第3話 依頼受領
エルは非常に悩んでいた。
まさか、第一階層に過剰な人員を要求して、過剰な報酬を要求してそれが全部通るとは思わなかった。
このままでは、ダンジョンに潜る羽目になる!非常に悩み、焦っていた。
「どうしたのですか、エルさん。あなたの要求は全て通しました。ダンジョン探索の話を続けましょう。」
目の前の女性は、何故話を進めないのかと不思議そうな顔をしていた。ショートボブの茶色の髪が首を傾げた時に肩口に流れる。
それはそうだろう。不相応な要求を全て通して、これ以上何が問題なのかと。
「あ〜、失礼。お名前はなんでしたっけ?」
とりあえず、仕方ないのでエルは話を進めることにした。さすがに失礼だということも思っている。これ以上は話を引き伸ばせそうにない。
ぱっと見は18歳くらいに見えるが、多分違うだろう。彼女の耳はボブカットから先端が長くはみ出て尖っていた。
この特徴はエルフの証だ。昔、組んだ仲間にもエルフがいたから変に拗らせたヤツが整形で手に入れた姿じゃなければ間違いないだろう。
エルフは異能の力、特に魔術を得意としてる。旧世代の力は大きく分けて二つある。科学技術のテックと超常の力の異能だ。
どちらも学のないエルには似たようなものに見えたが、博識なホログラフであるMr.トリックに言わせれば混じり合わない水と油らしい。
「私はツバメ・メイプルと言います。今回の依頼は、素材集めをお願いしたいと思います。」
素材集めと聞いて、エルは素朴な疑問が口から出ていた。
「…思うんですけどね。1層なら、俺みたいなそこそこカネの張る中堅雇うよりも、ルーキー雇った方が安上がりなんじゃないですかね?」
それに対し、ツバメ嬢はああ、言葉が足りていなかったですね。と呟いて続けた。
「今回集めたい素材は赤龍の素材なのです。1層の階層主、ルーキー殺しのレッドドラゴンの異名を持つ相手では、駆け出しの方では難しいでしょう?」
ああ、納得してしまった。それじゃ仕方ない。
赤龍には俺も死んだ苦い思い出がある。1回倒して、2層へと進めるようになってからは2度と見ていない。
おそらく、実力的にはソロでもなんとかなると思うが、念には念を入れたくなる相手だ。いや、潜りたくないんだけど。やりたくないんだけど、とエルは内心に渦巻く負のオーラを目の前の女性にぶつけた。もちろん、効く訳はなかったが。
「では、エルさん。オーダーは受けていただいたということで。準備として本日中はお時間を差し上げますので、明日にはダンジョンに潜っていただけますようお願いしますね」
「あー…、了解です。ツバメさんは何かできますか?具体的にはウェポン持ってます?」
「一応、護身程度の魔術ウェポンは持っています。生憎ですけれど集積図書庁の職員なだけですのでダンジョンでの戦闘には耐えられません。」
「すいませんね。一応、聞いたまでです。護衛依頼ですもんね。」
かりかりと頭をかくエル。
この世界では、大昔に人類に施された科学技術が生きている。通称「ウェポンスロット」と呼ばれる多くの人類が両手に幾何学模様のような紋章をつけている。それを通し、「ウェポン」と呼ばれる武器、防具を扱う。ウェポンスロットを通せば、初めて持った銃でも腕利きのガンマンのように扱うことが出来る。これは、テックウェポンや異能ウェポンと呼ばれる特殊な物でも変わらず、触れば使い方を瞬時に理解出来る。熟練の差が出にくいので、駆け出しのダイバーでもウェポンさえまともなものを持っていれば1層くらいなら何とでもなると言われている。
極端な話、拳銃を持たせてダンジョンに突っ込ませる「使い捨てのサルベージャー」はウェポンスロットがあるから成り立っているとも言える。それで何か拾ってくるならよし、ダメでも死んでデッドギフトを装備して戻ってくるから次からは使い用が増える。
ふと、自分の過去が蘇った気もしたが、それ以上の話は思い出せなかった。デッドギフトを手に入れると、何かを失う。過去とか、思い出とか、人との繋がりとか。
