第11話 遭遇戦
次のエリアに入ったバレリアは手近なエネミーへと切り掛かっていく。無機質な金属の床の上には動く屍体のようなマンイーターが2体と巨人が持つような大きさのリボルバーに6本の足を生やしたリボルバグがいた。
バレリアは最速で近づいたつもりだったが、ベースはアザラシのケモである。足が分かれている所が人間と異なり、実際の足の長さは同じ身長の人間の半分くらいしかない。そのため、一歩の長さが短すぎるのであった。惜しくも、先手を許してしまう。
「やっぱり斥候が欲しいな!」
バレリアの戦い方はカタナと銃のコンビネーションスタイルであり、出来ることなら接近して戦いたい。不幸中の幸いで、マンイーター2体が向こうからにじり寄ってくる。
マンイーターはダンジョンで果てたダイバーなどの人間の成れの果てと言われており、内部にはナノマシンが改造した人工筋肉が死した肉体を無理やり動かしている。そのため、この見た目に反して「生物」カテゴリーのエネミーである。
「全く、死んでもダンジョンで活動するなんてどんだけこの場所が好きなんだい!」
マンイーターの爪がバレリアの持つフォースカタナに受け止められる。フォースカタナの力場が逆にマンイーターの爪を削りとる。もう一体の攻撃も受け止めた体制から流れるように受けきった。2体のマンイーターに手傷を負わせたものの、致命傷には程遠い。
隣に割って入るように止まったスカイの装甲車にリボルバグの弾頭が当たるが、装甲タイルが多少弾けただけで止まった。
バレリアが叫びながら2体に向けて銃弾を放った。
「こんなところで起きてないで、さっさと眠るんだな!」
クラスターマイクロミサイルが発射され、空中で多数のペンシルサイズの弾頭に分かれウェポンスロットから流れた情報を元に自動的に攻撃対象を選択する。
多弾頭の小型ミサイルはマンイーターの各部で爆発を起こすが、肉体が半壊した程度ではマンイーターは歩みを止めない。そこにすかさずフォースカタナの1撃を1体ずつ当てて仕留めていく。
「同感です!ちょろちょろ動くな、大人しくしろっ!!」
スカイが近すぎたリボルバグに対して多少手間取ったものの、キャノンを当てて仕留める。リボルバグはバラバラに部品を飛ばしながらガラクタと化した。
バレリアがフォースカタナのスイッチを切り、柄の部分だけに戻す。あまり期待は出来ないが、いまだ1層のルーキーの身分ではこういった雑魚エネミーの解体から得られる資材も立派な稼ぎの一つである。
「うーん、弱い相手ってのも問題だな。稼ぎが少ない。」
「まぁ、確かに。」
バレリアのぼやきに、装甲車を降りてきたスカイが答える。それでも、二人は全ての対象から解体を終えて資源を手に入れた。マンイーターの場合は、資源というよりも回収したドッグタグに対して、ダイバーオフィスから報酬を貰えるという形ではある。死亡して行方不明になった場合、ドッグタグを回収することでダイバー登録から外されて死亡を確定させる。家族や友人が探し回ることもなくなり、捜索オーダーも必要がなくなるのだ。
リボルバグの方は、中古のバッテリーや金属パーツに需要がある。価格にすれば、どちらも同じ程度のCPだが、駆け出しにとっては貴重な稼ぎであった。
1層のエネミーは多くが駆け出しでも適切な対処ができれば怖がる事はない相手しかいない。後衛が前線で戦うことや、前衛が後で指をくわて見ているなどのおかしな行動をしなければ、消耗することも少なく進んでいく。
そんな場所でも、気をつけるべき相手はワンダリングエネミーと呼ばれる相手だ。どこからともなく現れ、倒したとしても一定の時間を置くと復活する。1層ではルーキーの登竜門的な存在である赤龍が有名だが、ダイバーを名乗るならまずはコレを倒せと言われるネクロマンサーもルーキーの間ではよく名前が挙がる。前時代のことを知るエルフあたりに言わせれば、テクノマンサーと揶揄されることもある。
外見はテック製のボディを持った寸胴のようなボディに3つの車輪がついた不格好な存在だ。だが、油断すると気絶した者をマンイーターへと改造するほか、既に改造しておいたマンイーターをどこからともなく呼び寄せてくるので、範囲の攻撃を持たないチームでは個々と戦うだけなら問題にならないのに、数の暴力を受けて全滅する可能性がある凶悪な相手でもある。
