トモくんvsマイケル
月曜日の朝
昨日買った服の中から、トモくんがコーディネートする。
「進は背だけは高いから、シンプルな組み合わせでもいい感じになるな」
白のロング丈のタンクトップに、ネイビーの七分袖ニットを重ねて、下には黒のスキニーパンツを合わせることになった。
トモくんいわく、ネイビーのニットの裾からタンクトップの白を少し見せるのがポイントらしい。
「ネイビーと白は爽やかさを出す抜群の組み合わせだから、覚えておけよ」
シャワールームにある鏡で自分を見る。
なんだか落ち着かない。髪も服も、それらしい感じになったけど、違和感がある。
すると、トモくんがいつの間にか隣にいて、足元を蹴ってきた。
「おい、猫背になってるぞ。それは絶対に直せよ。せっかくのイケメンが台無しになるからな」
昔から怖いときや、緊張するときに猫背になる癖がある。
学校に行って、みんなから変な顔で見られたらどうしよう。「似合ってない」とか言われたら…。
誰も俺のことなんか気にしないとは思うが、みんなの視線が気になってしまう。
初めてのイメージチェンジに、自分が一番戸惑っているのだ。
ドキドキしながら大学に向かった。しかし、教室に入って席に着くまで、誰からも何も言われなかった。
安心したような、少し寂しいような、複雑な気持ちになった。
しかしそれも束の間のことで、すぐに憂鬱な気分になる。
左隣に秋山と速水さんが座ってきたのだ。
秋山がいつものように、俺を挑発してくる。
「あっれー?進くん、なーんかかっこよくなっちゃったんじゃないの?少し遅い大学デビューおめでとう!」
本当に鬱陶しいな。なんでいつも俺に絡んでくるんだ。
「でも、ちょっと残念な感じだな。髪型がオシャレすぎて、顔が負けてるよ。次は整形でもすると、少しは良くなるかもな」
秋山が俺を罵倒する間、速水さんは無言だった。
反論しようと思ったが、その通りかもしれないと思い、何も言い返せなかった。
俺はトモくんやガク、速水さんのように大きく綺麗ならわ目ではない。細く、つり上がっていて、昔からよくキツネに似てると言われてきた。
図星を突かれて、少し落ち込んだ。すると、足元から小さな声が聞こえた。
「進、気にするな。お前の顔はいい顔だよ。髪型も、今までよりずっと似合ってるからな」
……え?リュックを右側にずらして、こっそり中を覗くと、
「…ょぉ」
…やっぱり。また入ってたのか!!
秋山たちに気づかれないように、口パクで、
“なんできたんだよ”
と言う。するとトモくんは、小さな声で言う。
「お前が心配だからだよ」
トモくんの本心はわからない。本当は、単に退屈だからついてきただけかもしれない。
でもその言葉は、長い間友だちがいなくて孤独な大学生活を送っていた俺の心に、深く染み渡ってしまった。
トモくんは憎めない存在だ。俺はまた口パクで、
“大人しくしてろよ”
そう一言だけいって、リュックを閉めた。
その後、教授が来て講義が始まった。
その日は映像を観ることになり、教室が一気に暗くなる。
すると突然、足元で小さな声がする。
「おい、お前がいるのはわかってる。早く出てこいよ」
一瞬トモくんがリュックから出たのかと焦ったが、よく聞くと、トモくんよりも低音で落ち着いた大人っぽい声だ。
こっそり足元を見ると、俺のリュックの前に小さな人が立っていた。
すると、リュックのチャックが開いて、中からトモくんが出てくる。
「久しぶりだな、マイケル」
暗くてよく見えないが、そこにいるのはマイケル人形のようだった。
「お前は相変わらずバランスが悪いな。顔がでかいし、脚も短いし」
マイケルがトモくんを挑発する。なんだか秋山に似てるな、と思った。するとトモくんは、
「確かに俺の脚はお前よりも短い。でも、お前は老け顔だ。俺と同い年の設定のくせに、俺よりずっと老けて見えるぜ」
「老け顔?大人っぽいって言えよ、ガキくせぇ顔のくせに!
それに、俺の持ち主はかっこいい大人だからな。俺が大人っぽくなるのも仕方ないだろ。
それに比べてお前の持ち主はずいぶん芋っぽいな。だからお前もださいのか」
そう言ってマイケルが笑うと、トモくんは一気に熱くなって、
「おい!!!訂正しろ!!!進は芋っぽくなんかない!!」
急に声を荒らげたので、俺は慌てたが、幸いにも周りの人たちはみんなスクリーンに夢中で気付いていないようだった。
「芋に芋って言って何が悪いんだ。本当のことだろ?
女にもモテなさそうだしな。
俺の玲はオシャレで、いつも周りに女が寄ってくるぞ」
俺はハッとした。玲、速水 玲…。マイケル人形の持ち主は速水さんだったのか…。
俺が衝撃の事実に驚いている間に、小人たちの言い合いはヒートアップしていった。
そして気づいた時には、二人ともペンを矛のようにして抱えていた。
トモくんが挑発する。
「その老け顔にふさわしい髭を描いてやるぜ」
それに対してマイケルが、
「お前こそ、少しでもオシャレになるように、ハート柄でも描いてやるよ」
…いやいや、顔にペンはダメだ!!!絶対に!!
急いでトモくんを掴んでリュックに閉まった。すんでのところで最悪の事態を免れると、ホッとした。
流れていた映像が止まり、部屋が明るくなる直前に、マイケルは捨て台詞を吐いていった。
「お前たちは俺たちに勝てない。絶対にな」
それは、俺の敗北に確信を持っているような、強くて不気味な言い方だった。