第24話 ジョブチェンジ
セイジンたちは一度表層都市へ戻ってきていた。ニコとセイジンのジョブチェンジを行うためだが、一度状況を整理して見たかったこともある。特に、セイジンは自分の実力以上のことをやってのけた感があった。
ニコもアランも自分より上のダイバーと感じているのは、元からダイバーになるつもりがなかった自分の中の劣等感のようなものだろうか。元々は企業の中で出世だけを考えて生きていた筈だが、気がついてみればダイバーなんかになっている。それが、今の自分にはあっている気させした。
セイジンは何故か、今なら表層都市に戻ってゆっくりリラックスできそうな気がしていた。それは、3層到達者として箔がついたから、ということなのかもしれないとセイジンは思っていた。
ニコは表層都市に戻る前に店に寄ってロルとラウルに面会し、喜びを伝えていた。
「ニイちゃんたち!遂に、3層到達者になったよ!!」
「やったな!ニコ!!兄さんたちも鼻が高いよ!!」
3層到達者ともなれば、一人前のダイバー以上の強さを持ち、中堅どころと扱われる。ニコはダイバーになってから日が浅いため、驚くべき速度で到達していた。
「師匠にも伝えてあげたいんだけど、どこにいるか分からないんだよねぇ。」
「そういうことなら、ビーム商会のツテをフル活用して、探し出してみよう。4層までなら繋がりがあるから探し出せる筈だ。」
「ありがたやー。持つべきものはニイちゃんだよ!」
感謝を激しいハグで表すニコ。ロルもラウルも手加減されているとはいえ、その抱擁は命がけとなっていた。
一頻り喜びを共有していると、ふとラウルがニコに切り出した。
「ハハハッ!いや、よかったよかった。話の中で死んだと聞かされた時には、あの二人どうしてくれようかと…。それで、だな。親父とお袋に関しては思い出せないのか?」
珍しく、物静かなトーンでラウルがニコに話した。すでに、両親にも報告は事前連絡で済んでいるが、ニコは両親の記憶を全て失っていた。どんな過去があって、どんな恩があったかなども全て忘れていた。
両親と対面すれば、何かを思い出せるのではないかとロルとラウルが実際に合わせてみたが、残念ながら全く思い出すことはできず、「初めまして、ニコと言いますッス。」と他人行儀な言葉が出る始末だった。
「ごめん、ラウル兄。兄さんたちは思い出せるんだけれど、お父さんとお母さんの記憶が全く思い出せない。多分、これがデッドギフトの後遺症ってヤツなんだと思う。」
ダイバーになったからには、何かしらの不具がニコにもあるのだろうと覚悟していたが、まさかこんな形であるとは思っていなかったため、家族の絆が深いニコを含めた全員が消沈していた。
「まぁ、起こってしまったことは仕方ない。幸いにも、ニコは父さん母さんに新しい絆を育むことに前向きだからな。おかげで父さん母さんも一時はだいぶ弱っていたけれど、元気になってきてるよ。」
「それは良かった!でも、私がこんな風になるなら、お兄さんとアランはどうなってるのかな…?」
実際のところは優しい妹の言葉を聞き、、心を痛めたロルとラウルである。
「どうだろうな?こればっかりは本人に聞くしか無いし、聞いても自覚がないかもしれないな。ニコも僕達が聞くまではわからなかったろう?」
「そう、だね…。もし、大事な絆を失っていたとしたら私はどうすればいいんだろう?」
「支えるしか無いだろう。チームメイトとしてな。」
ニコの肩に手を置きながら、ラウルはそう言った。
「そうだよね。うん!私、頑張るよ!」
「ああ。俺達も協力するさ。何せ、お前は大切な妹なんだからな。」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
ニコは笑顔で礼を言いつつ、抱きついた。ロルはその様子を見て、微笑ましく思った。ラウルはというと、顔を真っ赤にして照れ隠しをしていた。
「あ、あと、ニイちゃん。もう一つお願いがあるんだけど……。」
ニコがモジモジしながら、上目遣いでロルを見つめてきた。
「ん、なんだ?」
「えっと、その……。」
「遠慮せずに言ってみろ。兄ちゃんたちは何でも相談に乗るぞ。」
「じゃあ、言うけど。実は、私の装備を作って欲しいんだ。オーダーメイドの装備を。」