他にも彷徨う火星人、キマイラ、ワイバーンなど全7体が1層のワンダリングエネミーとして知られている。先人の経験から、ワンダリングエネミーは何らかの理由で1時間単位で出現の有無があるようで、ダンジョンに長居することが推奨されないのはコレが理由である。そして、ルーキー狩りが多く見られるのも1層だが、その理由が2層以降のワンダリングモンスターが強くなり、安全に狩りが出来ない事でもある。
ダンジョン1層目で低速で走る装甲車があった。その前を小走りのような歩幅で動くケモが先行していた。
その光景を見ながら、装甲車の運転席の中で左手をコネクターと呼ばれる装置につなげたスカイは一人言葉を吐き出していた。
「うーん、僕のことは頼りにならないかなぁ。前なら仕方ないけれど、今の僕ってそんなにやられやすいかな?」
スカイは悩んでいた。今までは、前衛と後衛に分かれて戦っていたが、装甲車に乗った今なら、前線に自分も出てバレリアの負担を減らすべきだろうと。
以前までは、レーザーガン1つだけで戦っていたのもあって後衛からチマチマと援護射撃をしていた。だが、今ならバレリアのポジションに立って攻撃に参加できる。そのために、偶然見つけた装甲車のオーバーホールをヴィークル専門のカスタマイズ屋に持ち込んで、キャノンと迫撃砲を追加したのだ。
しかし、それでも悩んでいる。スカイは悩みを思わず言葉に出していた。
「前線に二人で出るというのはバレリアさんのプライドを傷つけるのか…?」
要点はそこなのだった。
バレリアが隣にスカイが出てくるとあまり良い顔をしない。というより、はっきりと顔に出る。表情が読みにくいケモ族なのにわかる程度に。
スカイはそこまで頼りにできないのか、と落胆に近い気持ちを持っていた。ウェポンスロットを通せば、装甲車は手足のように動かせる。装甲車が信じられないのなら、自分も信じてもらえないのと同じなのではないか?
もっとも、バレリアはオールマイティに戦えるためソロでも1層なら問題ない腕をしていた。もちろん、先手が取りづらい、防具を身に付けていないから被弾が重なると辛いなどといった点はあったが、まだ問題になる程ではないこともあった。
「バレリアさん、一人でも大丈夫だからな。だから、僕を頼らないのか?」
装甲車を見つけたときは衝撃が走った。僕でもバレリアさんみたいに戦える、と。
そもそも、二人がチームを組んだのは初めてダンジョンに挑んだスカイの苦戦する後ろ姿を見かけたバレリアが助けに入ってのことだった。一人で攻撃、防御、回復までこなせるバレリアはスカイにとって、憧れのようなものを抱かせた。だからこそ、同じラインに立って戦えることが夢想した。手持ちのカネを全額使い切ってカスタムしたのだ。
ふと、両親の言っていた言葉を思い出した。
「スカイは銃のセンスがあるな!テックガンナーを目指しなさい。」
「スカイ、テックガンナーの装甲服はコレよ。」
「今更ながら、ウェポンスロットを通して戦うのだからセンスも何もないじゃないか。テックガンナーって後ろの安全圏からチマチマと戦えってことだよ。」
スカイは一人愚痴っていた。自分の両親は元ダイバーで、テックソルジャーとテックドクターの組み合わせだった。どうせなら、父親の近接強化装甲服を受け継いで、前衛で戦うことを願っていたが両親はいろんな理由をつけて自分にガンナーをさせたのだった。レーザーガンだけで戦っていたのも、いつかは近接強化装甲服を手に入れてテックソルジャーになろうと思っていたから貯蓄をしていた。
「バレリアさん、カッコイイなぁ。僕ももう少し度胸があれば、あんな立ち回りができるかな。」
遠距離武器を持ちながら、後衛に甘んじない。最前線で敵と踊るように攻撃をするカタナの一閃と銃撃。バレリアは自分のやりたいことを全て体現していた。
自分は後ろからチマチマ撃ってるだけ、そう考えるとダイブする時も気分が落ち込むのだった。
「とりあえず、今日はバレリアさんの足でまといにならないように頑張ろう!拒否されるまでは前線で一緒に戦うぞ!!」
バレリアにどう思われるかは分からないが、明確に言われるまではこのまま戦う決意をしたスカイだった。
その後は幸運にもトラップも発見できる程度であり、エネミーも出ないエリアが続いた。もっとも、バレリアは稼ぎが少なくなることに悪態を付いたが。
