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ククリ山脈入り口

イチロウ&シエスのパート

 結局のところ、エスタは俺たちとともにククリ山脈を目指すことになった。”勇者”であることは言えなかったのだが、誰かに命を狙われていて、その誰かというのはそれこそヴァンパイロードのような強敵であることは話したのだ。

 だけど、


「ククリ山脈に行けばどちらにしろ命の危険があるのよ。いまさらだわ」


 ということらしかった。

 それは事実であるし、ククリ山脈は魔王軍にとっても不可侵領域だと言われている。となると、魔王の配下に襲われる可能性は低く、ある意味では安全ともいえるのだ。まあ、化け物の巣窟に行くわけだからどっちもどっちである。


 それに俺にとっても”人間”の仲間というのはメリットがあった。

 命を狙われている手前、なるべく街に入らないようにしたい。相手は魔王軍。周りを巻き込むことを避けてくれるはずもないのだ。たった一人、俺を殺すためだけにダンジョンの構造を変えるような連中だ。シエスは街に入れるようになったけど、子供だし”魔物”である。何をきっかけに露呈するかわかったものじゃないのだ。俺とは別の意味で危険があり、できる限り単独行動はしてほしくない。


 ククリ山脈に向かう途中、いくつかの街を経由して魔物の素材の換金、食料やポーションを手に入れた。ヴァンパイアロードの魔石についてはそのままにしている。ものがものだけに買い取ってくれるかわからないし、場合によっては何かに使える可能性もあるからだ。


 スマニーからククリ山脈へのルートは、まともに街道を通るなら大きいところで創作都市アデードと森林都市スプリングを通る。が、俺とシエスは森を抜ける気満々で、エスタもそれに付き合ってくれた。さんざんバカにした眼差しを受けたわけだけど。

 足手まといになるかと危惧したけども、エルフは山奥に集落を持ち、そこへ至る道は表向き存在していない。つまり、街道と呼べるような整理された道ではなく獣道を常日頃から通っているため山歩きは得意らしかった。

 普通に歩いていけば二週間以上かかる距離を、森を通りながらもおよそ半分ほどの時間で駆け抜けた俺たちは、パラパラと雪の舞い散るククリ山脈の麓に到着した。


 山は異様な空気を醸していた。

 王都よりは北に位置するため、まだ秋口だというのに雪が降っているのもそうだが異様に寒い。周辺に生えている植物は紅葉しているわけでも落葉しているわけでもなく、蒼葉とでもいうような変貌を遂げている。あるいは始めからそういう色なのだろうか。

 この世界は俺の知る世界とは異なる。

 魔法がある時点で法則の異なる世界なのだけど、植物などはよく似ていた。形だけであるならば、それは見たことのある針葉樹であったり広葉樹であったり似たような姿をしている。でも、やはり青い植物というのは、


「なんつうか、不気味だな」

「高濃度の魔素が植物の成長に影響を与えているっていう話もあるけど、本当のことはわかってないわ。それからあなた達は無知だから教えておくけど、ここから先に出る魔物は最低でもスマニーのダンジョンの10階層クラスだということを理解してなさい」

「願ってもない話だ」

「そういうと思ってたけど」

「ここについてきてる時点でエスタも同類だろ」

「ええ、ほんとにね」

「だったら、帰るか?」

「そんなわけないでしょ。行くわよ」

「よし、じゃあとりあえず天辺目指すか。こっから先が本気の修行だな」


 シエスを見ると力強く拳を握りしめた。彼女もやる気になっているらしい。


「シエス、こっから先は魔法のナイフを禁止で行くぞ」

「ハイです」

「私の話を聞いてたのかしら」

「言ったろ。俺たちにとってこれは修行なんだ。楽をして強くなれるわけじゃない。シエスも強くなってるけど魔力の扱いがまだまだ下手い。そりゃあ、最初に比べたら魔力を使えるけどな。だけど、シエスがやっているのは魔道具に魔力を流しているだけなんだ」

「それは私にも言えることじゃない」


 エスタが肩に背負う弓を見せる。

 彼女のメイン武器、魔力の矢を打つための弓。物理的な矢と違って運ぶのに苦労はなく、使用する魔力も少ない。長期戦にも耐えうる優れた魔道具だと思う。


「スマニーのダンジョンで騎士と共闘したんだけどな、彼らは魔刃を飛ばすことができた。フランはそれと同じことを魔法の剣で実現している。そっちの方が魔力も少なくて済むし、効率はいい。とはいえ、騎士のすべてにそんな魔道具を配ることわけにはいかないだろうからな。だから、彼らは魔力を飛ばすという技術を手に入れていた。

