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魔法の勉強

フラン&ネルのパート(フランは出てきません)

ちょっと長めです。

「おはようございます」

「ああ、君か。今日も来たんだね」

「はい」


 ネルはもはや顔なじみとなった図書館の門番に、王都でもらった許可証を見せてから中に入る。ここに通い始めてかれこれ二週間ほど経っている。それでも毎度毎度許可証が必要となるのは図書館が貴重な本を多く所蔵した図書館だからに違いない。

 図書館を出る際には、不要に本を持ち出していないか持ち物検査もあるくらいだ。


 中に入ると階段状のコロッセオのような円形の空間が広がっていた。周囲の壁一面に本棚が設置してあり、そこにびっしりと本が埋まっている。それが入り口から上に5階分広がり階段を下りていくと勉強をするためのテーブルと椅子が設置されている。

 ネルが来たのは朝食を食べてすぐなのに、すでに20人ほどの利用者がいた。そのほとんどは王国お抱えの魔導士だと思われる。

 王国軍の魔道部隊特有の紫紺のマントに軍の紋章が刺繍されている。

 ほかにはいかにも学者然とした初老の男性や、冒険者らしき魔導士、それに随分とラフな格好をした若い男性もいる。


 二階の本棚から三冊ほど、読みかけの魔導書をピックアップするといつもの場所に腰かけた。ペンと紙を用意して書物を開く。金糸刺繍で装飾された豪奢な表紙に、薄く延ばされた羊皮紙にとても丁寧な文字で書かれた芸術品のような魔導書。


「えっと、なになに」


 人に聞こえないレベルの小声でネルは書いてある文字を追っていく。勉強しているネルはぶつぶつとつぶやくように独り言を口にすることが多い。本人はそのことに気がついていないのだけど。

 いま勉強しているのは重力魔法に関してである。

 図書館に通うようになって初めに取り掛かったのは、爆発魔法に関するものであった。それを勉強してわかったことはとても一人では使えないということだった。


 爆発魔法は”軍術魔法”に分類され、必要とされる魔力量が桁違いだったのだ。通常は複数にで実行する魔法であり、それをいろんな方面から検討して魔力量を減らすことを考えてみたのだが、うまくはいかなかった。

 彼女のオリジナル魔法であるスチームエクスプロージョンの方がはるかに魔力の消費量は少なく済むのだ。もちろん、威力は魔導書に記載されているものの方が大きい。ギガントサウルスを丸ごと一体爆裂させるほどの破壊力があることは魔導書から読み解くことができた。

 それでも、理論は理解できたし何かに応用はできるかもしれないと思って勉強を続けていたのだけど、現在の自分では使いこなせないと結論を出した。


 図書館には数多の種類の魔導書が収められていたが、その中から重力魔法を手に取ったのはたまたまである。蔵書数は桁違いで、任意の本を見つけるというのもかなりの労力を有する。本来は図書館司書に聞けばある程度はわかるのだが、ネルはそのことを知らなかったし、勉強をしようと考えたはいいもののどの順番で学べばいいのかという指標のようなものを持っていなかった。

 そのため、見つけた本から手を付けようと思ったのだ。

 それに考えてみると重力魔法というのはいろんなことに応用ができるのではないかと思ったのだ。


 シエスの魔法のナイフがそうであるように、重さの変化により攻撃力というのは増減する。ネルが作ったストーンバレットという魔法では親指ほどの大きさからこぶし大、あるいは人の頭ほどの大きな弾を作り出して高速で打ち出している。

 大きくなればなるほど、重くなる分単純に考えると威力は増す。しかし、空気抵抗なども大きくなるし、自重が増す分速度を上げるのが困難になるのだ。弾を小さいまま重さを大きくすることができれば、単純に威力が上がるのではないかというものである。あるいは、インパクトの瞬間のみ重量を上げることができれば尚いいのではないかと思う。


 ほかにも人の重さを軽減させることで素早く動けるようになるのではないかとも考えていた。ネルの魔力は突出しているものの素早さなどはイチロウやシエスに遠く及ばない。敵から逃げる必要に迫られたとき、自分が足手まといになるのではと思ったのだ。これがうまくいけばフランの速度を上げることもできるのではないかという思いもあった。

 

「はぁー、でもこれもすごい魔力量だよー」


 理論の説明の後に掛かれている魔導回路を見てネルは大きくため息をついた。”重力”という謎の力を行使するのだから、それも仕方ないのかもしれない。そもそも”重力”というのが難しいのだ。手に取ったペンを高いところで手放せば落下する。その力が重力だと言われれば、まあそういうものなのかとは思うのだ。

