去年のミスターK大
「ミカのかっこいいお友達を紹介するわ。近所に住む、トモくんよ」
「やぁ、こんにちは」
「トモくんはピアノとリフティングが得意なの。それに、とっても優しいの」
「みんなも僕と一緒に遊ぼう!」
けっ。どこが“とっても優しい”んだ。
TVのCMを見ながら、心の中でツッコミを入れる。
俺の家にいるトモくんは、CMのトモくんとは別人のように思える。
「本当にボサボサで、鳥の巣みたいな頭だな」
「センスのかけらもない」
「笑顔が不気味だ。もっと爽やかに笑え」
などなど、本当に遠慮なく失礼なことを言ってくる。それに、いつも偉そうだし、自分のことを“僕”なんて呼ばない。
トモくんじゃなくて、ミカちゃんのパパ人形を買った方がよかったかもな…。
すると、トモくんがベランダから顔を出す。
「おはよう!お前、今日髪切りに行くのか?」
トモくんは、グレーのポロシャツに、ネイビーのテーパードパンツを履いている。髪もサラサラで(人形だから当たり前か)、朝から爽やかだ。見た目だけは…。
「いや、今日も授業の後すぐバイトだから行けない。明後日の日曜日は何もないから、そのときいくよ」
早くトモくんから離れたくて、支度を急いだ。
家を出る頃には、トモくんは自分の部屋に戻ったらしく、姿が見えなかった。
「行ってきます」
一応声をかけるが、返事はなかった。
無視かよ…。本当に嫌な感じだな。
教室に向かう途中、嫌なやつらに遭遇した。
「おぉー!進くんじゃん。ミスターコンテストに出る準備は始めたの?
あぁ、自然体が一番だと思っているんだよな?ま、進くんにはそのボサボサ頭が一番似合うよ」
そう言って、俺の髪を勝手にわしゃわしゃと触ってくる。朝から本当に鬱陶しいやつだ。
「触るな」
秋山の手を払い除ける。
「おーこわいこわい。そうやって強がってんのも今のうちだぞ。お前なんて、優勝どころか入賞すらできないからな」
すると、すぐ後ろにいた速水さんが前に出てきて、
「秋山、あんまり挑発するなよ。怒らせて、出場を取りやめたら残念だろ。
田口くん。俺は楽しみにしてるよ。今の冴えない格好から変身できるのか、知りたいからさ」
そう言い残して、二人は去っていった。
教室に入り、席に着くと、また隣になごみが座ってきた。
「先輩、この講義もとってたんですね。隣座ってもいいですか?」
「もちろんいいよ」
そう言うと、なごみは嬉しそうな顔をして、ペラペラと喋り出した。
好きなお菓子の話とか、おいしい定食屋の話とか、他愛のない話だ。楽しそうに話すなごみの顔を見てると、なんだか癒される。かわいい孫を見て癒されるおじいちゃんの気持ち、みたいな感じかな…。
そうしているうちに教授がきたので、俺は横に置いてあるリュックを開けて、筆箱を取り出そうとした。
すると…、
「……ょぉ」
俺は驚いて、筆箱を出さずにリュックを閉じる。
なぜだ…。おれ、トモくんをリュックに入れたのか?
