第10話 バレリアとスカイ
主人公を別にしています。ケモと人間のペアです。
スカイのイメージ画像をいれました。
表層都市の中ではまずまずと言った酒場で軽めの食事を食べながら「…ふぅ」とため息をつくケモのダイバーがいた。他にも客はいるのだが、そのダイバーの周囲には人はやってこない。
外見は猫耳を生やし、直立歩行が可能となったアザラシ。花も恥じらう22歳の彼女、バレリアは悩んでいた。相方のスカイをどう扱うか。
バレリアとスカイは組んで日は浅いが、二人でチームを組んでいるルーキーダイバーだ。先日のダイブで二人は稼働していない車両整備工場の跡を探索し、かろうじて動く装甲車を見つけていた。元々、乗り物の類にはバレリアは興味がないから相方に譲り、テックガンナーのスカイは装甲車を手に入れた。それ以降スカイがちょっとおかしい。
弱腰の性格はどこに行ったのか、自信に満ち溢れた言動と行動をとっている。最も、装甲車の中にいる時だけだが。
「バレリアさん、無事に今回も終わりましたね。」
「アタイらなら、このくらいの仕事は軽い軽い。」
依頼が完遂でき、普段の行きつけの酒場に行くと、装甲車から降りてチョコチョコとついて来たスカイはいつも通りに戻っていた。
身長もあり、ガタイの良いバレリアはともかく、スカイはルーキー狩りにいつやられてもおかしく無い雰囲気をしている。
しかし、今日のダイブではスカイは違う面を見せていた。
今日のダンジョン入り口は人がそこそこに行き交っていた。朽ちたアーチ状の建築物に背を預け、バレリアは相方が来るのを待っていた。行き交う人々がバレリアの外見を見ては不思議そうな顔をして通り過ぎる。人によっては、二度見する者もいる。バレリアも自分の外見に多少の自覚はあった。種族はケモ。大昔にマザーAIが人類の奉仕種族として既存の動物をベースに作り出した。普通のケモは単一の動物の姿を取る。犬や猫、熊に羊というように。しかし、何の因果かバレリアは猫とアザラシがミックスされたような姿を持って生まれた。外見を馬鹿にされた事は1度や2度では済まないため、彼女は自衛手段を持った。すなわち、腕っぷしを強くして、力で黙らせる事を選択したのだった。
そんな幼少期を過ごし、腕っ節の強さを生かして酒場のバウンサーをしていた事もあったが、より稼ぎが良いダイバーに転職をしたのだった。有り金をはたいて、フォースカタナという棒状の柄の部分から光の刃を形成する武器と、複数の弾丸を撃ち分けられるマルチガンを両手のウェポンスロットにそれぞれ装備したサムライとしてダイバー登録をした。サムライとしての技量は完全な独学だったが、オフィスの職員からは筋が良いとお墨付きをもらっていた。
暇を持て余すようにフォースカタナの柄を弄んでいると、リストバンドで留めている端末が鳴った。
「バレリアさーん、お待たせしましたー!」
端末のコールに出ると明るい声色で、バレリアを呼ぶ声が響いた。しばらくすると、正面からエンジン音を鳴らしながら走ってくる装甲車があった。声の主は相方のスカイだった。二人は今からダンジョンにダイブする予定だった。装甲車の運転席のドアを開け、テック製の装甲服を纏った18歳前後の青年が降りてくる。
「バレリアさん、今日のダイブはボクも前に出ますね。しっかりとバレリアさんの事は見ていますから、お邪魔にはなりません!」
「まぁ、アタイの戦いを邪魔しないなら、勝手にすれば良いさ。」
バレリアは内心、彼が前線に出ることに対してモヤモヤしたものを感じていた。言葉にしようとすると難しい。装甲車の隣を歩きながら、ダンジョンに入る。
ダンジョンの中に入ると、目の前に通路が奥へと続いている。その通路をスカイの乗った装甲車に随伴しながら進んでいくと、前方から銃撃を足元に受ける。
「ヨォし!そこで止まりなルーキー!!命が惜しかったらあr」
ドォオンッ!という砲撃の強烈な音が鳴り響き、周囲を囲もうとしていたルーキー狩りの半分が吹っ飛んで行った。即死ではないが、身動きが取れない程度に戦闘不能へと追い込んでいた。砲撃の元は隣にいる装甲車からのものだった。
「死にたいなら、もう1発撃てるけれど。どうします?」
「ひっ、ば、馬鹿野郎!なんで装甲車なんかに迫撃砲なんて積んでるんだ!」
「了解しました。撃ちますよ。」
「や、やめろ!止まれ!」