 魔法の道具を持たなくても、ダンジョンの深くに潜ることはできるしワイバーンだって倒すことはできるんだ。優れた道具を使うことは悪いことじゃないし、実際に有用だと思う。だけど、だからこそ、修行には向いてない」

「いやいや、言いたいことはわかるけど相手を選びなさいよ」

「わかってるって。エスタにそうしろっていってるわけじゃないし、それにシエスもどうしようもなくなったら使っていいから」

「お兄ちゃんはどうするですか?」

「俺も轟流の技をいったん封印する」


 これが一番の”縛り”になるだろうと思う。

 新たな技を手にしようとも考えたけど、轟流だって一朝一夕で生み出されたものではない。開祖が生み出した奥義は肆ノ型まで。その先は800年の歴史の中で一つずつ増えていったものだ。基本的なスペックが上がれば、それだけで十分戦える手段になると思うのだ。

 基礎を極めてこその応用である。

 如何に優れた技があっても、それを生かすだけの身体能力がなければ意味がないのだ。果たして俺は奥義をすべて生かし切れているのか。

 轟流に伝わる伝承によれば、開祖と6代目、14代目に22代目は魔法のない世界にあって魔法のような現象を引き起こしている。

 轟流の開祖は、戦場を一瞬で制圧したといい、6代目は海を割ったという。14代目は銃弾を素手でつかみ取ったといわれ22代目は戦艦を沈めたという。どこまで本当かわからないし、所詮おとぎ話と思っていた。でも、もしもそれが本当なら轟流の可能性はまだまだ広い。


「まあ、邪魔をするつもりはないけどさワイバーンクラスが出たときは協力してよ」

「わかってる。それに俺だって死ぬつもりはないんだ。線引きはするつもりだ」

「そう、それならいいわ」


 森に入ってすぐ魔物は現れた。

 一つ目の人型の魔物―サイクロプスと呼ばれる化け物だ。身の丈3メートルから5メートル。それが5体。木の棒と呼ぶには凶悪過ぎる大木のようなものを振り回し、襲い掛かってきた。森の入り口でこれである。これまでの道中と比較にならない強敵に思わず笑みがこぼれる。


「シエス。無理せず一体相手にしてみろ。エスタはシエスをカバーしてくれ。俺が残りを片付ける」


 自分の体よりも大きな敵を相手にする場合、敵の急所もまた遠い。それと戦うための手段は相手を自分の高さまで引きずり下ろすか、こちらが上がるか。

 俺は大体膝裏を叩いて崩す事が多い。空中に飛び上がれば身動きが取れず無防備をさらす危険があるからだ。だが、いままでと同じ戦い方をしていたら何も成長しない。


 振り下ろされるこん棒に左手を添えると、軌道を変えて地面を殴らせる。その瞬間を狙って切り込むように蹴りを叩きこむ。こん棒を粉砕して今度は蹴り上げる。だが、体の大きさの違いはそのまま間合いの差になる。つまり届かない。

 

 間合いを見誤ったわけじゃない。届くはずの攻撃が届かなかったのは、一瞬早くサイクロプスが身を引いたから。ただの半身であってもその移動量は大きい。

 さらなる追撃を加えようとしたところで、別のサイクロプスがシエスたちに向かっているのが見えたので標的を変える。


 シエスもやっぱり魔法の剣なしで苦労しているようだ。

 エスタの矢で動きを止めたところにシエスがナイフを一閃させるが、ただのナイフでは切れても表面だけだ。攻撃は当たっているけども、ダメージは小さい。おそらくシエスが有効なダメージを入れられるようになるためには、ナイフを一閃させる速度を上げるか、ただのナイフに魔力を込めれるようになることだろう。


 俺は意識を目の前の敵に戻す。

 今までは囲まれた状態のとき、一体か二体は奥義で仕留めて余裕を持たせる。雑魚とは呼べないサイクロプスを四体も相手に、余裕ぶっこけるほど強くはない。

 だが、だからこそ修行になる。


 たぶん、俺は戦闘狂とかいう奴なんだろうと思う。強い敵と戦えることに心躍るのを感じ、高揚する気分のままサイクロプスの間合いに飛び込んでいった。

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