ニコが言いたいことを察したロルは、ニコの頭を撫でながらうなづいた。
***
表層都市に戻って、一番最初に行ったのはダイバーズオフィスでジョブチェンジを行うことだった。
アランも今回はテック・ドクターから上位ジョブにチェンジするので3人全員が揃っての行動となった。
オフィスで案内された施設に向う。2層ではあまり見かけなかった植物や木製のインテリアが並んでいるのが、逆に贅沢に感じる程度には2層に慣れていたのだと、セイジンは思った。
オフィスの受付員は、いつもの金髪の美人さんだったが、今日は何やら忙しそうな様子だった。
案内されたのは個室。前回は広い会議室のような部屋だったが、今度は狭い応接室といった感じの部屋だ。
そこに通されると、早速ジョブチェンジが始まった。
最初にセイジンからスタートした。必要素材を受付員に渡すと、それを背後の巨大な機器に投入した。動き出した機器に思わず後退りすると、受付員の女性がウェポンスロットのある部位を出して欲しいと静かなトーンで伝えてきた。
怖気付いた自分に恥ずかしさを感じつつ、ウェポンスロットが開いている右手を出した。すると、右手の機械的な形をした手の甲に黒いホースのようなものがあてがわれた。一気に情報の塊が送られ、脳が混乱するような感覚に陥る。
気がついてみれば、サイドラグーンとしての基本的な戦術、戦闘知識、運用が備わっていた。
「ジョブチェンジは終了しました。ジョブに必要な装備などのアップグレードなどはこちらでは行いませんので、それぞれの必要な施設へとお向かいください。ご苦労様でした。」
あとの2人も似たようなもので、アランが2回目なだけあって動じずに粛々と行っていたくらいだった。
「セイジン、ニコ。オレはこのあと強化服のアップグレードをするから馴染みのテックウェポン取扱店に行ってくる。お前達はどうする?先に酒場にでもいって飲んでるか?」
「そうだな、オレはそれでも良いんだが…。」
ひとり、鼻息も荒くセイジンの服の裾を握って離さないニコがいた。
「せっかくなので、腕試しするッスよ!!」
***
施設の外、貧民街を通り抜けて荒野までやってきた。
荒野には正真正銘、何もなく。ただひたすらに赤茶けた地面が広がっている。
ニコとセイジンは2人だけで戦うつもりだった。
セイジンがニコへと話しかける。
「バーサークの件、大丈夫なんだろうな?ぶっつけ本番とかはやめてくれよ!?」
「大丈夫っすよ、もう貧民街でゴロツキに取り囲まれて自分の意識で戻るのを確認済みっす。」
セイジンは胸に手を当てて、そのゴロツキ達に哀悼の意を表した。訝しげな表情でこちらを見てくるニコがいた。
気を取り直して、お互いウェポンを構える。ニコの武器はタイタンハンマー。
振り回せば敵をミンチにできる。
だが、そのぶん重量があり、取り回しが悪い。
対して、セイジンの武器はフォースシールドだ。グラビティグラブ&ブーツは下取りで出したので武器といえば、これと魔導書となる。フォースシールドは、相手に向けての体当たりやいわゆるシールドバッシュで地道なダメージを狙える。魔導書は魔術ウェポンなしでも、破壊の光を射出して攻撃できる。
先手はセイジンが取った。普段は守っているニコに対して攻撃するのはちょっとおかしく感じたが、そもそもの出会いからして殴り合っていたわけなので、人生とはよくわからないものだと思う。
セイジンはニコが走り寄ってくる前に新しく手に入れた力を使う。
サイドラグーンの名称の元になった能力、【竜騎兵】
青白い光を放ちながら、セイジンの背後から全長4m前後はある竜が現れ、セイジンをその背に乗せた。
この竜はセイジンの精神力から生まれた擬似生物であり、サイキックディフェンダーの時に使っていたサイシールドの新たな形である。
そして、竜はニコの攻撃に合わせて咆哮を上げる。直接、相手の心に響かせるこの叫び声は、いかなる相手でも戦意を挫くことができる。
「近づかれる前に出来ること増えたな。悪く思うなよ、ニコ!」
セイジンは魔導書を開き、自分に「竜麟」、「魔刃」をかけてシールドバッシュを仕掛ける。
ニコはベルセルクとなって、自分の意思で体をコントロールして戦闘を行なっていた。
