第12話 相棒
緑の茂る場所で、車両が走りながら後方に迫るエネミーと交戦をしていた。装甲車の窓を開け、両サイドから体を乗り出して戦っているダイバーがいる。バレリアとスカイがそれぞれの手に持った銃で運転席の外側にいるエネミーへと攻撃をしていた。
敵は爆弾スイカと猫バナナ。一見すると、見た目は凶悪なエネミーとは程遠いが、爆弾スイカは種を射出して、命中次第爆発する小規模な爆弾。猫バナナは無限にバナナの皮を放り投げては不条理なほどに滑る皮で転倒を誘ってくる。このくらいの相手ならバレリアは外に出たかったが、そうはいかない。目的地まで負傷をしないために乗り込んで消極的な戦法をとっているのが水の泡になってしまうからだ。
しかし、カタナを振るえないのはストレスだった。銃弾も通常弾だけだ決め手に欠けていた。スカイの方も、似たような感じだった。レーザーガンは装甲車に積んである大砲などと比べたら微々たる威力で、今までこれに頼ってダンジョンを探索していたのが信じられないほどだった。
普段の戦闘から比べると、だいぶ時間をかけた戦い方だったがエネミーの火力は装甲車の装甲タイルを多少剥がしただけで終わり、完封に近い形で勝利した。
先程のネクロマンサーとの遭遇戦で減っていたバレリアの弾薬の自動生成だが、ヒールバレットが特に時間がかかりそうだった。装甲車の弾丸もフル充填まではもう少しかかりそうだった。そのため、省エネ戦法をスカイが提案し、上手い方法も他に見つからずに実行している。前線に出るバレリアにとっては、ヒールバレットは文字通りの生命線のため残弾回復は優先事項となっている。次いで装甲車の弾薬回復も必要だった。そのため、今起こった戦闘ではエネミーが強力な相手ではないことを確認して最低限の消耗に抑える戦闘を行なっていた。
「あ、バレリアさん。装甲車の方が限界です。2時間ほど休憩取りましょう。」
「OK、わかった。しばらく休もうか。」
装甲車の稼働時間が限界に達し、待機時間が発生した。2時間ほどで完了するが、その間は車両は使用できない。ダンジョンの妨害プログラムが装甲車の操作系統に悪影響を及ぼしている。装甲車側で自動的に上書きするが、上書きが完了するまでに装甲車のセキュリティが2時間必要とするのだった。
次のエリアを越えれば目的地だが、強制的ではあるが休憩の時間となった。
エネミーの反応が無いことを十分に確認した後、装甲車は停止した。外部からの強制的な上書きでしばらくはここで待機するしかない。
「すいません、ここでしばらく休憩です」
「ちょうどいいさ。アタシの弾丸も生成にもう少し時間がかかる。」
休憩中にやることはお互いあまりなかった。武器のメンテナンスはテック製ウェポンの場合、ほとんど不要である。ほぼすべてのウェポンが何らかの自動修復機能を持っていることが多いからだ。
すぐにやることが無くなり、車内に沈黙が下りた。スカイがその中でバレリアに向かい話し出した。
「ぼくの両親はダイバーだったんです。二人とも2層でギブアップしたんですけどね。父がテックソルジャーで、母がテックドクターやってたんですよ。僕は、そんな二人を小さいころ見てたんで、自然とダイバーになるぞって。」
少し間を開けて、スカイが言葉を続けた。
「僕は実はテックガンナー志望じゃなかったんですよ。銃を使っては父がほめて、装甲服を母が買って用意してくれていて。お仕着せなんです、この装備。」
だから、ガンナーの装備を揃えるのは気が進まなかった。後ろで安全なところで銃を撃っているのは自分がなりたいダイバー像からかけ離れていた。
「バレリアさんに助けられたとき、僕はこの人みたいになりたいって思ったんです。」
「アタシみたいって、どういうことだ?」
「バレリアさんのスタイルに憧れたってことですよ。」
「アタシのスタイル?」
バレリアは疑問を頭に浮かべながら、自分の事を見下ろした。筋肉質な上腕、筋肉も脂肪もつまった胸、腰から足が伸びていくが人間とは異なり、いわゆる人魚のように脚部が一体となって人間で言う膝あたりから分かれている。
猫の特質は、耳と目、顔周りのバランスで体型的には直立したアザラシのバレリアである。
「いや、そっちじゃないです。ああ、バレリアさんの容姿は魅力的だとは思いますよ。」
慌てて弁明をするスカイ。その姿にバレリアは疑いの目を向ける。あたふたするスカイが続きを言う。
「あのですね、バレリアさんのダイバーとしてのスタイルですよ。オールマイティに戦うじゃないですか。」
バレリアはスカイの言葉に片目を上げて続きを促す。
「もちろん、もっと強い人も2層、3層到達者にいると思います。でも、僕の目の前でダイバーとして戦ったバレリアさんに憧れたのは本当なんです。」
スカイの言葉を受けて、バレリアはピンと立てた耳を触りながら照れた様子をみせる。
「そんな良いものでもないな。アタシは、誰でも組めるように合わせやすいようにウェポンを揃えただけだ。それでも、お前以外は組んでくれなかったがな。」