 でも、そこで何か強い力が働いているというのがよくわからないのだ。


「だって、それって当たり前のことじゃない」


 ジャンプすれば最後には地面に着地する。着地することが当たり前で、そのままだと大変なことになってしまう。そこにどんな力があるというのだろうか。

 鳥たちが空を飛ぶのは羽ばたいているからだけど、ワイバーンのような大きな魔物が空を飛ぶのは翼ではなく重力魔法の力だと魔導書には書かれている。それに鳥型じゃなくても空を飛ぶ魔物というのは数は少ないけど確かに存在している。

 それは確かに不思議なことだと思うけど、それがなぜ”重力魔法”となるのだろうか。なんで風魔法ではないのだろうかと思うのだ。


「ん? 風魔法」


 ふと、思考が何かひっかりを覚えた。

 よく考えてみれば、アイシクルランスやファイアボール、もちろんストーンバレットの魔法には風魔法が組み込まれている。風の力で氷槍や火球、土弾を飛ばしているのだ。だとしたら、人を風魔法に乗せることもできるんじゃないだろうか。

 

「……そっか」


 爆発魔法を使わなくても、火魔法、土魔法、氷魔法などの組み合わせてスチームエクスプロージョンという魔法を生み出すことはできたのだ。だとしたら、別に”重力魔法”にこだわらなくても似たようなことはできるのじゃないかという発想である。

 

「もしかしたら……」


 そこからさらにネルはぶつぶつとつぶやきを発することになる。

 彼女は集中すると周りが見えなくなる。用意した紙を何枚も何枚もダメにしながら――紙はかなり貴重なものであるが、ネルはいま大金持ちである――魔道回路の構築を続けていった。


「でも、どうなんだろう。単純にまっすぐ氷槍を飛ばすのはできるけど、でも一歩間違えば人間を飛ばしてしまうんだよね。それじゃあダメだ。それに本人の動きたい方向に動けないんじゃ意味がない。風を纏わせて体を軽くする。でも、それだけだと、逆に重たくすることなんてできない。例えば攻撃のインパクトの瞬間だけ、重くすることができれば強烈な一撃を叩きこめるはずだけど、うーん、風だけじゃダメなのかな――ぶつぶつ」


 気がつけば日が暮れて、図書館内に火の魔石による明かりが灯されていた。それでもネルは気がつかない。手元が暗くなっていることにも無頓着に、そも昼飯を抜いていることさえ忘れて没頭し続ける。館内を見回る警備員や司書は、いつも以上に集中しているネルのことに気がついたけど、この図書館では徹夜で研究に没頭する賢人というのは珍しくもないため声を掛けることなくそっとしていた。


「でも、そうだよ。スチームエクスプロージョンも最初は土壁で覆って、中に氷をつくり、それを火で熱して爆発させた。でも、最終的にはその現象だけを取り出すことができるようになったよね。っていうことはここをこうすれば、風を纏ったように体を軽くするという現象だけ起こせないかな……」


 時はすでに真夜中過ぎ。

 いつもなら夕食の時間になると宿に戻ってくるネルが戻らないことを宿の女将さんが心配していることを彼女は知らない。フランとリアムの二人は日帰りできない依頼を受けて街を離れているので彼女を止めるものは一人もなかった。

 広い館内にはネルのほかには軍に所属する魔導士が一人、離れた場所で同じように研究に没頭していた。静かな空間に、ペン先が線を引くカリカリという音が響く。

 時には警備員の足音も鳴るが、二人にその音が届かない。

 ネルの耳に入ってくるのは自分のつぶやきとペン先が立てる音、本のページを捲る心地よい響きだけ。


「うーん。何となく軽量化はできてる気がするけど、まだ足りないな。これだとやっぱり風が邪魔しそうなんだよねー。それに逆に重くすることができないし。風で上から押さえつければそれはできると思うけど、ダメなのかなー。やっぱり重力魔法の方がいいのかな。シエスちゃんのナイフってそこまで高くなかったよね。それを思えばもっと簡単にできるのかなー」


 思考がだんだんと堂々巡りを始めたことにネルは気がつかない。もともと魔力の消費が大きいから重力魔法以外の方法を検討していたのだ。なのに、もとの重力魔法の方がいいかもとなると元の木阿弥である。眠気を感じていなくても疲労は蓄積され、頭が回らなくなってきている。

 それもそのはず、館内に灯されていた火の魔石は消され自然な太陽光が取り込まれていた。

 つまり朝が来ていたのだ。


 なおも紙をくしゃくしゃにしながら、あーでもない、こーでもないと唸りながら魔導回路と格闘していたネルはテーブルの上だけでなく足元にも散らばせていた。

 その紙を拾い上げる青年の姿があった。


「これ、落としてますよ」

「ひゃあ、す、すみません」


 素っ頓狂な声を上げてネルは落としていた紙を受け取った。伸ばした黒髪を後ろで一つに縛ったひょろっとした男。

 男性としては背は低い方だろう。昨日も図書館で勉強をしていたラフな格好の男。冒険者という感じでもないが、その服装はラフではあるけども素材は素晴らしいもので、もしかしたら貴族や大商人の御曹司ということかもしれないと想像させるような服だった。

