第30話 ティンクのニンジャ メル
暗がりを静かに飛んでいく小さな影がいる。その影は二つの球体を背中に浮かべ、何かを見つけたらしく、飛ぶ方向を変えていった。
小さな影が飛んで行った先には、誰かの殴る生っぽい音と、悲鳴をあげる声がする。
貧民街の裏路地で弱者をいたぶり、不当に金を巻き上げるチンピラ。賞金がかけられている男「ダルン」だった。罪状は強盗殺人6件。
しかし、わざわざウェポンで武装した頭のおかしい相手に賞金狙いで捕縛する奴はいない。なぜなら、強力な装備を持つダイバーならいざしらず、一般人にはリスクが高すぎる。表層都市はダンジョンの外であり、死んでも生き返らない。
貧民街は行政の目が届かないこともあり、こんなことは日常茶飯事だった。
悪党は事実上の無法地帯で好き勝手やってるのが実情だ。あまり目立つことをすればマフィアが出張ってくるが、ダルンは巧妙に場所を変え、マフィア同士の縄張りの境目でヤルことでマフィアの目も掻い潜っていた。
「しけてんなぁ、これっぽっちしか持ってないのかよ。もう、いいや。殺して臓器でも売っぱらうか。闇ルートなら、肉だって売り捌けるしな。」
ダルンの言葉を聞いて、「ひぃっ」とか細い悲鳴をあげる。顔も腫れ上がって、視界はほとんど見えていないだろう。逃げようにも、後ろは路地の行き止まりで、前はダルンが塞いでいる。八方塞がりだった。ダルンがチェーンソー型のウェポンを唸らせ、振り下ろそうとした時だった。
ザクザクザクッと音を立てて、ダルンの頸動脈、両目それぞれに刃がが突き立てられた。
「は?」と間抜けな声をあげ、次の瞬間には暗闇になった世界に悲鳴をあげていた。視界が閉ざされたと同時に襲いくる激烈な痛み。
「そこの男よ。逃げられるなら逃げてるでござる。残念だが、某は癒す術をもってはござらん。」
そういって、暗がりから近づいてくる影。薄暗い裏路地の照明に照らされたのは、身長は30cm前後の小さな人形に見えた。それはフワフワと飛んでいる。羽はなく、精密機械のような球形が二つ浮かんでいる。それはティンクと呼ばれる種族に共通した特徴だった。
静かに浮かびながら、ダルンの前へと移動する。その間に、殺されかけた男は大回りに避けて裏路地から逃げ出していった。
「罪状は強盗殺人6件。現行犯で追加1件。賞金首となっている。某はお前を生きて返すつもりはない。」
そういったティンクの手には手裏剣が握られている。
「くそ、こんなこともあろうかとエイドキットを用意してた甲斐があったぜ。ケッ、誰かと思えばティンクちゃんじゃないの。おもちゃはおもちゃ箱のなかで眠ってる時間だぜ!」
密かに後ろ手でエイドキットを掴み、体に投入していた。ナノマシンがあっという間に回復し、目の怪我も治る。頸動脈の出血があるから、まだふらついているが怪我は治っていた。
右手にウェポンを握り直した。持ったウェポンはチェーンソード。刃の部分についている刃が回転して斬り削る。大きく振りかぶった瞬間!小さな影から手裏剣が3発飛んでいた。手裏剣は狙い通りに、右目と左目を先ほどと同じように抉り、最後の1発は胸に刺さった。先ほどの攻撃は本気でなかったようで、今回は全ての場所が致命傷に思われた。
ダルンはエイドキットを探すが、その手にも手裏剣が刺さる。チェーンソードを振り回そうとすれば肩や腕に手裏剣が刺さる。そうやって、出血多量で死に至るまで小さな影の攻撃は続いた。
死体は見せしめとして、このまま置いていく。
これが、このティンクのニンジャ「メル」のやり方だった。
俗に言えばクライムファイター。司法の裁きが与えられない相手に裁きを与える。といえば、聞こえはいいが。歴とした犯罪者である。勝手に罪状を決めて、勝手に処罰を行う。それも、規範に沿ったわけではない。
メルは普段は中古パーツを扱う、リサイクルショップの店員だ。こういった活動をおこなうようになったのは、ダイバーになってルーキー狩りに会ってからだった。自分は逃げ延びることができたが、他のメンバーは死んでしまった。それも、悪質なことに死ぬまで繰り返されたのだった。いくらデッドギフトを手に入れてもルーキーではどうしようもなかった。ギフトの活かし方もわからず、一方的に殺されてしまった。死体も残らず、噂では闇ルートでデッドギフトの研究をしている古代技術庁の下位組組織に流されたとも聞いた。
それ以来、メルはニンジャとしてではなく、アサシンとして腕やウェポンを鍛えていった。そして、半年前に目的だった復讐をやり遂げた。
1人ずつ、表層都市の人気のないところで暗殺していった。最後の1人を殺す頃にはだいぶ警戒されていたが、ティンクの外見は相手の警戒心を緩めるのに大いに助かった。
