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ツクルの研究

フラン&ネル(フランは登場しません)

 正午を少し回ったくらいの時間帯、太陽は真上にあり容赦のない陽光が二人を照り付ける。


「眩しい」


 手をかざしてネルはその光を遮った。

 図書館には天窓はあるものの書物を劣化から守るために太陽の光は柔らかくなるように工夫がされている。冬の足音の聞こえてくる季節、気温こそ下がっているがウル山の山頂にできたこの街は標高が高い分、太陽光が強いような気がしている。


「最近、王都の方では日傘というのが流行っているそうですよ」


 ネルの横を歩いている男がそんな話を振ってくる。


「日傘ですか?」

「ええ、太陽の光というのは生き物にとって必要不可欠なものですが、あまり浴びすぎるのもよくないんです。シミやくすみの原因となるそうです。ですので雨ではなく日の光を避けるために傘をさすというのが貴族の女性を中心に増えているそうです」

「そうなんですか。ツクルさんは本当に何でもご存じなんですね」

「いえ、たまたまですよ」


 先日、うっかり徹夜をしてしまった時にツクルという青年と知り合いになり、時々魔導回路について話をするようになっていた。この日は話をしているうちに昼になったので、一緒に食事をしようという流れになったのだ。

 ネルはツクルが何者かはわからなかったが、博識である彼に教わることは多いと感じたのでこうして時々話をしていた。何しろ彼はネルが思い悩んでいた魔導回路の構成を一目見ただけで問題点から改善点まで瞬時に理解してしまうのだ。

 普通であれば、彼の才能に嫉妬を覚えてしまいそうなものだが、ネルは研究者ではなく一介の冒険者である。

 それに、早く強くなりたいという思いがあった。

 いまよりももっと魔法を使いこなせるようになりたいと考えているネルには嫉妬心のようなものは一切芽生えなかった。


「この先に安くておいしいお店があるんです。なんでも南方の地方料理らしいですけどね。肉料理なんですけど、なんていうか、その、正直言うと内臓の煮込み料理なんです」

「え」

「ああ、言いたいことはわかります。でも騙されたと思って一度食べてみてください。本当においしいんですから」

「そ、そうですか」


 せっかくの誘いというので断りにくく、あいまいに返答をしてしまったがネルは内心後悔していた。

 内臓といえば良くて家畜のえさ、通常はそのまま廃棄処分となる。つまりとても人の食べるものではないというのが一般的な考え方であった。なのでネルが忌避するのは普通の反応である。


「つきましたよ。ここです」


 お店は、確かにメーボルン王国の南にあるニュージ王国らしいオレンジと青の縞模様の看板を出していて、この辺りでは見かけない外観をしていた。中に入るとお昼時ということもあり多くの客でにぎわっているのをみて、ネルはほっと息を吐いた。人気があるお店ならきっと大丈夫だろうと。


「あれがさっき言っていた料理です。人気あるんです。ささ、こちらにどうぞ」


 ツクルが椅子を引き、そこにネルは腰を落ち着けた。どうやら件の料理は案外まともなのかもしれないとネルは思う。ツクルが示した通り、お客の多くが同じようなもの食べていた。

 実際、このお店の名物としてたくさんのリピーター客を獲得している。魔法都市ドニーは良くも悪くも探究者の町である。つまり未知なるものへの抵抗感が薄く、一度試してみようというものが後を絶たないのだ。その中で何割かは何度も通うようになっている。


 しばらく待っているとその内臓料理が運ばれてきた。

 見た目は普通である。どういう味付けかわからないが、茶色っぽいみためで肉だけでなく野菜も一緒に煮込まれている。それはニンジンやダイコンといったメーボルンでも一般的な野菜で、肉だけが特殊なのだろう。

 とはいえ、”内臓”と言われたせいで手を出すのをためらってしまっていた。その様子を見かねたツクルが「じゃあ、お先にいただきます」と先陣を切ってくれる。

 彼はそもそもリピーター客なので、当たり前に食べているのだけどその顔を見ていればおいしいというのはよくわかる。


 ネルは意を決して、ソレに手を伸ばした。


「おいしい」

「あーよかった。人に薦めるのはちょっとドキドキだったんだ」

 

