第63話 牛頭の王
だいぶ間が空いてしまいました。ハルカたちの話もそろそろ畳みたいと思いつつ、畳みどころが見つからない今日この頃です。
3層のワンダリング・エネミーであるフルツフル・サラダを倒したハルカたちはひと休憩入れて、解体して手に入れたマテリアルの処遇について話し合っていた。周囲の遺跡はあらかた調べたところで、ここにはめぼしいものは無いとフブキからのお墨付きだった。
「私はもうサイコガンにフラウロスのマテリアルを組み込んでいます。アモットちゃんどうですか?」
「アタシ?アタシはキャノンを新調スルと思うカラ、パスしておくネ」
ハルカのウェポンにはもう先約のマテリアル改造が施されており、アモットはまだつけるタイミングでは無いと判断していた。それを聞いたユラが口を開く。
「なら、メルで決まりだろ!メルのウェポンは新調したばかりだし、流石にアタシは生身の腕にマテリアル改造するほど覚悟決めてないしな。」
フルツフル・サラダのマテリアルはメルのウェポンに付けることで意見は収束していた。
ユラはウェポンらしきウェポンを持ってないし、ハルカはフラウロスをつけている。アモットは買い替えの可能性があるから、現時点では不要としていた。
マテリアル改造を施すと、今後は自分専用の武器となり売り払うことができなくなる。かと言って、マテリアル素材はこの場から離れて然るべきところに売り払う前に消滅してしまうデリケートな素材でもあった。それゆえ、ユラは自分の拳にマテリアルを付与すると、今後はその属性を上書きするマテリアルを手に入れるまではそのままとなり、容易に武器を握ることなどもできなくなる。
マテリアルの加工限界時間は入手してから、ほんの少しの時間だけ。決断は今しかないのであった。
「では、某のウェポンに組み込ませていただくでござるよ。」
メルは自分の持つ戦輪にフルツフル・サラダのマテリアルを組み込んだ。それは、静かに溶けていくようにチャクラムに沈んでいく。
これにより、フルフルツ・サラダの発電の能力で攻撃した相手に電撃による痺れを与えるものが組み込まれた。メルのバーニング・チャクラムは元から攻撃に炎上付与があり、さらに痺れさせる機能がつきデバフ系の効果が高まった。
「これより、このウェポンをバーニングチャクラム・エレクトリックと銘を改めるでござる。長い付き合いになってくれると嬉しいんでござるがな。」
珍しく、メルが心底から嬉しそうな笑顔を見せた。そんな光景で癒された他3名と依頼主1名であった。
****
新しく進化を遂げた武器を手に入れたメルが、残る脅威である迷宮の主を探しにダンジョンの奥に入ってから数分がたった。偵察に出ている間、他の面々にやれることはあまり少ないので、大人しく帰還を待っていると、暗めな表情をしたメルが背中に背負った反重力球で浮かびながら、エネミーの偵察から帰ってきた。
「参ったでござる。奥にいる迷宮の主はミノタウロスの王でござった。我々が苦手とする多数戦となりそうでござる。」
「アー、ソレは不味イネ。ワタシたち、対多数のウェポンとか無いモンネ」
ハルカたちは集団戦を有利にするウェポンやワザといったものを持っていない。力任せにゴリ押しで1体ずつ倒しいていく戦法しか持っていないのである。
どうやら奥にいるボスはミノタウロスキングのようだ。巨人化したユラに勝るとも劣らない大柄な体躯を持ち、巨大なハンマーを抱えている。さらに多数のミノタウロスたちを従えて、奥のエリアを占領している。
強固な体に丈夫な毛皮を持ち、多少の攻撃では通じなさそうである。
