第17話 ウェポン屋と食事処
表層都市の目抜き通りを歩いているニコ、セイジン、アランの3人。一番前を歩いているニコにセイジンが話しかけた。
「おい、ニコ。キミは今どこへ向かっているんだ?」
「ンンぅ?いや、特に決めてないッス。」
「おい、早く言ってくれ。散歩するつもりだったわけか。そんなことなら少し寄りたいところがあるんだ。ついてきてくれ。」
セイジンはそう言うと、目抜き通りから少し逸れた道を歩き出した。土地勘が全くないニコはとにかくついて行くだけだ。アランは何となく、セイジンが行くさきに見当がついた。
道の先に一つ、ポツンと建屋が見えてきた。BBSと書かれた看板があり、中には大量の武器や防具があった。
「ああ、やっぱりココか。何か新しいウェポンを買うのか?」
「まぁ、そうだよ。俺がニコのサポートに回ることを考えてる。2層のギガントタンクを倒す段取りをしようと思ってね。」
不意に名前を出されたニコが不思議そうな顔をする。
「ワラヒのサポートッスか?ワラヒに何か問題があったッスか?」
「逆さ、オレがやれることが多い方が今後はいいと思ってね。ニコには攻撃に専念してもらって、俺は支援をしようかとね。まぁ、とにかく入ろう。」
そう言って、店の中に入っていくセイジン。ニコとアランがそれについていく。
店内はかなり広い間取りになっていた。そこかしこに様々な武器が立てかけてあり、ショーケースの中には防具がいくつも飾ってある。
ニコはまるで武装の海の中を泳いでいるような錯覚を受けるほどの量に圧倒されていると店の奥から、店主らしき男が声をかけてきた。
「はいはい、お客様はどのようなウェポンを御入用ですかー?こちら、おすすめはブレスオブファイアはいかがでしょうかー?」
銀色の髪を短く刈り上げ、青を基調とした作業着のような服に身を包んだガタイの良い男が愛想よく喋りかけてきた。既知のセイジンとアランを横に、初顔のニコに名刺を出し、それを端末で読み取ると、BBS《ベーシック ブラックスミス ショップ》オーナー、ブレイジング・ケイスケとあった。
「ブレスオブファイアってなんスか?」
「よくぞ、聞いてくださいました!使い捨てになっちゃいますけど、広範囲のエリアをウェポンスロットを通じて、敵味方を識別したマイクロミサイルが一気に攻撃を仕掛けるってウェポンでしてね!こいつのいいところは相手の装甲をある程度無効化する強力なナノマシン 由来の侵食性の攻撃と、その後に与える回避能力の低下、さらにはダメージもデカイってね。どうです、お守りがわりに一丁買って行きませんか?勉強させてもらいますよ!」
「やめとけ、ケイスケ。ニコはバーサーカーだ。戦闘中にそんな細かいことは出来ないよ。お前、そのブレスオブファイアを露骨に勧めてくるの悪い癖だぞ。それより、魔導書は置いてあったか?」
セイジンが横から口を挟み、渋々と引き下がるケイスケ。店の奥から言われた品を持ってくる。
「はいよ、セイジン。魔導書【シモンの覚書】ってヤツだ。一緒に魔術も買っていくか?」
「そうだな。味方のサポートができる魔術を一通り頼む。」
「なら、魔刃、倍速、怪力、竜鱗あたりでどうだ?攻撃と防御を底上げするヤツだ。」
「わかった、それで良い。いくらになる?」
「50CPってところだな。悪いが、値引きはしないぜ。」
ケイスケの言い値で支払うセイジン。後ろでやりとりを見ていたニコがセイジンの支払ったCPに目を白黒させている。ニコはそれだけのカネがあれば、何ができるだろうと考え込んでしまった。1CPで1ヶ月の食費になると考えると、4年は何もしなくても食うには困らない。最も、栄養カプセル計算なので味は無いが。
商人の娘としてある程度のカネのやり取りは見ているが、これだけの額をポンと支払ったダイバーは2層でもあまり見ていなかった。
「なんだ、ニコ?変な顔して。」
「いや、セイジンってお金持ちなンスね。いっぱい支払ってたッス。」
「別におかしくないだろう?なぁ、アラン?」
二人のやりとりを見ていたアランだが、これに関してはニコと同じ意見のようだった。
「2層到達者にしては、カネの使い方が豪勢だな。少なくとも、俺もニコと同意見だ。」
「投資だよ。この先、あって困ることはない筈だ。その分、稼げる筈だしな。」
堂々と言い切ったセイジンに対し、ニコとアランは顔を見合わせた。心の奥底で、「やっぱり企業出身は違う」と平凡な生まれの二人は思っていた。
