マイケル様と速水さん
少しの間、沈黙が流れる。
先に口を開いたのは速水さんだった。
「まさか、俺以外にも話せる人形を手に入れた人がいたとは…」
そう言うと、速水さんはマイケルのそばまで歩いていき、手のひらを天井に向けてそっと差し出す。
「マイケル様」
まるで執事のように名前を呼ぶと、マイケルがその手の上にすっと立った。
そしてマイケルは俺たちの方を向いて言った。
「お前らは、俺たちに勝てない」
するとトモくんがすかさず、
「そうやって人を見下してると、いつか痛い目にあうぜ。進はたったの2ヶ月で驚きの変化を遂げているんだからな」
そう言うと、速水さんが、
「田口くんには優勝は無理だよ。人形がそばにいながら、たったのこれしか変化がないんだから。
俺は、マイケル様に出会ってすぐに変わったよ。外見はもちろん、人生そのものが変わったんだ。マイケル様にもそれくらい力があった。
それに比べれば、君の人形はマイケル様にはとうてい敵わなそうだ」
そう言って、二人の水着姿を見比べる。トモくんは珍しく、自信がなさそうに少し後ろは下がった。
「速水さん、どうして毎回会うたびにこうして突っかかってくるんですか?」
会うたびに嫌味を言われることにうんざりしていたので、思い切って理由を聞いてみた。
速水さんは躊躇することなく答える。
「俺、田口くんみたいな人嫌いなんだ」
「え…?」
「外見を磨くことを軽視してるところさ。ちょっと髪型と服を変えたぐらいで変われたと思ってるみたいだけど、間違いだよ。君はまだまだださい。俺とは覚悟が違うんだ。
外見を磨く努力もせずに、“中身が大事だ”なんて適当に言うところも嫌いだ。中身も大したことないくせに、綺麗事ばかり並べてる。外見が悪かったら、中身の良さになんか気付いてもらえないんだ」
心なしか、速水さんの顔が少し悲しそうに見えた。
「まぁ、君はミスターコンテストにエントリーしない方がいいよ。恥をかくだけだ。
せいぜい、そのお人形くんと着せ替えごっこを楽しめばいいよ」
そう言い残して教室から出て行った。
後には心のもやもやだけが残っていた。
バイトが終わってアパートに戻ると、トモくんがリュックから出てきて、
「おい!そろそろ元気出せよ。あんな嫌なやつの言うことなんか気にするな!」
俺の膝をポンポンと叩いてくる。
「いや、速水さんの言うとおりだよ。俺は外見を磨く努力なんて、今までしたことなかった。頑張ってもどうせ変わらないって、どこかで諦めてたからなんだ。それに、外見を磨くにつれて、中身の薄っぺらさにも気付かされたよ」
「お前って意外と悲観的なんだな。でも、もう少し自信持てよ。中身も外見も、そんなに悪くないぞ」
「どうせジェシカちゃんを買ってもらいたいから、俺を煽ててるだけだろ。別に、ミスターコンテストに出なくても買ってあげるよ」
俺がぶっきらぼうにそう言うと、消しゴムが飛んできて頬にぶつかった。
「…お前っ!!!くだらないこと言うのもいい加減にしろよ。こんなことで落ち込んでたら、あの嫌なやつの思う壺だろ!
俺がジェシカちゃんのためだけにこんなに頑張ってると思ってるのか?」
「…違うのか?」
「もちろん、それも少しはある。でもほんのちょっとだけだ!!…お前の鼻くそくらい。
俺は、結構お前のこと好きなんだよ。確かにお前は目立つタイプじゃない。得意なことも全然ないしな。
でも、真面目で誠実だろ。毎日バイトで疲れてるのに、学校のレポートというやつだって、夜中まで頑張ってるじゃないか。教授からもよく褒められてるだろ?
バイトでも仕事が丁寧だって褒められてるし。
それに人を思いやる気持ちもある。俺のために毎日食事も準備してくれるし、快適になるように、家具もどんどん増やしてくれるだろ?
…俺がこんなに褒めてるんだ。だからもっと自信を持て。そして最後までやり遂げるんだ」
あのトモくんが俺をこんなに褒めるなんて。
突然褒められて戸惑ったが、照れくさそうに話すトモくんを見て、嬉しいのか可笑しいのか、よくわからない、くすぐったい気持ちになった。
それから、少し胸の奥が熱くなった。
「弱音を吐いてごめん。やっぱり、俺頑張ってみるよ」
トモくんは照れたまま、「おぅ」と小さく答えた。
その1週間後、俺はミスターコンテストにエントリーシートを提出した。
速水さんが言ったことは、なかなか頭から消えてくれなかった。でも、参加して努力するだけでも、今までの自分とは変われるような気がした。
そして、速水さんが言った“覚悟”の意味を、俺は意外な形で理解することになる。