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対ワイバーンⅱ

イチロウ&シエスのパート

 咢が閉じる寸前、一瞬早く轟流奥義玖ノ型『榧』を発動する。牙が皮膚を食い破ろうとするも、鋼よりも強固な肉体となった俺の身体がワイバーンの顎力を凌駕する。

 甲高い金属音を打ち鳴らし、岩盤すらかみ砕く牙をはじき返した。予想外の硬さに歯を痛めたのか、噛力が緩み転がり落ちるようにして脱出する。

 そこへ更なる追撃が襲い来るが、俺は距離を取っていなした。


 三体のワイバーンを相手にすることの恐ろしさを改めて実感する。だが、ワイバーンの顎の力でもってしても今の俺にはダメージを与えることができないとわかったのは大きい。もちろん、命がけで賭けに出たわけでなく、わずかでも牙が皮膚を食い破って入ればその瞬間に下あごを切り落とす用意はしていた。


 二体のワイバーンは上空へと飛び上がり旋回する。そして、負傷している一体はそのまま地上にて俺をにらみつけている。

 お互いにどうやって攻めようかと思考が交差する。

 ワイバーンというのは思ったより知恵があるらしい。俺の動きを観察し、さっきからギャアギャアとまるで会話するようにワイバーン同士が叫んでいる。もしかしたら連携をとるための手を話し合っているのかもしれない。


 連中が攻めあぐねている間、俺の中で4つのパターンが構築された。その中から最適解ではなく、試してみたい解に決めてしまう。空に浮かぶ敵を倒すのに何も飛び道具を使う必要はない。

 轟流零式『驫木』

 木の根をイメージして魔力を広げて行う索敵。

 それを上空に向かって伸ばす。

 かつて戦ったトレントという樹の化け物が根っこを鞭あるいはロープのように使い獲物を捕らえようとしていた。それを真似る。

 俺が上空に向かって伸ばす魔力の糸を感じ取ったのか、ワイバーンが動きを変える。牽制のように火球を吐き出し、糸から逃れるように上空を踊るが魔力糸は追従する。


 上空に意識が向いている事に気がついた負傷しているワイバーンが静かに動き出す。巨体のくせに音一つ立てないのはさすがであるが、あいにくと俺はもちろん気がついている。

 上空のワイバーンを魔力で追いかけながらも、背後に回ったワイバーンがゆっくりと息を吸いこみ、火炎のブレスを吐き出したのを知覚する。

 

「攻撃がワンパターンなんだよ」


 炎のブレスが届くより早く横に飛ぶ。俺が避けると、魔力糸から逃げ回っていたワイバーンがギャアギャアと喚いた。地上のワイバーンは俺の動きを知らせているらしい。火炎で視界が遮られているはずなのに、ワイバーンは俺の動きに合わせてブレスの方向を変えてくる。

 火炎ブレスにしろ、火球にしろ魔法の一種なのだろうか。燃料が何であれ、一向に種切れになる気がしない。


 火炎ブレスを突き破る形で石を投げてみるが、それほど高温とは思えないのにワイバーンに届くことなく跡形もなくなってしまう。なので、練習中の技を試みる。

 火炎ブレスに向かって強烈なフックを叩きこむ。

 顎にヒットすれば確実に脳震盪を起こすような打撃である。

 だが、炎に脳震盪もくそもない。拳は空を切り、巻き込んだ風がわずかに火炎を切り裂いた。それだけでブレスを無効化はできないのはわかっているので、慌てることなく距離をとる。


 果たしてブレスの炎が乱れた。

 直前に聞こえてきたのは何かを撃つような打撃音。

 俺の放ったフックが離れた位置にいるワイバーンを殴ったのだ。


 一月の間、魔物との戦闘を繰り返して見えてきた弱点の一つは、攻撃がまっすぐということである。

 どんな攻撃であれ手足の延長線上には届かない。例えば野球のボールのようにカーブする攻撃があってもいいのではないか。魔力を使って実現できないかと考えた。魔力を斬撃として飛ばせるのならと、打撃を飛ばせるようになるまでさほど時間はかからなかった。しかし、そこからが長い。


