第5話 エル、彷徨う
赤龍を探して、ダンジョン内を移動する。先程の大量の植物は別エリアに入った途端にプッツリと姿を消した。エリア毎にダンジョンの内容は変わる。先程の場所は植物プラントだったのだろう。管理されてないプラントなのか、管理していてああも雑多に生えていたのかは今となっては誰にも分からない。
エリアを移動する度、Mr.トリックがエリア内の構造や状況を調べている。ワンダラーの内の一匹である赤龍は向こうから来るまではどこにいるかが分からない。それ以外の雑魚エネミーを先に探し出したり、トラップの有無などを調査するが、今のところは何もない。
「本当に、何もないのかよ?」
「残念ながら、本当だとも我が友よ。何も見当たらない。1層だからそれほど凝ったトラップもあるわけもない。」
Mr.トリックに当たってしまうくらいに、何も出てこないダンジョンだった。最初のエリアから4エリア先の場所に来ている。もうそろそろ折り返し地点に来ていてもおかしくないくらいに潜っているが、如何せん何も出てこない。敵も、回収する資源も、何もない。
これだけ何もないと、正直なところ資金繰りが辛くなる可能性すら出てきている。ダンジョンには基本的に最奥にボスエネミーが待ち構えている構造が普通だ。それを倒すまでは入り口の転送機が動作しない。しかし、このノリはボスを倒しても稼ぎがないのではとすら思ってしまう。
「こんなに静かなのですね。」
「今日のここは異常だねぇ。正直、イライラするくらいにねぇ。」
ツバメをフォローできる位置に立ちながらレフト・インサニティが答える。稼ぎがないから、よっぽどイライラしてるなとエルは感じた。レフト・インサニティはダイバー仲間では守銭奴ということでそれなりに知られている。その彼女がここまで見入りの少ないダンジョンに潜ったとあれば、エルに補填を訴えかねない。もっとも、エルはエルでそこまで余裕があるわけではない。エルは3層到達者だが、2層のフロアボス討伐時点で死亡回数にリーチがかかり、装備の更新やジョブランクを上げて強化服のグレードアップの分のカネを飲み食いに当てて来たのだ。かといって、レフト・インサニティに支払いを渋ったら今後に問題が出そうだ。
「まぁ、そうカリカリするなよレフト・インサニティ。何なら、行きにいくつかあったプラントの資源を回収すれば幾らかにはなるだろう?」
「1層のプラント資源なんて量に対して稼ぎにならないねぇ。アンタ、本気で言ってるわけじゃないよねぇ」
「いや、そういうのもアリかなって思っただけだよ?」
「くだらない冗談はやめてもらおうねぇ。アンタを斬っても固いから刃こぼれするだろうから、斬りたくないんだけどねぇ」
なら、斬らなければいいじゃん。そう反射的に思ったエルである。ちなみに、レフト・インサニティは2層到達者、エルは3層到達者である。だが、エルは実質、2層攻略の装備であり3層攻略のダイバーの強さではない。ウェポンとジョブランクがダイバーの強さを分けているといっても過言ではない。そういう意味でレフト・インサニティとエルは互角の強さと言える。Mr.トリックは3層到達者で、ジョブもふさわしいランクに上がっている。が、ミストマンである彼は物理的な存在ではないのでいざという時に頼りにしづらいのであった。
あれから、5時間。危惧していたことが起きてしまった。ダンジョンボスを倒して、入り口が解放された。しかし、解体をミスって売れる部位に大きな傷をつけて使い物にならなくなってしまった。そもそも、交戦時に勢いで解体を考えない攻撃をしたエルのせいかもしれない。ともかく、稼ぎの種が潰えたのだ。ワンダラーも2回ほど襲撃を仕掛けてきたが、赤龍ではなく別のエネミーだったため、あっさりと戦い自体は終わっている。オークキングと彷徨う火星人。片方はオークキングメイス、もう片方はビームガンを期待できたが、オークキングメイスは交戦中にへし折り、火星人に至っては8本の触手を器用に使って、何処かへと逃げ去ってしまった。
ここに至って、レフト・インサニティの怒りは限度に達していた。なので、エルもMr.トリックもツバメですら声をかけるのを躊躇っている始末である。
「赤龍、こねぇかなソロソロ。マジで来て欲しいです。そして、俺を表層都市に帰らせて。」
「アンタが勢いつけて乱射しなけりゃ、メイスくらいは手に入れたかもしれないんだけどねぇ。アタシャ、恨んではいないけれど。」
嘘である。レフト・インサニティは顔を見なくてもわかるくらいに怒っていた。
そもそも、戦いの途中で解体を考えて交戦するなどは出来ない相談だ。レフト・インサニティも分かっている。だから、エルは悪くない。しかし、それでも言って当たり散らさないとレフト・インサニティ、いやベニエ・テンドウは矛を収めることができないのであった。
彼女は定期的に表層都市の孤児院に寄付をしている。彼女が守銭奴と謗りを受けようとカネを第一にダイブする理由は、昔なくした友人の代わりに寄付をすること。友人を亡くした時に、約束した。だから、傷ついた仲間がいれば自分の体が傷つこうが、左手で癒しを与え死なないようにする。だから、大金を稼ぐ深い層に潜るのではなく、安全な浅い層での仕事をメインにしている。自分も、仲間も死なないダイブをしているのだ。
