表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/24

飲み屋で宣戦布告

 俺を一言で表すと“地味”だと思う。オシャレとは無縁の場所にいる。

 たまにしか床屋に行かないから、頭はボサボサ。

 服は2着を着回している。友達はいない。

 

 でもそんなことは気にしない。俺は一人で趣味に没頭している時が一番幸せだから。


 俺は子供の頃から箱庭作りが好きだった。

 家にあったお菓子の空箱に、土や水や石を入れて、庭を作って楽しんでいた。

 飼っていた亀の水槽の陸の部分をジャングルみたいにしたくて、草やおもちゃの木などをごちゃごちゃと入れて、母に叱られたこともあった。

 でも、1番好きだったのは、姉のミカちゃん人形の家を見ることだった。

 折りたたみ式の小さな家に、小さいけど精密に作られた家具が置かれているのを見ると、心が踊った。

 姉が小学校の高学年に上がる頃には、近所の子にあげたか処分したかでなくなっていた。


 大学生になり、親元を離れて一人暮らしを始めると、俺はすぐにドールハウスを作り始めた。

 最初は段ボールで作った簡易的な物だったが、どんどんハマっていき、最終的には木製のドールハウスキットを購入して立派な洋館を作り上げた。


 そして家具なども揃えていき、家が完成に近づく頃、俺は物足りなさに気づく。


 その原因は、住人がいないことにあると考えた。

 

 そうして家にトモくんがやってきた。

 おもちゃ屋さんにはさまざまな人形があったが、俺の目を引いたのはトモくんだった。

 

 キラキラした大きな目に、キリッとした眉毛。

 ニコッと上品に笑う、優しそうな口元。

 サラサラした爽やかな金髪。

 

 俺の洋館の住人としてぴったりだと、見た瞬間に思った。


 トモくんを家に連れ帰ってからは、撮影を楽しむことが増えた。そのうちに、服を集めだすようになったのだ。

 おもちゃ屋さんで公式の服を買うのではなく、ハンドメイドのサイトで、“リアルクローズ”と呼ばれるものを購入している。実際の人間が着るような、デザインのオシャレな人形用の服のことだ。

 特に、“桃さん”という作家さんから購入することが多い。俺は服には無頓着な方だが、桃さんの作るリアルクローズは、かなりオシャレだということはわかる。

 大人っぽいトモくんに合う、上品なオシャレさがある。

 デザインが素晴らしいだけでなく、とても丁寧に作られている。そのためか、値段も高めだ。


 そんなわけで今俺は、トモくんの服代やアクセサリー代、家具代を稼ぐために、バイト漬けの日々を送っているのだ。

 

 物が増えて、どんどんオシャレに磨きがかかっていくトモくんに反比例して、ますます自分にかけるお金がなくなりダサさが増していく俺。

 

 でも別にそれを気にしたことはなかった。あの最悪な夜が訪れるまでは…。


 それは、大学3年に上がったときの学科の新歓コンパのことだった。1年に1度のこのコンパは、半ば強制参加のものなので、しょうがなくバイトを休みにして参加した。

「珍しいじゃん。バイト人間の進くんが参加するなんて」

 早速秋山に絡まれる。出だしから嫌な気分だ。

 近くに座っていた1年の女子たちが、

「先輩、バイト人間なんですか?私たちもバイトしたくて探してるんです。時給が高くて楽なバイトあったら教えてくれませんか〜?」

 そんなバイトがあったら逆に教えてほしい、と思っていると、俺の代わりに秋山が答える。

「こいつのバイトはそんな大したバイトじゃないよ〜。バイト漬けな割に、身なりが貧相だからな。毎日同じ服着てるんだぜ」

 そう言って、俺をバカにしてくる。女子たちも引いているようだった。

 同じ服じゃなくて、似た服を2着着回してるだけだ、と心で反論したが、同じようなもんだと悟った。

 俺は秋山に反論する代わりに、酒をぐいっと飲んだ。せっかくバイトを休んだんだから、思う存分酒を楽しんでやる。

 バイトによる疲労のせいか、酔いが回るのも早かった。

 頭がぼーっとしてきたところで、秋山が話し出す。

「そういえば、今日は4年の速水(はやみ) (れい)先輩が来てるんだぜ。一昨年のミスターK大に選ばれた!留学から帰ってきたみたいなんだ。

 イケメンだし、金持ちだしオシャレだし、進くんとは真逆の人間だな」


 秋山はハッハッハッと大袈裟に笑ってる。何がそんなに面白いんだ。お前だって、そんなに大したことないだろう、と心の中でつぶやく。


「俺の名前が聞こえたんだけど、なんの話してたの?」

「は、速水さん!!速水さんがイケメンすぎるって話をしてたんですよー!」


 秋山は速水さんに媚び媚びな態度を取り始めた。

 速水さんは俺を見ると、


「君って田口くんだよね?教授から噂は聞いてたよ。タイの王朝制度のレポートがかなり良かったって」

「はぁ」

「教授は君のこと、かなりスマートな文章を書く学生だって褒めてたけど…、スマートなのは文章だけみたいだね」

 そう言って、クスッと笑った。

「そんなクタクタなロンT、もう捨てた方がいいよ。部屋着にするならまだしも、外で着るなんてあり得ない。

 もういい大人なんだから、身なりにも気をつけないと、就職先だって見つからないよ」

 秋山も便乗して、

「あぁ、こいつは服なんて気にしなくていいんですよ。どうせ一生バイト生活で終わるんです」

 

 俺はあっけに取られていたが、何故ここまで馬鹿にされなきゃいけないのかと、怒りがわいてきた。それも、俺のことをよく知りもしない人たちに。

 酔っているせいか、いつもは乗らない挑発に、ついつい言い返してしまった。


「そんなに外見を良くすることが大事ですか?あなたは中身が空っぽだから、外側だけでも良くしようとしてるんでしょ?その外見も、そこまで良くないと思いますけどね」


 そう言った瞬間、秋山が俺の胸ぐらを掴んだ。

「お前ごときが速水さんに盾突くなんて、100年早いんだよ」

 すると、速水さんが秋山の手を俺から離して、

「俺は全く気にしてないから、こういう楽しいお酒の席でケンカはやめてくれ。

 それから田口くん、君は僕を空っぽだと言ったけど、果たして君は中身がつまっている人間なのか?

 外見を良くする努力をしない人ほど、中身が大事だとよく言うんだよ。説得力がないよね。」

 そして、ニコッと笑って、

「例えば、君が今年の学祭のミスターコンテストで優勝したとする。そしたら、僕は君が言ったことに納得して、僕の敗北を認めよう。それでどうかな?」


 周りの人達が笑い出す。

「速水さんに勝つなんて不可能に決まってるじゃん!」

「あぁ、もうあの人終わったな」


 いつもの俺だったら、こんな挑発は流せるのに、


「いいですよ。でます。そして俺が優勝して、人のことを外見で判断して見下すような人間は、ろくな奴じゃないってことを証明しましょう」


 店内が一気に騒がしくなる。まるでお祭りのように、みんな囃し立ててくる。

「どっちが勝つか賭けようぜ」

 そんな言葉も聞こえてくる。

 あぁ、ほんとにくだらない。くだらない…。


 体が勝手に横になる。ふと、お店の窓から外を見ると、そこには真ん丸なお月様。


 お月様。もしも俺の願いを聞いてくださるなら、俺を、速水さんに勝てるだけの外見に変えてください。お願いします…。


 そして俺はそのまま意識を失った。今までの人生で最悪な夜だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