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29話。冒険者狩りに忠誠を誓われる

「この私は栄光なる勇者の使徒がひとり……敗北など、絶対に許されんのだ──ッ!」


 バルトラは懐から、さらにエンジェル・ダストの錠剤を取り出した。彼は迷うことなく、あるだけの薬を飲み込む。


「さらに上位の天使を、この身に降臨させてやる! 恐れ慄くが良い!」


 ずんっと、空気が震えた。

 バルトラの身体から、圧倒的な魔力が放射される。


「血迷ったか。人の身で、上位の天使を取り込もうなど。自殺行為でしかないぞ」


 ランギルスお父様が、ため息を吐く。


「この私は、勇者の使徒! ならば神は私に力を貸してくださる! 必ず……っ!」


「やれやれ。神に愛されているなどと……どうやったら、そのような狂気の結論に達することができるのか。理解に苦しみますな」


 ヴィクトルも呆れたように肩を竦めた。


「黙れ! 邪悪なる魔族ども! この私がすぐに審判を下して……っ!」


 バルトラの怒声が、途切れた。


「ぐぁ……!? あっ、ああああ!?」


 バルトラの肉体の表面に亀裂が走り、ボロボロと崩れ出していく。

 彼は苦痛の絶叫を上げた。


「痛い! 痛い!? なんだ、これは!……? ど、どうなって!?」


「実験とやらを繰り返してきたのなら、見慣れた光景ではないのか? 拒絶反応という奴だ」


「天使との融合など試みれば、当然のことですな」


「バカな!? 私は勇者の使徒! 私は特別な存在のハズ……」


「自分を特別などと。その傲慢さ、地獄で後悔するんだな」


 ランギルスお父様と、ヴィクトルはもうバルトラを攻撃しようとはしなかった。

 哀れみのこもった目で、自滅しつつある聖騎士を見つめる。


「い、嫌だ! 死にたくない……っ!」


 バルトラは取り乱して腕を振り回す。そうしている間にも、彼の肉体は加速度的に崩壊していった。


「バルトラ……!」


 バルトラには、かつて剣を教えてもらった。その時の光景が脳裏に蘇る。彼が、このまま死に行くのを見るのは忍びなかった。


「大丈夫、落ち着いて。私が助けます!」


「アルフィン、この男を救うつもりなのか……?」


 ランギルスお父様が怪訝そうな顔をする。


「はい、そうしなければ、私はきっと後悔すると思います。それにお母様なら、きっとそうしたと思います」


「ミリアが……?」


 お父様は目を瞬いた。


「……【闇回復ダークヒール】!」


 私は喉を掻きむしるバルトラの腰に手を触れて、回復魔法を放った。

 バルトラの肉体の崩壊を止めるには、直接、ありったけの魔力を注ぎ込む必要があると思ったからだ。


「ぐぅうう!?」


 バルトラの身体は燃えるような熱を持っていた。私の手に鋭い痛みが走る。


「何をなさっているのですか、お嬢様。 そうまでして助けるほどの価値がある者ではございません!」


 ヴィクトルが泡を食って、私を止めようとする。私はそれを無視して続けた。


「大丈夫! バルトラ! 絶対に助けるから気をしっかり持って!」


「あ、アルフィン様……!」


 バルトラは私の呼びかけに、多少、落ち着きを取り戻した。


「なぜです? 私はあなたを殺そうと……それに魔王の娘というなら、我らの敵のハズ……」


「あなたが亡くなったら、ロイドお父様や、ヴェルトハイム聖騎士団のみんなが悲しむでしょう?」


「……ロイド様は無能者に対して無慈悲です。他の使徒たちも、私が失態を犯したと知ったら手を叩いて喜ぶに、決まっています」


 バルトラは乾いた笑いを上げた。


「……少なくとも、私はあなたが死んだら悲しみますよ」


「……なっ……」


 バルトラから発せられていた敵意が消えていく。

 それが、私の【闇回復ダークヒール】が受け入れられる余地を作った。猛烈な勢いで、癒やしの力がバルトラの体内に浸透していく。


「……ハハハッ、な、なぜ、神はあなたを聖女にお選びにならなかったのか……あなたが聖女であれば、喜んでお仕えできたのに」


 崩壊寸前だった彼の肉体が、徐々に萎んでいき……やがて元の人間に戻った。

 バルトラはうつ伏せに倒れて動かなくなる。


「あ、あの状態から元に戻ったのか……?」


 ランギルスお父様がバルトラに近寄って、息をしているか確認した。 


「気絶しているだけのようだ。【闇回復ダークヒール】は闇の力。天使との融合を解除する効果もあるのか」


「さ、さすがに疲れました……」


 私は魔力を使い果たして、へたり込む。

 緊張から解放されて、疲労がどっと出てしまった。


「暴走した天使の力を抑え込んでしまうとは……なんという絶大なる魔力。このヴィクトル、感服しました」


「ああっ。さすがは俺とミリアの娘だ。だが、あまり無茶はしてくれるな。敵を回復などして……一歩間違えれば、お前がどんな目に合っていたかわからないぞ」 


 ランギルスお父様が私を心配そうに見下ろした。

 言われて気づく。確かに、至近距離から反撃を受ける危険があった。無我夢中で、そんなことまで考えている余裕が無かった。


「アルフィン様、ありがとうございます! おかげで、兄上が……兄上が助かりました」


 ティファが私の元に駆け寄ってきて、頭を下げた。

 彼女に寄り添うように、冒険者狩りのエルフがやって来る。


 一瞬、身構えてしまうが、彼からはもう先程までの殺気は微塵も感じられなかった。


「アルフィン様。僕を……何より僕の妹を助けていただき、感謝の言葉もありません」


 エルフの少年はひざまずき、私に臣下の礼を取った。


「僕はルスカと申します。あなた様に剣を向けた非礼、幾重にもお詫びいたします。なにとぞ僕を妹ともども、あなた様の臣下の末席に加えては、いただけますよう」


「臣下……?」


 ルスカの真剣な様子に、私は戸惑ってしまう。


「アルフィン、お前が魔王になるつもりがあるのなら。これからも大勢の者たちから跪拝きはいを受けることになるだろう。今のうちに、慣れていくんだな」


「え、えっと……どうすれば良いのでしょうか?」


 王妃になるための教育は受けてきたが、魔王になる教育は受けていない。どのように立ち振る舞えば良いのか、わからなかった。


「一言、『許す』と言えば良い。鷹揚にな」


 なるほど……意外と簡単だった。


「は、はい。ありがとうございます。ルスカさん。『許します』。どうか、よろしくお願いします」


 私は失礼の無いように立ち上がって、ペコリと頭を下げた。

 ルスカは呆気に取られていた。


「アルフィンお嬢様……それでは威厳というものが」


 ヴィクトルが額に手を当てている。


「ふふふっ、なるほど。良いじゃないか、腰の低い魔王がいても。アルフィンを侮るような奴がいたら、俺たちが睨みを効かせれば良い」


 ランギルスお父様が声を上げて笑った。

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