第39話 ドラッグチップ
ハンターズオフィスは表層都市の中でも特別な存在である。都市のあらゆる厄介ごとがここに集ってくると思っても良い。
単なる資源回収だって、都市の中でそれが枯渇しそうだから依頼されている。他にも、適切なカネが払えればどんなものでもある。例えば…。
・ペットに飼っていたミャーちゃん(ゴブロ)を探してください」
・2層までの護衛を依頼したい。ジョロトキア博士
・4層までの旅を一緒に行ってくれる仲間募集中。エル
・表層都市のマフィア、ナフサファミリーに賞金!幹部一人につき20CP
などなど、いろんなものがリストに並んでいる。多くのダイバーは自分の端末で情報を見ることができるが、オフィスまで足を伸ばすダイバーも少なくない。受付員からより詳細な情報や、明示されていない内情が知れるかもしれないからだ。
そんなダイバー達でごった返すオフィスだが、ハルカ達はオフィス前に集合する約束となっていた。
前回の報酬で手に入ったCPでついにランク2のジョブに上がった。それに伴う装備の新調や改造などで全員がバラバラに動いていたので、今日集まる予定となっていた。
しかし、ハルカがだけが一向にこない。向かうという連絡こそあったものの、それから先がこないのだ。
「うーん、オカシイねー。迎えに行ってみよッカ?」
「む、待つがいい。あの人影はハルカ殿ではないか?何やら、後ろを気にしている様子だが…。」
ハルカらしき人影の方へ皆で向かっていく。すると、あちらからも手を振って応えてきた。
しかし、ハルカが近くにつれ奇妙な点が見受けられたのだった。
「なぁんで、こんな街中でサイコガンなんて抜き出してんだ。しまえよハルカ。」
「いや、これには深い訳があってね。ちょっと待ってね、後ろに誰もいないよね?」
ユラの指摘に最もながら、言い訳するハルカ。ハルカにつられて皆が後ろを見てみるが、誰もいない。
「いったいどうしたで御座るか。ハルカ殿らしくもない。」
「えっとね、こんなチップ何だかわかる?サイコメトリーしても、よくわからないんだ。」
メルがハルカに問いかけると、親指の爪ほどのチップがメルの手に置かれた。もうすでに「焼き切れている」様で読み取ることはできない。
しかし、メルはこれが何かは理解していた。
「ナフサの違法ドラッグチップで御座るな。最近、流れてる流行りモンで御座る。」
「なんでそんなのワカルノー?メルちゃん、興味アルノ?」
「逆で御座る。この手の違法ドラッグチップは、某が誅する相手が扱うことが多かったで御座るからな。」
元クライムファイターとして、この街の裁ききれない犯罪者に私的に制裁をしていた頃があったメルは今でもその手の情報を集めている。
司法に連絡しても、無駄だとは思いつつもダメ元で連絡することで少しでも平和な街になれば、との思いからであった。
このドラッグチップは、誰でも持っているウェポンスロットから直接読み取ることで、様々な「経験」をすることができる。美女との一夜の逢瀬や、嫌いな男をマシンガンで殺す夜、ドラゴンになって空を飛び回るなど、使用者の欲するイメージを忠実に読み取り、VRで楽しむことができる。イメージをしっかりと固めないと上手く見れない中級者向けのドラッグチップである。
常習性があり、依存すると現実と仮想空間の境目が分からなくなり、「手に鉄パイプを持ってドラゴン退治を楽しむ」様なことが起こってしまうのでる。もちろん、ここでドラゴンになるのは近しい人や、たまたま通りすがった一般人である。
「しかし、これをどこで?」
メルの質問に、ハルカは口籠もりながらも答えた。
「くる途中に、実は変な人たちに襲われちゃって…。」
ハルカはチームの皆に会うためにハンターズオフィスへと向かって歩いていた。エスパーのランク2へは思ったよりも簡単にランクアップできた。エスパーのランクアップは他のジョブと比べて地味なので上がった感はあまりなかったが、それでも嬉しいものだった。そんな帰り道にいつの間にか、前から2人、後ろから1人の男達に囲まれた。手には、どこから手に入れたのか拳銃を持っている。一般人が銃を持つことは違法である。この時点で、ギャングか何かかとハルカは思っていた。
