第14話 狂戦士ニコ
画像生成AIでニコのイメージを載せました
ダンジョンの奥底で巨大なハンマーを振り回す戦士がいる。いや、それは戦士なのだろうか。
戦士としては、歪な戦い方に見えた。敵を倒すことしか考えていない動き方とでも言えば良いだろうか。
回避はするが、防御をしない。得物の巨大なハンマーは防御には全く向いていない。
回避も必要最低限であり、避けられなければ相手の攻撃を素手で受け止めていた。戦士は強化服を纏っているが、攻撃を受けた部分の下では内出血を起こしていて、体力を消耗する。それでもなお、前に前にと攻めていく。それは、眼前の敵しか見えていないような戦い方だ。
相対しているのは、1層の主の赤龍。牙と火炎ブレスを交互に繰り出して戦士を追い詰めようとするが、全身の鱗はひしゃげ、時折に脳天に振り落とされるハンマーの衝撃に意識を持っていかれて戦闘のイニシアチブを戦士に握られていた。それから数度の打ち合いの結果、戦士が勝鬨を上げた。ダンジョンに響き渡る声は、外見から想像されるよりももっと柔らかい女の子の声だった。
その戦士は、狂戦士だった。ジョブとして選ぶ人間は少数で、彼女はその少数のうちの一人なのだった。
表層都市のダイバーズオフィス。あの依頼はまだ残ってるか、この依頼を受けるから処理してくれ、と喧騒がやまない午前中である。
そこに、そこらの男性ダイバーを抜かす身長でズッシリとした装甲服を纏った女性、というよりはまだ少女の呼び方がしっくりくるあどけない顔立ちのダイバーが入ってきた。
周囲は騒然とした。その少女は先日、ここでこんなやりとりをしていたからだ。
「ええっ!?ワラヒ、到達2層じゃないんッスか?ほらほら、登録証は2層って書いてあるッスよ?ジョブランク上げられないンスか?」
「ごめんなさいね、規則みたいなものでもあるんだけれど。赤龍を倒して素材を持ち帰って初めて2層到達登録が完了になるのよ。なので、赤龍を討伐しに行ってもらえないかしら?」
「ならワラヒ、赤龍倒してきますッス!んで、ジョブランクを上げるッスよ」
“ワラヒ”という独特な一人称を使ったのはニコと言うダイバーだった。元々、苗字は持っていなかったので名前のみのシンプルな登録をオフィスに通している。
彼女は2層の衛星都市出身であり、登録そのものは2層でしていた。実際に2層で活動をしていたので、名実ともに2層到達のダイバーなのだがバーサーカーのランクを2に上げるために必要な処理があるということで、表層都市にまで登ってきたのだった。
背中には巨大な「ギガントハンマー」をくくりつけ、装甲服を装備している。顔の部分は開いていたが、フルフェイスの状態でも女性だとわかる豊かな胸を持っていることが装甲部の上からでも分かるほどだった。ギガントハンマーの巨大さと胸の大きさを天秤にかけて、「ヤバそう」と言うことで声をかけないダイバーが大多数であり、遠巻きにしてやりとりを見守っていた。
そうして、ニコは赤龍討伐を宣言した直後にオフィスを飛び出していったのであった。
オフィスを飛び出していったのは昨日のことであり、ダイバーたちの間では「2層出身のルーキー」として話題になっていたのであった。
そのニコがオフィスに唐突に戻ってきた。浮荷台に幾つかのエネミー素材を載せており、その中には赤龍の素材もあった。そう、単独討伐を成し遂げてきたのだった。
「いやー、フロアボスってのは強かったンスねー。ワラヒ、死ぬかと思ったッスよ。」
あっけらかんと話す口調とは対照的に装甲服には無数の傷があり、ただ正直な感想を言っているようであった。
単独での赤龍狩りは珍しく、駆け出しが成し遂げたのはここ数年ないことであった。単独討伐が本当に成功したと言うことが周囲に知られると、ダイバー達のざわつきが一層大きくなった。
ニコは周りが騒ぎ立てるのをポカンとしながら、「2層ではこんなことなかったから何だろう?」程度に思っていた。
元々、ニコはあまり深く考えない方だ。商人の両親が喜ぶと思ってダイバーになろうと思ったし(実際には危ないからやめなさいと泣かれたが)、ダイバーとしての師匠の言ってた通りにバーサーカーのジョブを選んで修行したくらいに考えない方なのだった。
ニコは2層で半年ほどダイバーとしての稽古をつけてもらい、師匠の言う通りにバーサーカーとしてジョブ登録した。師匠曰く、「武器を振るうだけしか出来んからバーサーカーが最も向いている。」と言われ、今に至る。
師匠はあえて言わなかったが、前衛の特に攻撃に関するセンスは2層でそのまま通じるだろうと言う卓越したものがあった。しかし、調子に乗りやすいニコのためにあえて語らなかった。
「本当に赤龍を単独で討伐したのね…。えっと、ニコさん。討伐おめでとうございます!これであなたは2層到達者と正式に認められ、ジョブランクも2へと上げられますね!」
「ありがとうございますッス!早速、ジョブランクを上げたいと思いますッス!!」