特に、友人のようにデッドギフトを限界まで取り付けているエルのことは友人のようになって欲しくはない。なのでレフト・インサニティはエルの仕事の持ちかけに快く応じたのだった。まさか、ここまで稼げない仕事だとは思わなかったが。
彼女の怒りの理由を大体把握しているエルは、赤龍がいち早く来ることを願いながら、すでに通ったエリアを通り過ぎていった。瓦礫が散乱する、錆びた工場跡のような場所だった。
そろそろ、腹が空いてきたので食糧カプセルを口の中に入れる。飢えはあまり満たされないが、栄養は1食分がバランスよく配合されている。表層都市では「貴族」がこのカプセルを生産することができ、これのおかげで貴族の地位を保っている。貧民街の人間はこれだけで生きているところがあるし、一般人も普段の食事はこのカプセルだけで済ませているのが普通だ。カプセル製造機があるおかげで、表層都市の食糧事情は力づくで解決されている。しかし、無味無臭のカプセルでは食欲を満たしづらい。なので、ダンジョン産の食糧素材は重宝されている。先程倒した、タケノコマンドーなどは甘味のチョコレート、メガスクイドはイカとして食材になる。浮荷台には保存機能もあるので、足が速い食材でも腐敗させずに持ち帰ることができる。
チョコレートを食べようか迷っていると、エルの後方からレフト・インサニティの声が響き渡った。
「赤龍だよ!ようやくお出ましだねぇッ!!」
「ようやく来たかっ!Mr.トリック、支援は任せた!!」
「任せたまえ、友よ!ツバメ殿は距離をとってエルの後方に位置したまえ」
「わかりました!ご武運を!」
見れば、ダンジョンの壁を通り抜けるように真赤の甲殻に覆われた4足2対の翼を持つ龍が現れたところだった。
赤龍の鱗は頑丈であり、防具素材にすれば衝撃を半減させる能力を持つ。口から吹く火炎ブレスは落ち着いて消すまではいつまでも体に燻り続ける。長期戦になりがちな上に、長期戦になると不利にさせる能力を持つ厄介な相手であり、これが倒せれば1層攻略となりルーキーは晴れて2層へのダイブが可能となる。
龍は黄金の瞳をエル達に向けながら、どこか苛立たせたような素振りで一声鳴いた。
赤龍よりもMr.トリックが先に動き、前衛二人に速度上昇のアプリを使用する。脳内物質を過剰に分泌させ、反射力を劇的に向上させる。
Mr.トリックはエクステンドハッカーと呼ばれるジョブであり、このジョブは直接的な攻撃に乏しい。得意分野はバフ&デバフ。味方への支援と、敵の阻害が主な能力としている。前衛二人に強化をかけ、赤龍には行動拘束のアプリを使用する。相手の判断力に関与し、回避力を下げて間接的に見方への火力補助とするアプリだ。敵対した相手だと、相手の意思力や正体セキュリティなどが成否にかかってくるが、Mr.トリックは難なく赤龍に拘束アプリをかけた。
「赤龍の行動を制限したよ、二人とも。私の素晴らしい技量に万雷の拍手をしてくれても良いのだよ?」
「後でな!いくぞ、レフト・インサニティ!!」
「前に出過ぎて、ケガなんかすんじゃ無いよ!」
レフト・インサニティは大太刀を上段に構えつつ走り寄っていく。エルはサイバーアームズから装甲銃を引き出し、頭を狙いつつ近づいていく。エルのテックソルジャーというジョブは近接強化装甲服を扱う方法を学んでいる。一種のパワードスーツで、一見、ゴツい宇宙服のように見える。
装甲服を通してテック技術を使ったウェポンを使用するとヘルメットのディスプレイに使用時の軌道や残弾表示が現れ敵の攻撃予測軌道も捕捉する。ウェポンコネクトはウェポン自体の使い方を熟知するが、その感覚的な物だけではなく数値的なもので補足してくれる。
装甲銃は厳密にはテック技術の産物では無いが、サイバーアームズに繋げたことで武器に改良が施されている。ただウェポンコネクトで繋げただけよりも、もっと高精度に、精密に使用できる。そのため、走りつつ行った射撃は全ての弾が命中弾となった。
赤龍の鱗が着弾の衝撃を殺すが、全てを殺しきることはなくダメージを与えた。眼に命中することはなかったが、浅く無い傷を頭部に負わせた。
そこに、大胆に接敵したレフト・インサニティが太刀を振り下ろし、胴体の前胸部の甲殻を切り裂いた。派手な出血をしたが傷はそれほど深くなく、赤龍は身動いだだけであった。
小さなビルほどもある赤龍がエルとレフト・インサニティを視界に収めた。周囲の空気が吸い込まれるような音を立てながら赤龍は空気を吸い、轟音と共に火炎のブレスを吐き出した。
「俺の後ろに入れっ!」
そういうと、エルはブレスの前に立ちはだかった。テックソルジャーの能力にバリア展開がある。強化装甲服に搭載された機能の一つであり、展開したバリアは破壊されるまで攻撃を阻み続ける。2層攻略し、改良されたバリアなのだが赤龍のブレスを防ぎ切ることはできず破壊されてしまう。残りの勢いを装甲銃の盾部で防ぎ切った。
勝てる!そう思った時に、違和感が頭をよぎった。赤龍が自分たちから時々視線を外している。自分たちを邪魔者のように早急に倒そうとする動きを見せている。もしかしたら…別に何かいるのか?