「尖兵のミノタウロス兵が4体、後衛に魔術攻撃を行うミノタウロスメイジと回復役のミノタウロスヒーラーがいるのも確認しているでござるよ。これは、我々にとっては厄介な相手に極まりないでござる。」
「それは、非常に面倒ですね。前衛の4体ってきっと壁として攻撃を受け止める役割ですよね。」
このダンジョンの中では敵の攻撃を体を張って守るベースタイプと呼ばれるエネミーがいる。尖兵のミノタウロスはおそらく、アタッカーかベースタイプのどちらかだと察しはついていたが、ハルカが祖霊の加護を使いつつも調べると、間違いなくベースタイプのエネミーだと分かり、余計にハルカたちの間で空気が重くなる。
そこにフブキから、一言追加された。
「こんな状況で言うのもなんなのだけれどねぇ。できれば、奥のエリアも調査したいのねぇ。可能なら、手前の調査済みの部屋で何もなかったところまでおびき出してもらえないかしらぁ。やってくれるなら、追加で10 CPをお渡しするわぁ。」
奥の部屋にも遺物が残ってるかもしれないので、できれば戦闘は既に調査の済んでいるエリアでやってほしいとフブキからの追加オーダーが入る。
「ミノタウロスを誘き出す、いいアイデアねぇ。そんなもん何かあるかね?」
「うむ、某にも思い当たるものがござらん。」
ユラもメルもお手上げのようだった。しかし、意外なところでアモットが挙手した。
「アノネ、モシかしたら程度ノ話なんだケレドモ。大昔ニ、闘牛士ってジョブがアッタラシクってね。そのジョブはミノタウロスを専門にするマイナージョブだったラシイのだけレド、赤い布を躍らせてミノタウロス相手に戦ったミタイナノ。その頃の本能に訴エラレレバばイケルんじゃないカナ?」
古式ゆかしい赤いものでこちらへおびきだすという。昔の伝説にあるやり方を行おうとアモットが提案する。それに対し、フブキも物語を聞いたことがあり、賛成する。
問題は赤い布に関するものだったが、意外なところで解決することになった。
「……アタシの髪の毛は確かに真っ赤だが、それでどうにかなるのかよ?」
赤いものに該当するのがユラの赤い髪だったので、小人の姿のままユラが挑発してミノタウロスどもを釣ってくる寸法である。
「オラオラ、牛どもかかってこいやぁ!」
エリアに近づくなり、ユラが大声で挑発する。そして、けげんに思ったミノタウロスの尖兵どもが食らいついてユラ の方へと走り出した。ミノタウロスの暴走は止まらない。
気がついたミノタウロスキングは配下を連れ戻しに出向くが、この時点で策は成ったのだった。
ミノタウロスたちを引き連れたユラが調査済みのエリアに戻ってきた。遺跡の影に隠れていたハルカたちが姿を現し、ユラも巨人化してミノタウロスたちの勢いを止める。
「ブゥモォォォオォォォ!」
キングがダイバー側の思惑に気が付き、雄叫びを上げて陣形を整えて戦闘の準備を行なった。
それに応えるように貼る形も陣形を組む。前衛に巨人化したユラ、アモット。後衛にハルカとメルが射程攻撃で応戦するつもりだ。
ミノタウロスキングはその雄々しい姿を持って前衛に立ち、脇に控えるミノタウロスたちが壁となる。
攻撃面は前衛のミノタウロスキングがハンマーを振るい、巨人化したユラとかち合っている。後衛に立つミノタウロスメイジが魔術による遠距離攻撃を仕掛けてくる。
ユラとキングがぶつかり合い、戦闘の中心となる。しかし、キングへの攻撃は壁のミノタウロス兵が守り、さらにそれをヒーラーが回復していくのでキリがない。
「厄介ダネ、この人数差ってバ!」
アモットがたまらず叫んだ。主砲の弾が全弾あれば、展開は多少は違っていたかもしれない。
アモット自身はヒーラーを崩すのに使ったつもりだが、前衛のミノタウロスが壁となり使い切ってしまった。今のところ、ミノタウロス兵は半分になったが、壁をするには十分な数が残っていた。