ルーキー狩りの連中は装甲車は売れると思ったのだろう。しかし、よく観察するべきだった。装甲車の大きさに似つかわしくない迫撃砲、主砲が装備されているところを。スカイは因縁をつけられた瞬間に追撃砲をかまし、死にたいならもう1発撃てるけどどうする?と啖呵を切って見せた。
バレリアは「これは、アタイの領分じゃ無いか?」と思いつつも、顔には出さない。最も、表情を見分けられるのは同じケモくらいだが。
いつものスカイなら、こんなことが起こった瞬間にバレリアの影に隠れるようなところがあった。しかしどうだ、この展開は。いつもと真逆のことをスカイがしている。
結局、10人前後で囲もうとしていたルーキー狩りは逆に半数を戦闘不能に追い込まれ、10 CPで手打ちにされていた。
「畜生!お前らなんか、フロアボスに絡まれて死んじまえ!!人間のクズども!!」
「もう1発、撃っておきますか。」
「ひぃ!撤退!撤退ーっ!」
動けるものが動けないものを担ぎながら、ダンジョン入り口に走ってく。バレリアは端末に残した動画を確かめつつ、ルーキー狩りたちをオフィスに通報しておく。最も、この程度の連中なら自力でどうにかできなければ、ダイバー稼業は難しいと思いもしたが。
その後は、二人とも慎重に進み始めた。このチームには斥候役がいないので、素人なりに最大限に気をつけながらトラップなどを探し進んだ。斥候がいない理由は単純に集まらなかったからである。朽ちた金属の天井、鏡面の床、動かなくなっているセキュリティロボットたち、ありとあらゆるものを警戒した。そのおかげで、歩むペースは遅い。
「おや、どうするスカイ?この先は行けない見たいだね。」
「仕方ないですね、僕は降りてこの先でテレポートさせます。」
二人の目の前には通路が瓦礫で塞がった道があった。しかし、瓦礫には隙間があり人間大のサイズなら何とか先に進めそうだ。スカイは装甲車を降りると、若干オドオドしつつ、バレリアの後ろをついて行った。
特に罠があるわけでもなく、瓦礫の先には車両が走れる空間が広がっていた。
「それじゃ、テレポートさせますね。来い、「ベイビーバス」」
バレリアは「ベイビーバスって名前にしたのか、意味がわからん」と呟きながら、光の粒子が収束して装甲車が現れたのを見届けていた。
車両に分類されるものは、ダンジョン内では著しい機能制限を受ける。表層都市では無限に動ける車両だが、ここでは稼働時間、待機時間、呼び出し回数の制限があり、連続運転可能な時間と待機して稼働のためのエネルギーを蓄積する時間、登録している乗員の場所へテレポートさせる呼び出し回数が車両のフレーム毎に決まっている。
装甲車は車両の中では性能が低い部類だが、代わりに稼働時間や待機時間はダンジョン探索で有利なタイプだった。呼び出し回数も3回で、どこかでエリアを通れなくて置いていったとしても、呼び出すことでリカバリーが効いた。これが2回だと、ダンジョンに入った時に1回、呼び出し可能エリアで別に呼び出すとその先に別の侵入不可エリアがあった時に非常に厳しくなる。なので、途中のエリアは徒歩で歩くか、もう侵入不可はないと賭けに出るかとなる。
スカイは呼び出した「ベイビーバス」に乗り込むと、バレリアの歩調に合わせて進み始めた。
「やっぱり、探索ができる人をチームに誘いたいですねぇ。」
「あぁ、確かにな。できれば、ニンジャとかダンジョンハッカーあたりだと良いな」
二人とも、全くというわけではないがダンジョン探索は得意ではない。それぞれ得意分野は違えど、戦闘向けの能力が売りのジョブなのだ。ジョブによってはダンジョンの探索に役に立つ特殊能力を持つものもある。
「ダンジョン知識があるやつを募集したい。ジョブで探索に利用できる特殊能力を持つものもいるが、最終的には個人のスキルが物を言う。」
バレリアはフォースカタナの柄を持ち、マルチガンを構えながらスカイに求人内容を伝えた。
彼女はフォースカタナとマルチガンをそれぞれに持って戦うスタイルで、基本は近距離だが、エネミーの後方にヒーラーがいた場合などにもマルチガンを使う事で対応できる。他にも負傷治癒するナノマシン が仕込まれたヒールバレット、小さなクラスター爆弾弾頭が範囲の敵と味方を選んで攻撃するマイクロクラスターミサイルを持っていて、遠近両用かつ自己完結した隙のない武装をしていた。