1層では赤龍以上のエネミーは居ないはずだ。しかし、ダンジョンでは常識が通用しない。死んだものは蘇り、無から有を生み出すプラントが当たり前のように稼働する。ダンジョンに何かあれば、都合の良いように作り変えられることだってしばしば有る。赤龍が破壊した壁だって、1時間もすれば修理されて元通りになってしまう。何かがおかしい。何か…。
そういえば、通常のフロアボスは従えている雑魚エネミーが最初から居ない。後から追いついてくるのかとも思っていたが、来る様子がない。2層目のフロアボスだって、この赤龍と初めて戦った時だって取り巻きのエネミーはいたはずだ。何で居ないのか?
その答えは、疑問を抱いた瞬間に現れた。
何か、金属同士を擦り合わせたような鳴き声とともに、赤龍の砕いた壁から猛スピードで穴を開けた当人にぶつかった。その勢いは途方もない勢いで、赤龍の体がわずかに浮かび上がるほど。続け様に、4つの肉の切り身のような塊が赤龍を打ち据えた。さらに謎のエネミーは赤龍の首を食いちぎり、あっという間に絶命させた。
力の格が違いすぎた。
瞬間、静寂が訪れた。
この中で最も冷静だったMr.トリックが呟いた。
「これは、バルバトス・フレッシュフィレだね。5層にいると噂される正真正銘の化け物だよ。撤退することを推奨するね」
妙な金属音を奏でながら、二足で立つ骨の巨人が振り向いた。体の各所に生肉が付いている。おそらくは食糧資源になると思われるが、どう見てもホラーチックな外見は死神を連想させる。4つの肉塊は死神の周りを浮きながら旋回してる。武器の類は持っていないが、鋭い爪と長い尻尾が武器なのだろう。
「逃げられるのか、こんな化け物相手に」
こちらが逃げようとした時、4つの肉塊が逃亡先に先回りした。逃す気はなさそうだ。
「Mr.トリック。俺が何回か攻撃をどうにか食い止める。ダメージを与えてくれ。レフト・インサニティは俺の回復を頼む。俺が死んだら、悪いが大人しく死んでブギーマンに蘇生させてもらってくれ。ツバメさん、悪いな。俺が死ぬまでは抵抗するが、ダメなら諦めてくれ。」
「アンタ、無理だよ。5層のバケモンだよ?撤退した方がまだマシじゃ無いかい?」
「あの見た目でわかりにくいが、アイツ多分手負いだよ。ここに来るまでにどの階層でも派手にやり合ったんだろうさ。」
エルに言われて、レフト・インサニティも改めてよく見ると生々しい肉塊がついた部は削られた跡や、焦げた跡が有る。骨部分も欠けた指先、砕けた眼窩など万全では無さそうだ。
「そうか、だから私に攻撃役になれということかね。良いのかね、私は死ぬことはないから異議はないが。」
「俺たちが居なくなりゃ、お前も姿を維持できないんだろう?それまでの間だけで良いよ」
「ふむ、なら異論はない。我が友よ。」
Mr.トリックはエルとの問答を終えると、即座に行動した。バルバトス・フレッシュフィレ相手にポイズンアプリを使用した。1度目は相手の抵抗を抜けず防がれるが、複数回流し込むことで蓄積させて効果を発揮させる。このアプリは相手の身体構成を少しづつ腐敗させる。特性上、装甲や頑強性などを無視して相手にダメージを与える。相手の耐久力次第だが、一度かければ時間が立つほどにダメージを与える。これで、あとは相手が逃げ出すまで耐え続ければ良い。エルはダメージの足しになればと装甲銃で攻撃するが、骨の部分も肉の部分も信じられないほどの強度を持っていて擦り傷程度のダメージしか与えていないようだった。
レフト・インサニティはいつでもエルを回復できるように待機を選択していた。全てのリソースをエルに突っ込む構えだ。
ツバメはかなり大きく距離を開けて見守っている。その目は心配というより、何かを計っているようだった。
エルはこちらの攻撃が止んだ時、相手から攻撃を受けることを覚悟し、自分に気合を入れた。
「来やがれっ!バケモノ!!」
死神は、ゆらりと動いた後に強烈な速度でエルへと攻撃を仕掛けた。