「こうなれば、持久戦にもつれ込むしかなかろうな!」
メルが戦輪をふり投げてミノタウロス兵へと命中させていく。地道に当てた回数の分、バーニングチャクラム・エレクトリックは牛頭の化物を炎上させると同時に電撃による麻痺効果で相手の動きを鈍らせていく。炎上したミノタウロスは時間が経つほどにその命を炙られ続ける。長い目で見れば、こちらの方が優勢にも見えた。
だが、ハルカたちのチームには対多数の攻撃手段がないのが弱点となって露呈していた。
攻撃の手が数に対して追いついていないのだ。ダメージを与えてもミノタウロスヒーラーが直してしまい、戦線復帰してくる。せっかくの炎上効果もこれでは最大限の効果を発揮できていない。
そこに、ミノタウロスキングが巨人化したユラの体を浮き上がらせる強烈なハンマーの一撃を喰らわせた。
ユラは口から血反吐を吐いて一旦後方へと飛び退いた。前線が下がってしまうが、ここでユラが倒れることがあれば戦線が瓦解してしまう。重い一撃を受けて波打つ精神を落ち着けて、ユラはチャクラの呼吸を練る。緑の光が胸のあたりを中心に溢れ出し、ユラの傷を癒していく。
「ブフォォッ!!」
ミノタウロスキングがさらにハンマーを振りかぶり攻撃を加えてきたが、ユラは恐れずに逆に前に出てスレスレで躱していく。さらに接近したところで連撃を当て続けていく。ダメージは分厚い毛皮で吸収されてしまったようで致命打にはならなかったが、次のチャクラを練るための気の循環にはなったので当面の目標は達していた。
キングをユラが引き受けている間に、アモットとハルカ、ユラは周囲のミノタウロスたちを倒していく。壁役を無視しての攻撃が加えられれば良かったが、どちらにせよヒーラーが癒してしまうので1体に集中砲火して回復される前に倒し切る作戦に切り替えた。
アモットの魔銃による攻撃、ハルカのサイコガンによる凍結による足止め、メルのチャクラムによる炎上と麻痺。様々な攻撃を与えて弱った牛魔人を瞬間的に屠っていく。
一匹、また一匹と倒れていくミノタウロス。
「これで、今までのようには行かなくなりますよ!ここからです!!」
今まではヒーラーとメイジの壁となるミノタウロスたちが立ちはだかり、ダメージを与えられていなかったが、ようやく前衛の壁となる牛頭の怪物たちを倒しきり、敵の後衛側に攻撃を与えられるようになった。
しかし、如何せん距離が遠い為に遠距離武器といえどもバーニングチャクラムでは距離が足らず、メルは前線へと位置を移していた。なんとしてもミノタウロスヒーラーを倒してしまわないと、ただでさえタフなミノタウロスキングがより強固に立ち塞がる。そのためとはいえ、ミノタウロスキングの攻撃射程圏内に入るのは、流石のメルでも表情が強張る。汗を掻く機能があれば、冷や汗の一つや二つかいていたかも知れない。
前衛のミノタウロスが一掃されて、庇う壁がいなくなった。直接ヒーラーを狙えるようになり、ハルカとメルが一気に集中してヒーラーを倒していく。致命打の傷がメルのチャクラムによって与えられ、首筋から鮮血が迸る。
「やりました!これで回復役はいなくなりました!!もう、こちらの優勢です!!」
「くっ!すまぬでござる。某は後退させていただくっ!!」
しかし、射程圏内に入ったことから、敵の後衛側からミノタウロスメイジの魔術による火球がメルに当たり、メルは後退せざるを得なくなる。
ユラにチャクラを使って貰えば、範囲内にいるので回復されるが機械生命のメルはチャクラとの回復相性が良くない。さらには、複数同時に回復しようとすると効果が分散し、肝心のユラ自身への回復が疎かになってしまう。そのため、安全圏に下がって負傷したまま戦闘に参加することをメルは選んだ。