だから、最終的には人間じゃなくなってダンジョンのエネミーに成り下がるという話を聞いたことがある。
「…あぁ、行きたくねぇよ。」
ぼんやりと、ツバメが去っていくのを見届けながら関係ないことを考えて現実逃避していたエルだった。
背後から、ポンと手を肩にのせた(ように動いた)ホログラフのMr.トリックが口を開いた。
「もう、ここまできたら諦めたまえよエル。しっかりと依頼は受領されたようだ。そちらの端末にも入ったのだろう?」
「背後のリカが殺気だってたからな、弾みでOKしちまったよ。」
オフィス受付嬢の手乗りサイズの種族「ティンク」のリカが目を吊り上げてこちらを見ていた。ああ見えて、ティンクは背中に浮いている反重力制御装置で周囲のものを操れるので、小柄な外見に騙されて馬鹿にしてはいけない。リカはあれで「サイキック・ディフェンダー」なので、馬鹿にした相手は4本の浮かぶ刃に黙らされることになるのがオチだ。
「それじゃもう仕方ない。ベニエに声かけて、明日はダンジョンに潜るか…。」
盾ヒーラーのベニエ・テンドウ。通称「レフト・インサニティ」
守銭奴だが、それなりに腕がいい。守って、回復も出来る「プロミスウォーリア」だ。
プロミスはテックや異能に対し警鐘を鳴らし続けている集団で、旧世代の技術に頼りすぎることは危険だと訴えている。テックや異能を扱うウェポンは全て否定し、理屈が不明な技術に頼らず、自分たちのものにした技術で生きていくべきだと諭す。なので、地道に農耕(食用スライム牧場や、荒地でも育つ食獣植物の栽培)と並行して身体を鍛えて身一つでダンジョンに潜る者もいる。ウェポンスロットに関しても大昔は否定してが、今は人類の使用可能な技術として認めているらしい。
テックソルジャーのエルとは真っ向から異なる集団だが、過激派でもなければ出会い頭にぶつかり合うこともない。プロミスにはサムライ、モンク、ニンジャなどもいるが、プロミスウォーリアは「ワザ」と呼ばれる特殊な技術をウェポンとして使う。「ワザ」はプロミスの間でしか継承されず、彼らの言う「気」を操るものだ。
レフト・インサニティはプロミスウォーリアとして気を操って周囲の仲間を癒し、前線で戦うスタイルを得意としている。
「アンタとアタシじゃ役割が被ってるよ。アタシがいなくでも十分だろうにエル?アンタは仲間を守ってナンボの前衛だろうに。」
「いいんだよ、少なくとも今回に限っては。何かの間違いで護衛対象に死なれるよりは守り手が多いに越したことはないんだよ。斥候がMr.トリックじゃ、頼れないからな。」
「ああ、そういうことかい。確かに、ホログラフじゃ守れないからねぇ」
端末で連絡し、ベニエのOKをもらう。ベニエはカネに目がない。だから、必要額さえ提示できれば参加にあたっては問題ないと思っていたが、1層の護衛任務と聞いてさすがに訝しんだ。普通なら、駆け出しの仕事だから仕方ない。相手が赤龍だということで、さすがに納得してもらえたが。
チーム構成は前衛、前衛、後衛だが、内情はテックソルジャーのエル、プロミスウォーリアのベニエ、それにダンジョンハッカーのMr.トリック。
ダンジョンハッカーはその名の通り、ダンジョンの内部ネットワークに潜り、ダンジョンの構成を調べ、時には罠を無効化したりする無くてはならない存在だ。彼らのような斥候がいないと、無駄なダメージを受ける羽目になったりみすみすお宝を見逃す羽目になる。
Mr.トリックはその中でも特化している種族「ミストマン」だ。ミストマンがダンジョンハッカー以外になることはないだろう。何故なら、彼らは武器を持てない。彼らはホログラフとして現れる。本体はダンジョンの最奥部にあり、大部分のミストマンはそこから逃れたがっている。彼らはマザーAIから独立した存在だが、いつマザーAIから消されるかと思いながら過ごしている。ダンジョン、ひいては表層都市までホログラフ投影をして人類の側につく理由も自由を手にするためだ。
Mr.トリックがエルに言葉をかけた
「それでは、明日にはダンジョンダイブと行こうではないか我が友よ。」