自嘲気味に言葉を吐く。バレリアはスカイも話の流れでチームを組んだが、すぐに解散すると思っていた。
「そんなだから、アタシのスタイルなんて1層くらいでしか通用しないだろうさ。…だから、お前を守りながら戦ってるって役割にすがってたのかもな。」
「すがる…?何にすがってたっていうんですか。」」
バレリアは遠い目をしながら、ぽつぽつと喋り始めた。
「スカイ、あんたを守ってる自分に意味を感じ取れたのさ。アタシはしっかりとチームの一人として動けているって、ね。」
バレリアはふう、と一息吐いて言葉を止めた。
「僕が装甲車に乗り始めて、態度がよそよそしかったのは…。」
「前線に出ても十分耐えれる装甲に、対個体のキャノンに集団用の迫撃砲。遠距離攻撃が出来て、集団戦もやれる。アタシの場所なんて、どこにある?」
バレリアは自分の悩みがようやく言葉にできたことを実感した。そう、スカイの態度や装甲車がどうということではなく自分の悩みが問題だった。あまりにもスタイルが似通ってしまった二人だから、自分がどう立ち回ってもスカイのデッドコピーになってしまうんじゃないかと意識があった。
バレリアの悩みを聞いて、スカイはしばらく声が出なかった。自分が憧れていたバレリアが、まさかそう悩んでいたとは思ってもみなかった。
スカイからすれば、バレリアは何事も動じずに器用に捌き、自分一人でなんとかしてしまう印象があった。だが、それはこちらの思い込みだとまざまざと知らされたのだった。
少し、間を開けてスカイは自分の中に生まれた思いをバレリアに素直にぶつけてみることにした。
「あの、バレリアさん。…僕は、バレリアさんの相棒になりたいのかもしれません。」
「…相棒?チームメイトとしてじゃなく、か?」
「チームメイトというよりは、ひとつの事に二人で一緒に当たるってことで。誰かがこのチームに入っても、僕はあなたの特別でいたいんです。」
スカイからの思わぬ”告白”だった。まさか、こんなところでそんな言葉を受けるとは思わない。バレリアは目を白黒させて「う、うん?」と返すしかできない。
「あれ?何かおかしなこと言いました?真面目に言ったつもりなんですが」
「いや、その…。アタシでいいのか。異種族だぞ?長年のサムライ修行でガッチガチの筋肉だぞ?それとも何か、アタシをからかってるのか。」
純粋な瞳でこちらを射抜いてくるスカイは、黙ってバレリアを見つめ続ける。
「わ、わかった。相棒な!降参だ、もう見つめ続けるのをやめろ!!」
バレリアはピンと耳を立て、短い尻尾をブンブンと振るわせながら叫んだ。それに対し、スカイは言葉をつづけた。
「頼ってください、僕の事。そして、こいつも。だって、僕らはチームなんです。お互いに隙間を埋めあうのがチームメンバーじゃないですか。ましてや、【相棒】ですよ?」
「お前、こんなこと言うやつだったっけか?」
「内心、我慢してただけです。装甲車が手に入ってから、僕自体の自信にも繋がりましたからね。ところで、バレリアさん。ちょっと提案したいことがあるんですよ。」
スカイはバレリアの目を見ながら、今後のチームとしてのスタイルを提案してきた。
「あのですね、バレリアさんに装甲車に乗り込んでもらって、弾丸を温存してもらうのはアリじゃないですか?」
スカイはバレリアが前衛を勤め続けるのではなく、装甲車がある程度負担をしても良いのではないかと提案してきた。
それは装甲車が前衛のようになり、ある程度ダンジョンを進む。装甲車に損耗が出てくればバレリアに前に出てもらってスカイは後ろに下がるというパターン。装甲車の消耗した装甲タイルなどを現状ダンジョン内での補充ができない。
バレリアは序盤は窮地になるまでは装甲車の中で温存してもらって、ここぞという所で前線に切り込んでもらう。装甲車は状況次第で前衛で負担を分け合うか、後衛で大破を回避して戦闘を継続する、と言うプランだった。
「今までと違うけれど、似たような戦い方です。どうですか?」
「普段はアタシが守られて、スイッチすればスカイを守るわけか。いいね。お互いがカバーしあうってところも良い。」
「なら、目的地につくまでは助手席に座っていてください。窮屈ではないですよね?」
運転席に座るスカイは装甲服を着こんだ状態で座れている。少々恰幅の良い体つきをしているバレリアだが、流石に装甲服を着こんだ成人男性並みにデカいわけではなかった。助手席のリクライニングを下げてもたれかかった。
「あぁ、ここはゆったりしてて中々座り心地が良いからね。安全運転でお願いする。」
「任せてください、僕は銃で狙い付けるよりも運転する方が性に合ってるみたいですから。」
二人が会話をしている間に、時間は流れていた。幸いにもエネミーは現れず、装甲車の待機時間が終了し、目的地に向けて出発できる状態になった。
装甲車の待機時間が終了しリブートし始めるモニターの文字群を見て、バレリアもスカイに頷いた。
「弾丸の自動生成も完了したみたいだ。行こうか、相棒。」
「了解です、相棒。」
お互いに頷いたあと、スカイは目的地へと装甲車両を走らせた。