そろそろ、規模から言っても目的地にたどり着くはずだった。事前に渡されてたMAPも概ね違いなく進んでいる。
「後3エリアで目的地ですね、一本道みたいな作りしたダンジョンですからちょっと長く感じましたけれど。」
「なら、目的地で大方悪さしているエネミーを叩き切って終わりだな。」
のんびりした雰囲気を出していると、唐突にサビの浮いた金属門が壁に現れて開き出した。中から現れたのは、2体のマンイーターを従えた「ルーキー殺し」のネクロマンサーだった。
「へぇ、こんなところで出会えるとはね。一人前のダイバーの証明にその首もらおうか。」
「首っていうか、頭ですけどね。」
バレリアとスカイは瞬時に気持ちを切り替えて迎え撃つ体制を整えたが、どうしても敵の方の反応が早かった。斥候役がいれば、先に敵を見つけて先手を撃ったり、遭遇戦でも敵の動きを牽制してこちらに有利に進ませるなどが出来るため、ダンジョンに一人は欲しがられる存在だ。そういう意味では、このチームは欠陥が今回のダイブではモロに浮き出てしまっていた。
実戦で先手を取られるのは非常に厳しく、ネクロマンサー相手には最も取られたくない状況だった。なぜなら、相手はエネミーの数を増やしてくる。早速、マンイーターを2体呼び出した。コレで4体のマンイーターが前線に現れた。さらに、ネクロマンサーは背面のバックパック部を開き、ミサイルポッドから射出してきた。
「アタシを舐めるな機械風情がっ!」
ウェポンスロットを伝ってバレリアの持つフォースカタナに命令が届く。瞬間的に刀身が伸び、ミサイルに対して斬りつけた。その斬撃で二つに分かれたミサイルはバレリアよりも遠いところで爆発し無駄撃ちに終わった。
しかし、ネクロマンサーの配下が攻撃を仕掛ける。4体のうち、1体の攻撃を受け損ない爪の一撃を受けてしまった。
「バレリアさん!お前lえ、よくもやったなぁぁっ!」
集中攻撃を受けたバレリアの方に向いて、 スカイがキャノンで砲撃した。一撃で1体を粉砕したが、残る3体を倒すには手が足りない。バレリアがあまりにも近づきすぎているので、迫撃砲を撃てないせいだった。
「大丈夫だ、このくらいなんて事はない!」
バレリアがフォースカタナで攻撃したが、精彩に欠けた動きだった。マンイーターはネクロマンサーによって強化されていて、毒が爪から分泌されるようになっていた。そのため、バレリアの体は少しずつ毒に蝕まれていっているのだった。
それでも、1体仕留めたバレリアだがクラスターマイクロミサイルで攻撃するかは迷いが生じていた。この攻撃なら味方と敵を即座に見分けてマンイーターに攻撃できるが、この後も召喚され続けると流石に弾切れを起こす。なら、最大数になるまではカタナで凌ぐべきか。自分はそれまで毒を耐えられるか。
迷いながらも、切り伏せ続けるがさらに2体追加され、4体へと戻った。マンイーター単独で戦った時と違い、ネクロマンサーの強化改造が仕込んであり、装甲のようなものが施されていて、攻撃に対して耐久性が高められていた。
「キリがないな!使い所か!!」
バレリアが切り札のクラスターマイクロミサイルを放ったが、当たりどころが悪かったのか大きな致命傷を与えられずに終わってしまった。
「ついてないな!もう、弾切れだ…ッ!」
「バレリアさん、乗ってください!」
「まだだ!逃げるほど追い込められたわけじゃ。」
「いいから乗れ!逆転のチャンスはこれからなんだから!」
スカイの気迫に押されて、バレリアは疼く傷跡を抑えつつ装甲車に飛び乗る。装甲車の席は思ったよりも狭く、背後は銃器の管制システムやら何やらでいっぱいだった。
バレリアが乗り込んだのを確認し、スカイは装甲車を大きくUターンさせる。バレリアが口を挟んだ。
「おい!逃げるんじゃないんだろう?」
「もちろんですよ、バレリアさん。ちょっと距離が欲しかっただけですからね!」
距離を取ったと言っても5秒もしないうちに詰められる距離を空けて、砲台を後に向けるベイビーバス。合点が言ったという表情のバレリア。
「なるほど、そういうことか。」
「こういうことです!!!」
迫撃砲を撃ち込み、蠢く屍人達が吹き飛んでいく。多少の装甲ではこの威力を防ぐことはできなかったらしく、あちらこちらにスプラッタな光景が広がる。