スカイはテックガンナーの索敵強化装甲服を纏っている。遠距離武器を用いたときに有利になるが、ウェポンはレーザーガンしか持っていない。単純に、それしか持っていないだけである。連射性に優れているので、装甲が薄い相手にはかなり有利だが、分厚い敵になると途端に弱くなりがちな武器である。
なお、弾薬は基本的に補充の必要はない。弾倉内部のナノマシン が勝手に増殖し、弾丸を装填していくからである。ちなみに反テック。異能集団「プロミス」の縛りの中でも弾薬の使用は許されている。この世界の銃器の弾丸は尽きることはほぼ無い。
装甲車などの車両の場合も基本的には同じだが、質量の問題なのか初期装填数に対して、回復はゆっくりだ。なので、弾切れを戦闘中に起こすこともあり得る。逆に、入り口のダイバー崩れを制した時に迫撃砲を撃ったのは、1発2発は今後、別のエネミーが出るエリアまでには回復するだろうと言うスカイの思惑もある。
「さてさて、どこにプラントはあるんでしょうかね?」
「最悪、総当たりしかないな。本当に、斥候が欲しい。いてくれれば、そんなことしなくても良いんだからな。」
今回のダイブのオーダーは良くある部類で「特定施設の再稼働」だった。表層都市の酒場のマスターが個人で所有している水の生産プラントの調子が悪いので見てきて欲しいと言うことだった。
1層は水などの液体資源は直接プラントそのものから配管を通して地上まで出していることが多い。大規模なプラントが発見されれば都市が確保するが、個人用途程度の生産量の場合、発見者がオフィスに座標を売りつけ、それを地上の一般人などが購入する場合が多い。その水で売り上げを作れる酒場や食事処などで需要が高かった。
オフィス受付のリカは「大方、生産プラントにエネミーが住み着いたんでしょ。生物系が住み着いたなら、汚染されたりして調子が悪くなるんじゃない?」と言っていた。
「バレリアさん、装甲車に席が空いてますから乗りませんか?不意のトラップでも装甲車の中にいれば安全だと思いますよ。」
「悪いが、アタイは徒歩が性に合ってる。気持ちだけ受け取っておく。」
バレリアは、やはり悩んでいた。さっきの言葉は本心では無い。今まで、守ってた相手の立場が逆転したような気がして、それを素直に受け入れられないのだった。
そんな考え事をしていたら、トラップが発動した。古典的だが効果的な「落とし穴」。気がついた時には中空から真っ逆さまに落ちるところだった。壁が近ければフォースカタナを突き立て落下速度を減らすことも出来たかもしれないが、今は距離がありすぎてダメだった。
「バレリアさん!」
スカイの声が遠く感じた。と、同時に穴の底に思いっきり体を叩きつけられる。確かに、意地を張らずに乗っていれば良かったと思った瞬間だった。
両足の骨折と、内臓にも少なく無いダメージを負っているようだ。なんとか、無事な右手を動かしてマルチガンを自分に向ける。手のひらのウェポンスロットを通して、マルチガンの弾倉がヒールバレットに変更される。まずは胸に1発、次にそれぞれの足に1発ずつ回復弾を撃ち込んでいく。あたった瞬間だけ、痺れるような感覚があるがすぐに回復効果が発動し、骨折がゴリゴリと音を立てるかのように治っていく。喉の奥から逆流してきた血反吐を吐いて、自分の体の調子を確かめる。とりあえず動くのには問題はないようだ。
「すまない!装甲車からロープを垂らしてくれ!!登るには手掛かりがなさすぎて難しそうだ!!」
「了解です。ちょっと待っててくださいね!」
ロープが来るまでの間、自分が落ちたことでスカイの装甲車は落ちる前に気がつけた。と言うことにして自分のミスは置いておくことにした。
「すいません、トラップを見つけられなくて…。」
「気にするな、やはりアタイ達だけじゃダンジョン探索は難しいな。表層都市に戻ったらニンジャかダンジョンハッカーの人員を募集してみよう。」
落ちた穴は5mくらいの深さがあった。ルーキーの自分達だとこの穴から這い出るのも一苦労だが、3層到達者にもなれば余裕でかわせるのだろうか、と考え込むバレリアであった。
不幸中の幸いで、落とし穴は装甲車でギリギリ避けられる位置だった。最悪、ここに置いていって別エリアで呼び出しを行うことも考えられたが、運が良かった。
「次のエリアにエネミーがいますね。装甲車の方で反応を検知できました。」
戦闘になるのでバレリアは先陣をきるつもりだ。やはり、スカイに先陣を切らせるつもりにはなれない。
装甲車の中のスカイは何事かを言いかけたが、飲み込んでバレリアの後についた。