「どうせなら、サイバーデッキも欲しかったがタクティカルデッキって在庫はあるか?」
「悪いな、そいつは無い。2層なら結構出回ってるって話だ。そちらで探してくれ。ブレスオブファイアならあるぞ?」
「そいつも2層のウェポンだろうに。何でそれだけはいつも在庫があるんだ…。まぁ、いいか。どっちにしろウェポンスロットの空きがないしな。二人は装備の調整とか改造はいいのか?」
二人とも、それぞれ問題なしと答える。アランは3層で買い込んだ装備を持ってるし、ニコは手持ちのカネが無いのだった。
用が済んだセイジンは二人を連れてBBSを後にした。
「そう言えば、ニコはプロミスに入って超人でも目指すのか?」
「えっと、プロミスって旧文明の脱却とか言ってる人たちっすよね?そんなこと考えもして無いッス。師匠にウェポンスロットの解放はしとけって言われたんで、そのために貯めようとは思ってるッスけど。」
「ああ、そう言うことか。確かに、解放した方がいいな。武器だけじゃなく、鎧なんかも必要になるしな。」
この世界の人類(異種族を含む)は例外なく、ウェポンスロットと呼ばれるナノマシン による外部接点を持っている。それを介して使うことで手にした武器をより精密に、より効果的に使うことができるため、ウェポンスロットを使用しないで武器防具は装備しないと言うのが一般的だ。通常、2つ解放されているが、ダイバーズオフィスで別に解放することができるが、これには大きな額のCPが必要なために多くのルーキーがぶつかる壁となる。
ニコが着用しているのは装甲服なので、その上にさらに装甲鎧を装備して戦力を強化できるが、まだCPかスロットが足らないと言うことだとセイジンは納得した。
ちなみに、装甲服があくまで着用するサイズであるのに対して、装甲鎧は3mサイズのロボットに乗り込むようなイメージに近く、その性能も高いが装甲服を着用していないと動かせないと言う欠点もある。もちろん、旧文明の技術をふんだんに使用しているため、ある程度のテックに関する知識も必要となる。
「防御をしないなら、盾だけ持つってのはどうだ?持ってるだけでも被弾が少なくなるんじゃ無いか?」
「うーん、ギガントハンマーがしっくりきてるから、それは丁重にお断りするッス。」
装備談議をしながら、ダイバーズオフィスに到着する。2層への出発予定のキャラバンがいつ出るかを確認するため、受付のリカに聞いてみる。声をかけると、カウンターに腰掛けていた人形のようなリカがセイジンたちに出発予定を話した。
「次のキャラバンは最短で3日後ね。あ、2層へ行くなら関係は薄いでしょうけど、ミーアって賞金首が3層で暴れてるんですって。2層へ降りてくる可能性もあるから、気をつけてね。どうも、エネミー化してるらしいから。」
「エネミー化って言うと、過剰死ってことか?」
「アンタたちは見たとこ、死亡回数はほとんどなさそうだけれど、気をつけるに越したことはないんだからね?」
セイジン達へ忠告するリカの顔には心配げな表情が浮かんでいた。素直に受け取るセイジンとニコだが、アランだけ表情を硬らせて少し離れたところに佇んでいた。
セイジンはアランが死ぬことを過剰に嫌がる、と言うよりも恐れているんじゃ無いかと考えていた。賞金首の経歴が元ダイバーということで少し考えが過ぎているんじゃ無いかと思い、声をかけた。
「アラン、もうエネミー化したんじゃ仕方ないさ。俺たちが悪いわけじゃ無い。考えすぎるのもよく無いと思う。」
「…ああ、そうだな。キャラバンが出発するのは3日後だったな?悪いが、俺は今日は宿でも取って休むとする。セイジン、お前さんの取ってる宿はどこだ?」
「ん?俺の宿はだいぶ安いところだぞ?もう少し良いところを紹介しようか?」
「いや、皆が集まっていた方が動きやすいだろう。ちょっと酒でも飲んでから行くつもりだ。端末に情報を送っておいてくれ。それじゃあな。」
口早く話すと、アランは酒場のある方へと歩き去っていった。セイジンとニコは何かおかしい気がしたが、それ以上立ち入るにはまだ浅い仲だと思い躊躇していた。
何か、冷ややかな目をしていたアランに投げかける言葉を探せなかった。1番の年長者でもあり、到達階層も3層で全員の中で一人1段回先に行っているダイバーでもある。彼に意見をするには二人とも、経験が足りなく感じていた。