残弾がなくなる頃には、ネクロマンサーの召喚は底をついたようだった。
こちらはミサイルを何度か撃ち込まれて、装甲タイルが剥げたが本体は無事なままだ。スカイが装甲車を操り、一気に距離を詰めていく。真正面からネクロマンサーを轢きネクロマンサーのボディが大きく凹む。そこに追い討ちでバレリアが助手席側のドアを開け放ち、ネクロマンサーの胴部にフォースカタナを突き立てた。
「てこずったが、これでアタシらもダイバー一人前だ」
「結構、被害が出ましたね。バレリアさん、体の方は大丈夫ですか?」
「急にテンション下がるよな、お前。ああ、なんとかなるだろう。」
ひとまず、ヒールバレットを撃ち込み病状を立て直す。しかし、ヒールバレットは外傷に対して効果のある弾薬であり、毒そのものを消し去ることはできない。そのため、毒が薄れるまで撃ち続ける羽目になり、こちらの弾も尽きてしまった。
「ああ、まいったな。クラスターとヒールが弾切れだ。通常弾はあるが、困ったな。」
「あの、正直なところ僕のヴィークルに乗るのはそんなに嫌だったんですか?」
「あ〜、いやそういうわけではなくってな。なんというか、だな。」
歯切れの悪いバレリアに対して、スカイは語気を強めて言った。
「僕が頼りにならないなら、ハッキリとそう言ってください!」
「はぁっ!?いや、なんでそうなる!?」
急な言葉に目を白黒させるバレリア。何か、盛大に勘違いしていることに気づき、バレリアは自分の思いを言葉にして伝えた。
「そういうわけじゃない、そうじゃないんだスカイ。アタシの意地だったんだよ。お前を守ってるのはアタシだっていう小さな見栄だ。初めて組めたチームの仲間に、アタシは役に立ってるって思いたかったんだ。それだけなんだよ。」
バレリアはその外見から、ダイバーになっても奇異の目を向けられることが少なくなかった。加えて、過去の経緯から男っぽい言葉遣いが仇となってあまり良い印象を与えることがなかった。そのため、ダンジョンダイブでチームを募ったり、募集に入ろうとしたが尽く断られてしまっていた。オールマイティなウェポン選択は一人で戦うためではなく、誰かの役に立てると思って、自分にも役割があると思っての選択だった。
バレリアの意外な言葉に、スカイは自分の考えが浅かったことに気付かされた。バレリアはソロ志向のダイバーとか、何でも一人でやれるダイバーとかじゃなくて普通のダイバーなんだと気付かされた。自分と同じ、ルーキーなんだと言うことに今更ながらに気付かされた。
それからは、バレリアも意地を張らずに装甲車の助手席に座っている。先程のエリアを通り抜ける前にスカイが提案したからだ。
「バレリアさん、僕が浅はかでした。僕は、バレリアさんが何でもこなせるから、僕は頼りにならないんだと思い込んでました。でも、そうじゃないって言うのなら、僕のヴィークルに乗ってください。乗ってる間なら、完璧に装甲車で守れます。弾丸の回復には時間がかかるでしょう?かと言って、ここに留まるのはワンダリングエネミーと会敵するかもしれないから悪手です。だから、移動しながら時間を効率よく使いましょう。装甲車の中から援護射撃だけお願いします。」
「…そうか、弾丸の回復を待ちながら進むわけか。だが、装甲車の弾丸はどうする?こいつも回復時間が必要だろう?」
「だから、僕もこいつで戦います。」
「なるほど、弾切れが起こらない銃で消耗を防ぎながら行くのか。」
「ええ、コレで指定目標地点まで進んで態勢を整えるんです。」
バレリアは提案を聞き入れて、助手席に座っている。スカイは操縦をしながらトラップの位置を探しているため、装甲車は歩くような速度で走るっている。懸命な横顔を見ていると、バレリアはスカイのことを見直していた。どこかで守るべき対象として見ていたが、そうじゃないんだと考えていた。
そう思うと、この車両の中も悪くはない。そう思っていると、底面から突き上げるような衝撃が車体を震わせた。
「すいません、罠があったみたいです。対人地雷だからそこまでダメージは受けてないと思うんですけど。」
「やはり、斥候が必要だな。ダンジョンには、絶対に必要だ。」
もしくは、自分がその手の技能に手を出すか?いやいや、そこまでしたら器用貧乏になるぞ、と強く自分を戒めるバレリアであった。




