進(すすむ)くんの秘密
五限目の講義が終わると、一気にガヤガヤと騒がしくなる教室。
最近彼女と別れたばかりだという秋山 仁が、俺の方にズカズカと近づいてきて、話しかける。
「進くん、今日暇か?S女子大のかわいい女の子たちと合コンするんだけど、来ない?」
仲良くもないのに誘ってくるのは、俺が地味で目立たないやつだから、引き立て役にちょうどいいのだろう。
「悪い、バイトなんだ」
短く断りを入れると、すぐにその場を立ち去る。
秋山が舌打ちをしたような音が聞こえたけど、気にならない。俺はすぐにバイトに行かなければならないから。合コンや飲み会に費やす時間があるなら、少しでも金を稼ぎたい。
夜11時。定食屋のバイトが終わる。
同じく大学生のバイトの子が、俺に話しかける。
「あ、進くん。今日バイトの子たちみんなでカラオケ行こうって話してたんだけど、進くんも一緒に行かない?」
「すみません。俺は疲れたんで帰ります」
「そうなんだ。わかった。またの機会に」
みんなでカラオケ?冗談じゃない。俺は早く帰りたい。早く帰って趣味を堪能したい。そのために稼いでいるのだから。
俺には、人には秘密の趣味がある。
築20年程のボロいアパート、6畳一間のワンルーム。
その一角に俺の夢が詰まっている。
木製、3階建て、ベランダ付きの洋館。
初めてのバイト代で購入した、海外製のドールハウスだ。
正面が扉のように開く仕組みになっている。
俺はそのドールハウスを開くと、うっとりしながら声をかける。
「ただいま、トモくん」
彼は、日本で有名な子ども向けの人形、“ミカちゃん人形”のボーイフレンドとして売られている“トモくん”だ。
そう、俺の家には小人が住んでいる。
この小人が、俺の人生を大きく変えることになろうとは、この時はまだ気付いていなかった。