こうして、裁かれない悪を倒した後、メルは似たような悪を裁く裏の顔をもったのだった。
ある時、メルは貧民街で人間狩りを行う非道な人物の噂を聞きつけた。この時、メルは致命的なミスを犯していた。相手は企業の御曹司であり、一人息子だった。
一人息子の方は、他にもあまりに目に余る行為をしていたため、別に当局が追っていたところだったが、それに先走る形で殺してしまった。
メルは当局に捕まり、刑期200年となった。しかし、メルの経歴を使えると判断した当局が司法取引で5層へ逃げた逃亡犯をデッドオアライブで仕留めることを条件に、ダイバーとして生きることを許可された。
今のメルは表層都市では監視がつき、特定の場所以外にいくことはできない。しかし、ダイブ中はある程度の自由を認められている。監視も基本的にはつかない。その代わり、首輪がつけられその中にGPSが仕込んであり、常に動向を監視されているため本当の意味での自由はない。
また、1日ごとの報告も必要である。(頭部に埋め込まれた通信機であり、これはロストテクノロジーであり一般流通していない機器である)
一応、ノルマがあり1年以内に階層を潜り抜けることを課されている。上記のどれかに問題ありとされれば、埋め込まれた通信機が爆発し、メルは死ぬ。
人殺しの腕だけを磨いていたため、ダイバーとしての実力はルーキーとさして変わらない。
だが、犯罪者がつける首輪を付けられて経歴を隠すことが出来なくなったため、まともにチームを組むものもなく。仕方なく、ソロでダンジョンへ潜っているのだった。
「ふっ、最悪はダンジョン内で死んで蘇生を試してみるか。某の行く末が憎むべき犯罪者と同じ道とは、なんたる皮肉。」
そう、独言を吐いていると曲がり角が見えてきた。メルに前衛として必要とされる能力はない。なので、ここまでは先手必勝で進んできた。曲がり角のような死角が存在する場所は特に気を付けて進んでいた。
メルが道の曲がり角から先に何も危険がないかどうかを調べていると、奥の方から声がする。
「そこのティンクの人、もしかして1人ですよね?私たちと一緒にチームを組みませんか?私たちも言っちゃえば、あぶれた人たちなんですよ。ちょうど、先手を安定して取ってくれるニンジャみたいな人を探してたんですよ!どうでしょう?あ、大丈夫ですよ!私達、普通のダイバーですから怪しくないです!!」
声は明らかにメルを指して言っている。それどころか、経歴を知っている可能性すらある。ソロで行動している以上、あぶれた者ということは指摘できるかもしれない。しかし、ニンジャだの、ティンクだのをまだ姿を見ていないのに言えるだろうか。
「あの、私はエスパーでそちらの思ってることとか、考えてることを何となくわかるんです。なので、変な勧誘文句になってしまってごめんなさい。そちらの事情も承知した上で、どーか入ってもらえないでしょーか!?」
ここまで明け透けな話も無い。メルは曲がり角を進んで、ハルカ、アモットの姿を確認した。アモットの姿を確認して面食らったが。
「某はメル、ニンジャだ。訳あって、5層へ逃げた逃亡犯を追いかけている。が、まだまだ実力不足を痛感している身だ。こんな叩けば埃の出る身で良いなら、力になろう。」
「やりましタネ!ハルカさん!!あと1人くらい欲しいデスネー。メルさんはニンジャとユート、ダンジョンに詳しいんデスカ。」
メルは若干俯いて、否定する。
「す、すまぬ。某は、人殺しは得意なのだがそちら方面はそれほどでもないのだ。」
「あ、イイんデスヨ。ニンゲン向き不向きがありますカラ。ワタシなんてエレメンタルウィザードなのに前に出て攻撃食い止めて、この大砲でトドメ刺したりしてますカラ!あ、遅れました、ワタシはアモットです。」
「あのあの、私はハルカと言います。今日からよろしくお願いします。あ、私はゾンビです!」
何か、聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。目の前のやけに色白な女子高生は人間に見える酷く顔色が悪いが。もう片方のヤケにハイテンションなのはゴーレムだろう。が、後ほど知った話でこの2人が同じ学校の同じクラスメイトだったと聞くと世界は広いと思わされた。そして、やはり聞き間違いではなく、まともな思考が残っているゾンビと聞いて、さらに仰天した。
それから、彼女たちはダンジョンから出てきた。いくらかエネミーを倒して資源を回収できたので、それをオフィスで売却して少しウェポンを買い足そうとしてるらしい。
