を重ねると段々とダンジョンに潜れなくなる】ダイバーが増えるということだ。

 失うことへの恐怖、記憶の忘却、絆の喪失がダイバーの心を表層都市に留めてしまう。それが引退への引き金になることも多い。


 黙り込んでいるエルをそっとしておきながら、ベニエは赤龍の解体の準備をしていた。デッドギフトは一つしか持たないが、ベニエも喪失の苦しみは解るつもりだった。

 自分の記憶の中では無い思い出、親しげに話して来る【知らない人物】。それが実の親だった時に受けた衝撃は今でも覚えてる。親がいるはずなのに、どう接して来たか思い出がない。結局、それがキッカケで疎遠になってしまった。

 昔を思い出しつつ、ベニエは赤龍の解体に手をつけた。


「さぁて、稼ぎが悪かったからねぇ。この解体は是が非でも成功させるよ。わかってるねぇ、Mr.トリック?」


「とはいえ、吾輩ではチカラになれんがなレフト・インサニティ。」


「アンタは周囲警戒を頼むよ。あたしゃこの解体に専念させてもらうからねぇ。」


 赤龍から使える素材を解体していくレフト・インサニティ。首に強烈な打撃を受け続けたことで死亡したらしく、頭部や胴部など貴重な素材が無傷になっていた。これなら解体は容易く出来ると思いながら作業を進めていると、赤龍の顎を切り外すのには刀では難しそうなことがわかった。レフト・インサニティの刀では切れ味が足らないのだ。


「エル、悪いけれどそろそろ手伝ってもらって良いかねぇ?アタシの刀じゃどうにも刃こぼれしそうでねぇ」


「おう、すまないな。ちょいと今後について考え込んでた。手伝うよ」


「何考えてたのか知らないけど、さっさと済ませて表層都市に戻ろうじゃないか」


「そうだな。」


 龍の顎を刃腕で断ち切りながらエルは考え込む。

 見知らぬ誰かの画像データ。にこやかに微笑んでる女の子、メム。


「(ダメだな、やっぱり思い出せないわ。俺にとってはなんだったんだろうなこの子)」


 エルが調べた内容だとエルと一緒にサルベージャーをやっていたが、ある時を境に行方不明になっている。行方不明になったのは前回の探索の時という事もわかってる。エルが5回目の死亡時だ。2層目のフロアボスを倒した時、エルは死んだのだ。そこまでは、オフィス経由で調べる事もできた。何故、帰りにいなかったのかがわからない。その時のメンバーも覚えていなかった。

 彼女の死亡回数はフロアボス討伐前は3回だったという。デッドギフトの許容オーバーでは無い、と思う。

 死にたく無いと言って、ダンジョン探索から逃げてたのは多分コレだ。無くしたものを取り戻せないままに死ぬのが無意識のうちに嫌だった。自分の中の大事なものがいくつも無くなってるまま死ぬことが嫌だった。

 今のエルはMr.トリックにだって、ベニエに対してだって仕事仲間以上の感情を持てない。以前はもっと、大事な感覚があったはずだった。あって然るべきだった。だけど、今はない。


 考えながら、作業してたので時間をかけてしまった。10分くらい解体に時間をかけて、ようやく赤龍の顎を切り落とす。


「ほらよ、レフト・インサニティ。赤龍の顎。」


「はいよ。一応、クライアントの前でぞんざいに扱わないでほしいねぇ。」


 レフト・インサニティの言葉に苦笑いをしながらエルはツバメを見た。別に気にしたそぶりはないが、次はすまいと気を引き締める。

 作業を続けながら考えてしまう。もう生き返らない自分、失った記憶と絆の数。データの中で微笑んでいる少女。もし、それらが取り戻せるなら…。

 エルは赤龍の解体が終わる頃には答えを出していた。


 表層都市への帰り道、解体で手に入れた素材満載にした浮荷台を引きつつ、なんでも無いような雰囲気でエルは告げた。


「Mr.トリック。俺、クルセイダーにアップグレードしてくるわ。」


「ほう?どのような心変わりがあったのか。まぁ、聞かずとも良いだろう我が友よ。」


「ちょっとした心境の変化ってやつさ。ついでに、五層を目指すぜ。」


「なんと素晴らしいッ!それでこそ我が友!吾輩のボディを回収する時も近いな!!そういうことなら、吾輩も自らのアップデートをしなくては!」


「まぁ、そっちの件も頑張るさ。」


 今のエルには死に対する怯えよりも、自分の記憶を取り戻す事への渇望が優っていた。うまく言葉に表せないが、デッドギフトの一つや二つを交換にでも取り戻したいという気持ちがあった。

 メムという名の少女の行方を追いかけて、探したい。それがエルのダンジョンダイブの目的となった。

 魔法については、五層にたどり着けなくては話にならないようだ。その為にはクルセイダーになり、装備の更新をする。自分の実力なら、今日みたいな事故がない限りは2層で十分に稼げるはずだ。

 クルセイダーになる資格は三層到達の時点で持っている。後に必要なのはカネだけだが、今回の稼ぎでなんとかなるだろう。生活費は困窮するが、栄養カプセルで食いつなげば良いだけの話だ。

 いわゆるジョブのアップグレードは次の階層に到達することが出来ればそう難しいことでは無い。フロアボスを探し出し、倒せる実力があれば必要になるのはカネだけだ。

 そのカネさえ用意できれば、あとはオフィスに申請してそれぞれのジョブのアップグレード先に行くだけだ。テックソルジャーのあるの場合は強化服の改造と、仕様の把握となる。


「確か、クルセイダーになると強化装甲服の仕様がかなり変わるんだよな。二層で慣れておくのはアリだな。」


「二層なら喜んで手伝うよ。ただ、アタシャ三層には行かないからねぇ。悪いけど、その時は別に当たっておくれ。」


「そうかい、なら仕方ないな。」


 レフト・インサニティは【二層まで】と決めたんだろう。ダイバーは自分の限界を自分で決める。その方針に意を唱えるつもりはエルにはなかった。Mr.トリックは何か言いたそうにしていたが、決意を変える事はできないと悟ると黙っていた。

 エルは次の階層に向けて、決意を込めて呟いた。


「新規開拓だな、色々と。」

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