ここは人通りこそ少ないが、すぐ近くにメイン通りがあり、人の喧騒がここまで聞こえる様な場所だ。拳銃など発砲したらすぐに警邏のガードマンがすっ飛んでくる距離だ。だから、これは脅しだと思っていたのだ。
「あの、何か?」
ハルカの問いかけを無視する様に、拳銃を構えてハルカへ向けて撃ってくる3人。
「嘘でしょ!?」
とっさに回避をしようとしたが、三発中、一発が命中して足を打たれる。ゾンビだから、痛みを最低限に感じるだけで済んだが、普通の人間だったら叫び出して動けなくなるところだ。
この発砲で、ハルカは腹を括った。右手にサイコガンを抜いて距離が空いていた後ろから来た一人を撃つ。命までとるつもりはないが、手の1本2本は覚悟してもらう。拳銃を持っている腕を撃ち貫いた。さすがに痛みで拳銃を落とす。
ハルカは落とした拳銃を拾い、即座に接続して左手で残りの二人を狙い撃つ。接続が済んだ拳銃はそれぞれ目の前で構えていた男二人の右腕を打ち抜き無力化する。すると、途端に泡を吹きながら崩れ落ちる3人組。倒れ込んだ男達の左手が何かを握り締めたままだったので、違和感を感じてその手を開くと謎のチップが握り込まれていた。
通りの向こうから警邏のガードマンが来るのが見えた。チップを一つだけ仕舞い込み、あとは合流したガードマンに状況を説明した。かなり怪しまれたが自分がダイバー2層到達者だと端末で身分証明し少しのCPを渡したところ、すぐに「ドラッグ中毒者の凶行でしょう」となり、自由になった。
そのあとも、後ろから近づかれる様な気がして、警戒しながら歩いていたから遅くなってしまったと説明した。
「何ソレー!ハルカちゃん、ワタシがボディガードしたげるヨ。」
アモットがハルカのことを思い、護衛を申し出る。が、武装が武装のアモットではオーバーキルになる可能性が見えてしまった。
「ユラちゃんにお願いしようかな、万が一大怪我させてもチャクラで回復とかしてもらえるし。」
「エー、ワタシも回復魔術使えるノニー!」
憤慨しているアモット。ドヤ顔を決めるユラ。仕方ない。アモットでは回復以前に消し炭にしてしまう可能性が高い。
「ふん、さすがハルカは分かってる。アタシもランク2になったから、早速ワザのほうも上位のモンを教えてもらったんだ!この間までよりもでっかいキズを治せる様になったぜ。」
「ぇ、ワタシと違う方向に行ってる。ワタシ、大キャノンの威力改造シテタ。」
「まぁ、アモットはウチの火力番長だからな!そこは良いんじゃないか?」
「番長ってナニヨ!どちらかといえば、アイドルダヨ!!」
ユラとアモットが仲良くじゃれあってるところ、メルがハルカに近づき、チップの方をしげしげと見やる。
「なんで、ハルカ殿が3人に襲われたかの方が気になるで御座るな。3人全員が同じ幻覚を見るとは考えづらいので御座るよ。良ければ、そのチップを預かり何がどうなってるのか突き止めてくるで御座るよ。」
「じゃあ、メルさんお願いします。」
「了解で御座る」とチップを手にしたメルは球型重力制御装置をフル稼働させ、何処かに飛び去っていった。
とりあえずは、オフィスに入って何か良さそうな仕事があれば、ソレを受けようという話になったが、2層のマシンヘブンまでのキャラバンの護衛が3日後にあるくらいで、ソレ以外はあまり身入りの良い話はなかった。
その日の夜、端末がコール音を鳴らしてハルカを呼んだ。端末はメルの来訪を知らせていた。ハルカの泊まっている宿に直接きたので、入らせて欲しいとのことだった。
ハルカに睡眠欲は無くなって久しく、起きていたのですぐに部屋のセキュリティをオープンしてメルを迎え入れた。
「どうしたの、メルさん?」
「夜分にすまない。ナフサファミリーというマフィアは知ってるで御座るか?ここら辺では、大したこともしていない中規模のクズ共で御座るが、ここ数日で周囲のマフィアを倒して急激に規模を拡大したで御座るよ。」
「それと何が関係するんですか?」