もう一度、こっそりリュックの中を覗くと、やっぱりトモくんがいる。トモくんは小さな声で、
「暇だからついてきたんだ。別に悪いことはしないから、気にするな」
そう言った。
隣のなごみが、
「先輩どうかしましたか?」
と聞いてきたが、
「いや、なんでもない」
そう言って誤魔化した。
講義が終わるとすぐに教室を出て、人気のないところに移動して、リュックを開ける。
「お、終わったか?」
トモくんは、爽やかな顔でそう言った。
「勝手についてくるなよ。人に知られたら、俺が人形を連れて歩く変なやつだと思われるだろ」
「大丈夫だって!俺バレないように大人しくしてるからさ」
すると突然深刻そうな顔になって、
「それよりもお前、やばいやつがきてるぞ」
「やばいやつ?秋山のことか?」
トモくんは首を横に振る。
「お前と話してたやつらじゃない。そいつらの近くにいるんだ」
近く?でも、あのときは秋山と速水さんの二人以外いなかったけど…。
「誰のこと?あのときは、秋山と速水さんの二人しかいなかった」
「そいつらじゃねぇよ。…マイケルが来てる」
「外人か?そんなやつ近くにいなかったぞ?」
「人間じゃない。お前、マイケル人形を知らないのか?俺の愛しのジェシカちゃんのボーイフレンドだ」
人形?そういえば、アメリカの人形でそういう名前のがいたような気がする…。
「それって、秋山か速水さんが人形を連れてきてるってこと?」
「あぁ、俺は鼻が効くんだ。あの、やけに甘ったるい匂いは、マイケル以外ない」
秋山か速水さんにも、人形の着せ替えを楽しむ趣味があるのだろうか…。それとも、もしかして俺のトモくんみたいに突然命が宿って、ファッションのアドバイスでももらっているのだろうか。
いや、でも秋山や速水さんが人形を連れているところなんて、想像できないな…。
「あいつ、ちょっと筋肉がムキムキで日焼けしてるからってさ…、
もしかして、もうすでにジェシカちゃんと一緒に暮らしているのか…? …ごにょごにょ」
トモくんはブツブツ独り言を言っているようだったから、そのままリュックを閉めた。
2限の教室に向かっていると、後ろから背中をポンッと叩かれる。
「田口くん、この前大丈夫だった?」
後ろを振り向くと、スラッとしててスタイルのいい、茶髪のイケメンが立っていた。
背は俺くらいあって高めなのに、目は大きくまつ毛も長くて、かわいい顔をしている。なんか、誰かに似てるような…。
「この前って、学科の飲み会のこと?ごめん俺記憶が全然なくて…」
そう言うと、
「あ、そうだよな。田口くん完全に潰れてたもんね。俺が田口くんをアパートまで運んだんだよー!田口くん、潰れてたけど、アパートまでの道案内はしてくれたんだよ」
笑いながら話す。笑った顔はますますかわいい。
「俺の名前は高宮 岳斗。田口くんと同じ3年だよ。ガクって呼んで」
「ガクね、わかった。この前は本当にありがとう。家まで送ってくれて…」
そういえば、なごみが“先輩が中まで運んでくれた”って言ってたような…。
「もしかして、部屋の中見た…?」
おそるおそる聞いてみると、
「あぁ!見た見た!!!」
…終わったぁ…。俺の人生終わった…。
そう思ったが、ガクは笑顔で続ける。
「あれすごいな!!家の模型?すごく精巧に作られてるよな〜!俺、ジオラマとか見るの好きだから、ちょっと興奮したわ」
意外にも、いい反応だった。バカにされなくてよかったぁ。
俺の中で、一気にガクの評価が高まる。
「ガク〜!早く行こうよー!」
「今いく!
じゃあ田口くん、またな!」
そう言って、ガクは女の子たちが待つ方に戻っていった。見るからにモテそうな感じだった。
すると、近くにいた女の子たちがこそこそと話し出す。
「今のって、ガクさんだよね?」
「え!去年のミスターK大の人?やっぱりかっこいいねぇ!!」
ミスターK大…。
一昨年は速水さん、去年はガク、
今年は…俺、になる気が全然しない…。
すると背中から、
「おい!!今のやつを追いかけろ!」
トモくんの声がする。
「何でだよ?」
小さな声で聞き返すと、
「どこでヘアカットしてもらってるのかを聞くんだよ!あいつのヘアスタイルは俺に似てて、爽やかだったからな!」
それを聞いてハッとした。そうだ、ガクはトモくんに似てる。甘いマスクのイケメンだ。
それに、ドールハウスを褒めてくれたから、あいつはいいやつに違いない。
そう思い、ガクを追いかけて、連絡先を交換した。