意外な提案
フラン&ネルのパート
「ああ、別に依頼を受けて君たちを追ってたわけじゃない。そもそも、アレはもう手放したんだろ」
「ええ、まあ」
少し距離を取りつつ、フランとネルが答えると男は困ったように肩をすくめて見せた。男の穏やかな雰囲気に敵意がないらしいことは二人にもわかったが、一度は命のやり取りをした間である。無条件には心は開けない。
「あの時の依頼主とは切れたから、警戒しなくてもいいんだけど、そういうわけにもいかないか」
「切れた?」
「代償は大きかったけどな」
意味深な言い方に、そう言えば彼の仲間はどうしたのだろうかと思った。襲撃してきたときは剣士が二人に、槍術士が一人、そして魔法使いが一人の四人組だった。それによく思い出してみれば、パーティのリーダーらしい目の前の男は、イヤイヤ仕事を受けていたという雰囲気で、しかも殺す気はなさそうだったのだ。イチロウも、影を斬るスキルを殺す気で使われていたらやばかったといっていた。悪人ではないのかもしれない。
「あの指輪はどうなったの?」
「知らないよ。まあ、仮に知っていたとしても話すわけないさ。これでもプロなんだ」
「それはそうだですね」
「ああ。それにしても、それほど時間は経ってないというのに随分と雰囲気が変わったものだな。随分とバランスの悪いパーティだと思っていたが、相当レベルを上げたようだ」
体の下から上まで視線が動くが、男性が女性を見るような嫌らしいものではない。単純に冒険者としての興味から見ているような目である。
「あの彼とはパーティを解消したのか」
「一時的に離れているだけです」
「ふむ。だったらしばらく俺と組まないか」
「「え?」」
フランとネルの声が重なる。
今はもう敵対していないとはいえ、そんなやり取りをするほど親しくなった覚えもないのだ。
「見ての通り、今の俺はソロだ。 Bランクにもなるとソロで仕事を受けるのは中々厳しくてな。もちろん、下のランクの依頼を受けてもいいけど、いまは金欠だから依頼料の高い仕事に手を出したいんだ」
「でも、私たちEランクですよ」
「レベルは?」
「40を超えたところ」
「やっぱりな。それなら問題ない。十分Cランク以上の実力はあるだろ。パーティとして一緒に仕事を受けるのには問題はない」
「いや、でも」
「予定があるなら構わない」
「予定って言ってもね」
「うん」
と、フランはネルと視線を交わす。
二人の予定は魔法都市ドニーの図書館で魔法について勉強することである。だけど、当然のことながらそれは”ネルの予定”であってフランはその間やることがない。もちろん、腕を磨いたりソロで受けられる仕事を受けてみてもいいとは思っていた。しかしだ。
「いいんじゃない?」
答えたのはフランじゃなくて、ネルの方だった。
「ちょっと、ネル?」
「だって、私が図書館に行っている間のフランの予定って決まってないでしょ。それに、彼剣士だし、いろいろと学べるかもしれないじゃないかな」
「それはそうだけど」
「図書館って?」
「魔法都市ドニーの図書館です」
「へえ。それはつまりあそこの図書館に入るための伝手があるってことか」
「ええ、まあ」
男もまた上級の冒険者である。
仲間に魔法使いもいたので知っているのだろう。魔法都市ドニーの図書館では冒険者が入れるのはBランク以上だということを。そしてさっき自分たちはEランクだと告白したのだから、答えは明白だ。
「それで魔法使いの君――えっと、ネル君かな、はともかく、そっちの剣士――フラン君は手が空くと。剣士二人ってのも楽ではないけど、一人よりは仕事の幅は広がるな。俺としてはお願いしたいところだが、どうだろうか?」
冒険者としても剣士としてもフランからすれば格上の存在。そんな相手と一緒に行動ができるというのは経験を積むという意味ではかなり大きい。しかし、パーティを組むというのはそれだけではない。信頼関係なく一緒に行動することはできないのだ。だからこそ、二人は躊躇する。
「少し考えてもいいですか」
「ああ。しばらくはギルドに顔を出すと思うから、その気になったら声を掛けてくれ」
「はい」
そういって、彼はギルドの依頼票の貼られたボードに向かっていった。高額の依頼はともかく何か仕事は受けるのだろう。どういう理由があってかは不明だが、誰かの子飼いとなっていた間は収入と呼べるものはなかったようだ。
ギルドを出た二人は、さてどうしようかと話をしながら市場へと向かった。彼とパーティを組むかどうかは別として魔法都市ドニーへ行くことは決定事項だ。となると、携帯食料を手に入れることもまた必要なことである。