ユラとの攻防の隙をついて、ミノタウロスキングは大きくハンマーを振り回すと、あえてユラを外して後衛側へとハンマーを振り下ろした。衝撃波が石のような床材を砕きながらハルカに襲いかかった。
ハルカは衝撃波を避けきれずに飲み込まれた。破砕した石の礫が体にいくつもの痣を作る。感覚では内臓のいくつかにダメージを負い、肋骨が3、4本折れていると思われた。
万全の状態に比べれば動くのに支障は出るが、言ってしまえばハルカにとってはそれだけだった。
頭部に致命的な負傷を、損失をおわない限りは彼女は動き続けることができる。ゾンビの体は、こういう時だけは便利だ。
「ワタシを狙ったのはいい読みでしたよ、牛の王様。あなたにはこれから特別の呪いを差し上げますからね……!」
飛礫を受けて吹っ飛ばされたハルカだったが、即座に立ち上がった。全身を赤い血に染めて、多少ふらつきながらもサイコガンを構える。まさか、ミノタウロスキングに遠距離攻撃があるとは思わなかったハルカの油断だった。
しかし、もう一撃をこちらに食らわす余裕は無くなったようだ。メルとユラ、アモットが後衛のミノタウロスメイジを無視して、完全にミノタウロスキングに集中し、牛頭の王は余裕がなくなっている。
ハルカは落ち着いてよく狙いをつけた。サイコガンにとっては狙いというものは手がブレていようが、射線が少々通らないなどは問題ではない。ただ、ひたすらに相手に当てるという意志の強さが命中精度になる。異能によるウェポンの攻撃は、テック兵器とはだいぶ異なる。
サイコガンの弾丸には、今のハルカが扱える最大限の呪いを詰め込んだ。命中すれば、強固な肉体をボロボロに分解し、筋肉の鎧を剥がす。さらに、フラウロスの呪いが脚をからめ取り、満足な動きすらさせなくさせる。
「(この一撃、避けられるものなら避けて見なさいっ!)」
放たれた弾丸は複雑な軌道を描き、ミノタウロスキングの回避を困難にした。事前に命中していたメルの攻撃も回避を下げるのに役立っている。
牛頭の右目に命中した弾丸は牛頭の王に「ブゥォォォォォオオオオオオオッ」と巨大な雄叫びを上げさせ、激しい血飛沫を上げさせた。
それだけに飽き足らず、脚には霜が降り始め、見る見るうちに動きを鈍らせていく。右目からはどす黒い霧のようなものが吹き出し、それは降り注いだ表皮を瞬く間に分解し、毛皮が剥がれた状態になった。
「ここだぁっ!」
すかさず、ユラが連撃を加える。今まではミノタウロス特有の分厚い毛皮に打撃が吸収されていたが、今なら十全に威力を伝え切ることができる。
アモットも奥の手として残していた精霊召喚を行い、火の精霊をサブウェポンの魔銃に弾丸として詰め込み射出するという荒技を行なっていた。使うたびに火の精霊は大きさを小さくしていくが、その分放たれた精霊弾はミノタウロスキングに激しい火柱を立て、命中した部位はひどい火傷を負うことになった。
メルのバーニングチャクラムもそれを後押ししいていく。こちらの攻撃は当たった部位を炎上させていき、さらに電撃による麻痺が相手の動きを鈍らせていく。時間が経てば経つほどにミノタウロスキングは状況を悪化させていった。
ハルカが切り札の呪いをぶつけてから、3度目の攻撃でようやくミノタウロスキングはその命を尽きさせた。
生き残っていたミノタウロスメイジも全員で攻撃し、あっさりと倒してミノタウロスの軍勢との戦いは終わったのだった。
もし、この作品を読んで面白かった場合は是非とも「いいね」や「評価」、「感想」をください。
作者が感激して、執筆速度が向上します!