ハルカが疑問点を口にする。メルはポイントを説明し始めた。
「ここ数日の間、というのがポイントで御座る。マフィアの中で何が起こっていたのかを調べておいたので御座るが…。」
「何が起こってたんです?」
「これを見て欲しいので御座るよ。この男の写真をサイコメトリーしてもらえないで御座るか。」
そういって、ハルカにメルは一枚の写真を渡してきた。この世界では、プリントアウトした写真は珍しい。それを手に取って、サイコメトリーをするとハルカの脳裏にある男が浮かび上がった。
「これって、ヴァイス…に見える。体は違うけれど、中身が同じに感じる。」
「やはりで御座るか。実は、この男はソドムと名乗っているで御座るが、このマフィアに取りいって違法ドラッグチップを生産して裏で流通させているようで御座るよ。それが、一般人に流通してて洗脳をしている様子。この洗脳された一般人を他のマフィアへの鉄砲玉に仕立てて周りのマフィアを駆逐して行ったので御座る。ハルカ殿を狙ったのも、このドラッグで洗脳された一般人だったと思われるで御座る。」
「でも、なんで私を…。あ、そうかヴァイスが後ろにいるから、私を狙って?」
「奴はハルカ殿を狙っている節があった。もしかすると…、で御座る。」
なるほど、どういうわけかマフィアに取り入り、金になるドラッグを作る代わりに大量の一般人を洗脳して手駒にしている可能性が出てきた。
ハルカは現状、街中を歩くといきなり一般人に殺されかけたり、誘拐されかけたりするわけだ。死にはしないだろうが、直接戦闘力はそれほどでもないエスパーのハルカは非常に不味いのではないかと考えた。
「とりあえず、護衛を頼むで御座る。これにはユラ殿が適任と思われる。アモット殿はここぞと言うときに強いので御座るが、今はちょっと…。」
「そうだね、アモットちゃんは今じゃないよね!ユラちゃんに朝になったら連絡をとってみるよ。ありがとう、メルさん。」
「では、某はここで失礼。まだ、もう少し探りを入れてくるで御座る。」
そういって、彼女は夕闇に紛れるように飛んでいった。
ハルカは面倒なことになったなぁ、と他人事のように呟いて寝る真似をするためにベッドの中に入った。
翌日、ユラに護衛依頼をするためにハルカは連絡をした。ユラは二つ返事でOKして来た。
ユラは上機嫌でハルカの宿にやってきた。どうも、路地裏でハルカが出てくるのを待っていたのが2人いたらしく命に別状がない程度で痛めつけておいたらしい。その際に、ハルカとの話に出ていたチップも回収していた。
「こいつだろ、チップってのは。やれやれ、作り物の願望満たして何が楽しいのやら。その分、修行でもした方がいいだろうに。」
「だれもがユラちゃんみたいってわけじゃないからねー。おや?もしかして、使う前のチップ?」
「お、これがそうか。区別がわからんかった。」
未使用のチップは磨かれた琥珀のような色をしていた。もしかして、これをサイコメトリーをすればもっと情報が手に入るかも知れない。
そう思ったハルカは未使用チップを手に取り、サイコメトリーをチップにしかけた。
今までのハルカを知っているユラは何も心配していなかったが、ここにアモットかメルがいた場合は制止したかもしれない。
ハルカの表情の感情が消えて、ユラに向けて急にサイコガンを抜いて撃ち放った。
「ちょ!ハルカ!!?」
泡くらったユラは回避行動しか取れない。宿泊している部屋の壁に穴が開く。
ハルカがゾンビということがユラに「どこまで殴っていいのか」の判断を曇らせた。とりあえず、無力化もしくは気絶させることを目標に攻撃して、行きすぎた時はチャクラで回復してみることで方針を決める。拳を固めてユラはハルカに言い放った。
「ハルカ、すまん!さっさと気絶してくれ!!」
ハルカのジョブ、エスパーは前衛向きのジョブではない。回避能力や装甲など前衛に必要な能力はない。ただ、ゾンビという体質がタフさを与えている。痛覚鈍麻、肉体の破損への耐性、失血への耐性、脳への衝撃に対する耐性などだ。
