飲み屋で宣戦布告
俺を一言で表すと“地味”だと思う。オシャレとは無縁の場所にいる。
たまにしか床屋に行かないから、頭はボサボサ。
服は2着を着回している。友達はいない。
でもそんなことは気にしない。俺は一人で趣味に没頭している時が一番幸せだから。
俺は子供の頃から箱庭作りが好きだった。
家にあったお菓子の空箱に、土や水や石を入れて、庭を作って楽しんでいた。
飼っていた亀の水槽の陸の部分をジャングルみたいにしたくて、草やおもちゃの木などをごちゃごちゃと入れて、母に叱られたこともあった。
でも、1番好きだったのは、姉のミカちゃん人形の家を見ることだった。
折りたたみ式の小さな家に、小さいけど精密に作られた家具が置かれているのを見ると、心が踊った。
姉が小学校の高学年に上がる頃には、近所の子にあげたか処分したかでなくなっていた。
大学生になり、親元を離れて一人暮らしを始めると、俺はすぐにドールハウスを作り始めた。
最初は段ボールで作った簡易的な物だったが、どんどんハマっていき、最終的には木製のドールハウスキットを購入して立派な洋館を作り上げた。
そして家具なども揃えていき、家が完成に近づく頃、俺は物足りなさに気づく。
その原因は、住人がいないことにあると考えた。
そうして家にトモくんがやってきた。
おもちゃ屋さんにはさまざまな人形があったが、俺の目を引いたのはトモくんだった。
キラキラした大きな目に、キリッとした眉毛。
ニコッと上品に笑う、優しそうな口元。
サラサラした爽やかな金髪。
俺の洋館の住人としてぴったりだと、見た瞬間に思った。
トモくんを家に連れ帰ってからは、撮影を楽しむことが増えた。そのうちに、服を集めだすようになったのだ。
おもちゃ屋さんで公式の服を買うのではなく、ハンドメイドのサイトで、“リアルクローズ”と呼ばれるものを購入している。実際の人間が着るような、デザインのオシャレな人形用の服のことだ。
特に、“桃さん”という作家さんから購入することが多い。俺は服には無頓着な方だが、桃さんの作るリアルクローズは、かなりオシャレだということはわかる。
大人っぽいトモくんに合う、上品なオシャレさがある。
デザインが素晴らしいだけでなく、とても丁寧に作られている。そのためか、値段も高めだ。
そんなわけで今俺は、トモくんの服代やアクセサリー代、家具代を稼ぐために、バイト漬けの日々を送っているのだ。
物が増えて、どんどんオシャレに磨きがかかっていくトモくんに反比例して、ますます自分にかけるお金がなくなりダサさが増していく俺。
でも別にそれを気にしたことはなかった。あの最悪な夜が訪れるまでは…。
それは、大学3年に上がったときの学科の新歓コンパのことだった。1年に1度のこのコンパは、半ば強制参加のものなので、しょうがなくバイトを休みにして参加した。
「珍しいじゃん。バイト人間の進くんが参加するなんて」
早速秋山に絡まれる。出だしから嫌な気分だ。
近くに座っていた1年の女子たちが、
「先輩、バイト人間なんですか?私たちもバイトしたくて探してるんです。時給が高くて楽なバイトあったら教えてくれませんか〜?」
そんなバイトがあったら逆に教えてほしい、と思っていると、俺の代わりに秋山が答える。
「こいつのバイトはそんな大したバイトじゃないよ〜。バイト漬けな割に、身なりが貧相だからな。毎日同じ服着てるんだぜ」
そう言って、俺をバカにしてくる。女子たちも引いているようだった。
同じ服じゃなくて、似た服を2着着回してるだけだ、と心で反論したが、同じようなもんだと悟った。
俺は秋山に反論する代わりに、酒をぐいっと飲んだ。せっかくバイトを休んだんだから、思う存分酒を楽しんでやる。
バイトによる疲労のせいか、酔いが回るのも早かった。
頭がぼーっとしてきたところで、秋山が話し出す。
「そういえば、今日は4年の速水 玲先輩が来てるんだぜ。一昨年のミスターK大に選ばれた!留学から帰ってきたみたいなんだ。
イケメンだし、金持ちだしオシャレだし、進くんとは真逆の人間だな」
秋山はハッハッハッと大袈裟に笑ってる。何がそんなに面白いんだ。お前だって、そんなに大したことないだろう、と心の中でつぶやく。
「俺の名前が聞こえたんだけど、なんの話してたの?」
「は、速水さん!!速水さんがイケメンすぎるって話をしてたんですよー!」
秋山は速水さんに媚び媚びな態度を取り始めた。
速水さんは俺を見ると、
「君って田口くんだよね?教授から噂は聞いてたよ。タイの王朝制度のレポートがかなり良かったって」
「はぁ」
「教授は君のこと、かなりスマートな文章を書く学生だって褒めてたけど…、スマートなのは文章だけみたいだね」
そう言って、クスッと笑った。
「そんなクタクタなロンT、もう捨てた方がいいよ。部屋着にするならまだしも、外で着るなんてあり得ない。
もういい大人なんだから、身なりにも気をつけないと、就職先だって見つからないよ」
秋山も便乗して、
「あぁ、こいつは服なんて気にしなくていいんですよ。どうせ一生バイト生活で終わるんです」
俺はあっけに取られていたが、何故ここまで馬鹿にされなきゃいけないのかと、怒りがわいてきた。それも、俺のことをよく知りもしない人たちに。
酔っているせいか、いつもは乗らない挑発に、ついつい言い返してしまった。
「そんなに外見を良くすることが大事ですか?あなたは中身が空っぽだから、外側だけでも良くしようとしてるんでしょ?その外見も、そこまで良くないと思いますけどね」
そう言った瞬間、秋山が俺の胸ぐらを掴んだ。
「お前ごときが速水さんに盾突くなんて、100年早いんだよ」
すると、速水さんが秋山の手を俺から離して、
「俺は全く気にしてないから、こういう楽しいお酒の席でケンカはやめてくれ。
それから田口くん、君は僕を空っぽだと言ったけど、果たして君は中身がつまっている人間なのか?
外見を良くする努力をしない人ほど、中身が大事だとよく言うんだよ。説得力がないよね。」
そして、ニコッと笑って、
「例えば、君が今年の学祭のミスターコンテストで優勝したとする。そしたら、僕は君が言ったことに納得して、僕の敗北を認めよう。それでどうかな?」
周りの人達が笑い出す。
「速水さんに勝つなんて不可能に決まってるじゃん!」
「あぁ、もうあの人終わったな」
いつもの俺だったら、こんな挑発は流せるのに、
「いいですよ。でます。そして俺が優勝して、人のことを外見で判断して見下すような人間は、ろくな奴じゃないってことを証明しましょう」
店内が一気に騒がしくなる。まるでお祭りのように、みんな囃し立ててくる。
「どっちが勝つか賭けようぜ」
そんな言葉も聞こえてくる。
あぁ、ほんとにくだらない。くだらない…。
体が勝手に横になる。ふと、お店の窓から外を見ると、そこには真ん丸なお月様。
お月様。もしも俺の願いを聞いてくださるなら、俺を、速水さんに勝てるだけの外見に変えてください。お願いします…。
そして俺はそのまま意識を失った。今までの人生で最悪な夜だった。