「そうだ、お兄さん。ワラヒもお兄さんの宿にするっすよ!ぶっちゃけ、カネが足らないっす!!」
近場に泊まられるというのはプライバシーが侵害される気がしてあまり気乗りしなかったが、安宿でそれ以外を勧めようとすると途端に治安が悪いか、設備が最低限以下になるということで紹介のしようがなかった。やむなく、紹介して同じ方向へと移動する。
ニコは表層都市が珍しいらしく、空を仰ぎながら歩いていた。2層の衛星都市では流石に青空や星空などはお目にかかれない。VRで擬似体験は出来たが、本物というのはだいぶ違うとセイジンに興奮気味にニコが話しかけていた。
セイジンが泊まっている「シルバーモメント」に着く頃には、もうすっかり日は落ちていた。受付でチェックインを済ませたセイジンがついでにアランについて聞くと、まだ来てないようだった。ニコも受付を済ませ、セイジンの近くの部屋を借りることにした。「シルバーモメント」では食事は出ないので、せっかくだからアランの向かった酒場に合流することにして、アランに連絡をつけた。ややコールが多く鳴り響いたが、アランが出た。合流の旨を伝えると、問題ないとだけ答えて、酒場を教えてくれた。食事処兼、酒場の「メシヤ」という、表層都市なら有名な場所だったのでセイジンは迷うこと無くたどり着いた。
「アランは、っとあっちに居るな。」
アランは壁際の席で一人で飲んでいた。メシヤは繁盛していて、あたりにはダイバーと思われる武装した客が多かった。さりげない格好で、モンクやバーサーカーのような素手やそれに近い武装で戦える者がバウンサーとして雇われているようで、壁にもたれかかっている姿を散見した。
セイジンは有名なチームや、個人のダイバーが目に入っていた。表層都市ではちょっとした有名人の「デッドライン」のエルが飯を食っていたり、3日後のキャラバンで専任の護衛を務めている「ライダーズ」が4人ほど杯を交わしている。 駆け出しらしい人間と形容が難しいアザラシのケモのコンビが会話を弾ませながら食事をとっていた。
アランの席にたどり着くと、まずは飲み物をオーダーした。この店は食事も飲み物もピンキリで出してくれるので、かけるカネが高ければグレードの高い食事が行える。ニコはあまり慣れていないのか、セイジンと同じもので良いというので食事の好みだけ聞いてせっかくなので、企業にいた頃にオーダーしていたものを頼んだ。
「悪いな、一人で飲んでいるところに押しかけたようで」
「気にするな、俺も酒はそろそろ止めて食事にしようと思ってたところだ。どうせ食べるなら、人数囲んで食った方が楽しく食えるってもんだ。」
アランの言葉に少し気を使われている気がしたが、気にし過ぎても仕方ないと思いセイジンは素直に受け取ることにした。
ニコはやたらと「あの人強そうっすね!腕試ししたいっす!!」と声をかけようとしていたところを、慌てたセイジンに止められるということを料理が届くまで繰り返していた。
料理が届くと、ニコは見たことない料理に目を奪われたらしく大人しく席についた。それにやや安堵しつつ、アランの料理を見て話しかけた。
「随分とヘルシーだな。肉類なしか。宗教上の理由とかか?」
「いや、ちょっと前までは食えたんだがな。今は食えなくなった。歳のせいだろう。」
宗教は廃れて久しいが、プロミスの中などに少数だが存在はしていた。そういう理由ではないと聞いて、高級な肉料理を頼んだのは悪かったかなと内心では思っていた。その内心が表情に出ていたのか、アランはセイジンに安心するように話していた。
「気にするな、他人が食べている分には気にならない。」
「そうか、気を使わせて何だか悪いな。」
ニコは2層ではジャンクフードか栄養カプセルばかり食べていたので、肉料理というものに目を輝かせていた。
そんなニコを微笑ましく思いつつ、男二人も食べ始めた。セイジンとニコは緑龍のローストドラゴン、アランはキノボーとクライオニオンのグリルを食べていた。
「そういや、ニコ。キミのその一人称は何なんだ?2層では一般的なのか?」
「いや、そんなことないっす。ある日に思いついたもんで、特に深い意味はないっすよ。」