 普段話していても表情の変化の少ないツクルが珍しく満面の笑みを見せた。内臓と聞いていたから先入観が働いていたけども、それを超えるだけのおいしさがそこにはあった。ネルは気がつくと二口目を運び、味が濃いためパンにも手が伸びる。それを繰り返してどんどんお皿の中身は減っていく。


「南部地方特有のソースが使われているらしくてね、味付けも変わっているんだ」

「そうですね。初めて食べる風味ですけど、すごくおいしいです。内臓って聞いていましたけど、変な臭みもないし、ちょっと食感は変わってますけど噛めば噛むほど味が染み出てくるというか」

「気に入ってくれたみたいで何よりだ。ここはほかの料理もおすすめだよ」

「そうなんですね。今度友人誘ってまた来てみます。ツクルさんは本当にいろいろ知っているんですね。魔法だけじゃなくて王都の貴族の流行から、ドニーで人気の料理店までなんて幅広過ぎですよ」

「たまたまだよ」

「たまたまですか……聞いてもいいですか?」

「どうしたの改まって」

「いえ、その、ツクルさんって何をされている方なんですか。魔法の研究をしているのはわかりますけど、魔導士って雰囲気でもないですし、学者様にしては服装がラフですし、かといって冒険者という感じもしなくて」

「そうかな。これでも一応冒険者なんだけど」

「そうなんですか」


 驚きのあまり少し声を大きくしてしまい、慌てて周りを目を配ったが、周囲のお客は自分たちの会話に夢中で二人を見ているものはなかった。


「そんなに驚くかな。ちょっとショックだな」

「じゃあ、パーティメンバーもこの街に?」

「いや、ソロでやってるよ」

「それはすごいですね」


 ソロの冒険者というのは少数派だ。それでも精々剣士などの近接戦闘職が普通で、攻撃の発動に時間がかかる魔法使いのソロというのはネルは聞いたことがなかった。ネルは魔法の発動速度には自信はあるし、ギルドランクはともかくレベルはそこそこだと思っている。でも、魔法都市ドニーへの道を一人で通るのは正直怖い。

 ツクルのいうことが本当なら相当な実力者だということだ。

 いや、そもそも、冒険者が図書館に入るにはネルのような例外を除けば、Bランク以上という制約があるということを思い出した。


「ツクルさんはBランクなんですか」

「いや、Eランクだよ」

「え?」


 ますますツクルという人間の謎が深まる。


「そんなに変かな?」

「もしかして知らないんですか?」

「なにを」

「図書館は冒険者ランクB以上でないと入れません」

「ああ、そういうこと。それに関しては伝手があってね。それこそネルさんもランクは低いって話だったよね」

「ええ、まあ。Eランクですので」

「そうか。同じだね。ランクの低いもの同士。なのになぜか、Bランク以上しか入れない図書館に出入りしている」

「そういわれるとそうですね。ちなみにツクルさんはどんな魔法を研究しているんですか。いつも私の調べものばかり一緒に見てもらっていますけど」


 普段はネルの研究内容についてツクルが助言をするということが多かったので、彼の研究内容については何も知らなかった。もっとも、研究内容というのは完成するまで表に出さないのが普通である。ツクルは気にした様子もなく、自分の研究について口を開く。


「そうだね。いまは魔法発動時の歪に関して研究している」

「歪ですか?」


 ここ数週間で魔法に関して今まで以上に知識を深めたつもりであるが、ネルは彼が何について話しているのかまるで見当もつかなかった。


「例えば魔法で火を生み出すことができる。じゃあ、魔法を使わない場合にどうやれば火がつくと思う」

「火打ち石なんかが一般的だと思いますけど」

「うん。でも、正確に言うと火打ち石なんてなくても枯れ木に火をつけることは可能なんだ。燃えるためには三つの要素が必要と言われている。一つは燃えるもの。この場合は薪だね。次に空気。空気の中に燃焼するために必要なものが含まれている。だから、焚火は空気を送らなければ消える。それは感覚的にわかると思う」