「ええ、そのためにはこの建物の中のジョブに関する施設に向かってください。場所はあなたの端末に転送するわね。」
ジョブのランクを上げるために必要なのはフロアボスの素材が必要になるが、その理由はジョブの能力のアップグレードにある。テックソルジャーのような装備も込みのジョブと違い、サムライなどは己の肉体のみでジョブ登録が可能となっている。バーサーカーもその一つであり、ジョブ登録施設で登録をすることで能力を使用できるようになる。これは、人類なら誰にでもあるウェポンスロットを経由して行われ、旧世代の技術の産物でもある。そのため、事前に訓練などをしてジョブの能力をスムーズに引き出せるようにしておくのが一般的であった。
ニコの場合はダイバーになるための訓練を自己流でやっていたところに、師匠が別階層から立ち寄った際にたまたま見かけたところから始まっていた。ウェポンスロットを通せばどんな武器でも使えるようになる。とは言え、師匠の訓練は過酷だった。武器が使えるなら十分と言い切って、いきなりの実戦訓練を2層で行ったのだった。そして、ニコもおかしかった。その訓練を普通のものだと捉えて、何も疑わずに邁進していた。師匠は戦い方と、武器の扱い方を教えながら後ろから回復支援を行い、形勢が危うければ殲滅までこなした。
そんなわけで、ニコは一般常識が若干欠けているダイバーとなったのであった。
オフィスの建物内にある、ジョブランク施設の前にニコは歩みを進めていた。ジョブランク施設はオフィスの通常受付とは異なり、人気はあまりないようだった。タイル敷の廊下を抜けた先に、受付のカウンターが見えてきた。受付の職員を見るや、ニコは大きめの声で話しかけた。
「バーサーカーのジョブランクを上げてくださいっす!」
「はい、了解しました。お名前と登録証明が可能なものを提示ください。」
元気よく、ハッキリとした大声で受付に喋るニコに静かに対応する受付職員。表層都市では珍しい「ゴーレム」種族であり、見た目と反して「異能」による力で動いている。目前の職員は限りなく人間に近い外見をしているが、どちらかと言えば少数派であり大多数はロボットと言っても良い外見をしているものが多数だ。
ゴーレムは稼働しているダンジョン内のプラントから生産され、表層都市にたどり着いたものがダイバーとして登録するものも少なくない。
その受付の横で、ニコのことを見定めるような視線を投げかける青年がいた。右目に被りがちなセミロングの髪を時折かき上げながらニコに声をかけてきた。
「そこのキミ、昨日オフィスで噂になっていた2層出身のダイバーか?」
「ワラヒッスか?たーぶん、そうかもしれないッス。ニコって言いますッス。そっちはどなたッスか?」
「おっと、失礼。オレの名前はセイジンだ。セイジン・クラだ。ダイバーで、サイキックディフェンダーでジョブ登録している。」
セイジンと名乗った青年はニコのことを爪先から頭までよく観察するように見回した。
「な、何か用でもあるッスか?何もなければ、ワラヒは2層に戻るんすけど。」
「ニコ、キミは2層で戦ったことがあるのか?」
「もちろんッス!むしろ、ダイバーになってから2層でしかほとんど戦ったことないッス。1層のエネミーは余裕すぎて困ったッス」
「そうか、その割には傷が多いようだが?」
「ワラヒのジョブはバーサーカーなんで、どうしても相手から何発かもらった方が調子が出るんスよね。」
セイジンはなるほど、と合点が入った様子だった。ニコはそんな話が聞きたかったのか、と納得して受付の方に向き直して手続きを進めていった。
その後も、セイジンはニコの方を見ながらその場に佇んでいた。
ニコはジョブランク施設でバーサーカーが2ランクに無事ランクアップ完了した。3層目で行えるジョブチェンジほどの劇的な変化はないが、基礎能力の向上を受けてより戦いに強くなった。ただ、罠に関しては全くの素人のままなので、師匠が言ってた通りに今後はチームを組む必要性を感じているニコだった。
ランクアップでカネを使ったので、早速ダイブして稼ごうと思って施設を出た先で、呼び止める声がした。
「キミ、先ほど自己紹介したオレだ。覚えているか?」
「…ぇ、もちろん覚えてるッスよ。」
怪しい返しをするニコにため息をつきつつ、覚えられていない青年セイジンが本題に切り出した。
「キミとオレでチームを組まないか?キミは防御面で不安を持っている。オレと組めば防御面は充実する。」
「あ、あのぅ。ワラヒ、ダンジョンの捜索とかカラッキシなんスよ。だから、お師匠さんの言ってた通りにダンジョンに詳しい人と組もうかなって考えてて」
「なら、安心したまえ。オレはダンジョンの捜索にも心得はある。赤龍討伐の方も済んでいる。ジョブのランクアップをしたところで2層そのものは未経験だがな。」
ニコは考えた。なら、いっか。
「あ、なら全然OKッスね!ワラヒはニコッス。よろしくお願いしますッス」
「まぁ、自己紹介は2回目だが良いだろう。オレはセイジン・クラだ。よろしくな、ニコ。」