思っていたのと違う返答に思わず頭に手をやるセイジンだった。その後も話題はニコについて盛り上がった。兄が二人いて、両方ともにまともな商人になったが、店に素材をおろしてくれるダイバーがカッコ良くて、自分もダイバーになるために自己流の訓練をしていたらたまたま流れ着いた師匠が自分に稽古をつけてくれたおかげでバーサーカーになることが出来たとのこと。両親は猛反対だったが、すでに2層のエネミーを狩れる腕前になっていた手前、無理に辞めさせるのは諦めてくれていたなど、規格外の話が飛び出てきた。
「そもそも、何だその師匠って。」
「曰く、4層到達者と言ってたっす。師匠自身はドラゴンフィストだったッスよ。清廉潔白なプロミスとも言ってたッスけど。」
ドラゴンフィストは3層到達者がモンクからグレードアップでなれるジョブだ。それなりの実力者に教えを受けていたらしい。最も、セイジン自身は良いウェポンを装備できるカネとコネ、それが一番重要で使い手自身の技量はその次だと思っている。実際、性能の良いウェポンを拾えたおかげでのし上がったダイバーというのは枚挙に問わない。有名なダイバーの何人かはそうやって強くなったものも多い。
師匠の言いつけで、ジョブのランクアップをするために表層都市に行けと言われてきただけだったので、ちょうどチームまで組めてラッキーというニコだった。
「そういうセイジンは何でダイバーになったッスか?やっぱり、ダイバーに憧れて?」
「いや、オレの場合はそこまでカッコがつくものでもないな。端的に言えば、成り上がりの手段だな。」
セイジンは淡々と身の上話を語っていった。元々は企業側の生まれで、権力争いに負けた。だが、このまま終わる気はない。
「オレの目標は、5層到達のダイバーになってあいつらを見返してやる。5層到達者は6社評議会の議長と話を通せる力を持てるからな。オレは、再び企業の表舞台に立ってやるんだ。あの女の思い通りにしてたまるか。」
酔いが回ってきたせいか、最後は少し熱が入った言葉を吐いたセイジンにアランが喋りかける。
「5層とは、また思い切ったことを目標にしたな。自信はあるのか?」
「正直、ほとんど無いな。オレ自身ダイバーに向いてるとは思っていないしな。ただ、ニコがいるなら行けるんじゃないかと思ってる。」
「何も考えてないワラヒがッスか?」
セイジンは不思議そうに首を傾げたニコに、自信たっぷりに言った。
「そう、何も考えてないでダイバーになったんだろ?よほどのことが無い限り、ダイバーを続けられるんだろう。続けられるなら、実力だってついてくる。そういうニコなら、支え続ければ上に上にって上がっていけるだろうさ。」
セイジンがアランの目を見て話を続ける。
「もし、アランにも都合がつくならチームを組み続けてくれると嬉しいね。」
「…、ふん。俺にもやらなくちゃいけないことがある。それにお前たちを巻き込むつもりもない。俺自身の問題だからな。だが、お前らがチームを組んでいる間は手伝いくらいはしてやる。5層までついていくかは、すぐには答えは出せんな。」
「とりあえず、ついてきてくれるってことで良しとするか。ニコには回復役は必須だろうからな。手助けできるようなら、アンタの問題も話してくれ。チームだからな。」
肉を口いっぱいに頬張りながら、ニコが答えた。
「もぐもぐ、ワラヒは回復してもらえるならありがたいッスね!生傷絶えない戦い方なんで正直しんどいところだったッスからね!あと、ワラヒもアランのお手伝いするっすよ!」
セイジンたちが食事を終えて、最後に一杯飲んでいると店員からラストオーダーと言い伝えられる。酒場としては24時間だが、食事処としては終わりらしい。
すでに空腹が満たされたセイジンとニコは会計をアランに任せて、先に外に出ていた。さらっと額をみたニコは支払額にびっくりしていた。
店を出ると、雨が降っていた。
「おお!?これって、もしかして雨っすか!?凄いっすね!水が空から降ってるっすよ!!」
初めてみる雨に、ニコはテンションが爆上げになっている。セイジンは詳しく聞いたことはないが、そこかしこに雨を溜めるためのタライや鍋が置かれていた。浄水すれば飲める水が溜められるってことで並べているらしい。そんな話を酒場の話で聞いたことがある。
「俺には思いもつかないな。ここらの人間はたくましいよ。俺ならすぐに野垂れ死ぬんだろうな、ここでは。」
「案外、生き残るかもしれないっすよ。人間に必要なのはやる気っすからね。」
そんなもんかもしれないな。そうニコに答えて、セイジンは安宿への帰路についた。ニコとアランも雨に濡れながら、それぞれが借りた部屋に戻っていくのであった。