攻撃ウェポン以外を使うことは出来ないが、暴走はしていない。
接敵するまでにセイジンから攻撃を受ける。内臓にズンッとくる衝撃が貫いたが、その程度のダメージなら逆に【狂化】のキッカケに過ぎない。即座に痛みを力に変えてセイジンへとタイタンハンマーを振り回す。以前のバーサーカーだった時にはまだリミッターが完全に外れていなかった、今は自分の体のリミッターを解除して戦うことができる。より早く、より強く。
以前のニコとは違う動きで、相対しているセイジンにとっては残像が見えるほどに強烈な速度と力が襲いかかってきていた。
セイジンはフォースシールドの上から【竜騎】にまでダメージが入ったことを心底驚いていた。【竜騎】は2時間に一回呼び出すことができるが、呼び出すまでは回復などは出来ない。これが本番の戦闘で、ダンジョン内で受けたらと思うと冷や汗が出ていた。場合によっては、【竜騎】のダメージを肩代わりする必要もあるな、と思った。
しかし、セイジンの攻撃も効かないわけじゃない。今回は双方が降参をするまでと決めていた。
セイジンは迫りくるタイタンハンマーの打撃を防御ウェポン、魔術を駆使して軽減し、時にはセイジン自らダメージを受けることで【竜騎】へのダメージを減らしていた。セイジンにとっては【竜騎】は生命線なので、これが消えてしまうと戦闘力がガタ落ちになってしまう。それだけは避けたかった。
ニコにとっては、タイタンハンマーによる打撃は今まで通り十分な攻撃力だった。しかし、自分の打たれ強さは暴走してからが真価を発揮する。今のままでは狂戦士としての打たれ強さではなく「ニコ」としての打たれ強さでしかなかったため、もうすぐにでも限界が迫りつつあった。
貧民街を通り、アランは荒野まで足を運んできた。
「うーむ、ここら辺のハズなんだがな。こんな何も無いところで何をやってるんだか。」
アランが端末片手にふたりを探しにくると、ニコとセイジンは荒野に二人で寝転がっていた。
「いやぁ、まさかここまでやるとは思わなかったな……。」
セイジンがニコの体を支えてやりながら言った。
「そっちこそ、なかなかしぶとかったっすよ……。」
セイジンの腕の中でニコはぶっ倒れていた。
ニコの耐久力は狂戦士になってからが本番であり、やはり鍛えたとはいえ立ち続けることは出来なかった。かく言うセイジンも自身が肩代わりしなければ、【竜騎】の消滅が見えていた。それほどまでに接戦であった。
そこにアランが声をかける。
「あー、二人仲良くしてるところ悪いんだが……。回復はいるか?。」
「わ、わ!アラン!!どうしてこんなところに!?」
ニコが慌てて立とうとするが、体の各場所が痛むせいで動くに動けない。
「オレだよ。アランと組んでからエイドキットを持たなくなったからな。頼んでおいた。」
「ワラヒもそうッス。って、そうじゃなくて!」
ヒー、とか細い声を出しながらニコはゴロゴロとセイジンから離れていく。
「それだけ元気なら、大丈夫そうだがな」
そう言いつつも、両者にエイドキットを使うアランだった。
その後、ジョブチェンジを祝って酒場で飲むことにした。場所はいつもの「食堂メシヤ」である。ここ以外の店もあるが、そう言うところは飲食以外のサービスが旺盛でニコを交えていくのはハードルが高すぎる。
一杯目が飲み干され、アルコールが回ってきた時に不意にセイジンが二人に話しかけた。
「オレ、何かを忘れている気がする。それが何なのか思い出せないんだけれどな。」
「あー、それはデッドギフトの後遺症だと思うッス。後遺症というか、代償と言うか。」
ニコの言葉に、思わず問いただすセイジン。
「お前は、何を忘れているかわかるのか?」
「自分は、家族の兄ちゃんたちは覚えてて、お父さん、お母さんのことは全然思い出せないんすよね。」
「……。」
「セイジン、無理に思い出そうとしてもしょうがない。代償に支払ったのは自分自身の選択だったんだ。忘れておいた方がいいこともある。」
アランから言われたが、納得はできなかった。もう一つ、気になってることを言う。
「オレ、どうしてダイバーなんかやってるんだろうな?いや、ダイバーが悪いってわけじゃなくな?元は企業で働いてたわけなんだ。失脚したとしても、他にもやりようがあった筈なのに…。変だろう?」