 一度目の攻撃で手ごたえを覚えた俺は二度三度、打撃を送り込む。しかし、ワイバーンを殴りつけることは可能としたが倒しきれない。

 上空からの邪魔、さらには地上のワイバーン自身の放つブレスが影となり対象が目視できないのもあるが、十分な力が届いていないようだ。

 しかし、ワイバーンに挑んでみたのは正解だったと思う。

 実践に勝る修行の場はない。それに思ったよりも身体能力の向上が大きい。ある程度やりあえる自信はあったが、ここまでとは思わなかったのだ。逃げることも視野に入れていたが、この分だと問題なさそうである。このままもう少しいろいろと試そうと考えていると、上空のワイバーンの頭が打ち抜かれた。

 あれ?


「随分余裕みたいね」

「加勢に来たです。お兄ちゃん」


 エスタは背後から、シエスは火炎ブレスを吐いていたワイバーンの上に現れた。当然その首は落とされている。つまり残すワイバーンを一体のみ。だが、状況を不利と見たそいつはギャアギャア喚くと飛び立っていった。


「無事だったんだな」

「ええ、シエスちゃんのお蔭でね」

「仕留めたのはエスタお姉ちゃんですよ」


 お互いがお互いを褒め合う二人を見て脱力する。これからがいいところだったんだけどなぁと思いつつも、今更である。


「なんにせよ。これでワイバーンの魔石8個手に入ったわけだ」

「ええ、本当にありがとう。これだけあれば、かなり助かるわ。けど、本当に全部持って行ってもいいの?」


 ワイバーンを討伐するにあたって事前に話をしていた事だ。手に入った魔石はすべてエスタに譲る。戦闘にどの程度エスタが寄与したかは関係なくである。普通に考えれば破格の申し出なのだろうが気にしない。


「問題ない。別にお金も魔石も必要じゃないからな」


 彼女が用意していたワイバーン一個分の金貨はもらうことになっているけど、それだけだ。もっとも魔石を除いたとしても、ワイバーンは素材として優秀なのでかなりの金額で売れることになる。

 

「エスタお姉ちゃんは帰るですか」


 戦利品をあさっていると、さみしそうな声でシエスが聞いた。


「ええ、郷に戻るわ。シエスちゃんもありがとうね」

「じゃあ、これでサヨナラってことか」

「二人は修行を続けるんでしょ」

「まあな」

「お兄ちゃん、エスタお姉ちゃんを送っていかないですか」

「ありがとう。でも、大丈夫よ。二人のおかげで私の地力も上がったし、山を下るだけならなんとかなるわ」


 しゃべりながらもワイバーンの解体作業を進めていく。何だかんだで一月以上にいたというのに随分とあっさりしたものだと思う。エスタとの間にある距離は縮まることがなかったのだろうか。

 少しさみしい気がするが、エルフは排他的だと聞いているしそういうものなのかもしれない。


 ふと、エスタの素材を集める手が止まった。

 そして一瞬俺と目が合ったかと思うと、すぐに作業に戻る。


「でも、そうね。あなた達もこれだけの素材は一度売った方がいいんじゃない。いくらマジックバッグがあっても限度はあるでしょう」


 暗に山を下ればといっているのだろうか。


「それに、そろそろパンが恋しいんじゃない? 私がいなくなったら野草も手に入らないだろうから、仕入れた方がいいかもしれないし」


 なんだろう、これは。

 今までのエスタらしくな発言である。 


「時間があるなら郷に来てもいいわよ。郷の者たちもこれだけのワイバーンの魔石を提供されたら喜んで迎えてくれるでしょうから」

「エスタ、お前はなんていうか」

「何よ」

「いや……何でもない。でも、そうだな――。シエス、一度山を下りるか?」

「ハイです」


 シエスが心から嬉しそうに相好を崩す。

 俺はシエスの頭をポンポンとたたくと、残ったワイバーンの解体に取り掛かった。エスタの方を見ると、彼女の耳がほんの少し赤くなっているように見える。でも、それが照れているせいか、寒さのせいか俺にはわからなかった。

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