第57話 行き先の変更
激しい戦いは収束の一途を辿っていた。ハルカたちが各種デバフによって雁字搦めにして、ワンダリングエネミー相手にかなり戦いを優勢に進めていた。
ワンダリングエネミーの【凍れる悪魔】は名前に反して冷凍に対する防御能力は持っていなかった。ハルカの改造したサイコガンによる強力な足止めと、セイジンの竜の咆哮によるプレッシャーが【凍れる悪魔】の10本の脚と6本の腕の動きを鈍くしていた。一太刀でも受ければ負傷必至だった相手の攻撃は真正面から受け止められるほどに弱体化し、数回に一度しか当たらなかった攻撃が当たり始めた。
いつもと違うチーム構成による暴力的なデバフが効果的だった。後半は【凍れる悪魔】はその攻撃力を無効化され、こちらの攻撃はサンドバッグのように当たり続けるという有り様だった。
ついに、事切れた【凍れる悪魔】が白目をむいては口からドス黒い煙を吐いて、その巨躯を地面に横たえた。
「お疲れ様。そちらの方は損耗は?こちらはニコの負傷くらいだな。それもアランの治療で無しだ。」
セイジンがハルカたちに声をかけた。
「こちらはセイジンさんのおかげで負傷者ゼロです。すごかったですね、ニコさんとセイジンさん。」
「うんうん、ワタシたちがケガナシって今まであり得ないヨー」
セイジンの思念の竜が尽く攻撃を防ぎ、ハルカたちの負傷を抑えた。さすがに、タンクが壁をやらないのでは怪しまれる。最初は程々にしようとも思ったが、損耗をこちらでリカバリーするくらいなら最初から守り切ってしまおうと考えた結果であった。
見たところ、ハルカのチームはハルカのデバフ能力を起点に火力を叩き込むスタイルが得意なパターンのようだった。
ハルカ、アモット、メルがアタッカーで、ユラがタンクとヒーラーを兼任している。短期戦でユラが倒れる前に倒し切るというもののようだ。
セイジンのチームはニコが手傷を負ってからが本番であり、専任のアタッカーがいないので長期戦になりがちな事がある。安定した戦闘を行える反面、不要なダメージを受ける事もあり、ヒーラーなしには成り立たないチームで対照的だった。
「おーい!マテリアルが出たぞ!セイジンどうするー!?」
倒した後の解体でマテリアルが出たことをアランが知らせてきた。セイジンは少し考えると、素材CPはそちらに渡すので、マテリアルを確保することをハルカに伝えた。ハルカたちもマテリアル自体は惜しいものの、CPの方が優先するので申し出を了解する。
マテリアルとは換金することが出来ない特殊素材で、物の数分で利用できなくなるデリケートな素材だ。以前手に入れたフラウロス・フラペチーノの素材も特殊なケースだがマテリアル素材だった。セイジンのチームでは早速素材をウェポンに融合させることで話し合いを行なっている。
マテリアル付きのウェポンになると、ウェポンスロットを通じて使用者のデータが流れ込み、特殊効果を発揮する代わりに他人が使えない武器になる。そのため、取り付けには細心の注意を払って組み込む必要があった。ハルカのサイコガンも他の人間には使うことができないウェポンとなっていて、売却することができなくなっている。
話し合いの結果、【凍れる悪魔】のマテリアルは性質からバレリアが適任と言うことになり持っている刀に融合させたようだった。
セイジンがハルカたちに声をかける。
「悪いな、こちらも慈善事業してるわけじゃなくってな。」
「いいえ、こちらも古い武器しか持ってなくて。融合させるのにはちょっと不都合がありましたから。」
表面上は普通に会話しているが、ハルカはどうして私たちを監視するような真似をするんですか、と問いただしたい気持ちがあった。しかし、それより先にセイジンから話を切り出された。
「君らは衛星都市で流行ってたチップはやってるのかい?だいぶ流行っているようだ、俺たちはそう言うのは手を出すことはないだろうから、君たちに意見を聞きたくてな。」
「オレからも聞きたいところだ。かなり常習性の高いチップだそうだが?」
セイジンが話し始め、アランもその後に続いてきた。チップ?とハルカの頭の中は謎でいっぱいになった。何故、こんなところでチップの話が?
