トモくんの好きな人
午後11:30
部屋に帰ると、リュックからトモくんを取り出し、ドールハウスの前に置く。
「はぁー、疲れた。1日中リュックの中だったから、体が固まっちまった」
そう言って、トモくんは思いっきり背伸びをする。
「今日も飯一緒に食うか?」
そう聞くと、
「あぁ。でも汗臭いから、先にシャワー浴びてくるよ。俺の分も残しておいてね」
そう言って、正面のドアを開けてドールハウスに入っていった。
汗臭いって、人形なのに汗なんかかくのかな。それに、シャワーって、ドールハウスのシャワーはおもちゃなんだから、体なんか洗えないのに。
なんだかおかしくて、思わずクスクス笑ってしまった。
しかし、コンビニの弁当を出して、コップに麦茶を注いでいると…、
ジャー、ジャー、
なぜか水の流れる音がする。一応シャワーとトイレ、台所を見るが、水は出ていない。
まさかと思って、ドールハウスの正面の蓋を開くと…、
バスルームでトモくんが猫足のバスタブの中に入ってシャワーを浴びていた。しかも、ちゃんとお湯も出ている。
「な、なんで?ドールハウスに水道はつながってないのに…」
俺が驚いていると、トモくんは少し照れて、
「おい!!シャワー中だぞ!!!覗くなよ…」
そう言って、バスタブの中に隠れた。
「あ、悪い…」
俺はすぐにドールハウスの蓋を閉めた。
命が宿ったのは、トモくんだけではなかったらしい。ドールハウスにも宿ったのだ。
ただのお飾りだった家具が、すべて使えるようになっていた。これはやはり、魔法がかかったとしか言えないような気がする。
ドールハウスから離れて周りを見渡すと、あまりにも残念な部屋。華やかなドールハウスの中とは正反対で、俺の部屋は古くて小さいし、小さなテレビと布団と折りたたみテーブルのみなので、殺風景だ。
「いいなぁ。俺もドールハウスの中でも生活したい」
そうつぶやく。速水先輩は実家が金持ちっていう噂だから、多分豪華なマンションとかに住んでいるんだろうな。そう思っていると、
「お前の部屋も、俺んちみたいに豪華にすればいいだろ」
バスローブ姿のトモくんが出てきた。
「あ、でもな、お前の部屋の方が勝っているものが一つある」
「え、何?」
俺がそう聞くと、
「寝床だ。俺のベッドは固すぎる。進の布団のほうが柔らかいぞ。俺のベッドに綿を入れてくれよ」
「俺、裁縫は全然できないんだ。人形用のふかふかなベッドが売られてないか、見てみるわ」
「あぁ、よろしくな。はぁー。きっとマイケルはでかくてふわふわなベッドで寝てるんだろうな〜。
そしてきっと、ジェシカちゃんに腕枕とかしてるんだろうなぁ…」
「そういえば、“愛しのジェシカちゃん”って言ってたけど、トモくんのガールフレンドはミカちゃんだろ?」
そう言うと、トモくんはすごい勢いで首を横に振った。
「違う。確かに“トモくん人形”はそういう設定だけど、俺はミカちゃんのことは好きじゃない。
おもちゃ屋さんで棚に並んでたとき、通路を挟んで向かい側の棚にジェシカちゃんがいたんだ。
脚が長くてスタイルはいいし、小麦色に日焼けした肌もセクシーだし、なんといってもあの顔だよなぁ!!目が青くてきれいで、とにかく美人だ!!
毎日見つめ合ってたんだよ。多分ジェシカちゃんも俺に気があったんだと思う」
そう言いながら、トモくんはニヤニヤしていた。
「そんなに好きなのか…。でも女の子の人形を買うのはちょっと抵抗がある…」
そういうと、トモくんは真剣な顔になって、
「俺、進の手伝い一生懸命頑張るからさ!!家事も、できることならなんでもするから、うまくいったらジェシカちゃんをお迎えして!!頼む!!!」
いつもは偉そうなトモくんが、俺に頭を下げている。
これが恋の力か…。そう思った。
「まぁ、上手くいったらな」
そう返事をすると、トモくんが飛び上がる。かなり喜んでいる。そしてテーブルの上を走り出し、弁当にあったプチトマトを両手で持つと、リフティングを始めた。
なんか、おいしいエサをもらってはしゃぐハムスターみたいだな。…かわいい。
しばらく俺は、はしゃぎまわるトモくんを眺めていた。