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最初の話し合い

翔とはずっと一緒だった。


家が隣で年も同じの子どもがいるのだとすれば当然両親の仲も良く、子どもたちも自然と仲良くなる。


だからこそ常に一緒にいた。小さい時の遊び相手といえばもっぱら翔だけだった。


喧嘩もよくしたが、暫くするとどちらもが謝ってまたいつの間にか遊びだしたものだ。


両親が出掛ける時には決まって翔の家にいたし、翔もまた家に誰もいない時は葵の家に来て遊んでいた。


翔は泣き虫だった。


誰かの前に出るときはよく葵の後ろに隠れていたし、声をかけるのはいつも葵からだった。


そのくせ葵が誰かに叱られる時は庇おうとしてくれたりして、関係ないのによく一緒に叱られたものだ。


同い年だったけれど弟のように可愛かった。


成長するにつれて、どんどん格好良くなっていったけれど。


昔はお茶が欲しいといった小さな希望も言えずに泣いて黙っていたのに自分の意見もはっきり言えるようになった。


くせっ毛の髪質が原因で弱弱しく見えるのが嫌だと筋トレもはじめて、


いつのまにか格好だけは一人前に大きくなった。


整った顔立ちと筋肉質な体で見た目だけは大層な男前に見えたけれど、


葵はそれよりもリラックスした時にだけ見せる子どものような無邪気な笑顔が大好きだった。


なのに。


旅行から帰ってきた翔は、禍々しい雰囲気を纏っていた。



「どうして翔がいないの」


「いないのではなく、一時的に意識がないだけだ。


 代わりを私が務めている。文句はなかろう?」


「大ありだってば!私はあなたとじゃなくて翔と話したいの!」



冷静を装うとしても、どうしても感情が高ぶってしまう。


そんな葵の思いを知ってか知らずか、翔の体を借りた晴明は間を置かずに告げた。



「契約上不可能だ」


「だから何の契約なの?翔が何をしたのか教えて」


「それも無理だな」


「何を聞いても無理ばっかり。何も教える気ないだけじゃない」


「これは仕事だ。この時代にもあろう?守秘義務、だったか」



それを守れん男でもないものでなあ、と続けた。


こっちはどんな情報でも欲しいというのに呑気にゆらゆら扇子をゆらして仰いで見せる。



「だからあなたは何なの?少し位教えてくれても良いでしょう」


「気の強い女は嫌いではない。しかし何度も説明したはずだがな。

 

 私は安倍晴明。それなりに名は知られていると思ったのだが、知らぬか?」


「聞いたことはあるわよ!


 陰陽師だが何だか知らないけど、そうじゃなくて翔のところにいる理由を聞いてるの!」



素早く扇子を閉じ、晴明は首を軽く横に振って見せた。



「陰陽師とは正しい名称ではない。間違いではないがあまり好まぬ。


 お主らから見れば同じのように思えるかもしれぬが、どちらかというと天文博士の方で呼んで欲しいのだがな。


 まあ……陰陽師という名称が陰陽道の師という略称ならば間違いではないかもしれぬ。


 私は陰陽道の代名詞と呼ばれることもあるゆえ」


「そんなものどっちでも良いの!」



正式な名称が違うことも葵自身の無知さ加減も、そんなことは今どうだって良い。


安倍晴明がどんな存在なのかさえ聞きたくもない。



「ふむ、お主は嘘が嫌いなのだろう。正して欲しいのではないのか?」


「違う!」



大事なのはそこじゃない。



「どうしてその陰陽師……えっと、天文博士の安倍晴明がここにいるのかって聞いてるの」


「お主は律儀だな。好感が持てる」



自分で訂正したにも関わらず、晴明は意外そうに言った。



「あなたの好感なんてどうでも良いわ。それより話を逸らさないで」



葵には陰陽師と言われてもよくわからないし、天文博士が何を指すのかも知らない。


元々の知識がないから違い云々と言われてもそもそも陰陽師というのもわからないのだ。


最初から説明して欲しいくらいだが、今はそんなことよりも翔のことが聞きたい。


晴明は目線だけで焦る葵を見た。



「何も知らぬのも酷だろうが、知らぬ方が翔の為でもあるのだぞ?」


「翔がいるのならまだあなたのよくわからない話を聞く気にもなるけど、


 翔と話ができないんだからどうなってるかの確認ぐらいしたいでしょう」


「それもそうか」



晴明は再び扇子を開いた。添えた親指だけで綺麗に開いている。


一つ一つの仕草から優雅さが覗き見えるのが何だか腹立たしい。



「では少しだけ答えようか。翔は無事だ。話はできないがな」


「何で……ああ、これは答えられないのね。じゃあいつになれば翔は帰ってくるの?」


「それは私にもわからぬ」


「わからないことばかりなのね」


「これは仕事だからな。


 翔自身の目的が達成するまで私はそれの手助けをする。


 そして私は翔が戻るまでこの体を借りる。それだけのことだ」


「翔の目的って……?」



となると、今ここに安倍晴明という男がいるということは翔の意思となる。


だとしても一体翔は何を達成したいというのだろう。


葵にも内緒にしていた翔の目的とは、体を他人に使われてでもやりたいことだとでも言うのだろうか?



「教えられぬ。……これでわかったであろう?


 翔に会いたいのなら私の手助けをすることだな。


 もしお主が誰かにこのことを告げたり私の手助けを断るのならば、その分翔が戻ってくる時間が長引くだけだ」


「それが終われば本当に翔は戻ってくるのよね?」


「何度も言うようにこれは仕事だ。違いはせぬよ。


 仕事上の契約を破るということは私にも罰が下るということだ」


「そうなの?」


「まあ安心せい。私の仕事完遂率はほぼ十割だ」


「ほぼって何よ。それって十割って言わないんじゃないの?」


「依頼自体は完遂したんだがなあ、報告した時には依頼人が帰らぬ者となっていた」



今思い返しても忌々しい、と呟いた。



「そ、そう……」



晴明は短く息を吐いた。


気を取り直して、今度は目線を自分から晴明と合わせた。



「手伝いって何をすれば良いの?


 よくわからないのは変わらないけど、翔が戻ってくる手伝いならするわ」


「気丈だな」


「どうせ選択肢なんてないでしょう?


 嫌なことはさっさと終わらせる性質なの」



食卓に好きな食べ物と嫌いな食べ物があるなら最初に苦手な方から口をつけるタイプだ。


そうする方が最後口の中が幸せでいられる。


ついでに、夏休みの宿題は最初にやってしまわないと気が済まない。


そんな葵だからこそ思考を切り替えた。



「協力することに抵抗はないのか?」


「あるけど、やらなきゃ終わらないならさっさとやって終わりたいから」



本当なら手伝いの内容よりも二人はどうやって出会ったのか、翔の目的とは何なのか。


そしてその仕事を受けた晴明の理由だって知りたい。


けれどきっと聞いたってはぐらかすのだろう。


それならば最初から手伝いをして目的を達成した方が早い。


晴明相手に口で勝つことの労力を費やすより理に適っているように思えただけだ。

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