「あー、なるほどな。まぁ、それは稼ぎが良かったからじゃ無いか?」
アランは目星がついた。ニコも見当はついている。おそらく、セイジンを失脚させた、裏切った女を忘れてしまったのだ。その周りの記憶も一緒に忘却してしまったから、ダイバーになった顛末を、モチベーションが無くなっているようだった。
「ワラヒと一緒に5層を目指すッス!それで何も問題なしッスよ!!」
「5層か…。そこまでいくのに、もう死にたくは無いな。なんか、空虚なんだよな。死んだ直後だからかもしれないけれど。…あー、すまん。せっかくジョブチェンジができてお祝いって話なのにな。」
「気にするな、オレだってそんな気持ちだ。」
そういって、アランは一枚のプリントされた写真をテーブルの中央においた。そこにはアランを含めた4人が写っていた。しかし、二人ほどバツ印がついていた。
「アランの前にチームメンバーッスか。このバツ印は?」
「わからん。が、端末の中に残ってた情報を見る限りはダイバーを辞めたってことがわかった。オレはこいつらの記憶を無くしたんだろう。履歴を見ると5年も付き合いがあった筈なんだがな。」
デッドギフトの代償は個人の記憶、絆だと言われていたことは知っている。しかし、それの当事者になるとまさかここまで深刻だと思わなかった。
遠くのテーブルに「デッドライン」と渾名されてるここらの有名人がいるが、一体どんな思いでダイバーを続けているのだろう、と考えてしまった。
「まぁまぁ、気にしても仕方ないっす!飲むッス!飲むッス!」
ニコが笑顔でジョッキを渡してくる。なんらかんら言って、セイジンはこのニコの明るさには救われる思いがした。
「まぁ、まだ時間はあるさ。焦らずいこうぜ。」
アランはそう言って、席を立った。用事があるとかで、明日また会おうと去っていった。
セイジンはまだ少し悩んでいるようだが、ニコはもう吹っ切れたように次の目標について考えていた。
「次はどこに行くッスかね。」
「まずは装備を整えないとな。あとはトレーニングと実践経験を積むことだな。」
「うーむ、やっぱりそうッスね。3層でオーダーを受けるってのはどうッスか?3層の装備も揃えたく無いっすか?」
「装備を整えるのはいいが、金はあるのか?あそこら辺の敵は強めだし、食糧カテゴリーのエネミーが多い。オレたちの解体技術が追いついてない気がする。」
「うぐ……。食糧っすか。生ものは扱いが難しいッスー。」
「3層到達を目標にしてたからな、稼ぎは2の次で来たから。ここいらで、じっくりと装備の強化なんかをしてもいいな。」
「では、3層の衛星都市が目的地ッスね。どんなところか全然知らないっす。」
セイジンは3層の衛星都市について端末で調べてみる。
【3層 衛星都市『アステリオス』】
・1つの街として成り立っている。
・3層にしては、かなり大きな規模を誇る。・表層都市に匹敵する発展をしている。
・階層の真ん中あたりに位置している。
・様々な施設が存在する。
・地上との交易も盛んである。
・地下資源が豊富。
・ダンジョン由来のエネルギー開発が進められている
・食糧資源が豊富であり、2層への輸出が盛んに行われている
なるほど、かなり大きな都市のようだ。3層のエネミーが凶悪じゃ無いならここに腰を落ち着けてみるか。
その話をニコにすると、ニコも賛成のようだ。
「ここのマスターに聞いたンスけど、3層で取れる食材はすごくて、ここに卸される食材でもメチャクチャ美味しいらしいッス!最も、こっちで食べるとメチャクチャに高いらしいッスけどね…。」
ガックリと肩を落とすニコ。一度だけ食べたことがあるらしいが、あまり流通していないらしく滅多にお目にかかれないらしい。
「なら、俺たちで手に入れたのをこっちで売ればいいんじゃ無いか?」
「ムーン、キャラバンみたいなことするッスか?なら、ヴィークルがいるんじゃ?」
「なるほど、ヴィークルか。とはいえ、オレは買う気がしないな。ニコもだろう?」
「誰か雇ってみるッスか?」
「後でアランにも聞いてみよう。問題ないなら、表層都市で2層か3層で活動しているのを雇ってみよう」
後日、アランの賛成もあって、表層都市で一度募ってみようと言うことになった。