「そうですね。それじゃあ三つめは」

「熱。別に火打石を打ち付けてできる火の粉である必要はない。摩擦することでもある一定温度以上になれば燃える」

「それが歪とどのような関係があるんですか」

「うん。魔法の火はその三つの要素を魔力、あるいは魔素で補っている。魔素が燃えるものとなり、魔素が熱となっている。そして最後は空気になる」

「それは、はい。魔導回路にそのように記述してありますので理解はできますが、通常は空気がない状況で火を使わないので三つめは省略しています」

「焚火の時は薪を用意しているから一つ目すら不要だね。まあ、何が言いたいかといえば、魔導回路を通して魔力は”どんな物質”にでもなれる可能性を秘めているわけだ」

「うーん。でも、それは飛躍しすぎていませんか。魔法で生み出すものはあくまでも現象に過ぎないと思いますけど」

「かもしれない。だが、そう仮定したとき、逆に物質を魔素に変えられるんじゃないのかと考えた」

「それってつまり例えばこのスプーンを魔素や魔力にしてしまうということですか?」

「そう。それが可能になれば、魔石なんてものは必要なくなる。そこらへんに転がっている石ころすら今の魔石と同じように扱うことができるようになる」

「いや、それは……」


 パンに伸ばしていた手が止まる。スプーンから魔力を取り出す。その場合、スプーンはどうなるのだろうか。いや、そもそもそんなことは可能なのか。スプーンに魔力は含まれていない。スプーンの魔力を取り出すのではなく、スプーンそのものを魔力に変えるわけだから。


「いやいや、やっぱりあり得ないですよ。それにそもそも歪という話はどこに行ったんですか」

「ああ、ごめんごめん。ちょっと脱線してしまったな。つまり、魔素を燃えるものに変換していると考えた場合、魔素が木や油に変わっているとして、変換効率が異常なんだよ。ネルさんはそうだなこのくらいの火の玉を魔法で作ったとしてどれくらいの時間燃焼させられる?」


 ツクルが示したのは人の頭くらいの大きさである。漠然と魔導回路を頭の中で構築して、その場合の消費魔力量を試算する。例えば、その火を明かりとして洞窟を探索したとしてネルの今の魔力量であれば最低でも3日は可能だと思う。


「数日は維持できるかと」

「ネルさんは結構魔力量があるみたいだね。だけど、それをもし木の棒や油で代用するとしたらどのくらいの量が必要になると思う」


 考えたこともなかった。村で暮らしていた時の明かりといえばロウソクである。でも、それだと火力が違い過ぎる。祭りの時のかがり火ならどうだろうか。それを丸三日維持するとしたら相当な油の量が必要になると思う。


「おそらく油なら樽一つ分ってところかな。それだけでも異常だとは思うんだけど、果たしてネルさんが使える魔法は、本当に樽一杯分の油相当だと思うかい。おそらくそれ以上の魔法も使えるんじゃないかと思う」

「それはそうですけど、それはあくまでも使用する魔導回路の違いじゃないですか。魔法によって必要とされる魔力量が違うのは当たり前のことで」

「いや、魔力が純粋にエネルギーだとしたらそれはおかしいんだ」

「でも魔法を使うときには空気中の魔素も取り込んでいるはずですよね。そう考えると、自分の魔力量以上の力が発揮できてもおかしくないと思いますよ。それに、効率よく魔法を使えるように魔導回路を工夫することができますし」

「そんな次元ではないよ。魔法が持つエネルギーは果たして本当に自分の持つ魔力と周囲に漂う魔素だけなのだろうか」

「つまりツクルさんはそれを歪と考えているんですね」

「そういうこと。それを調べたからって何がどうなるのかはまだわからないんだけどね」


 ツクルは笑って見せた。

 ネルの感想としては変わったことを研究しているなぁである。ほとほと冒険者らしくない彼の研究であるが、なんとなく謎めいている彼にはお似合いの研究にも思えた。


「ご飯も食べ終わったし、そろそろ出ようか」


 話をしている間に二人のお皿は空っぽになっていた。


「そうですね。すごくおいしかったです。誘ってくれてありがとうございます」

「こちらこそ付き合ってくれてありがとう。一人で食事するのも味気なくてね。また誘ってもいいかな」

「はい。こちらこそお願いします。最近、友人が泊りがけの依頼を受けることが多いので、私も一人が多いんです」


 その言葉にツクルが嬉しそうに微笑んだ。


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