 もしかして失礼なことをしたのだろうかとネルは思案するが、目の前の男性はイチロウのような黒目で南東のほうにいる民族のように平たんな顔立ちで、この国の貴族らしくはなかった。


「これってもしかして重力魔法かな」

「えっと、その、はい」

「ああ、悪いね。人の研究を勝手に覗き見たみたいで」

「いえ、落としていたのは私の方ですので」


 ネルの声がしりすぼみになる。

 研究内容を秘密にしているつもりはネルにはなかった。ただ、まだ完成してもいない思考の途中のような落書きを見られたのは単純に恥ずかしい。例えていうなら日記を見られるようなものなのだ。


「そっか。そう言ってくれると助かるよ。でもすごいね。ここの図書館にこんなに若い女の子が来るなんてそうそうないでしょ。すごく優秀なんだな」

「えっと、たまたまです。それに多分同じくらいですよね」


 ネルのことを若いと称した青年もまた同じように10代くらいにしか見えなかった。一般人が図書館に入るには困難を極めるため、”優秀”というのなら彼もそうなのだろうとネルは思う。


「僕の方こそたまたまかな。ちょっとした伝手があってね」

「は、はあ」


 ネルはふと、なんで彼は立ち去らないのだろうかと思った。紙を落としていたことはわかったけど、拾ってくれたのならそれで十分だからだ。


「ねえ、もしかして昨日から泊まり込んでいたの」

「へ?」


 言われて彼女はあたりをキョロキョロと見回した。図書館には天窓があり優しい太陽光を取り込んでいる。それでいて不思議なことに本を傷めないような工夫がされているらしいのだが、問題はそこではない。太陽はネルが昨日図書館に足を踏み入れた時と同じくらいの高さにあった。

 勉強を始めて1時間も経っていないはずもなく、つまり――


「うひぁあ」


 奇妙な声を上げてネルは勢いよく立ち上がり、そして椅子がバタンと大きな音を立てて倒れた。周囲の視線が一気に集まり、ネルは顔が上気するのがわかった。


「すみません、すみません、すみません」


 三方に頭を下げて小さくなるように椅子に座って丸くなる。


「はは、集中してて気づかなかったのか。まあ、わかるけどほどほどにね。根を詰めると、考えも煮詰まって前に進まないだろう。だって、こっちもそっちも同じ魔導回路になってるよ」


 青年に指摘されるまま手元に目を落とせばその通りで思考が滞っているのは明らかだった。


「……そうみたいですね。はぁ、すみません。ご迷惑おかけします」

「いやいや、いいよ。それより人の研究を盗み見たお詫びじゃないけど、一つだけいいかな」


 青年がネルのペンを手に取ると、先ほどの魔導回路にすらすらと新たな回路をつけ加える。それを目にしたネルは驚愕して青年を見上げた。


「うそ、なんで」

「ごめん、余計なことだったかな」

「そんなことないです。でも、そうですよね。こうすれば無駄なく現象だけを取り出せます」


 ネルが一晩考えても出せなかった答えに青年は一瞬でたどり着いてしまった。それを悔しく思うよりも素直に感謝した。そして青年の優秀さに目をむいた。だからか、もう一つのことを質問する。


「これで物質を軽くできるのはわかるんですけど、逆に重くすることってできないでしょうか」

「重力魔法を使わずにってことか。まあ、そうだね。既存の上級魔法はどれもこれも魔力消費量が半端ないからな。うーん。とりあえず今思いつくのは、冷やされた空気は重くなって、温められた空気は軽くなるってことかな。厳密には違うのだけど、そこから術式を展開してさっきと同じように現象だけを取り出すことができれば――」

「それで」

「いや、とりあえず一度宿に帰ったらどうだろうか」

「あっ」


 再びの気付きにネルは頬を赤らめる。

 またやってしまった。一晩眠っていないし、ご飯は昼も夜も抜いている。ちょっと興奮していてアドレナリンは全開なので、まだまだ大丈夫という気もするけど、ここは青年の言う通りかもしれないと思い直した。それに、一晩中ここで勉強していたということはちょっと匂うかもしれないと思いたったのだ。

 別に目の前の男性は想い人ではないけども、年頃の女の子であるネルはやっぱり気になるのだ。


「そうします。あの、もしよかったら、また教えてもらってもいいですか」

「ああ、かまわないよ。君の作る魔導回路は面白い。こっちの勉強にもなるしね。そうだ、一度宿に戻った後、朝食でもどうだろう」


 まだまだ、眠れそうになかったし、この青年ともう少し魔法について教えてもらいたいと思ったのだ。だから、ネルは青年の下心には気付かずに「いきます」と返事を返した。

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