ミスターコンテスト 1
学祭ということもあり、大学構内は多くの人で賑わっていた。
結局なごみからは返事がないままだった。
コンテストの準備を終えると、控え室でスマホを眺める。
すると、
バンッ!!!
勢いよくドアが開く。
入ってきたのは出場者の高井 晃だ。事前投票で速水さんに次いで2位をキープしていたが、最近になって4位に下がっていた。
チャラ男系イケメンで、とにかく女の子からモテまくっているらしい。
高井は機嫌が悪いらしく、ドカドカと足音を鳴らして歩く。そして速水さんの前で立ち止まると、
「おい、お前だろ、陰でコソコソ汚ねえ手を使ったやつは。バレてるぞ」
強い怒りを含んだ低音で、速水さんに詰め寄った。
速水さんは冷静だった。
「汚い手?事実を伝えただけだろ。君の彼女たちに」
高井はさらに声を荒らげて、
「何が事実だ!!!俺が7股かけてるとか!!!
…俺は、3股しかかけてない!!!」
控え室がシーンと静まり返る。
そんな中、速水さんが笑い出した。
「はは…。君って正直な人なんだね。
教えてあげるよ。数字の大きさなんて関係ないんだ。2股以上だったら、彼女にとってはどれも同じ浮気なんだよ。
コンテストに出るなら、女性には誠実でいないとマイナスポイントだよ」
「…こんな噂が広まらなければ、俺はあんたを抜いて1位になれたのに…」
高井の順位が落ちた理由がわかった。確かに浮気がばれたのは自業自得だが、事前投票に関わるくらい大きい噂になったのには、きっと速水さんが絡んでいると感じた。
速水さんは余裕な表情で、
「俺はそうは思わないよ。噂が広まる前だって、君は一度も俺を抜けなかったじゃないか」
と言う。すると、怒っていた高井がニヤッと笑った。
「それは、投票する人みんなが、あんたの正体を知らないからだろ」
その瞬間、速水さんの表情が少し硬くなった。
「どういう意味だ?」
「それはあんたが一番よく知ってることだろ。
俺を甘く見てたみたいだな。俺の情報網はなかなかのもんなんだぜ。
あんたが俺の噂を流したって知ってから、あんたのことを調べ上げた。子供の頃にまで遡ってな!」
そう言うと、高井はスマホを取り出すと、卒業アルバムの画像を画面に出して、俺を含めた出場者に見せて、最後に速水さんの前に突き出した。
「この写真のブサイクはあんたなんだよな?よかったなぁ家が金持ちで。整形しなかったら、こんなコンテストで優勝なんかできなかったもんなぁ」
速水さんの顔をちらっと見ると、顔が青ざめている。珍しく動揺しているのだろう。
「みんなが、あんたの顔が作り物だって知ったら、どう思うだろうなぁ」
そう言って、スマホをいじり出す。
「やめろ!!!」
速水さんが高井に飛びかかる。
速水さんが上に被さる形で、二人は床に倒れた。
俺は実家で見た写真の速水くんが、速水さんと同一人物だったことを確信した。
ここで速水さんを止めれば、高井によって速水さんの整形の噂が広まり、もしかしたら俺が一位になれるかもしれない。それに、速水さんは自業自得だ。俺や高井、もしかしたら他の出場者にも手を出していた可能性だってある。
俺は速水さんを見る。
速水さんは今まで見たことのないような、必死な顔をしていた。
その顔に、速水さんの中学生の頃の顔が重なった。
…やっぱり、俺にはできない。
俺は、下になっている高井からスマホを奪い、画像を削除した。
「おい!!!!何するんだよ!!!!」
高井が叫ぶ。他の出場者も寄ってきて、速水さんと高井を引き離して押さえつけた。
高井が俺を睨んだ。
「お前、一人でヒーロー気取りかよ!!!こいつがどんなに汚ねえことしてたか知ってんだろ!!お前だって、変態だって噂流されてただろうが!」
速水さんは黙っている。
「誰だって、昔の写真なんか見られたくないだろ。それに、本人の許可なく写真をネットにあげるのは、犯罪だ」
俺がそう言うと、高井が俺を殴ろうと暴れ出す。
「お前っ!!!計画をめちゃくちゃにしやがって!!」
高井はそう叫んだが、役員の人たちが駆けつけて、結局そのまま退場となった。
高井がいなくなって、控え室は落ち着きを取り戻す。
すると、速水さんが俺の隣に座って、
「何で俺を助けたんだ」
そう聞いてきた。
「思ったことを正直に言っただけです。俺だって、半年前の写真をばらまかれるのは嫌ですから。
それに、俺は汚い手を使わなくても勝つ自信があります」
すると、速水さんは少し笑って言った。
「自信があるんだな。でも、君に助けられたからと言って、容赦はしないよ。俺は絶対に負けられないんだ」
「前に速水さん、俺とは覚悟が違うって言いましたよね。でも俺はそうは思えません。
俺も、この5ヶ月の間、コンテストのために全力を注いできたんです。お金もかなり費やしました。それでも違うって言えますか?」
そう言うと、速水さんは小声で話し出す。
「ああ、違う。お前のパートナーは、見たところお前にかなり甘いらしいじゃないか。
俺はマイケル様から認められたことがないんだ」
パートナーとはトモくんのことだろう。俺は聞き返した。
「マイケルに?」
「あぁ。マイケル様は、俺を地獄から天国に引き上げてくれた救世主なんだ。だから、どうしてもマイケル様に認められたくて、その一心で頑張ってきた」
地獄という言葉を聞いて、整形前の速水さんの暗い気持ちが伝わってきた。俺が月に願った時のように、速水さんもきっと願ったのだろう。地獄から解放されたいと…。でも…、
「速水さん。俺、正直に言って、速水さんのことはあまり好きではありません。
でも、一般的に見れば、速水さんはかなり素敵な外見ですよ。マイケルが目指すところがなんなのかはわかりませんが、もう速水さんの目標は達成できているんじゃないですか?」
すると、速水さんは何かに怯えるような表情になり、つぶやきだす。
「…俺はまだ完璧じゃないんだ。完璧にならないと…」
俺は、速水さんの言葉を遮って、
「しっかりしてください!
速水さん。もう外見は完璧です。マイケルに何を言われているのかわかりませんが、もう充分ですよ。
自分の目で鏡をしっかり見てください」
そう言うと、速水さんは前に置いてある鏡を見た。
しばらく鏡を見つめていた速水さんは、やっと笑顔を取り戻して、
「イケメンがいる」
そう言った。
「あと5分で開始になるので、出場者の皆さんは、舞台袖の方に移動してください」
役員の人がきてそう言うと、速水さんが、
「すみません、トイレに寄ってから行きます」
そう言ってどこかへ行ってしまった。
俺は真っ直ぐ移動した。
薄暗い場所から舞台を見る。
ライトがすごく眩しく感じた。