「横あいから失礼つかまつる。おそらく、そのチップというのは表層都市でも流行ったドラッグチップのことではござるまいか?」
後ろからハルカの肩付近の高さを飛び、メルがハルカの抱いた疑問について推論を述べた。ハルカの頭の中で不明瞭だったものが急に形をとっていく。
「もしかして、それってヴァイスってミストマンが後ろに居たりしませんか?」
「今の段階ではそういう話は聞いたことがないな。君たちはそのミストマンに心当たりが?」
「えーと、心当たりというか。知っているのは間違い無いのですけれど、友好的な関係というと語弊がありまして。」
セイジンのハルカへの目線が強くなった気がした。ヴァイスとの関係は話し出すと面倒なので、できれば黙っていたかったが、ここに至るとそうも言っていられなさそうだ。
「私たちは表層都市にいた時に、ヴァイスというミストマンの企みを潰してるんです。その関係で、今も5層を目的にして旅しているんです。」
セイジンの警戒心が上がったように感じる。彼はヴァイスと何か関係があるのだろうか?セイジンはハルカに質問を重ねてきた。
「特に問題ないなら、その目的を聞いても?」
「実は、表層都市ではドラッグチップを食い止めたんですが、使っていた人たちは副作用による洗脳をされていたんです。そして、それは完全には解けていないんです。今も潜在的にはヴァイスの洗脳の効果が残っている状態でして。」
ハルカは出来るだけまっすぐにセイジンを見て、誠実に喋った。ここで疑われると、自分たちの潔白を証明できなくなる。
「私たちは完全に洗脳から解き放つために5層を目指してるんです。ヴァイスってミストマンとの約束事でして。」
「我々を5層まで呼び立てるということは、ミストマンの本体に関することでござろう。今の所、明示されてはおらぬでござるが。」
大方のミストマンに共通している目的がある。大多数がマザーの支配下に置かれている5層の迷宮の中から、自分の本体であるキューブを移動して欲しいという内容だ。マザーを謀って自意識に目覚めたことを気づかせないまま、マザーのダンジョン管理支援を行いつつ、自分を助けてくれる人間を待っているのがミストマンという種族なのだ。
なので、彼らは友好的な種族の前にのみ姿を現し、共にダンジョン攻略を行う。その先に、自分を助けてくれると信じて。大多数のミストマンが人類に非常に友好的な理由だ。
ヴァイスのように力技でどうにかしようとしているのは、逆に稀な方である。そもそも、そういうふうにプログラムされてるのか、イレギュラーな事があってそういう行動に出たのかは不明だが。
ハルカたちの説明に、一つ頷いてセイジンは口を開いた。
「なるほど、なら3層の衛星都市で広まってるドラッグチップはヴァイスってミストマンが広めている可能性があるってことで良いか?」
険しい表情を作り、ハルカはセイジンに返答した。
「十分にあり得ますね。私個人としては、その情報を手に入れたからにはドラッグチップをどうにかしたいのですが…。ちょっと失礼します。ヴァイス?ヴァーイスッ?」
ハルカが虚空へとヴァイスの名前を叫ぶと、ハルカだけに見えるヴァイスがその場に現れた。飄々とした表情には何も悪びれた様子は浮かんでいなかった。
「あらま、こんなところでオイラを呼ぶってことは何かあったのかなぁ?」
「しらばっくれるのもいい加減にしてください。表層都市だけでなく、各階層で衛星都市にドラッグチップをばら撒いているんですかっ!?」
「まぁ、君らと知り合う前の話だからノーカンだよね!」
「稼働している生産拠点を教えてください。そこも潰しに行きます。」
「おやおや、そんなこといっていいの?今、ハルカの体を乗っ取ったて良いんだよ?」
ニヤニヤと殴りたくなるような笑みを浮かべてヴァイスがハルカに喋りかける。それに対し、毅然とした態度でハルカは断言する。
「その手には乗りませんよ、ヴァイス。ここに来るまで、手出ししなかったあなたのことです。何か制約か条件でもあるのでしょう?例えば、洗脳が一回こっきりで使えなくなるとか。」
「本当、カンがいい子だねぇ。その通り。まだ、オイラの技術じゃダイバーの抵抗力を完全に抜けるドラッグは作れない。せいぜい1日操ってパアだね。使い捨てのコマならそれでも良いけれど、5層まではたどり着けるわけもないし。そのために、ジョブチップを作ってせっせと使えるコマを量産しようとしてたって訳。大変なんだから。」