自分は手裏剣を愛用しているが、武器にはそれなりに詳しいつもりだ。彼女たちの買い物に付き合って幾つかの助言をする。
表層都市でウェポンを取り扱ってる店「BBS」によると、今日もケイスケがブレスオブファイアを売りつけようとしてきたが、そんな使い捨てのウェポンを購入するほど余裕は彼女にも自分にもない。
項垂れる店主を置いて、ハルカとアモットのウェポンを品定めする。それほど自由に使えるCPがあるわけでもないので、極力コストパフォーマンスに優れたものを選ぶことになる。
「あのあの!これってどうですか?サイコハウリングってカッコよくないですかっ!?範囲攻撃可能って書いてあります!」
「うむ、悪くないとは思うが後衛のハルカ殿が前衛で使う武器はどうだろうな…?」
「アー、ワタシ達の弱点がモロ出ちゃいマスネ。イッソ、ワタシがフォースシールドでも持ってカバーフォローできるようにしましょうか?」
「いや、それも危険だろう。アモット殿は別にそこまで硬いわけではないからな。アモット殿が前衛をするなら、装甲服のような防御に重点を置いた方が良いな。」
1層のエネミーなら、アモットが持つキャノンで十分火力は足りている。雑魚エネミーをどう処理していくかが課題になっていただろうが、メルが参入したことである程度そこは目処がついている。となると、安定して倒すための火力の底上げか。
「欲しいものは沢山あるで御座るが、ハルカ殿にはこれをオススメするで御座るよ。」
「えっ、タトゥーですか?ちょっと不良っぽいですね。」
「これをつけておけば、命中した箇所が炎上して継続したダメージを与えるで御座る。ついでに言えば、特殊なシールみたいなものであるから安心していただきたい。」
継続ダメージという響きが気に入った様子で、どこにタトゥーを入れようか迷っている様子である。
アモットにオススメできるのはあるにはあるのだが、ここには売っていない。ついでに言えば、ウェポンスロットを増やす方向が堅実な方向に思える。
「アモット殿はウェポンスロットの解放を目指した方がよろしいかと。その上で、戦車武器をつけるのが良い。もしくは、強化服と強化鎧の組み合わせで防御力を高める方向が良いと思うで御座るよ。」
「ナルホド、さらに戦車装備をツケル。そういうのもアルのか。後一人欲しいとオモッテマスので、その人次第デスネ。ワタシはしばらく溜め込んでおきましょう。」
ウェポンショップから出て、一息つけるところに寄って本日の報告を行う。食事処メシヤに来た。ダイバー御用達のようなところもあるが、単純に支払い能力があるのがダイバーになることが多いので、一般客もそれなりにいる。
日課となっている、当局への報告を行う。
「以上が、本日の内容だ。以後、チームにてダンジョンに潜る。よろしいか?」
【問題ない。そちらには残り345日以内に2層へ進むことが求められている。励みたまえ。】
「では、こちらからの報告は以上とする。」
ふう、と一息つく。目の前のティンク用のリキッドを飲み干す。人間と同じ食べ物を食べることもできるが、消化はできない。専用の液体という形でエネルギーを充填する。
「カッコいいー!何かスパイみたいですね!!」
「いや、そんなものではないのだが…。」
「メルさん、製造年月日はイツでスカ。占ってあげマスヨ」
「そこは不詳にして頂かせたい。(稼働時間が30年を超えてるから、女子高生と比べたくない!)」
ちなみに、メシヤなのに食事を頼んでいるのは正確にはハルカだけで、それも生肉だとか、血の滴るほとんど焼いてないステーキとかで他の客がドン引きしている。
ハルカ自身はマイペースすぎるほどのマイペースっぷりを発揮して、口の周りを血だらけにして食べている。そこだけ切り取るとスプラッタな光景が完成していた。
早くも女性?だけのニューチームとして、噂好きなダイバーたちの間で話題に上っていた。
何せ、思考能力がまともに残っているゾンビ女子高生、戦車砲を搭載したロボット女子高生それだけでも十分なインパクトなのに、犯罪者殺しのロリ型ティンクが加わった。ちょっかいをかけられないのはアモットの大砲の存在がデカすぎた。何せ、隠すつもりもないのだ。さすがに邪魔になる場合はしまうようだが、それ以外は常に右肩に生やしている有様だ。
最も、血塗れの女子高生も気軽に話しかけるには辛い相手だ。顔は可愛いのだが、ゾンビなのはどうしても話しかけるには難易度が高い。何せ、次の瞬間にガブりとされてるかもしれないのは気軽にナンパすることもできなかった。
あとひとりチームメイトが欲しいと言ってるのは聞こえているが、何せ喋りかけるのに難易度が高すぎるチームなのであった。




