第6話 バルバトス(新鮮なフィレ)
この世界には大雑把なエネミーのカテゴリーがある。
【生物】…従来の生き物、動物が種として改造されたもの。単に基となった動物が巨大化したものから、半ばをナノマシンによる機械化を施された種族もある。
【テック】…元は人類のために作られた機械類がマザーAIの命令で牙を向いたもの。自動掃除機から、拠点防衛用の戦車まで含める。
【異能】…魔法を扱う、もしくは魔法によって歪められた存在。マザーAIは魔法の膨大な知識から、既存の異能存在にも本能の上書きをして配下にしている。
【植物】…人類に襲いかかってくる植物。これもまたマザーAIが人類に対して敵意を持つように作り替えている。
【食糧】…元々は、単なるデリバリーサービスであった存在。食糧自らが人類の元に行き、食べられる存在だった。今では行った先で人類を殺戮する。
ここに、人類というカテゴリーが入ってくる場合もあるが、大まかには5種族。目の前のバルバトス・フレッシュフィレはカテゴリーに分けるなら【食糧】に分類される。何の冗談だろうか?人類に食される存在のはずが、荒野の先や僻地に自らをデリバリーするだけの存在が。人類を襲い、滅ぼそうとしている。
骨の巨人に全体の半分程度に生肉がついており、巨人の周囲を4つの肉塊が旋回し攻撃や防御を行う。今、エル達は防御を最優先にしながら戦っていた。
バルバトスは明確な格上である。ダイバーオフィスの情報通りなら、本来の生息地は5層。最終到達地点と呼ばれる場所だ。手傷を負ってまで1層なんてところまでやってきた理由は不明だが、ルーキーならデッドギフトを受け取っている頃だ。
装甲銃の盾と、強化装甲服のバリア機能。さらにデッドギフトを持てるものは全部使用していた。
エルの持っているデッドギフトは防御向きなものが2種装備されており、さらに自分の意識を明け渡すことで戦闘に特化するデッドギフトもある。
【装甲鱗】、【刃腕】は普段の使用法とは違い、エルを異形化させていた。右腕の【刃腕】は普段はサイバーアームズから刃を生やすだけだが、右腕を中心に上半身を金属質な鎧を纏ったように変貌していた。顔も覆われ、装甲服の上に古の兜のような装甲を作り上げていた。装甲鱗はさらに棘の装甲を隙間から生やし、下半身も棘で覆っている。
その、装甲の塊のようなエルに対して重たい打撃を【食糧の悪魔】は与えてくる。搦め手も駆け引きもない、シンプルな打撃。肉塊をぶつけ、時にはその肉塊から骨を引きずり出して即席の棍棒として打撃を重ねてくる。
普段のエルなら、とっくに圧壊してもおかしくない攻撃の嵐だが、何とか耐えていた。変貌と共に上昇した耐久力が、レフト・インサニティの回復によって、ギリギリで耐えることを可能にしていた。
(冗談じゃない。何だよこの威力)
エルは身体のコントロールをデッドギフトに明け渡し、意識は体と分かれた状態だが状況は確認できていた。一撃を受けると、複合装甲の塊になった今のエルに対してですら骨折を起こしている。普段の状態で戦えば、3撃できっちりと死んでいただろう攻撃を受けている。
(リフレックスナノマシン、とっさに打っておいて助かったな。こうなると、もう俺は覚悟するだけだ。頼むぜ、ベニエ…ッ!)
意識を持っていかれる前に使用したリフレックスナノマシンで反射力を上げていたので、甘い攻撃は紙一重で回避する。回避と同時に5回目に死んだ時に手に入れた【撃墜する右足】が自動的に黒い槍のようなものを生やしてバルバトスに反撃をする。バルバトスの強固な骨に難なく突き刺さり、僅かだがダメージを与えていく。攻撃を受けたときは装甲麟の鱗が棘と変じて突き刺さっていく。何回も死んで手に入れたデッドギフトの組み合わせによる攻撃は単なる3層到達者以上の実力をエルに与えている。
敵の攻撃が止んだ瞬間、エルは反撃を開始した。左手に仕込んだブレイクフィンガーというウェポンがバルバトスの武器自体を掴み、強烈な振動を直接送り込む。バルバトスの持っていた肉塊の棍棒は柄が中ばから折れかけている状態にする。右腕の甲から生やした刃が幾度か当たり、1撃だけまともなダメージをバルバトスに与えた。
レフト・インサニティは攻撃が止んだ瞬間にエルを癒していく。己もその時に傷ついていくが、プロミスのワザ、「チャクラ」で傷を癒していく。回復に専念したレフト・インサニティはかなりの治癒力を持っている。彼女の左腕もまたデッドギフトであり、到達地点だけでは計れない実力を持っている。
「まだかい!」
「もう少しだ、レフト・インサニティ!!もう少しだけ、我が友を癒してくれ!!」
Mr.トリックは冷静に状況の推移を確認していた。引くべきか、否か。今のままなら、レフト・インサニティの回復が追いつかず、約1分後にエルが死ぬ。エルが死ねば、戦線は崩壊してベニエも死ぬ。自分を観測してもらえなくなったミストマンはその場に存在できなくなるので、Mr.トリックも消え去るしかない。切り札は持っているが、まだ使いどころが回ってこない。自分の持っているあらゆるデバフ系能力を総動員しているが、元から負っていた手傷に加えてもエルが押されていた。
意識をデッドギフトに持っていかれているエルだが、戦闘に関する判断まで曇らせているわけではなかった。かろうじて残っているデッドギフトの使用権を使って、皮膚装甲の最大強化を発揮させる。衝撃を受けた生身の部分が一気に強化され、超効率的に衝撃を散らしていく。ダメージを半減させ、レフト・インサニティの負担を軽減する。
今の防衛でMr.トリックは勝利の可能性をかろうじて見出した。観測したバルバトスの耐久性からすれば、62秒以内に撤退ラインに追い込める。切り札を使うタイミングを測る時がきていた。
「回復が間に合わないよっ!!」
レフト・インサニティが思わず叫ぶ。
エルはかろうじて立っているが、もう1発貰えば死にそうな状態だ。両腕はへし折れ、腹部から大量の出血が見られる。それでも、戦うことをやめないエルの体はバルバトスへ向かっていく。
バルバトスは両手の棍棒の肉塊を同時にエルへと振り下ろした。しかし、渾身の攻撃はエルへとは当たらずにバルバトスの腹部にめり込んでいた。
Mr.トリックの切り札のアプリがバルバトスの身体制御を一瞬だけ乗っ取り、自分自身へと攻撃させた。
バックスタッバーアプリ、相手の攻撃を強制的に任意の対象に置き替える効果の限定支配アプリケーション。対象に効果を与えられるのは一度までの奥の手である。
「後一押し!やりたまえ、我が友よ!!」
Mr.トリックの声が聞こえていたのか、エルは一瞬でバルバトスの懐に入り込むと渾身の力を込めて目の前の肋骨に【刃腕】を叩き込んだ。
「キキィオォァーッ」
バルバトスは酷い金切り声をあげ、その場に無造作に棍棒を叩きつけ地面を砕いた。破片や瓦礫がエル達に降り注ぐ。身動きが取れなくなったエル達をその場に置いてバルバトス・フレッシュフィレは逃走した。
ついに、1層で5層のネームド・エネミーと戦い生き延びると言う最悪のイベントが終了したのだった。