道理で、洗脳チップを体内に入れたあともヴァイスからのアクションが薄かった訳だった。ヴァイスの洗脳は一般人には通用しても、ダイバーには永続的な効果が出ないという訳だ。最も、効かないわけじゃなくて短時間の効果は出るあたり、嬉しくない情報を手に入れたハルカだった。
「セイジンさん、間違いありません。ヴァイスが裏で動いているようです。拠点を潰すのなら、お手伝いします。」
「気持ちは有り難いが、そもそも拠点を掴めていない。」
「そうですか…。なら手がかりを探すまでです!」
セイジンの答えを聞いて、ハルカは祖霊の導きによって拠点の場所を探り当てようとした。ハルカは目を閉じると、集中して祖霊が見せようとする【夢】に意識を傾けた。【夢】は何かの場所を示そうとしていた。
「ここら辺の地図ってありますか?」
「ほら嬢ちゃん、そちらの端末にデータを渡す。受け入れ状態にしといてくれ。」
アランが手早く端末を操り、ここら辺の地図をハルカに渡した。ハルカは自分の端末にダウンロードした地図を開きながら、【夢】が示した場所と一致する地図上の一点を指し示した。
「恐らくですが、ここが生産拠点のダンジョンになっていると思います。そう遠くもないので、セイジンさんの判断ですが、少し遠回りをしてでも、行ってみる価値はあると思います。」
ヴァイスがつまらなそうな顔をして、ハルカに語りかける。
「やめよう、ハルカ。君がここを潰しても得るものなんて何もないだろう?」
ハルカはヴァイスへ向けて微笑むと、こう答えた。
「私は、5層に到達してあなたの指示通りに動くことを約束しました。でも、そこに至るまでの道のりまで確約した覚えはありません。」
それを聞いたヴァイスはもう全てを諦めたかのように、悔しげな表情を作った。
「本当に、扱いづらいのを拾っちゃったなぁ!まぁ、良いよ!ハルカが5層に辿り着いてくれれば、こんなチップ生産しなくても済むのは本当だからね。オイラも人間を操作すること自体はそれほど興味があるわけじゃないしね!良いよ、良いよ。オイラはもうその拠点に関しては諦めた。その代わり、オイラは何も手助けしないからね。無理して死んじゃっても、オイラのせいにしないでおくれよ?」
そう言って、ヴァイスはハルカの目の前から姿を消した。
「唐突にすいません、セイジンさん。ヴァイスとの会話が終わりました。信じてもらえるかわかりませんが、出来るなら進路変更してこの場所に行って欲しいです。」
「ここに生産拠点があるのか…。申し訳ないが、俺は君たちのことを全面的に信用していない。ヴァイスとのやりとりも見たわけじゃないしな。」
そこを言われると、なんとも言い返すことが出来ないハルカだった。隣のメルもやり取りが見えていたわけではなく、ハルカの言った言葉だけを聞いていたので、ヴァイスとやりとりをしているんだろうな、という判断しかできていなかったため、良いフォローが出来ずにいた。
「だが、全く信じていないわけでもない。ダンジョンの外にヴィークルだけ置いて探索することにしよう。オレとバレリアだけ探索組に参加だ。アラン、スカイ、ニコは外で警戒を頼む。そちらのチームは分けるか?」
「いえ、できれば皆で探索したいと思いますが、良いですか?」
「問題ない。君たちなら、万が一のことが起きても俺とバレリアで鎮圧可能という判断で分かれてる。」
猫耳を生やしたアザラシのバレリアはプロミスマスターだ。超科学と魔法に背を向けて、人間の力だけでこの世の中を生きることを誓った者の中でも、高位の存在である。防御一辺倒であるサイドラグーンのセイジンと違い、万能的なジョブである。バレリアは何かに依存しない、万能型として修行しているのでこういう時に白羽の矢が立つ。
「言い方があるだろう、セイジン。とはいえ、アタシたちも伊達に4層に足を踏み入れてるわけじゃない。そこら辺は頭の片隅に覚えてもらっておくと助かるね。」
「滅相もないです。私たちがヴァイスと繋がりがあることはご存知だったみたいですし。あとは、その場所で私たちの潔白を証明できれば良いだけですから。」
ニコリと笑いながら、さらりと疑われていたことに言及しつつもハルカが答えた。セイジンはフッと笑うとトレーラーと引っ張っている戦車の運転手であるスカイに端末経由で行き先を変更することを連絡した。
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作者が感激して、執筆速度が向上します!