イタズラの手紙
学校の屋上。普段なら立ち入り禁止のはずのこの場所に、一人の少女が立っていた。少し頬を赤らめながらフェンスにもたれかかる少女。隠すようにした後ろ手には、きれいにたたまれた手紙が。まるで誰かを待っているかのようである。
「想いを馳せて待ち続ける奏先輩……。可愛いですねー!」
「いや、何で俺ら覗いてんの?」
そんな少女から少し離れた先にある屋上への入口。その扉から腕を通すのがやっとな程の隙間を開け覗き込む男女がいた。うっとりとした表情で奏という屋上の少女を覗く女の子。そんな女の子に呆れている男。声を抑え気味にしているとはいえ、端から見れば怪しすぎる二人。バレそうなものだが、意外にも奏にはバレていない様子。
「ラブレター貰って待ってるんだろ?さすがに覗くのは悪いだろ。帰ろうぜ、花ちゃん」
「いえいえ。実はあのラブレター、ただのラブレターじゃないんですよ。大河先輩!」
自信満々に胸を張る花という少女。どうやらこの状況について何か知っているらしい。ラブレターの相手だろうか。
「昨日先輩が、一度でいいからラブレターを貰ってみたいって言ってたんですよ。なので私が書いて下駄箱に入れておきましたー!」
「お前かよ!」
ただの花による自作自演であった。先輩喜んでくれるかなー、とウキウキしながら奏を眺め続ける花。しかし、ラブレターを書いた張本人がここにいるということは、奏の待ち人はいくら待っても来ないという事である。
「どうすんだよ。このままだと誰も来ないじゃねぇか」
「……どうしましょう?」
「バカかお前……」
何も考えずに勢いだけで行動したようである。呆れて何も言えない大河。花はというと、両手を頭に当てうーんうーんと唸っている。そして一分程唸り続けると、急に閃いたかのように顔を輝かせた。
「大河先輩、行ってきてくださいよ!先輩が書いたことにしましょう!」
「はあ!?何で俺が……!」
「いいからいいから!きっと奏先輩も喜びます!」
さあさあ!と、花の勢いに押され奏の前に押し出された大河。奏もいきなり入口から大河が飛び出てきて驚いた表情をしている。
「大河……?どうしたの?」
「いや、あの……」
目の前には何の疑いもない純真無垢なまなざしを向ける奏。後ろには扉の隙間から期待のまなざしを向ける花。大河に逃げ道はない。花の言う通り、ラブレターは自分が書いたことにするしかないと悟った。
「じ、実はその手紙、俺が……」
「これ?大河が書いたの?ふーん……」
そう言うと、奏は手紙と大河を交互に見比べる。この奏の動きがどういうことか大河には分からなかった。
「どうかしたか?」
「ん?いや、大河にしては綺麗な文章だなって思って。普段、ガサツだし」
「ガサツって言うんじゃねぇ。お、俺だって綺麗な文章ぐらい……」
少しうろたえてしまった大河。バレないためには話を合わせるしかない。そんな大河を見てクスッと微笑んだ奏は、おもむろに手紙を開け始めた。
「そう?えーっと、ヒマワリのように朗らかな笑顔。夜空の星空のような包容力。桜の花びらのような美しさ。全てが完璧で……」
「おい、何だその気持ち悪い手紙は」
「……書いたんじゃないの?」
「あ……」
思わず口を滑らせてしまった大河。そんな大河を見て、奏はクスクスと小さな笑みをこぼす。奏の思い描いた通りの反応なのであろう。
「どうせ花ちゃんでしょ。これ書いたの」
ガタッ!
図星をさされた花。覗き込んでいるであろう入口の方からあからさまな反応があった。
「気づいてたのか」
「そりゃあね。ちょっとは期待したけど」
残念、と一つ息を吐いた奏。すると奏はそのまま歩き出し、大河の頬に手紙をポンと当てた。
「次は本物のラブレター、期待してるね」
「は!?何で俺が……!」
「待ってるよー。あ、花ちゃんには後でおしおきしとくから」
そう言って、バイバイと手を振る奏はそのまま屋上から去っていった。残された大河。最後に言い残した奏の言葉を頭の中で反芻させるが、真意は理解できなかった。分からない事をいくら考えても仕方がない。大河はさっさと帰ることにした。帰り道の途中、花に会う事はなかった。奏に連れて行かれたのだろうか。
奏とは今年初めて同じクラスになった。それまでの面識は一切ない。日頃女の子と話すことがほとんどない大河だったが、ある日奏に話しかけられてから二人で行動するようになった。最初は大河に奏がついて来る形だったが、いつしか二人でいるのが当たり前になっていた。後輩の花がついてまわるようになったが、大河にとって奏は大事な存在になりつつあった。しかし、これが恋愛感情ゆえの大事な存在なのかは大河にはまだ分からない。モヤモヤしたどうにも出来ない心情を抱えながら、大河はこれからの日々を過ごすことになった。
後日、反省中と書かれたプラカードをさげた花が大河の前に現れた。奏の恐ろしさを目の当たりにした瞬間であった。
絵・ときわ