ユラはジョブランクアップにともない、一呼吸に4連撃を可能となった。多くのダイバーは3連撃が限界だが、その限界を超えて攻撃をできるようになっている。そのユラの拳でも一回の攻撃の流れではハルカの意識を奪い取ることはできなかった。
再度、サイコガンを撃たれる。ハルカのサイコガンは当たれば当たるほど、回避力が下がる。マインドリーディングを利用して相手の回避を読み込むからだ。ガードは苦手なユラなので、ダメージを受けてもそれを回復することで普段は耐えているのだが、1対1だと回復に専念することはそのまま負けまでの時間を長引かせるだけである。
一か八か、ユラは攻撃に集中してハルカの耐久力を削り切る策に出た。4連撃は全てが命中、拳はハルカの胴部に深くめり込み、明らかに大きなダメージを与えている。
だが、この攻撃でもハルカは倒れない。さらにサイコガンで攻撃を受けて右足が使えなくなる。普段のハルカなら、殺す気で攻撃するなら頭を狙ってくるはずだ。誰かに操られてるような違和感を覚えているユラはこのまま、これで倒すつもりで気合を入れて攻撃をした。
1撃目、倒れない。
2撃目、一瞬ハルカがふらついたが倒れるまではいかない。
3撃目、拳がハルカの胴部を貫いた。大きな血塊が吐き出されてユラを汚した。
4撃目、さらに追い討ちをかけるために左拳で顔を狙おうとしていたが、3撃目でハルカは動きを止めて倒れていった。
本当に危ないところだった。ゾンビの耐久性を舐めていたと言われても仕方ない結果だ。慌てて、ハルカが本当に死なないようにチャクラで回復を行う。緑の光がハルカの胴部を貫いた風穴が塞がれ、ボコボコに凹まされた顔の骨が元通りになっていく。
自分自身も同時に癒していく。正直なところ、あと10秒も続いたらコチラが死んでいたかもしれない。室内だから巨大化こそしなかったが、慢心であった。都市内部で死んでしまえば、ブギーマンは現れない。冷や汗が今頃になってどっと流れていく。
ハルカの顔に表情が戻った。瞼を伏せがちにしてハルカは血塗れになっているユラに謝罪する。
「あの、ユラさん。ごめんなさい、私…。」
「いや、いい。ここまでしなければ倒せなかったアタシも修行が足らない。メルやアモットならそもそも怪しいものを調べる手段を選んだだろうしな。アタシは考えが足らんなー。ついでに、服もダメにしてゴメン。」
ガシガシと頭をかきながらハルカにユラは言った。ともかく、違法チップをハルカがサイコメトリーで調べるのはこれっきりにするべきだとハルカに伝え、ハルカもうなづく。
「このチップをサイコメトリーで調べて、ハッキリとわかったわ。これ、私を探して捕まえようとするようになってる。すごい強い依存度で、一度使ったら2度と縁を切れない。そうして、どんどんと自我を削り続けて、最後にはヴァイスのコマになる。そういう仕組み。」
ともかく、ここまでの経緯を皆に端末を経由して説明する。
予想通りに、アモットとメルから怒鳴り声で怒られる。メルは今は忙しいので、後ほどと言って通話を切る。
残ったアモットがこんこんとハルカの向こう見ずな所に危機感を覚えて欲しいと怒る。
さすがに、軽率すぎたと反省をする。あまりにも心配になったためにアモットも合流することになった。
アモットが合流したところで、メルから連絡が入った。
「今、違法ドラッグチップを売り捌いている売人から遡って、大元のところまで来ているで御座る。ナフサファミリーの3人のボスが会合している場所にソドムという名前の男も同席しているでござる。叩くなら、今かと。ソドムは違うで御座るが、3人は賞金首にもなっていた筈。我々には大義があるで御座るよ。」
「このまま待っていても状況は悪化するばかりだよね。なら、乗り込んでみよう!」
「なぜ、こうも…猪突猛進なんだ。わかった。ハルカが行くというのなら、アタシは止めはしない。行くよ。」
「ワタシもこのまま手をこまねいてもヨクナイと思うカラさんせーい。ヴァイスにお仕置きダヨ。」
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